いつもの様に玄関の戸を開け、靴を脱ぎ隅の方へ揃えて置いた。

今日の成果に思わず笑顔になってしまう。

「ただいま〜」

「あ、お帰りなさい」

「え・・・なんかあった？」

リビングの戸を開けると、いきなり、お母さんが出てきたのでびっくり。

「お弁当の成果、どうだった？」

お弁当の件か・・・

「うん。晴香、美味しいって言ってくれたよ」

「それで」

「え」

あ、そうか、お母さんにもお礼言わないといけないんだ。

「お、お母さんに、色々教えて貰ったから、晴香に喜んで貰えました。有難う御座いました」

ペコリとお辞儀をする。

「え、ああ、どういたしまして。それで、晴香とどんな話したの？」

「え」

興味があるのは、やっぱり、こっちの方か・・・。

「う〜〜ん・・・文化祭の出し物とか」

「文化祭？」

「そ、そうなんだ・・・ちょっと、先の話なのかもしれないけど・・・」

ちょっと、汗、出ちゃった。

「へえ・・・」

あっ・・・あまり興味なさそうな反応。

「他には？」

「え〜〜・・・お弁当の出来栄えくらいかな・・・」

「出来栄えねえ・・・」

「うん」

全然興味なさそう・・・これなら、早く解放して貰えそう。

「孝ちゃん、こっち・・・ここ座って」

「え、な、何？」

他に何か話があるのだろうか？と思いながら、座った。

その横にお母さんが座る。

「文化祭の出し物って？」

「え」

興味ないんじゃなかったの？

「それで、何することになったの？」

「うん・・・劇を・・・」

「え・・・劇？」

「うん」

「どうして？・・・生徒会って忙しいんでしょ」

「うん・・・それが・・・晴香が・・・」

「晴香が？・・・それで」

「校長先生と・・・」

「校長先生？」

「うん・・・ちょっとしたことから、そんな話になっていって・・・」

「ちょっとした事？」

なんで、こうなるんだろう・・・このままじゃ、押し倒す話とか、腕を組むって話まで・・・

ま、まずい。

「あ、あの・・・お母さん、夕食の準備とかは？・・・お手伝い・・・するけど？」

「あ、今日は、裕さん出張で・・・あ、お、お父さんね。だから・・・ちょっと位遅くなっても

・・・いいでしょう？夕食」

「うん、大丈夫だけど・・・お父さん、裕って言うの？」

「え、あ、裕介だから・・・それで、裕って呼んでるのよ」

「へえ・・・やっぱり、ふたりの時は、名前で呼び合うものなの？」

「え、あ、まあ、そうね・・・ど、どうかしら・・・あ、少し、お腹すいてきちゃったかな？」

お母さん・・・笑顔が引き攣ってるみたいだけど・・・。

「え、まだ、大丈夫だけど・・・」

「そう？でも、そろそろ、準備するわね」

「あ、お手伝いするね」

「いいわ・・・孝ちゃん。出来たら呼ぶから・・・部屋で勉強でもしてたら・・・」

「え・・・いいのかな」

「そ、それじゃ・・・ね」

お母さん、キッチンの方へ行っちゃった。あれ、なんか知らないけど・・・助かったみたい。

ふたりの時は・・・晴香って・・・あれ、今と変らない。参考にならないじゃん。

ああ・・・でも、戻れなかったら、晴香のこと・・・こ、孝司さんとか、孝さんとか、呼ぶのかな？

顔が火照ってきた・・・と、とりあえず、二階へ行こう。





玄関を出て、空を見上げる。

うん、少し曇ってるけど、今日は雨の心配なし。

家を出てフェンスを閉め、駅へ向かって歩き始める。

親善試合の事が頭に浮んでしまう。

あ、メンバー集めなきゃ・・・ちょっと、頭が痛いや。


ホームで晴香に会った。挨拶するけど、歯切れが悪い感じ。何か考え事をしていたようだ。

電車に乗ると、水都さん達に会った。

「おはよう」

いつも通り元気いっぱいのようだ。

晴香が水都さんに向かって話し掛けた。

「水都さんにお願いがあるんだけど・・・」

「え、何かな？」

「親善試合の件なんだけど・・・」

「え」

晴香に突然、小突かれた。

あ、例の協力してねってやつだ。

「あ、あのね、真美・・・ひ、日高君は、真美にバスケットチームの監督をやって貰えないかなって

・・・引き受けて貰えないかな？」

「「か、監督？」」

なんか、とても、驚いているみたい。

「うん。休憩とか作戦タイムとか取るのって重要でしょう。ほら、水都さんならセンス有りそうだし

・・・お願い出来ないかな？」

晴香はそう説明し、また小突く。

「あのォ・・・ほら、テレビで見てると、カッコいいし、女の子の監督って結構目立つんじゃないかな

・・・あ、これって、伝説にもなるよね」

「え、伝説になるかな？」

あ、乗ってきた。すかさず、肯定する。

「うん、なるなる」

「んー、じゃー、やってみようかな」

ここで決めてしまおう・・・晴香を小突き返す。

「え・・・あ、有難う。水都さん」

なんか、決まったみたいだなと思っていると、水都さんは、こっちに話し掛けてきた。

「ところで・・・晴香の方は、メンバー集まったの？」

「あ・・・まだ・・・３年生引っ張り出すのは、ちょっと・・・１、２年生に声掛けてみようと

思っているんだけど・・・」

水都さんが思い出すように言う。

「あの時・・・両方の試合が見たいって意見から、男子の試合の１週間後になったはずよね」

「うん・・・そうみたい」

「でも、メンバーも、監督もまだ決まってない訳だ」

「うん・・・」

ちらっと、晴香の方を見る。

「日高君・・・後付で悪いけど、監督引き受ける条件つけても良いかな」

「え・・・何？」

晴香、ちょっと、びびってる？

「日高君が、女子のチームの監督を引き受ける事・・・が条件なんだけど」

「え・・・で、でも・・・今は・・・一応、男だし・・・」

「え？」

水都さん、小さな声で訊いてきた。

（今、今って言わなかった？）

わあ〜、晴香、何言い出すんだよ。

「照れ臭いってことだよね」

「あ、それなら、私だって・・・」

「え、あ・・・出来ないっていう意味では・・・」

「うん、言いたい事は、分かってるって。マネージャー的な仕事は、私が担当するから・・・」

「うん・・・それなら・・・」

「良かったね。晴香」

水都さん、気を廻してくれたんだ。

「あ、有難う、真美」

「さて・・・あーやも、晴香に協力したいでしょ」

「ま、真美ちゃん？」

「晴香、あーやはＯＫよ」

「え？・・・いいのかな・・・あーや」

「え・・・は、はい。晴香さんの役に立つのでしたら・・・」

「有難う、あーや」

「でも、あまり、戦力にはならないと思いますけど・・・」

「親善試合・・・だから、お互いに楽しめれば良いんじゃないかな」

「そ、そうですね」

原田さん、ニッコリ笑う。

「日高君も、メンバーに心当たりがあったら、紹介してね。不戦敗って、カッコ悪いでしょ」

水都さんが、晴香にも要請・・・水都さんのこんなトコ、とっても助かる。

「う、うん。分かった。心掛けておくよ」

晴香も答えてくれた。





「晴香・・・親善試合って、予算つくの？」

「あ、生徒会長に聞いたら、臨時で少しは出せそうだって」

「ホント・・・じゃ、放課後、買い物に付き合って」

「う、うん・・・良いけど・・・何か、買うの？」

「へへへ・・・ちょっとね」

水都さん、何か企んでるのかな？



目的の店に入ると水都さんは色々物色し始めた。

「ねえ、何を買うの？」

「襷か何か、目立つもの・・・ほら、試合って体操服でしょう。あっちも同じ様な体操服だし・・・

校章や、服の縁取りの色の差なんて判りにくいでしょう・・・」

「なるほどね・・・」

この辺の事は水都さんに任せておけば間違いはない。



買い物の後、不安が口から出てしまった。

「メンバー集め、どうしようかな・・・」

「放送も掛かっていたじゃない。大丈夫なんじゃない？」

水都さんが明るく答える。

「うん・・・でも、ダメみたい」

放送が掛かった時のクラスの様子を思い浮かべると、そうなんだろうなあと思う。

「そっか・・・次は、電話作戦くらいかな」

「電話作戦？」

「うん。これは、ホントに親しい人にしか使えないけどね」

「親しい人？」

「うん。親しくない人には、直接交渉ね。電話だと断りやすいでしょ」

「な、なるほど」

「まず、電話作戦やって、それから、交渉に廻ろうよ」

「うん」

メンバー集めの手段が見つかっただけでも、ラッキーだ。




家へ帰って、電話機を前に考え込んでいた。

電話するって言っても・・・一体、誰に？

親しい人って、晴香・・・のだよな。後、最近、親交がある人って事になるのか。

と、言う事は・・・



『はい。木下です』

「白石といいますけど、弥生さん、ご在宅でしょうか？」

『あ、晴香ちゃん？』

「え、は、はい」

『ご無沙汰ねえ。今度遊びにいらっしゃいよ』

「あ、有難う御座います」

『弥生ね。今、代わるわね』

「お、お願いします」

今のは、木下さんのお母さん？電話作戦て、危険も孕んでるんだ・・・私の場合だけど。

『あ、晴香？』

「うん、実はお願いがあって・・・」

『晴香のお願い？・・・あ、多分、試合の件でしょう』

「実は、そうなの」

『集まりそう？』

「ダメみたい・・・今日、放送部に募集の放送して貰ったんだけど・・・」

『やっぱりね・・・うちのクラスも応援には行っても良いけど、選手で出場するのは嫌だって

言ってたから・・・あ、私は、ＯＫよ。もし勝てたら、ケーキでも焼いてくれれば、だけど』

「う、うん。ケーキ位、焼いちゃう」

『ホント。楽しみ〜』

「あ、有難う。弥生」

『うん。明日から練習するの？』

「そのつもり」

『それじゃ、明日ね〜』

「うん。それじゃあ」

良かった。三人目が決まった。


次は・・・

『白石さん・・・ですか？』

「え、花梨ちゃん？・・・なんで分かったの？」

『電話、登録してあるから・・・』

「あ、そうか」

電話機の表示で分かっちゃうのか。

『どうしたんですか？』

「花梨ちゃん・・・お願いがあるんだけど・・・」

『お願い・・・ですか？』

「うん・・・親善試合のバレーボールなんだけど・・・一緒に出てくれないかな？』

『え・・・はい』

「え？」

『私、出ます。私にまで電話掛けてくるなんて、白石さん、相当困っているんですね』

「うん・・・実はそうなの」

『いつも、助けて貰ってるから・・・あ、私、雫ちゃんにも、試合に出てくれる様に電話してみます』

「え」

『必ず出てくれる様に言いますから』

「あ、有難う。花梨ちゃん、期待してます・・・それから、一応、明日から練習始めるつもりで

いるから・・・」

『分かりました。期待しててください』

「うん。それじゃあ・・・」


花梨ちゃん、いつもと違って、とっても元気だった。期待されてるって感じたからかな？

それとも、相当困ってるって言うのが伝わっちゃたのかな？

花梨ちゃん・・・ホントに期待してるからね。

それにしても・・・晴香、気付いているのかな？試合の翌週から、試験だって。

はあ〜、人集めって、大変。

はあ、この辺で、休憩しよ。

１階へ下りると晴香がいた。

「晴香、来てたの？」

「さっきね」

「呼んでくれればよかったのに」

晴香の横に座ると、お母さんがティーカップを置いてくれた。

「忙しかったんでしょ」

晴香が答える。

「別に・・・晴香が一番なんだから・・・」

「ああ・・・ホントに頼られてるなあ・・・」

「え、何が？」

話が見えない。

「なんでもない・・・ところで・・・メンバーの方は？」

「あ、うん・・・家へ帰ってきてから、木下さんと花梨ちゃんとこへ電話した」

「ふ〜ん、それで・・・」

「木下さんはＯＫしてくれたんだ。花梨ちゃんも・・・それから、花梨ちゃんは、平野さんに頼んで

みてくれるって」

「５人か・・・」

「こんなにメンバー集めが大変だとは思わなかったよ」

「条件付だからね・・・多分こんな事になるような気がしてた」

「集まらなかったら、どうしよう」

「珍しいわね。孝が弱気になるなんて」

「強制はしたくないし・・・楽しくやりたいし」

「ふ〜ん、でも、一方的な試合って楽しくないわよ」

「そ、それは、そうだけど・・・」

レベルの差があったら、試合にはならないしね。それは感じてはいるけど・・・。

「まだ時間あるから・・・」

「うん・・・」

「晴香の方はメンバー集まったんだよね」

「なんとかね」

「試合来週の土曜日だよね。私も応援に・・・」

「そんな時間があれば、練習してて欲しいな・・・みっともない試合して欲しくないし、それに、

孝、今回、役当たってないでしょ」

「え・・・それは、そうだけど・・・」

なんか、凄いショック。折角、晴香の応援に行きたかったのに・・・。

「晴香、夕食食べてく？」

お母さんが晴香に訊いている。

「ううん、今日は、帰る」

「そお？」

「うん。今日は、母さんが私の好きなもの作って待ってるって言ってたから」

「うん。それじゃ・・・」

「孝、今日は有難う。それから、ごめんね」

何？・・・何の事か良く分からない・・・。

晴香が帰っていくのを見送って家に入った。




はあ〜、晴香って、厳しいんだか、優しいんだか、良く分からない。

しっかりしているようで、脆いし・・・

でも、掴み所がないところも、ひとつの魅力なんだよね。

なんて事、言ってないで、メンバー集め、メンバー集め。






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