＜圭太＞
「圭太君、里美と喧嘩したの？」
おばさんが声を掛けてくる。
さっき、里美に叩かれた頬を押えながら頷く。
頬はちょっと赤くなっていたがもう痛くはない。
それよりも、胸のほうがジンジンしていて何故だかやりきれない。
中学に入り、俺は『一緒の部に入って』と里美に誘われ同じ部に入った。
いつになく強引な誘い方だった。俺としては友達と騒げれば、なんでもよかったが。
こんなときの里美には逆らわないほうがいい。過去の経験がそういっている。
６月に入った頃だったか・・・
放課後、部活動のため部室へ行こうと里美を探していた。
里美と、部の先輩が裏庭に立っているのが見えた。
俺は気にもとめずに声を掛けてしまった。
その場所は女子の間では、そこで告白を受ければ、恋人同士になれるという噂の
場所だった。その時の俺は、そんな事等すっかり忘れてしまっていた。
でも、赤い顔をしている里美と不機嫌そうな先輩の顔をみて、
「あ、俺、何かまずい所へ来ちゃったかな？」
と、言葉にしていた。
里美は、俺の頬を思いっきり叩き走り去ってしまった。
『俺が一体何をしたって言うんだ。・・・っていうか、里美の・・・恋を邪魔をしたんだ・・よな』
そう考えたら、胸がズキンと音を立てていた。
「里美が、部屋で泣いているの。里美のこと解ってあげて」
おばさんは、そういうと、１枚の紙を手渡してくれた。
くしゃくしゃに丸められ紙を伸ばしたものだった。
「・・・？」
あれ、この紙は、『将来の夢』という題で小学校１年生のときに書かされたものだ。
俺も今でも机の奥に持っている。
兄のような先生が好きで、『先生』って書いたっけ。
でも、『里美のこと』って言われても、良くわからない。
ただ、里美を泣かしたくないと思った。
あの告白事件から、里美はしばらく口を聞いてくれなかった。
あれから、２、３日たった掃除の時間だった。
男子二人がふざけていて、ドアにぶつかった拍子にそのドアが外れて倒れてきた。
運の悪い事に、ちょうど里美がそこで掃除してた。
倒れたドアは、里美の足に当たってしまった。
里美は声も出さず、その場に蹲ってしまった。
里美の足からは、血が出ていた。
俺は、ほうきを放り出して里美に駆け寄っていた。
里美は「圭太」とだけつぶやき、唇を噛み締めていた。
かなり傷が痛むことはその様子でわかる。
傷を確認し、そのまま里美を抱きあげ保健室へ向かって走った。
周りの皆は、呆然と見ているだけだった。
保健の先生は、「骨にまでは異常はないわ」といいながら手当をしてくれた。
里美は、その間一言も発しないで唇を噛み締めつづけていた。
ひと通り手当が終わった後、先生がこっちを見て言った。
「あなたは、何処が痛いの？」
「え？」
なんの事かわからず、聞き返した。
「あなた、泣いてるじゃない」
不覚にも、涙が出ていた。里美に感情移入してしまったのだろうか？
慌てて、涙を拭き、
「これは、汗です。走ってきたんで、汗が出たんです」
と答えていた。我ながら、間抜けな答えだと思いつつ。
先生は、「そう」とだけ言って、里美に向かい、
「送ってもらいなさい」
とだけ、言った。
教室へ帰ると、ふざけていた二人が里美に謝った。
里美は「私もぼんやりしていたから、気にしないで」
と言って微笑んだ。痛いはずなのに。
帰り道
里美がゆっくり歩いている。
とっても、痛そうだ。
自分では、どうしてやることが出来ず、歯がゆい気持ちでいっぱいだった。
やっと、家の玄関の前にたどり着いた。
里美は、小さい声で「ありがとう」と言ってくれた。
里美をおぶって来た訳でもなく、ただ、一緒に歩いてきただけなのに。
翌朝、家を早めに出て、門のところで、里美を待っていた。
予想通り、里美は早めに家を出てきた。
道々、痛そうにするので「痛くない？」と声をかけると、「大丈夫」と答えが返ってきた。
声を聴きたくて、何度も話掛けてしまった。
里美が、俺の弱点になってしまっていた。
里美が、俺の心の大部分を占領してしまっていることにやっと気がついた。
里美と普通に会話できる事が、こんなに楽しい事だとは今まで気がつかなかった。
そしてこれが、好きという気持ちなんだと今頃になって気がつくなんて、
自分の馬鹿さかげんにあきれてしまった。
＜里美＞
中学へ入って、圭太と一緒に吹奏楽部へ入部した。
圭太は運動部へ入りたいようだったが、ちょっと強引だったかも。
運動部でも良かったんだけど、男子と女子が一緒にいられる運動部ってほとんどない。
色々探してここにした。
本当はトランペット奏者を２名募集していたから・・・同じことができるから・・・
ただでさえ、私から離れていっているのに・・・一緒にいられるならと。
圭太はハキハキしているので、けっこう女の子にもてる・・・・・
実際、もう何人かの女の子が、告白したって聞いている。
でも、圭太自身は恋愛にはまだ興味が無いようで、皆断ってしまったらしい。
６月に入り、部の森先輩から、裏庭の桜の木の所へ来て欲しいと話があった。
そこは私たち女子の間では、有名な場所だった。
そこで告白を受ければ、恋人同士になれるという伝説の場所だ。
圭太ばっかりもてて、私が全然もてないっていうのも釣り合いがとれてなくて、
そんなの、何か惨めに思えてくる。
先輩から、告白されたことを話せば、圭太、少しはやきもち焼いてくれるかなあ？
そんな不謹慎なことを思っていたのが悪かったのかもしれない。
ちょうどその場に、圭太が私を探しに来た。
その状況を見て、圭太が言った。
「あ、俺、何かまずい所へ来ちゃったかな？」
この言葉を聞いた私は、すっごく悲しくて、悔しくて、思いっきり、圭太の頬を叩いていた。
「圭太なんか、圭太なんか・・・」
口に出すたび、涙があふれてきた。
これが失恋っていうものなんだろうか。
自分が圭太を想っていた程、圭太は私のことを想っていてくれなかったのだ。
涙はとまらない。
小学校１年生の時、大好きだった担任の水野先生に書かされた『将来の夢』
『これを見てがんばれば、いつか夢は叶うよ』と話してくれた。
この紙を見て頑張ってきたのに・・・でも、もう終わりだと思った。
あれから、圭太とは話し辛くてろくに話もしていない。
圭太は、話すきっかけが無くてやきもきしているのがわかる。
ちょっと、可哀想な気もしないでもない。
元はと言えば、圭太が悪い訳じゃない。
ほら、今も圭太の目が私を追っている。
突然、ガタンと言う音がした。・・・足が、熱い。
何が起こったのかわからなかった。
気がつくと、圭太の顔が、そばにあった。
「圭太」
やっとのことで声にしたが、あとはうめき声にしかならない。
慌てて、唇を噛み締める。
体がふわっと宙に浮いた。
「えっ」
圭太が私を抱いて走っている。いわゆるお姫様抱っこというやつで。
時間にすれば２、３分なのだけど、凄く長い時間に思えた。
掃除中の生徒、下校途中の生徒、廊下を歩いている先生、みんなが見ていた。
とても恥ずかしくて、圭太の胸に顔を隠していた。
養護教諭の大橋先生は、私の傷を見て、
「これは、ちょっと、痛そうね。でも骨には異状はないわ」
といいながら手当をしてくれた。
『圭太が見ているんだ。泣いちゃあいけない。』
それだけを思っていた。
私の手当が終わると、大橋先生は圭太に向かって
「あなたは、何処が痛いの？」
と聞いた。
圭太もどこか怪我をしたんだろうかと振り返り、圭太の方を見た。
ワイシャツに血がついているけど・・・
『圭太が泣いている？』
圭太が、これは汗だと答えている。
『私のことを思ってくれて・・・』
私も少し涙が出そうになってしまった。
圭太は、私の鞄を持ってオロオロしている。
こんな圭太を見るのは初めてだった。
おんぶしようかと圭太は言ったが、傷がすれて痛いので断った。
抱っこされるのは、さすがに恥ずかしいのでそれも断った。
いつもの３倍くらいの時間が掛かったが圭太は私に合わせて歩いてくれた。
玄関の前まで鞄を渡してくれた圭太に
「ありがとう」と、小さな声でしかと言えなかった自分が悲しかった。
翌日、ちょっと早めに家を出ようとしたら、既に圭太が門のところで待っていた。
有無を言わさず、鞄を持ってくれた。
道々、圭太は「痛くない？」と何度となく尋ねてきた。
「大丈夫」と答えると、ほっとする圭太の顔が傍にあった。
２日ほどで痛みは無くなったが、しばらくは心配そうだった。
あれから、ちょっと、圭太が優しいような気がする。
こんな関係でいられるなら、恋人と言う関係でなくてもいいかなと思うようになっていた。
これが幼馴染という関係なのかな・・・漠然とそういう気がしてきた。
この間圭太と喧嘩したとき、くしゃくしゃに丸めた『将来の夢』を探したが見つからなかった。
丸めて机の上に投げておいたはず・・・ゴミ箱には捨てなかったはずなのに・・・。
何故か、涙がこぼれてしまった。
番外編（１） 終了
★ NOVEL TOP ★