樹齢何百年かになろうかという杉の木々に囲まれ、夏でも涼しいくらいの我が棲み処。

その夏も過ぎ、秋も深まりつつある。


『主様・・・人間に姿が見えないからって、あまりにもお行儀が悪すぎます』

傍から、声がした。

『そうか？・・・鈴丸の言う通り、人から見えない訳だからかまわぬでは無いか』

傍に行儀良く座っているのが、私の身の回りの世話をしてくれている鈴丸だ。

『主様、主様は、何故、他のお役につかないのですか？』

『私は、ここが好きだからなあ』

『でも、主様くらい才がありましたら・・・』

『鈴丸、中央が一番だと言うわけではないぞ』

『そうでしょうか・・・』

『どうした？・・・鈴丸がそんなことを言うのは珍しいな』

『はい・・・主様も御存知と思いますが、今度、黄泉になられました方は、女性の方で、

たいそうお若い方と聞いております』

『その話は聞いた。とても、賢い方だそうだ』

『はい。ですが黄泉というお役は、人々の命を管理するので御座いましょう・・・それに・・・

その方が、最近、色々山や川等を廻っておられると聞きました』

『・・・御視察か？』

『私には、分かりませんが・・・』

鈴丸の言葉が終わらないうちに、空間の一部が裂け、光と闇が一度に現れた。

それは、一瞬のことで、鈴丸は呆然としたままだった。

私は、御神刀のところまで、転がり、構えるのがやっとだった。

闇が一枚捲れ、そこから、少女が現れた。

『御寛ぎのところ、御騒がせ申し、申し訳ありません。鳥居のところに出るはずが、

座標が少しずれてしまったようです』

少女が深々と頭を下げた。

『ソナタは？』

『この度、黄泉の役を拝しました。水都様に、御挨拶をと思い・・・大変失礼を致しました』

再び、少女が深々と頭を下げた。

この方が・・・

『黄泉様に、そう何度も頭を下げられては、こちらが困ります。お座り下さい』

突然の来客に驚きつつも、体面を保った。

少女は座ろうとして、足元に蹲っている少女に気がついた。

『華、しっかりなさい・・・何度も失礼を・・・この者は、私の身の回りの世話をして

貰っている華と申します。先程の事で、気を失ってしまったようです』

尚も、呆然としている鈴丸を促す。

『鈴丸。華殿を控えの間に・・・休ませてさしあげなさい』

『かたじけない』

『黄泉様。呼び出しを掛けてて頂ければ、私の方から、参上致します』

『いえ、私のほうが年下で御座いますので。でも、お呼び申上げれば、来て

頂けるのですか？』

『勿論です。黄泉様は、年下と言っても、私より３００年ばかりではありませんか。

それに・・・』

『いえ、そうなのですが・・・宮殿内で話せないこともあります』

宮殿内で話せないこと・・・気にはなったが、気づかないふりをする。

この場所が気に入ったのか、その後、黄泉様は、何度か理由をつけては、ここへ

やって来る様になった。

『水都様は、何故、お役を望まぬのですか？』

『人とは、それほど、良いものなのですか？』

黄泉様も鈴丸と同じ様な問いかけをするのだ。



それにしても、最近、退屈である。

年末年始、あれだけの人が、押し寄せて来ていたのに、最近は、ポツリ、ポツリである。

何日か前、秋祭りとかで、人が騒いでいったが・・・

宮司が書いたスケジュール表とやらを覗き見たが、月末に婚姻の儀がひとつ。

平穏な日々と言えば、聞こえはいいが、実際は退屈だ。


その日も、鈴丸と雑談をしていた。

静寂を破るように、石段を駆け上ってきたものがいる。

『主様、あの子で御座います』

『うむ、そうだな・・・前回の願い事は、つまらなかったしな』

『主様っ』

そう答えながら、初めて出会った３年程前のことを思い出していた。



隣にある学校からは、ここ１週間程、子供たちの声が響いてこない。

少し距離があるが、いつもなら、グランドで騒ぐ声は此処まで響いてくる。

今は、試験とやらの真最中であるらしい。

否、確か・・・今日までのはず。明日からは、また、元気のよい声が響いてくるであろう。

そんなことを思っていると、神社の裏手の方から走り出て来たものがいる。

『ん？・・・おや、珍しい。・・・隣の学校の・・・』

息を切らしている所をみると、裏山を突っ切ってきたのだろう。

草の実や、木の葉が、制服についている。

様子を見ていると、こちらへ来る事を躊躇っている様にも見える。

願い事をするのをしたいのか？それとも・・・他の事か？

大抵の場合、成績に関する願いなのだが・・・

『願い事は何だ？・・・試験が終わった後での、成績の話は聞かぬことにしているが・・・』

意を決したのか、こちらの方へ歩み出て来た。

「あ、あのっ・・・私の願い事、聴いてくださいっ」

『うむ。それが、私の役目だからな』

「私の想いが、日高君に届きますように・・・あ、日高君って言うのは、私のクラスメート

なんですけど、とても親切にしてくれたのに、意地悪とかしちゃって・・・」

ふきだしそうになるくらい丁寧な説明の後、その娘は願いを口にした。

「あ、私の想いは・・・その日高君と他の誰より親密な関係になりたいです」

『その願い叶えよう』

『主様ぁ』

『宮司の話す訳の解らぬ祝詞も好きだが、そんな話し方も嫌いではないぞ』

批判がましい視線を無視して、そう答えた。



次の願いは・・・確か、こうであったな・・・

「孝を私のお嫁さんにしたい」

『少し斬新と言えなくもないが・・・その願い叶えよう』

『主様っ』



その次が、つならなかったんだ。

「孝と同じ学校へ進学出来ます様に」

『日頃の努力も見ている。とりあえず、その願い叶えよう』

『主様っ』



さて、今度は、どのような願いことをしてくれるのか・・・



第０話　終了




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