１０ヶ月ぶりの祖国の土だ。

今、この国の短い夏が終わろうとしている。

目の前にある見慣れた城壁がとても懐かしく感じられる。

所々崩れ落ち、そこに、蔦が絡む。


ここは、この大陸の最北にある一番小さな王国。

大陸と言うよりは、南北に長い巨大な島と言うべきか・・・

そこに、大小１０くらいの国がある。

１０くらいと言うのは、滅んだり、新しい国が興ったり、まあそういうことだ。

他国と比べても、豊かとはいえないが、隣国との境には、険しい山々があり、

自然の城壁の役割を果たし、この国を護っていた。

北というイメージからなのか、どちらかといえば、野蛮と言った様なイメージで

見られている事も解った。

それは、この１０ヶ月に及ぶ旅で、十分思い知らされた。


謁見の間で国王が待っていた。

石造りの部屋は重厚さもあるが、それにも増して、国王の存在が大きく

感じられる。

「ただいま戻りました。父上」

「御苦労であった。皆も、無事で帰ってくれてなりよりだ。早速だが、他国の様子は

どうであった？｣

この１０ヶ月間の所見を国王に報告する。

頷きながら聞いていた国王は、最後につぶやいた。

「・・・それらの国々と戦うことになったら、どうだ？」

「父上？」

「いや、なんでもない・・・」

その時には、このつぶやきが現実になろうとは、その時は想像もしなかった。

国王との会見が終わって、部屋を出た私を１３歳くらいの少女が待っていた。

赤い髪の少女がそわそわしている。

「オリエ」

私がオリエという、愛称で呼んだ少女は私を見とめて笑顔になる。

オリエットは盗賊に襲われ、孤児となったのを私が連れてきたのだ。

「王子様」

「元気だったか｣

「はい。でも、王子様がいなくてとっても寂しかったです」

私は、にっこり、微笑むと、オリエットの頭を、くしゃくしゃと撫でた。

「ありがとう、オリエ」

「王妃様がお待ちですよ」

オリエットは、王子の腕を引張って、王妃の部屋へ連れて行く。

「ただいま戻りました。母上」

優しい笑顔が迎え入れてくれた。

「無事で戻ってくれたことが何よりです」

「はい」

「長いようで、短い１０ヶ月でしたよ。あなたからの手紙もたくさん頂きましたし、

オリエもいてくれましたから｣

「オリエは御迷惑をかけませんでしたか？｣

「王子様！」

オリエットは、心外という顔で、口を尖がらせる。

「オリエはこの１０ヶ月、がんばりましたよ。もうりっぱな女性ですよ｣

「はい。王妃様には、たくさん教えて頂きました｣

「母上に・・・よかったな。もう、嫁にゆけるかな？｣

「私、王子様のお妃様になる方のお世話をするのが、夢なんです

・・・そうすれば、恩もお返しできますし｣

「オリエ・・・私は、オリエのことを妹の様に思っているのだから、恩などと・・・｣

「そうですよ。オリエ。私も娘と思っていますよ｣

「ありがとうございます・・・」

オリエットが涙声になる。

「泣くな。オリエ・・・あ、うん、妃の話しは、まだまだ先の話だしな｣

「・・・では、しばらくは、王子様で我慢します｣

「うん。そうしてくれ」

「・・・私が嫁いだ時、父様は、１８でしたよ｣

母がぽつりと言う。

「・・・そうだ、オリエ、バーナードはどうしてる？｣

「元気ですよ・・・」

「そうか・・・では、様子を見に行こう。それでは、母上・・・」

一礼して、オリエットの背中を押すようにして、王妃の部屋を出る。

母上の部屋から戻る道すがら、オリエに文句を言う。

「オリエが、つまらぬことを言うから・・・｣

「でも本当なんですよ。私の夢は｣

「わかった、わかった。では、私の可愛い妹分に、お土産を・・・これをオリエに｣

オリエットの目の前に土産物を差し出した。

「わぁ・・・ありがとうございます｣

「南の国で、買ったんだ。・・・お守りだそうだ」

「あ、あの、これ宝石では・・・とても高そうなんですけど・・・｣

「ああ、オリエのためだ。皆で、２，３日食事を抜いたんだ」

「え〜っ、そ、そんな・・・」

「冗談だ。ほんの僅か節約しただけだ。気にかけるほどでもない｣

「で、でも・・・｣

「いや、サイアムにオリエの土産にすると言ったら、簡単なものだったぞ｣

「え、あ、あの・・・｣

途惑う様なオリエットの姿を見ると、つい、笑みがこみ上げて来る。

中庭へ出ると、バーナードが尻尾を振って駆け寄ってくる。

空の色、頬に受ける風に祖国を全身に感じる。

改めて戻って来たんだなとしみじみ思う。



序章　終了


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