先程からソファの上に寝転んで、ゴロゴロ・・・これじゃあ、この間と一緒じゃない。

最近は、体が重い。

と、言っても、別に、肥った訳じゃないぞ。

どちらかと言うと、少し痩せたかな・・・

うん、きっと、少し夏バテ・・・気味なんだ。

『秋も終わりなのに、夏バテって、どーゆこと？』

晴香がいたら、即、ツッコミが入るのに・・・

晴香ってば、相変わらずバイトで忙しいんだって。

バイト・・・バイトかあ・・・。

そ、そうだ、晴香がバイトしてるとこ、見に行こう。

晴香、バイト先なかなか教えてくれないんだ。

期間とかは、教えてくれるんだけど・・・

けど、今回は知ってるんだ、晴香のバイト先。

実は、水都さんがバイトしてる日高君（晴香）を見かけたよって、電話で教えてくれたんだ。

へへへ・・・、駅前のコンビに。

しかも、今日のお昼迄、今日が最終日。

バイト終了間際に行って・・・お昼、奢らせよう。



コンビニは、交差点の角のところにある。

晴香に会いに行くって思うせいか、頬が火照る。

でも、今日は、ちょっと、肌寒いし・・・暖かいもの、奢らせよう。

よし、５分前だ。

コンビニの外から、内を覗くと晴香が見えた。

レジやったり、品物運んだり、結構忙しそうにしている。

おっと、晴香に、来たこと教えとかないと・・・。


「晴香・・・えへっ」

レジの前へ行って、晴香に微笑みかけると、晴香の顔が引き攣る。

実は、この顔を見たかったんだ。

「へえ・・・日高君の彼女？」

店長かな？・・・が、晴香に話しかける。

ちょこっと、お辞儀して、雑誌のコーナーへ行くことを指で晴香に合図する。


コンビニの内って、少し暑い位だ。

適当な雑誌を手に取り、晴香の方を見ると、晴香が奥の方へ行くところだった。

着替えに行ったのかな？

考えてみれば、もう少し早く来て、買い物すれば良かったかな。

晴香に、『いらっしゃいませ・・・ありがとう御座います』位は言って貰えたのになあ・・・

残念だったなあ・・・なんて思っていると、着替えを済ませた晴香が見えた。

手に持った雑誌を元の場所へ戻して、晴香の方へ・・・向かう？

あ、あれ？・・・床が・・・”ぐにゃ”って。

コンビニの床って、こんなに・・・底なし沼みたいに、柔らかかった？

周囲がグルッと廻って、異世界へ放り出されたような感覚・・・実際には、転んで、床へ

倒れこんだだけだったけど・・・気がついてみれば、晴香の腕の中だった。

「孝、熱あるんじゃ・・・」

「え・・・そんな・・・あ、だから、寒かったり、暑かったりしたのかな？」

「何、バカなことを・・・」

店長さんが駆け寄ってきた。

「日高君、どうした」

「すみません、店長、タクシー、呼んで貰えますか」

「あ、ああ・・・」

店長が、頷き、電話を掛けに奥へ、掛けていった。



家へ帰るって言ったのに、晴香に、病院へ連れて来られてしまった。

あまつさえ、お昼を奢って貰うのを諦めたのに・・・あんまりだ・・・なんて言うと、晴香に

叩かれそう。

でも、椅子に座って、晴香に寄りかかっていると、落ち着くかも。

「体がだるいって・・・夏バテである訳、ないでしょう」

「や、やっぱり・・・」

思った通りの反応だ。

何故か、嬉しくなった。

「やっぱりって・・・もう、何、笑ってるの」

「うん・・・晴香が、傍に居てくれて、嬉しい」

あ、本音が出てしまったみたい。

「バ、バカっ・・・」

あ、これも、思った通りの反応かも・・・。

看護士さんと話していたお母さんがこっちに戻ってきた。

ああ、晴香ったら、お母さんまで呼び出すんだもん・・・凄く大事になってしまったような

気がする。

「孝ちゃん・・・３日間程、入院しなきゃいけないんだって」

「えっ」

「あ、色々検査するための検査入院。いいでしょ？」

「う、う・・・ん」

頷きはしたが、これ、現実だろうか？・・・と思った。

まさか、以前見た夢のようなことはないだろ。



どんな先生かと思ったら、担当の先生は、女性。

窓に鉄格子が嵌った部屋・・・なんてことはなく、普通の４人部屋だった。

そうして、当然と言えば当然なんだけど・・・女性ばかり。

その日は、検査で、部屋へ戻ってきたのが、夕方。

晴香は、そこまでは、一緒に居てくれたが、『安静にしてるんだよ』って言って帰っていった。

お父さんも、夕方、寄ってくれて・・・凄く心配していたみたいだけど、意外と元気そうな私を

見て、安心したみたい。

実際入院までしなくてもいいのに・・・と、思う。

就寝時間近くになって、お父さんとお母さんは一緒に帰っていった。

夜、熱が少し出たが、看護士さんが水枕を用意してくれた。



最初は、周りは女性ばかりで、ドギマギしたけど、翌日も検査、検査で、殆ど部屋に

いないし・・・

検査には、お母さんと晴香が付き添って居てくれるし、問題は無さそうなんて思っていたら、

晴香が・・・私の兄弟だとか・・・そんな話になってた。これは、重大な問題だ。

ホントは、『恋人です』とはっきり言いたいけど・・・お母さんも、自分の子供みたいに

扱うから・・・実際、半分は、そうなんだけど・・・周りからそう見えても、仕方ないか。


その日の夕方、検査から帰ると、裕香お姉さん、水都さんと原田さんがお見舞いに

来てくれていた。

でも、部屋へ戻ってくると晴香が帰ってしまう。ちょっと、がっかり・・・。

「晴香さん、大丈夫ですか？」

心配顔の原田さんが声を掛けてくれる。

「うん。全然、大丈夫。ただの検査入院だし・・・夜は、ちょっと、微熱が出たけど・・・ほら、

昼間は、なんともないから・・・」

「そうだよね。晴香に病院て、似合わないもの・・・」

とは、言いながら、水都さんも心配そうにしている。

心配させて、ホントに申し訳ないと思う。



翌日。

午前中は検査がなかったので、ベットの上でお母さんが持ってきてくれた本を読んで

過ごしている。

あれ？いつも開いていた、入り口の戸が閉まっている。

寒いって訳でもないのに・・・空調は完璧ってくらいなのに・・・。

あ、病室の戸が閉められるのって・・・亡くなられた人を・・・でも、そんな頻繁に・・・

って言うか、昨日から、ずっとって感じだぞ。晴香が来た時、戸が開いていれば、

直ぐ分かるのになあ。気になって仕方がない。

ちょっと、勇気を出して聞いてみることにした。

「あ、あのォ〜、何故、戸が閉まっているんですか？」

「それがね・・・」

向かい側のおばさんが躊躇いがちに話してくれた。

「病棟にね、美少女が入院したって話が広がって・・・男の患者さん達がね・・・覗きに来るように

なったの」

「へえ・・・えっ、私？・・・あ、あの、ご、ごめんなさい」

「別に、あなたが悪い訳じゃないのよ。悪いのは覗きに来る男の人達なんだから・・・」

そうか、やっぱり、他の患者さんとかに覗かれたりしたら嫌だよね。

「入院患者だけじゃないのよ。私を担当してくれている先生も、覗いてたわよ」

裕香お姉さんより少し上かなあと思われる隣のベットのお姉さんが言った。

「でも・・・白石さんだっけ？・・・検査に行ってたから、とても残念って顔してたわ」

「え、あ、あの・・・」

「そういう訳だから、先生と言えども、注意しなさい」

「え、は、はい」

クスクス笑いながら、隣のお姉さんは言った。

「白石さんて、可愛いのね・・・高校生？」

「い、いえ、大学１年です」

「へええ・・・」

その後、いくつか言葉を交わしたけど、皆、優しそうな人達だった。



１０時を過ぎた頃、本を見るのにも飽きてきたので、散歩する事にする。

看護士さんには、安静にしてなさいって言われてるけど、少しくらいなら構わないよね。

洗面所の鏡を見ると、顔色の悪い晴香が映っていた。

こんな顔見せたら、やっぱり、心配するか・・・。

微笑ってみるか・・・

「でも・・・こうして見ると、ホント、晴香って、美人だよな」

入れ替わったのが、晴香で良かった・・・と、独り思う。

「へへへ・・・美人薄命・・・なんちゃって・・」

鏡の中の晴香も、笑っているような気がした。

「さて、そろそろ部屋へ戻らないと」

洗面所を出ると、お母さんの姿が目に入った。

お母さんが、看護士さんの後について行くところだった。

検査結果が、出たのかな？




お母さんがなかなか帰ってこないので、様子を見に行く事にした。

洗面所とか、ナースステーションを覗いてみた。

「白石さん、安静にしてなきゃダメですよ」

看護士さんに、怒られてしまった。

「は、はい、分かっています。けど、今、お手洗いの方に・・・」

笑顔で誤魔化して、ナースステーションの前を通り過ぎる。

談話室で、お母さんを見つける。

なんか、凄く疲れていそうで、申し訳ない気持ちになる。

「あ、あの・・・お母さん・・・どうだった？」

「え・・・どうって？」

振り向いた顔は、いつものお母さんだった。

「あの・・・検査結果・・・先生に呼ばれたんじゃなかったの？」

「そ、それがね、もう少し検査しないと分からないんだって」

「もう少し？」

もう少しって事は、まだ、検査入院が続くって事？

「それから・・・部屋、個室の方へ移って貰うけど・・・いいわね」

「え？」

「晴香もね、４人部屋じゃ、きっと居辛いから・・・ゆっくり、話したいでしょう」

「う、うん・・・」

「ありがとう、私達の我侭、聞いてくれて」

「え、あ、そんなんじゃ・・・」

そうか、いつも、部屋に戻ってくると、帰ってしまうのはそういう訳だったのか。

しかし、同室の人達と少しずつ打ち解けられはじめたのに、部屋を移るって、残念。

個室になれば、晴香とゆっくり出来る・・・それだけが朗報だった。



おかしいな・・・なんで、晴香、来ないんだろ？

毎日来てくれてたのに・・・。

お母さんに聞いてみたら、少し風邪気味だから、私にうつさない様に今日は来ないって。

折角、個室に移ったのに・・・でも、晴香には元気でいて欲しい。



病室の扉が静かに開いた。

「お、おはよ・・・孝・・・」

上体を起こし、晴香に椅子を勧める。

「晴香っ、おはよう・・・風邪、いいの？」

「え？・・・ま、まあね」

「晴香、昨日来なかったから・・・朝、お母さんが、やっぱり風邪だったって

教えてくれたんだけど・・・まだ、鼻声みたいだし・・・大丈夫？」

「う、うん、それより、個室に移ったんだ・・・」

「うん・・・お母さんが、こっちの方が気を使わなくて済むでしょうって・・・

あ、お母さん、今、買い物に行ってるんだ」

「ふ〜ん・・・」

「晴香も、こっちの方が、落ち着くでしょう？」

「そう・・・かも」

言葉と裏腹に、落ち着いているようには見えない。

暫くの沈黙の後、晴香が口を開いた。

「孝、元に戻る方法、考えよう」

「元に？」

それって、どういうこと？

今更、そんなこと言い出すなんて・・・あ、入れ替わって、モテたいとか？

そんな訳ないか。晴香だって、そんな気持ちになる事もあるよね。

「うん・・・退院して、体調が良くなったら考えてみようか」

「ダメ、今直ぐに・・・」

「晴香・・・何で、今なの？」

晴香が視線を逸らした。

それって・・・それって・・・あっ！

いくら鈍感な私でも気が付いた。

「い、嫌だよ・・・この身体は、もう、私の・・・晴香には、返さないよ」

「こ、孝・・・」

晴香は、唇を噛み締めて、俯いてしまった。



暫くすると、晴香は、すくっと立って、病室を出て行ってしまった。



病室は静かになった。

晴香が居なくなり、独り残された病室は、何の物音もしない。



治らない？

もし、そうでなければ・・・晴香が、元に戻りたいって事、言わないだろう。

だからこそ、この体を返す訳にはいかないんだ。




１時間ほど経った頃、お母さんが部屋に来た。

「原因が分からないってだけ・・・大丈夫。絶対、治るんだから」

言葉から、晴香と話をしていた事は知れた。

ベッドの端に腰掛け、お母さんが続ける。

「病は気からよ。絶対、治るって信じて・・・」

お母さんの言葉に、黙って頷く事しか出来なかった。



第３話　終了




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