ドン

教室に入ろうとして、誰かとぶつかったようだ。

「あ、悪りぃ・・・」

そう言いながら、下のほうを見ると・・・なんだ、花梨か。

花梨といえば、鼻の頭を押さえて、こっちを見上げてる。

鼻の頭がちょっと赤くなっている。

「鼻水つけなかっただろうなあ」

花梨は、ちょっとムッとした顔をして脇をすり抜けて行った。

もう少し反応してくれてもいいと思うんだが・・・お隣さんなんだし。


俺、清水祐樹。

で、さっきのが、藤野花梨。

家が、隣同士で、いわゆる幼馴染ってやつなんだが・・・無愛想なんだよなあ。

まあ、それは、俺だけにってわけではないし、あまり気にはしていないが・・・。


「清水君、また、花梨をいじめってるんじゃないの？」

「あ、平野さん、人聞きの悪いこと言わないでよ。単なるコミュニケーション」

戸口を塞いでるのを思い出して、一歩後ろに下がりながら答える。

「わかってる・・・花梨も、もう少し・・・あ、じゃあね」

平野さんは、花梨を追って走っていった。


はあ〜っ

本当は、気になってる・・・以前は､あんなにも無愛想じゃなかった・・・

確かに無口な所はあったが、笑顔は可愛かった・・・

でも、今は、めったに笑わなくなった・・・半年前に、親父さんが亡くなってから・・・


「おい、祐樹、行かないのか？遅れるぞ」

あ、いけね。次は科学室だった。




俺とコースケ（中原浩輔）とコージ（日高孝司）とトール（山田享）は、同じ中学出身。

この４人に藤野花梨と平野雫を加えた６人は、昔からなにをやるのも一緒だった。

それは、今も変わらない。

クラスは、俺だけ、他の３人とは別になってしまった・・・

花梨と平野さんは同じクラスだけど。

コースケが問題提起すると、コージが何かを考える。

俺とトールが具体的な計画を立て実行する。

それを花梨と平野さんが手伝う・・・ってパターンだ。

で、最後に代表して怒られるのがコージ・・・まあ、役割分担は決まってるなあ。

６月の運動会の時もそうだった。

花梨と平野さんには、何に使うかまでは教えてなかったけど・・・だって、責任が・・・

記念写真は、一緒に撮ったけど・・・デコが大きすぎて、顔がわからなくて・・・

なんか、間抜けな写真だったよ。・・・それ見て、皆で笑ったよな。


そのすぐ後だったよなあ・・・花梨の親父さんが亡くなったのは・・・。

過労だとか言ってたっけ・・・

・・・・

花梨は元々、無口で、引込思案な所がある。

おばさんからは、『出来るだけ、連れ出してくださいね』って、言われてたこともあって、

理由をつけては、よく引張りまわした。

そのかいがあったのかどうかは解らないが、グループの男子とも少しずつ

話せるようになってきていた。

なかでも、コージは話し易かったみたいだ。

ちょっと、なよっとした所があったからかな・・・あ、すまん、コージ。

・・・・・

やっぱり、ショックだったんだろうなあ・・・元の無口に戻ってしまったもんなあ。

そういう俺もショックだったけど・・・

花梨とおじさん・・・暇を見つけては、よく散歩してた。

俺の顔を見かけると、一緒に行こうって誘ってくれた。

公園に落ちてたボールで、キャッチボールしたこともあった。

それを見ながら、花梨もはしゃいでいたっけ・・・。

・・・

あの日・・・葬儀の日

花梨のことだから、ずっと泣きっぱなしじゃないかと心配してた。

でも、花梨は泣いてなどいなかった。それどころか、時々笑みすら見せた。

思ってたより、しっかりしてたんだなあと感心してしまった。

友人たちが帰って、すべてが終わって・・・

あ、俺は、母さんに言われて雑用みたいなことをしてたんだが・・・

挨拶して帰ろうとした時、珍しく、花梨の方から声をかけてきた。

今日はありがとうとかなんとか・・・もう、よく覚えてないや。

そのうち、あのキャッチボールの話になって・・・今でも、ボールの感触が

残ってるって話したら、花梨が急に泣き出して・・・

俺も、花梨を抱きしめて、一緒に泣いたんだっけ・・・ああ、カッコ悪かったなあ

しばらく花梨の顔、まともに見れなかった・・・

気がついたら、花梨、元の無口に戻ってしまっていてさ・・・



昼休みの廊下・・・４人が集まる。

「ユーキ、期末試験終わったら、反省会するぞ」

なんだ・・・またやるのかよ・・・まあ、集まるための口実だけどな・・・

「コージも大丈夫だよな？」

コースケが念を押している。

「え・・・多分」

「多分？・・・コージ、最近付き合い悪いからなあ」

「え・・・そ、そんな・・・」

こいつ、最近変わったよなあ・・・あ、あの学年トップの女と付き合い始めたんだっけ・・・

以前は、陽だまりの真中って云うか、傍にいると居心地がいいって云うか、

そんな感じだったんだが、最近、しっかりしてきたっていうのか・・・本人にとっては、

その方がいいんだろうが・・・俺たちにとっては・・・あの陽だまり感っていうのか・・・

無くなってしまったようで、ちょっと寂しい気がする。

学年トップの・・・あ、白石さんだっけ・・・氷の晴香とか呼ばれていて、冷静沈着、完璧って

噂を聞いていたんだが・・・コージのまわりを右往左往する彼女を見てるとそんな感じは

全然受けない・・・何事に対しても一生懸命なのはわかるが。

どっちかというと、昔のコージが持っていた陽だまり感を持っていて、つい、そっちに

引き寄せられしまうんだよな。

実際、花梨の奴・・・コージのところへ何か相談しに行ったようだが・・・

最近は、白石さんの所らしい。

あの無口な花梨が・・・初対面の人に・・・ちょっと、以外だった



期末試験最終日の反省会？・・・中間試験の最終日に始めたのが最初なのだが・・・

場所は、トールの家・・・庭に、勉強部屋っていうことで、建てて貰ったプレハブ・・・。

トールがカップと駄菓子を母屋から持ってくる。

コースケは、棚からインスタントコーヒーを取り出している。

何処に何があるか熟知してるって感じだ。

俺は、いつもの席に座って、マンガの本に手を出している。

コージはと言えば・・・部屋の中をキョロキョロ見回してる・・・どうしたんだ？

なんか、落ち着かないって感じだぞ？


コースケが、いい本が手に入ったからって・・・何が反省会なんだろう・・・

コースケが、取り出した本をパラパラとめくる。

俺も、男だし、興味が無いわけじゃないから・・・

それにしても、コースケの奴、一体何処から、用意してくるんだろう・・・

まあ、前回は、コージのお小遣いが半分になったとかで、酒まで出てきたが・・・

それは、ちょっと、やりすぎだった。

それにしても、コージ・・・コップに四分の一くらいのビールで、フラフラしてたっけ。

一杯も飲んでないのに・・・あれは、あれで特技の一つだな・・・。


「コージは、いいよな・・・いつの間に、付き合うようになったんだ」

コースケが、コージに話しかけている。

やっぱり、話題は、コージと白石さんか・・・

「そうだよな・・・白石さんって、あんなに可愛いとは知らなかったよ」

トールも参加しだす。

コージといえば、顔を真っ赤にして、無言のままだ・・・

自分の彼女を褒められれば・・・

「トール、俺たちも、彼女欲しいよなぁ・・・ああ、原田さんと、話してみたい」

「そうだな、ユーキには、藤野さんがいるし、俺も、彼女、欲しーなぁ」

な、なんだ？

「ちょっと、今のは、何だよ」

「え、違うのか？」

トールが驚いている。

「俺も、そー思ってたぞ」

コースケが賛同する。

「藤野さんのこと嫌いなの？」

コージまで・・・

「お、俺は・・・花梨は・・・その・・・コージのことが好きなんだと思ってた・・・」

「「「え？」」」

３人が、一斉に驚きの声を上げる。

あれ？俺だけ、認識が違ってた？

「コージがさ、女にモテるように見えるか？・・・成績は最悪だし、優柔不断だし・・・

白石さんだって、同情で付き合ってるか、よっぽど、変な趣味してるかだよ」

おい、コースケ、本人を目の前にして、それは、あんまりじゃないか・・・。

・・・ほら見ろ、コージの奴、なんか、ぶつぶつ言い始めたぞ。

「へ、変な趣味って・・・へんな趣味って・・・」

い、いかん、話題を変えよう・・・そ、そうだな

「反省会なんだし・・・今日の試験、どうだった？」

「えー、聞くなよ・・・今日のは、難しかったからな・・・コージみたいにお小遣いカットされそうだ」

「コースケもか・・・数学の問２の方程式はどうなるんだ・・・ユーキ」

「確か・・・こうじゃなかったか」

思い出しながら、紙に答えを書き出す。

「・・・最後の所・・・プラスとマイナスが逆になってる・・・」

「え？」

思わず、声の主を見上げる・・・え、コージ？

再び、紙に目を落とす・・・

「あ〜〜っ」

こんなミスするなんて・・・ショックだ・・・ん？

「コージ、合ってたのか？」

「え、う、うん・・・」

「じゃあ、問５は？」

「それは・・・解けなかった。難しくて・・・」

ほっ・・・って、俺もわからなかったんだよ・・・手もつけられなかったぞ。

「じゃあ、問４は？」

「問４は・・・」

いつの間にか、俺と、コージの答え合わせになってた。

他のふたりは、我関せずって感じで・・・別の話を始めた。

『コージ、いつの間に勉強してたんだよ』・・・って聞いたら、『別に・・・数学は

得意だから・・・』って答えが返ってきた。・・・一体どうなってるんだよ。

今回の反省会、ショックで、早めに終わってしまった・・・。

いや、どっちかっていうと、俺が終わらせちゃったのかも・・・。

例の本は、コースケが、ご褒美だとか言って無理やりコージに押し付けていたが・・・。

訳、わかんないぞ・・・。




２２日終業式の日、コージがミニコンに参加するって聞いてた。

コースケが慌てて看板を作ろうと言い始めた。

それにしても、コージも水臭い・・・黙ってるなんて。

ところで、コージ、いつの間にピアノなんか弾けるようになったのか・・・勉強もだけど・・・

ま、それはおいといて、久しぶりに仲間が集まった・・・もちろん、コージには内緒。

花梨は、バイトとかで遅れてやって来たが・・・。

花梨がバイトって聞いたときは、ちょっと、驚いた・・・

ちゃんとやれてるんだろうかと・・・いや、保護者みたいな気持ちでだが・・・

あれ？待てよ・・・うちの学校・・・バイト禁止じゃ・・・

あ、看板、看板の話ね。

材料とかは、トールが用意してくれた。

骨組みは、トールとコースケが・・・絵の方は、俺と平野さんと・・・花梨が。

下絵を描く・・・ピアノを弾いてるコージの絵・・・

と、言ったって、マンガチックだから、コージとは判らないが・・・

字は花梨が書いてくれる・・・花梨は字が綺麗だからな。

花梨は相変わらず、無口だ。平野さんに話しかけられて、頷いているだけだ。

描き終わって、３人で花を作り始めた頃、トールとコースケが入ってくる。

「う〜、寒かった・・・こっちは、終わったぞ。」

「後は、花だけか？」

「ああ、もうちょっとだな」


花が仕上がると、コースケが立ち上がる。

「よし、設置しに行くぞ」

４時か・・・薄暗くなっているが、いまなら、まだいいか・・・。

明日は、皆聴きに行くんだから、明日でもいいんだが・・・やっぱり、設置したところを

早く見たい。

花梨は、明日の午前中がバイトの最終日だって言ってた・・・一緒に設置できるのは

今日しかない。

荷物を分担して持ち、学校へ向かう。




看板を体育館の入り口のところへ設置する。

正門には、業者の作った大きな看板はあるけど・・・気持ちだけは負けないぞ。

「ちょうどいい大きさじゃない？」

平野さんが看板を眺めながら、花梨に話しかけてる。

花梨も大きく頷いている。

「なあ、記念写真撮ろうぜ。コージがいないのは残念だけどさ」

トールが、カメラを持って来てるみたいだ。

「そうだな・・・」

「ちょっと、待ってろ」

コースケが駆け出していく。なんだ、どうしたんだ？

「なんだ、トイレか？」

皆がクスクス笑う。・・・花梨も。

やって、よかったな・・・きっかけをくれたコージに感謝。


コースケが引っ張ってきたのは、休日出勤してた事務のおじさん・・・

「これで、皆一緒に写れるだろう」

いやあ、こいつのズーズーしさには、頭が下がる。

看板を真ん中に、写真を撮ってもらった。

・・・コースケのズーズーしさに感謝。心の中に浮かんだ正直な気持ち。

おじさんに充分お礼を言って家路についた。


学校から、３つ目の駅・・・コースケが手を振って、電車を降りていく。

後の４人は、次の駅だ。

電車を降りると、トールが、俺に言った。

「俺、平野さん送ってくから」

「ああ、頼む」

ふたりと手を振って分かれる。

・・・

花梨と歩くのも久しぶりだな・・・

そう思って、花梨を見ると・・・こっちを見ていた。

目が合うと、慌てて俯く・・・

なんなんだ？・・・何か言いたげだったけど・・・

「明日・・・一緒に行こうか？」

「う、うん」

「よし、じゃあ、１時に迎えに行くから・・・」

「う、うん」


家の前まで来ると、花梨がペコリとお辞儀をした。

「ああ、お休み」

花梨が玄関に入るのを見届けた後、空を見上げる。

なんか、明日は、天気が悪そうだ。




翌日、１時少し前に家を出ると、花梨の姿が見えた。

約束の時間の前から、待っていたのか？・・・そう思ったが違うようだ。

何かを・・・探してるようだ。

「何か落としたのか？」

花梨に声をかける。

振り向いた花梨が今にも泣きだしそうな声で返事をする。

「祐ちゃん・・・鍵、落としちゃった」



第１話　終了




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