部屋で、描きかけの絵を眺めている。

実は、花梨の絵なんだが・・・

目を瞑れば、以前よく見せた笑顔が浮かんでくるのに・・・いざ、描こうとすると描けない。

・・・



年が明けると、部からの課題が出た。毎年、恒例となっているってことらしいんだが・・・

写真部との共同企画。

・・・卒業生にって事で、写真と絵が対になり掲示されることになるわけなんだが・・・

掲示スペースもあり、各部、それぞれ、8名が選ばれる。


うちの部・・・美術部は、1年生が10名、2年生が6名。実は、3年生がいない。

それに比べ、写真部は、約30名・・・約って云うのは、幽霊部員も結構いるらしい・・・

最近、デジカメとかの普及で、お手軽って事で写真部は人気があるらしい。


美術部は、部長以外の2年生5名と、1年生は、俺と1−Fの長谷川奈々が選ばれた。

長谷川さんは俺と違って、緻密な絵を描くタイプだ。


写真部も順次出展者の名前が読み上げられ、ペアとなる相手の名前も発表される。

俺と同じクラスの青井拓也の名前も、読み上げられた。

気心の知れたこいつと組めたらなあと思った。

でも、俺が組む相手は、1-Fの大野木優未・・・外見は、悪くない・・・結構イケてる。

この時は、そんなことくらいしか思わなかった。

だが、この課題で、こんなに悩むことになるとは思ってもいなかった。

その日は、個々、テーマを決める様にということで解散になった。




数日後、大野木が約束通り教室にやって来る。

俺としては、この時、テーマを決めるつもりで痛んだけど・・・

私の作品はこれだからねって、いきなりパネルを見せられた。

第1回卒業生が植樹した記念樹・・・やや見上げるように撮っている写真。

作品は、確かに良い出来だと思う・・・

生命力って言うか、力強さがあって、構図もなかなか決まっているんだけど・・・

これと対になるような絵を考えて描けって言うのか?

普通、相談しながら進めないか?こんなテーマで行きましょうとかさ・・・

それとなく言ってみたが、あっさり、『私、変えるつもりないわよ』と、返ってきた。

こんなわがままな女・・・初めてだ。


教室の入り口に見慣れた顔を認める。

コージと白石さんが、花梨のところへ来たようだ・・・

花梨は、今は教室にいないんだ。平野さんに付き合って職員室へ行ってる。

なんか、こっちを見て、コージが引いてる・・・白石さんの後ろへ隠れるように・・・

どうしたんだ?珍しいこともある・・・

そんなことを思っていたら、白石さんを引きずるようにして行ってしまった。

一体何なんだ?


「あれ、誰?」

ん?コージたちのこと言っているのか?

「コージ・・・1−Aの日高孝司と白石さんだよ」

「へええ、あれが・・・」

まあ、ある意味有名だからな・・・

「おもしろく・・・なりそう・・・」

こいつ、何を考えているんだ?

俺の周りって変な奴が集まってくるのか?と一瞬、考えてしまった。

こいつも、変わってるけど・・・

コージと白石さん・・・あのふたりの行動も理解できない。

何処までいってるんだか・・・奥手のコージだからなとは思うんだが

時々、ドキッとするような会話をしているような時もあるし・・・

そうかと思えば、手を繋ぐ繋がないで揉めている時もある。

いや、ちょっと、街中で見かけたんだけど・・・。

ふたりは、こっちに気がつかなかったようだが・・・

最後は、ふたりして、赤い顔して手を繋いでたっけ・・・『お前ら、廻りをよく見ろ』って

言いたくなっちまう・・・堂々と腕を組んでるカップルがたくさんいるんだぞ。

・・・廻りが見えてないってのも、ちょっと、うらやましくはある・・・って

何、言ってるんだ。俺。





ふぁ〜ああ・・・

し、失礼・・・最近、よく眠れなくて・・・

あの写真に勝てるような、ビシッとした絵を描きたい。

何を描こうかと考え始めると、あっという間に時間が過ぎちゃって・・・

スランプ・・・っていうやつかな・・・



部活の時、長谷川さんに聞いてみた・・・

「大野木・・・さんって、どんな人」

「え?普通だけど・・・」

普通?普通って・・・

「う〜ん、男子に対しては醒めたところ、あるかなあ・・・」

ははは、そうですか・・・答えようがない。

「課題、進んでる?」

「ええ、青井君、好きなように描いて良いって言ってくれてるから・・・

描いた絵に合わせて、写真選ぶって言ってくれてるから・・・」

「そうか・・・よかったな。頑張れよ」

青井拓也・・・例のデコの記念写真を撮ってもらったんだが・・・

間抜けな写真で皆で笑ったって、話はしたと思うけど、翌日、全紙サイズに

引き伸ばしてきやがった・・・これで、どうだって感じで。

こいつの行動力には驚かされた。それ以来、拓也とは親しくなった。

その写真はパネルになって、家の壁にに掛けてある。





放課後、珍しく大野木がやってくる。

普段なら、○○○さん・・・って感じなんだが・・・頭の中では呼び捨て。

ここまで相性の悪い相手は初めてだ。

大体、向こうからやってくるって云うのが・・・悪い予感がする・・・。

どのくらい進んだか偵察に来たようだ・・・実際、期日まであと1週間ちょっと・・・

かなり時間が、経ってしまった。


「出来ないんだったら、もっと才能のある人と代わって貰ったら・・・私と組みたい人なら

大勢いるだろうし」

ぬかせっ、誰が、お前なんかと、組みたがるか・・・

でも、見かけは悪くないし・・・信奉者も結構いるって聞いた。

・・・俺にだって、プライドがある・・・『はい、そうですか』で、放り出すことなんて出来ない。


花梨が帰り支度をして、こっちにやって来た。

「祐ちゃん・・・一緒に、帰らない?」

それを聞いた大野木が、突然、肩に手を廻して耳元で囁く。

「お前の彼女か?こんなのが好みなのか」

びっくりした花梨が駆けていく。

「あ、か、花梨」

追いかけようと、立ち上がろうとしたが大野木に腕を引っ張られる。

座っていた椅子に尻餅をついたって感じだ。

こいつ・・・性格悪い。

「課題はどうするんだ」

「まだ時間はあるさ。必ず、仕上げてやる」

「期待してるよ」

大野木が離れて、すぐに廊下に出たが・・・

花梨の姿は見えなかった。

鞄を掴んで駅まで走ったが、やはり花梨の姿を見つけることは出来なかった。

あの、動作の遅い花梨が・・・よっぽど驚いたに違いない・・・


花梨の家へ行ってみたが、まだ、帰っていない。

何処へ行ったんだろう・・・


花梨・・・なかなか帰ってこない・・・。

時々、花梨の家のほうを覗いて見るんだが・・・部屋の明かりが点かない。

ホントに何処へ行っているんだろう。また、鍵でも落としたんじゃないかと、心配になる。


8時過ぎに、車の音がした・・・窓の隙間から覗くと、花梨と白石さん。

白石さんの所へ行っていたようだ・・・ちょっと、ほっとした。

これで、課題の方に集中出来そうだ・・・






月曜日の朝。

昨日の夜も、途中まで描きかけてやめた・・・

大野木なんかに負けたくないと思うと、思うように描けない・・・



玄関の戸を開けると、花梨の姿が目に入った。

「おはよう、祐ちゃん」

「ああ、おはよう・・・花梨」

あんなことがあったのに・・・待っててくれた?

部の課題が出たら・・・朝、ぎりぎりまで寝てることが多くなるんで先に行くように

言ってあったんだけど・・・

「花梨・・・金曜日のことだけどさ・・・」

「勝ち負けより、受け止めることが大事なんだよ・・・ね」

「えっ」

課題のことを言っているのか・・・

大野木よりインパクトのあるものを・・・目立つものを・・・

そんな事ばかり考えていた。

でも、要は・・・卒業生へのメッセージになれば・・・それが伝われば・・・

向こうが主役でもいいじゃないか・・・

少し・・・見えてきた。何を描けばいいのかが。

「でも、どういう意味なんだろう・・・」

「えっ」

花梨・・・誰かの受け売りだったのか?

まあ、どっちにしろ、方向性を示してくれたんだから・・・

「花梨、今日、誰かと約束ないか・・・ないなら、ドーナッツ奢ってやるぞ」

「え、ホントに?」

「ああ、花梨が、何を描けばいいか教えてくれたからな」

「え、描くもの、決まったの?」

「大体だけど・・・な」

「よかった・・・」

・・・

花梨にまで心配かけてたのか・・・情けねえな、俺。



休み時間、構図を考える。

「見てていい?」

休み時間毎に、花梨が傍にやってくる。

どうしたんだ?

・・・

話しかけるわけではないし・・・黙ってみているだけ。

でも不思議だ・・・いつもより、筆・・・あ、今は、鉛筆か・・・が進む。



放課後、約束通り、花梨にドーナッツを奢る。

某チェーン店でない、喫茶店風・・・スランプから脱出出来たんだからこのくらいは、な。

なぜか、花梨が落ち着かない。

ふたりだけで、こんなところへ入るのは初めてだが・・・

ファミレスとかなら、ふたりで行ったじゃないか。

「どうした?トイレか?トイレなら、奥の左側だぞ」

花梨が、ブスっとした顔をして、上目使いにこっちを見て、一言。

「祐ちゃんらしい」

俺らしい?・・・よく、わからない・・・




2月13日・・・課題提出の期日。

部室のほうへ提出しに行く。

課題は・・・校舎を描いた・・・セピア色で。

部長は黙って受け取ってくれた。

気にくわなかったら、月曜日までに描き直せって、突っ返す人だ。

とりあえず合格ってところか・・・




2月14日。

珍しく、花梨が家に来た。

クリスマス以来だが・・・俺の部屋にまで来たのって・・・

まあ、描きかけの花梨の絵は、すばやく隠したけど・・・

花梨が、綺麗な包装紙で包んだものを差し出している・・・これ、もしかして、チョコか?

わざわざ、持って来てくれたのか

「あの・・・祐ちゃんだけだよ」

「え?」

俺だけにくれるっていうのか?コージには・・・

「あ、コージには?」

「コージ君?コージ君には、白石さんが・・・コージ君は白石さんだし・・・あ、白石さんが、

祐ちゃんだけに渡すんだよって、ちゃんと言いなさいって・・・祐ちゃん、鈍いからって・・・」

鈍い?

う・・・言ってくれるじゃないか・・・

確かに・・・このチョコだって、白石さんと作ったんだろうけど・・・でも・・・

「コージのことはいいのか。好きなんだろう?」

「え?コージ君・・・うん、好きだよ。花梨はコージ君の妹分だもの・・・コージ君、

言ってくれたの・・・困ったことがあったら、いつでも相談しなさいって・・・」

・・・

一番気になってたのは、花梨の気持ち・・・

コージの奴、今は、白石さんと付き合っているけど・・・

花梨はきっと心の中じゃコージを好きなんだろうって・・・

実際、花梨も自分の気持ちに気づいていないところがあるかもしれないって

でも、俺も自分の気持ちに正直にならないと、前には進まない。

「ありがとう花梨。来月まで、待てない気分だけど・・・キャンディいっぱい返すからな」

「う、うん」

花梨の嬉しそうな笑顔。

あ、この笑顔・・・これだ。

描けるかもしれない・・・そう思った。

「花梨。クリスマスに貰った絵の具で、花梨を描いているんだ・・・仕上がったら、

花梨にやるからな」

「え、本当?祐ちゃんの絵を・・・大好きなの・・・暖かいし、優しいし・・・うれしい」

花梨がそう言ってくれるのが、一番嬉しいぞ。

「あ、これも・・・使って」

花梨がポケットから出したのは・・・厚紙に挟んだ・・・和紙のコースター

「白石さんと一緒に作ったんだよ」

そうだ、お茶も出してない・・・

「ちょっと、待ってろ」

階段を駆け下りて、台所へ。



「インスタントだけど・・・」

お盆からマグカップを取って花梨に渡す。

「最近は、コージの所より、白石さんの所へ行っているんだな・・・」

花梨が首を傾げて答える。

「見た目は、白石さんだけど・・・ちゃんと、コージ君だよ。最初は、あれって思ったけど」

???

よくわからない・・・

前に、コージの彼女も変わってると思ったけど・・・俺も仲間入りか・・・

まあ、どっちにしろ、白石さんには借りが出来たな・・・

「あ、あの・・・手・・・」

???

花梨がおずおずと、手を差し出している・・・下を向いて・・・真っ赤な顔して。

手を繋ぎたいってことなんだろう・・・花梨にしては、すごい進歩じゃないか。

で、でも・・・

あ、なんて言うか・・・実際、手を繋ぐのって勇気がいる・・・

なんか、顔が熱くなってきたぞ・・・

小さい頃は、この手を取って引張り廻してたのに・・・

花梨に気づかれないように、深呼吸をして、手を握った。

花梨の嬉しそうな笑顔・・・この笑顔は、コージにだって渡したくない。

そう思った。





大野木といえば・・・掲示された写真と絵を見て、しかめっ面をしていた。

とりあえず、作品は、対にはなったんじゃないか・・・




第3話 終了




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第3話
祐樹と花梨