ある日の午後、自室戻って自主休憩していた時のことだ。
「カイに美味しいもの食べさせてあげたいな・・・」
何気なく呟いたこの言葉から始まった。
カイは執務に追われて忙しい。この頃疲れているように見える。
リンデ侯が補佐してくれているとはいえ、頭の硬い老人達を相手にしているのだもの・・・
私が、こうやって、時々抜け出して仕事をサボっているのも原因のひとつだけど・・・
それは、棚の奥にでも、しまっておいて・・・と。
何か美味しいものでも取り寄せて・・・なんて考えていた。
「それは、良いお考えです。セイネローゼ様がお料理をお作りになられるなんて・・・」
アーシアがにっこり笑って言った。
「ええっ？私が・・・」
何かの冗談では？
「その格好ではなんですから・・・私の服でよかったらお貸しします」
そう言いながらアーシアはもう準備を始めていた。
強制的よね・・・
アーシアの服を借りて、エプロンを着けて・・・準備ＯＫ。
調理場に来た私とアーシア・・・
アーシアが言う。
「それでは、目玉焼きなどを・・・」
ん、卵料理って奥が深いって、言わない？
・・・と言うよりは、目玉焼きをカイの前に出しても・・・
もっと、手の込んだ物を作って、あっと言わせたい。
「ちょっと、待って、アーシア。私、もっと見栄えがするものがいいな。ほら、
先日、料理長が作ってくれた、舌をかみそうな・・・なんて言ったっけ・・・」
「え・・・でも・・・それは・・・徐々に・・・練習なさってからのほうが・・・」
「え・・・練習・・・」
「ええ・・・１度には・・・そう、今日の夕食には一品を目標にしましょう」
今日の夕食に・・・か。ん〜、今日の夕食にか・・・そうね。
あれこれ、アーシアとやりあったが、結局、メニューは野菜炒めに決まった。
私としては、簡単すぎて、ちょっと、不満なのだけど・・・目玉焼きよりマシ。
「セ、セイネローゼ様、手をお切りにならないように注意してください」
とか、そんなに大きく切っては食べにくいですよ」とか、
「あ、肉は先に・・・」とか、傍で、アーシアがうるさい。
出来た・・・アーシアの試食が始まる。
「ん・・・あれ、味が薄い・・・」
アーシアが呟く。おかしいな・・・規定量は入れたのに・・・
ガリッ
「ん・・・うっ・・・み、水・・・」
お約束通り、塩の固まりがあったみたい。
アーシアが水を飲みに走って行く。
う〜ん、仕方がない・・・野菜を追加して、適当にまぜてみよう・・・
「料理長・・・ちょっと、味見をお願いしたいのですけど・・・」
傍にいた料理長に試食を頼む。
「う・・・に、苦い・・・し、失礼を・・・」
味見した料理長が、口を押さえて部屋を飛び出して行く。
はは〜ん・・・新しく追加した野菜が炒めあがる頃には、前から入っていた
野菜とか肉とかが炭になってたのか・・・
うん、これは確かに苦い・・・冷静に分析した結果、作り直した方が早いと言う結論に達した。
また、野菜を切るところからか・・・
あれ・・・周りを見ると誰もいない。皆、何処へ行ったのだろう？
困ったわ・・・
裏口が開いて、大きな声が響く。
「野菜持って来たよ・・・おや、誰もいないのかい？」
「あ、おばさん・・・」
私の声にエレンおばさんが気づく。
「あ、あんた、ここで、働いていたのかい」
働いて？・・・そ、そういうことには、なるけど・・・
「ええ」
「心配してたんだよ。捕まったとかいう話は、聞かないし・・・へえ、料理してたのかい？」
「はい・・・野菜炒めを・・・初めて作るんです」
「へえ、そうなのかい・・・じゃ、見ててあげるよ」
「お願いします」
エレンおばさんが持ってきた野菜を受け取り、野菜を切り始める。
不慣れな手つきを見てエレンおばさんがアドバイスしてくれる。
「手を切らない様に指先は曲げて・・・そうそう・・・うん上手だよ」
「次は？」
「肉とかは？・・・え、何処にあるか分からない？」
さっきので、使いきっちゃったし・・・
「そうだね・・・野菜だけか・・・そうだ、この間、家に泊まった旅人が教えてくれた
料理でも作ってみるかね」
おばさんが持ってきた野菜の中から、さらにいくつかの野菜を選ぶ。
おばさんは、火がとおり難いものは、小さくとか丁寧に教えてくれる。
・・・
「はい。中華風野菜炒めの出来上がり・・・名前は何とか言ってたね。忘れちまったよ」
「・・・中華風って？」
「・・・さあ・・・遠い国なんだろうね」
「へえ・・・そうなんですか？」
おばさんが味見をしてくれる。
「ああ、上出来。これなら、料理教室だって開けるよ」
にっこり笑って、おばさんが褒めてくれる。
そうだ、今度、アーシアにも教えてあげよう。
料理長は、気の毒そうな顔でカイを見ている。
「今日は・・・セイネローゼ様がお料理なさった野菜炒めです・・・」
「そうなの、カイの為に作ったのよ」
笑顔で付け加える。
カイが皿からひとさじ取って口に入れる。
「うん、セイネ。とっても美味しい」
そう言いながらすべてたいらげてくれた。
・・・満足。
翌日。
『カイ様は、優しい』・・・と言う噂が城内に広がった。
な、なんで？
・・・カイに手料理を食べさせてあげた私が優しいという噂なら分かるけど・・・
ま、いいか。カイさえ喜んでくれたなら・・・
よし、今度はシチューにでも挑戦しよう・・・と誓う私だった。
番外編（１） 終了
★ NOVEL TOP ★