長いマフラーを首に巻いた晴香を横目で覗き見た。

（志望校に受かります様に・・・）

晴香の唇の微かな動きが、そう言っている。

・・・よし。

晴香の願い事を確認してから、同じ様にお願い事をする。

いくら私だって、学習くらいする。

（晴香と同じ志望校に受かりますように・・・）

晴香と反対側を見ると、水都さんと原田さんが一生懸命願い事をしていた。



今年のお正月は雪が多い。

そんなこともあって、早めにお参りに来た。

それにも拘らず、御参りに来ている人も結構な数だ。

この４人、学部は違うけど同じ大学を受験するということもあって、水都さんから

一緒に初詣に行こうよって誘いがあった訳だ。

「雪なんて関係なし・・・商売繁盛って感じだね」

「ははは・・・そうみたい」

水都さんが笑う。

鳥居を出たところで、原田さんが腕時計を見ながら言う。

「真美ちゃん・・・まだ、年、明けていませんよ」

「えっ・・・ま、いいか」

「去年はスキーで、来る事が出来ませんでしたから・・・」

「一応、受験生だもの。遊べる時に遊んでおかないとね」

「孝・・・それ、ちょっと違うような気がする」

「え、そう？」

「あ、０時になりますよ」

時計を見ていた原田さんが言った。

「明けまして、おめでとうございます」

「「「おめでとう」」」

ちょっとした疑問が口を出ていた。

「あれ・・・水都神社って・・・何の神様だったかな？・・・大丈夫かな？」

「水都神社の神様は、万能なんですぅ。叶わないことなんて、ないんですぅ」

水都さんが唇を尖らせ、こっちを睨んでいた。

「あ・・・そ、そうなの？」

「そう！合格祈願でも、恋愛成就でも、商売繁盛、交通安全、何だって、ＯＫなんだから」

「う、うん・・・」

水都さんの迫力に、タジタジになる。

「そ、そだね。ここで願い事すれば、どんな事でも大丈夫なんだよね」

「甘〜い！努力を怠るよーな人の願いなんて・・・神様だって忙しいんだから」

「う、うん・・・そ、それは・・・そーだよね」

一体全体、どっちなんだよぉ・・・

隣を見ると、晴香が一生懸命笑いを押さえ様としていた。




「暑い・・・」

調子の悪くなったエアコンにちらりと目をやりながら今年の初めのことを思い出していた。

寒かった頃の事を思い出してみても、一向に涼しくならない。

そりゃそうか・・・。

２階にある自分の部屋より、冷房がきいている１階の方が涼しい！・・・のは、判っている。

「ええっ・・・３３度・・・」

時計についている気温計を確認すると眩暈がしそうになった。

こりゃあ、我慢の限界だ。



１階へ行くと、お母さんと雑誌社の打合せがまだ続いていた。

「こ、こ、こんにちわ」

「あ、晴香ちゃん。決心ついた？」

「い、いえ。け、けっ、結構です」

「そんな事言わないでさあ・・・」

この編集さん、何を思ったのか、雑誌のカバーモデルやらないかって、しつこいんだ。



「麦茶ですけど・・・」

「ありがと、孝・・・じゃなくて、晴香」

お母さん、危ない。

「いい娘さんですよねえ」

「そうでしょ。私に似て」

編集さんに向かってにっこり微笑むお母さん。

お、お母さん。

麦茶の入ったコップを置いて、コーラを飲んでいただろうコップを回収。

晴香の前では理想の女の子。家族の前では理想の娘。

を、完璧にこなしているって訳じゃないけど、この位はね。

打合せはまだ続きそうだし、氷が解けたであろう水が入ったコップを見れば、

誰だって、ね。

その理想度。晴香に言わせると、４５点なんだそうだ。

「５０点満点で？」

って訊いたら、ニコって笑って言った。

「どーだろう・・・」

１００点満点なんだ。・・・努力が足りないって事か。

ひょっとして、２００点満点とか？かなり、努力が足りない。

晴香なら、言いそうだ。

私が晴香に対して点数をつけるなら、１００・・・いや、９０点か。１００点満点で。

マイナス１０点は、時々、意地悪するから・・・。

さて、何しようか？この涼しい場所に居るには、理由が必要かも。

本当は、別に必要という訳ではないんだけど。

とりあえず、アイスティーを仕込む。

そうだ。裕香お姉さん、昨日から家に戻って来ているし・・・何か、スイーツとか。

いや、そんな凝ったもの作る元気ないし・・・・。

「う〜ん・・・」

お手軽に、コーヒーゼリーにでもするか・・・。



編集さんは３０分位で帰って行ったのだが、お母さんから衝撃的な事実を聞くことになる。

「孝ちゃん・・・実はね・・・」

「はい・・・」

「今の時期、北海道って良いよね」

「はい？」

突然、何？

「１週間くらいは、ゆっくりしたいよね」

お母さん、１人で旅行に行こうとしてる？

「電気屋さんがね、行っちゃたんだ。北海道」

「はあ？」

それで・・・お母さんも行きたいと？

「だからね、１週間後・・・ね」

やっぱり、行くんだ。

「エアコン、見て貰えるの」

「へ？」

「ごめんね」

お母さんが手を合わせる。

エアコンの事か。別に、お母さんのせいではないけど・・・眩暈がした。

ＴＶからは、しばらく夏日が続きますなんて声が聞こえてくるし・・・。




夕食の支度をしていたら、いきなり抱きしめられた。

「わっ」

こうやって鍛えられてるから、フリーズすることは無くなったが、やはりびっくりする。

「あ〜〜、孝ちゃんをお嫁になんかやりたくないっ」

「ちょ、ちょっと、お母さん。知らない人が聞いたら誤解しちゃうよ」

「いや、本気なんだけど・・・」

本気？

お母さんの視線は裕香お姉さんの部屋の方を見たような気がした。

成る程。お母さんは裕香お姉さんの事を心配してるんだ。

その裕香お姉さんは・・・帰って来てから、ずっと、部屋に篭りっ放し。

何してるんだろう？




「ねえ、晴香。海・・・行かない？」

夕食の後片付けをしていたら、唐突に裕香お姉さんが話掛けてきた。

洗い物の手が止まる。

「ほら、あのメンバーでさ」

あのメンバー？

「あのメンバー・・・って？」

「晴香の友達の・・・ほらっ、水都さんと原田さん・・・勿論、日高君もＯＫよ」

裕香お姉さんの言うメンバーって、あの温泉のときのメンバーの事を言ってるの？

私の友達・・・は、良いけど・・・

「お姉ちゃんの友達は？」

「アルバイトと課題に忙しいみたいなのよ。あ、ひとり、ふたりなら増えても構わないわよ。

だから、いいでしょ？」

「うん・・・予定はなかったと思うけど・・・お母さんは？」

「うん、今回は忙しいんだって・・・でも、寝るときは個室って言ってたから、大丈夫よ」

「え・・・泊りがけなの？」

日帰りかと思ったのに・・・泊まりがけとは・・・。

「そう、ゆっくり出来るわよ・・・車（アシ）の方は私が準備するから。それから、エアコン、

壊れてるんだって？私の部屋へ来たら・・・一緒に寝よ。じゃ、そーゆー事で」

裕香お姉さんが、階段を駆け上がる。

「あ・・・ち、ちょっと・・・」

あ〜あ、返事も聞かずに行っちゃった・・・これが、長女の特権・・・我侭とか云うやつ？

有無を言わせない・・・ってことだよね。

それにしても、何日の話なんだよぉ〜

「晴香ぁ〜、明後日の朝、出発だからねぇ〜」

２階から、声が降ってきた。

ふむ、成る程ね。


やれやれ、仕方がない・・・と、言うより、暑い部屋から脱出出来るってことか！

うん。それじゃあ、電話でもするか・・・。まず、晴香に。

「あ、晴香？・・・ねえ、海、行かない？」

『えっ・・・』

「だから、海へ泳ぎに・・・」

『嫌』

「え？」

『だから、嫌』

「あの、つまり、裕香お姉さんがさあ・・・」

『でも、嫌』

「・・・」

『・・・』

「・・・」

『・・・』

「アルバイトは、まだ先だったよね」

『そうだけど・・・』

「用事でもあるの？」

『別にぃ・・・』

「それじゃあ、行こうよ。今回は個室って言ってたし」

『でも、嫌』

「どうして？・・・海は広くて、大きいよぉ（何、言ってるんだろ）」

『そうして、海は深いのよ。だから、絶対、嫌』

「・・・」

『・・・』

「晴香・・・一緒に、行ってくれないんだぁ・・・」

『・・・』

「一人で居て、ナンパとかされたら嫌だな・・・」

『ナンパ！？』

「先日は、お母さんが、とっても大胆な水着買ってくるし・・・」

『・・・』

「だから、一緒に行って下さい」

『・・・』

「こんなに頼んでいるのにぃ」

『わ、分かった・・・一緒に行けばいいんでしょ』

「うわぁ〜、やっぱり、晴香って、優しいなぁ」

『ふん・・・で、何時？』

「うん、明後日の朝、迎えに行くよ」

『・・・分かった』

「じゃ、宜しくねぇ〜」

ふ〜う、何とか、口説き落としたぞ。

後のふたりは、大丈夫かな〜？



「真美、大丈夫？」

『勿論、ＯＫだよ。どこか行こうって亜矢と話してたところ』

「良かった〜」

『勿論、日高君も行くよね』

「ええっと、まあ・・・」

『じゃあ、ガードマンも居るし、お泊りの許可も貰い易い』

「そ、そうなの？」

『そう。親に信用があるみたい』

「へえ・・・じゃあ、明後日の朝、迎えに行くね」

『うん。亜矢にも連絡しとくから』

水都さんも原田さんも、ＯＫの返事が返ってきたし・・・めでたし、めでたし。それにしても、

デートとか、デートとか、デートとか・・・予定とか無いのだろうか？

そう思いながら、受話器を置いた。

受話器を置くと同時にベルが鳴る。

「はい。白石です」

『あ、孝？・・・やっぱり、都合が悪くなった』

「え〜〜〜〜」

『・・・耳、痛いじゃない』

「ど、どうして・・・」

『それは・・・孝が大きな声を出すから』

「じゃ、なくて」

『泉君が帰って来るんだって。で、会わないかって、今、連絡があった』

「そ、、そんな・・・」

『孝達とは、いつでも会えるし・・・』

「でも、水都さん達、晴香が行くって事で、お泊り許可を取るって言ってたし・・・」

『えー』

「そ、そうだ。泉君も連れて行けば？」

『一緒に？』

「うん。裕香お姉さんがひとりやふたり、増えても大丈夫だって言ってた」

『う〜ん、聞いてみる』

ほっ・・・何でも言ってみるものだな。

そ、そうだ。後片付けしなくっちゃ。



お父さんはお仕事で出張中。お母さんは仕事部屋で執筆中。裕香お姉さんはお部屋で

明後日の準備中。と。

私は・・・パジャマに着替え、居間で、晴香からの電話待ち。

晴香・・・電話してくるんだろうな。

もしかすると、電話、明日だったりする？

時計を見上げると８時３０分。

その時電話が鳴った。

「はい。白石です」

『あ、孝？』

「うん。晴香」

『行かないように説得したけどダメだった』

「はい？」

『行くって』

「よし」

思わず、ガッツポーズ。

『何してるの』

「え・・・別に」

『ふ〜ん』

「詳細は明日連絡するね。裕香お姉さんが、準備してるから」

『分かった』

「おやすみっ、晴香っ」

『おやすみ』

受話器を置く。

へへへへへ・・・晴香と海ですぅ・・・付録がついてくるけど、気にしない。

明後日の事を考えれば、暑い位何でもない。今夜と明日の夜位、我慢出来るさぁ。

ああ、そうだ。今日作ったコーヒーゼリー、差し入れしても良い様な気になってきた。



お母さんのところへアイスティーとコーヒーゼリーを差し入れた。

ちょっと、合ってない様な気がするけど、まあ、いいや。

「ありがと。ここで寝る？」

「だ、大丈夫ですから。夜になれば少しは涼しくなるはずですし」

「そう？ところで、裕香達と・・・海、行くんだって？」

「ええ」

「ふ〜ん・・・それじゃあ、お小遣い、奮発するね」

お母さん、エアコンの事まだ気にしてるようだった。でも、臨時収入、ラッキー。



裕香お姉さんにも同じように差し入れ。

「晴香のほうから来てくれたか」

「え？」

「あ、いや・・・サンクス、晴香。今日はここで寝たら良いよ」

「え？」

「エアコン壊れているんでしょ？」

「う、うん・・・でも、大丈夫だから、気にしないで下さい」

「何か・・・他人行儀な感じがするなあ。遠慮してない？」

「そんなこと無いです」

「じゃ、私の寝相が悪いから一緒に寝るのが嫌だとでも？」

「わ、悪いんですか？」

「悪いはずが無いでしょう。だから、一緒に寝なさい」

「い、いえ、遠慮しておきます・・・」

チラッと逃げ道を確認する。

しまった。裕香お姉さんの部屋へ入った時、戸を閉めてしまっていた。

「私は、晴香が私の部屋へ泊まる方へ賭けた」

「はい？」

「だから、協力しなさい」

「そんなの・・・意味分かりません」

「それじゃあ・・・私の命令。一緒に寝なさいっ」

裕香お姉さんがじわじわ迫ってくる。

戸を開けて逃げようとした時、一瞬の差で裕香お姉さんに取り押さえられてしまった。

「この私から逃げようなんて、百年早い。今逃げたとしても、後が恐いからね」

「・・・」

「そう、晴香は、おとなしくしていればいいの。これで、賭け金は私のものね」

アッハハと裕香お姉さんが声を上げて笑った。

結局、裕香お姉さんのベッドの隅で寝ることに・・・。



翌日。寝不足です・・・。

晴香達に連絡をしなくちゃいけないのに・・・どうなるんだろう？



第１話　前編　終了




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