火曜日、朝。

電車で、水都さん達に会う。

予てからの計画通りに話を切り出した。

「水都さんにお願いがあるんだけど・・・」

「え、何かな？」

「親善試合の件なんだけど・・・」

「え」

あ、なんか、引き気味。すかさず、孝を小突く。

こういう場合、孝に話をして貰うのがが一番だと思う。

「あ、あのね、真美・・・ひ、日高君は、真美にバスケットチームの監督をやって貰えないかなって

・・・引き受けて貰えないかな？」

「「か、監督？」」

原田さんとハモってた。やっぱり、驚いたみたい。

「うん。休憩とか作戦タイムとか取るのって重要でしょう。ほら、水都さんならセンス有りそうだし

・・・お願い出来ないかな？」

もう一度、孝を小突く。

「あのォ・・・ほら、テレビで見てると、カッコいいし、女の子の監督って結構目立つんじゃないかな

・・・あ、これって、伝説にもなるよね」

「え、伝説になるかな？」

「うん、なるなる」

「んー、じゃー、やってみようかな」

さすが、孝・・・なんて思っていると、孝に小突かれた。

「え・・・あ、有難う。水都さん」

水都さんは、こっちに向かってニッコリ笑い、それから、孝に話し掛けた。

「ところで・・・晴香の方は、メンバー集まったの？」

「あ・・・まだ・・・３年生引っ張り出すのは、ちょっと・・・１、２年生に声掛けてみようと

思っているんだけど・・・」

水都さんが思い出すように言う。

「あの時・・・両方の試合が見たいって意見から、男子の試合の１週間後になったはずよね」

「うん・・・そうみたい」

「でも、メンバーも、監督もまだ決まってない訳だ」

「うん・・・」

「日高君・・・後付で悪いけど、監督引き受ける条件つけても良いかな」

「え・・・何？」

「日高君が、女子のチームの監督を引き受ける事・・・が条件なんだけど」

「え・・・で、でも・・・今は・・・一応、男だし・・・」

孝は別として、他の子達からみたら・・・きっと、やり難いと思うし。

「え？（今？）・・・」

孝が慌てて、口を挟む。

「照れ臭いってことだよね」

「あ、それなら、私だって・・・」

「え、あ・・・出来ないっていう意味では・・・」

水都さんの言葉に慌てた。

「うん、言いたい事は、分かってるって。マネージャー的な仕事は、私が担当するから・・・」

「うん・・・それなら・・・」

これ位はやむを得ない、妥協。

「良かったね。晴香」

「あ、有難う、真美」

なんで、孝が水都さんにお礼を？

「さて・・・あーやも、晴香に協力したいでしょ」

「ま、真美ちゃん？」

「晴香、あーやはＯＫよ」

「え？・・・いいのかな・・・あーや」

「え・・・は、はい。晴香さんの役に立つのでしたら・・・」

「有難う、あーや」

え？水都さんと原田さんって・・・不思議。

「でも、あまり、戦力にはならないと思いますけど・・・」

「親善試合・・・だから、お互いに楽しめれば良いんじゃないかな」

「そ、そうですね」

孝は軽く考えているんだ・・・私は・・・出来れば、勝ちたいと思うけど。

「日高君も、メンバーに心当たりがあったら、紹介してね。不戦敗って、カッコ悪いでしょ」

「う、うん。分かった。心掛けておくよ」

思わず、苦笑い。




教室に入って席に着き、入り口の方を見ている。

当てにしているもう一人が登校してくるのを待っている訳。

「あ」

席に着こうとしていた泉君に話し掛ける。

「泉、お願いがあるんだけど・・・」

「ん、教材でも取りに行くのか？」

「今度、東校とバスケットボールの親善試合があるんだけど、一緒に参加してくれないか？」

「え・・・」

泉君には予想していなかった言葉だったらしい。

「バスケット？無理、無理。僕には無理だよ」

「そんな事言わないで・・・参加して貰えないかな。一緒にやりたいんだけど・・・」

「やっぱり、無理だよ」

「その身長は、武器になると思うけど・・・」

「そんな事言われても・・・」

この砦は落ち難そうだ。

この手は使いたくなかったけど・・・念の為に作った手だし・・・

「水都さん・・・」

「え？」

「がっかりするだろうな」

「何故・・・水都さんが」

「うん・・・水都さんは、男子チームの監督なんだ」

「・・・」

「今日も言ってた。『メンバーが集まらなくって、不戦敗になるのは、かっこ悪い』って」

ちょっと違うけど、そう言ったのは間違い。

「か、考えさせてくれ・・・」

「うん・・・考えてくれるんだね」

泉君が頷く。



午前中の授業が終わると、泉君がやってきた。

「参加するよ。何処まで出来るか分からないけどやってみるよ」

「有難う・・・じゃ、放課後、他のメンバー紹介するから」

予想以上に早く答えが貰えた。

よし、計画通りに事が進んでる。



放課後、メンバーの顔見せを行った。

と、言っても皆知ってる訳だけど。

「まず、監督は水都さんにお願いしました」

「え〜っと、作戦とか出せる訳ではないけど、よろしくお願いしま〜す」

水都さんの挨拶に皆が頷く。

「メンバーは、Ｂ組の清水祐樹君、Ｃ組の山田亨君、Ｄ組の中原浩輔君、それに皆には、初めてに

なるのかな？・・・僕と同じＡ組の泉肇君です」

「あ、俺、１年の時、泉と同じクラスだったんだ」

ユーキ君が軽く手を上げて言った。

泉君がその言葉に頷く。

「宜しく」

「うん、頑張ろうぜ」

「それから、試合は来週の土曜日なんだけど、練習は主に放課後。１時間くらいかな・・・今週は、

このメンバーで練習して、来週は、バスケット部に協力して貰ってゲーム主体でいきたいと思うけど

・・・どうかな？」

周りを見回すと、ユーキ君が答えてくれた。

「うん、そんな感じで良いと思うけど・・・」

「じゃ、バスケット部には話ししとくよ。水都さんも、出来るだけ、練習見に来てね」

「うん、分かった」

その日、水都さんは、孝と買い物に行くといって先に帰っていった。

「俺達は、少し汗流すか？」

「本格的には明日からやる事にして、今日は軽く体動かそうぜ」

「ああ」

・・・

・・・

「泉、やるじゃないか」

「でも・・・シュートは決まらないし、引っ掻き回してただけのような気がするよ」

「最初は、あんなものだと思うよ。僕だって、初めは・・・あ、直ぐに慣れると思うよ」

「そうかな」

「大丈夫だって」




帰り、バッタリ、大野木さんに会ってしまった。

大野木さんと駅前のベンチに座って自動販売機で買った缶ジュースを飲んでいる。

こっち側は人通りが少ないとは言え、なんで、こんな所で・・・

「私と付き合う気ないんだ」

「大野木さん・・・僕は、白石さんと・・・」

孝に出来た事、私に出来ないはず無い。

「分かってるわ。でも、白石さんと付き合ってる事、隠しておきたいんでしょ」

「そんな訳じゃ・・・ただ、騒がれるのが嫌なだけで・・・」

「ふ〜ん・・・でも、あんな有名人と付き合ってて、騒がれたくないって、訳が分からないわ」

「・・・」

「私とだったら、騒がれる事ないわよ」

「・・・」

それはどうかと思うけど・・・

「でも・・・意外と、仲直り早かったみたいじゃない」

「え」

「１週間くらい・・・だったのかな？」

「な、なんで？」

何故、大野木さんが知っているのかとびっくり。

「見ていれば・・・それだけ、日高君を見ていたってことよ」

「見ているだけで・・・分かるものなの？」

「勿論・・・何故、こんな事言わなきゃいけないの」

「え・・・ああ、ごめん」

「別に謝って貰いたくて・・・もう、いい」

会話が途切れ、何か気まずい。

「あの、以前・・・あ、知り合いの子なんだけど・・・その子、結構、周りから注目浴びてたんだ

・・・その子自信も、注目されるって事で、自信とか、自慢みたいな事もあったみたいだけど・・・

でも・・・あるキッカケが元で、別れてしまったんだ・・・でも、注目を集めた分、女の子の方は

・・・とても嫌な思いを・・・したと思う」

なんで、大野木さんにこんな話してるんだろうと思う。

「女の子の事を心配して？」

「う・・・ん」

「それって、別れた時の事を考えてってことかしら？・・・もう、別れる事、考えてるの？」

「そ、そんな訳じゃ・・・」

大野木さんの言葉は、胸を抉った。

「そんなことは絶対、絶対ないけど・・・でも、絶対って事は・・・」

「じゃ、自分がフラれて、傷つくことを恐れてるんだ」

「そんな事・・・そんな事は・・・」

否定したかったけど・・・完全には否定する事が出来なかった。

「そ、そうなのかもしれない・・・」

「日高君て、正直なんだ」

「そんなことは・・・」

「白石さんて、そんなに魅力的な人なの？」

「分からない・・・のんびりした所もあるけど、意外に頼りなったりするし・・・優しいそうに見えて

意外と我侭・・・気を使っているのかと思えば、頼ってたりして・・・結構、泣き虫・・・かな」

「それが、白石晴香？」

「え・・・うん、今の白石晴香だね」

「今の？」

「うん」

「ふ〜ん・・・イメージと違う・・・日高君には、自分を見せてるんだ。でも、それが魅力？」

「よく分からない・・・でも、何故だろう・・・一緒に居るととても、安心出来るし・・・他の人と

一緒に居るのを見ると息苦しくなる・・・」

「・・・」

「もう、元に戻る事は出来ないのかもしれない・・・」

「？」

高校生としての白石晴香のイメージって、既に、孝のイメージになってしまっていると思う。

本物の・・・入学当初のイメージなんて消えてしまった方が良いのかも。

こっちを見つめてる大野木さんにはっとなる。

「気になる？白石晴香」

「わ、私は・・・日高君が気になるから・・・」

「大野木さんから見た白石晴香のイメージってどんなの？」

「え」

「イメージと違うって言ったじゃない」

「そ、それは・・・そう、一途な八方美人。そして、日高孝司のお荷物」

「へえ・・・かなり主観が入っているんだ。でも・・・一途なって？」

「日高孝司しか見てない」

「え」

「そーゆーこと」

「へー、そうなの・・・それじゃ、お荷物っていうのは？」

「日高君に頼り過ぎてるってこと。そのままよ」

「うん、少しは・・・でも、僕が頼っていることの方が多いかもしれないよ」

「まさか・・・」

「たぶん本当」

「たぶんって？」

「自覚なしに頼ってしまってる事が多い・・・からだと思う」

「日高君・・・そんなに・・・」

「ついでに訊いていい？」

「何？」

「日高孝司のイメージ」

「え・・・そ、それは・・・それは・・・ダメ！言えない。こっちの手の内が読まれちゃうから」

「へえ・・・なんか難しいんだね」

「そうなの」

「大野木さん・・・自分で確かめてみない」

「な、何を？」

「白石晴香を・・・気になっているんでしょう？」

「そんなんじゃないわよ。そんなんじゃ・・・」

「でも、僕に対するイメージより、白石晴香に対するイメージの方がはっきりしてる様に思えるけど」

「・・・」

「出来れば、東校との親善試合・・・参加してみない？」

「どうして、そうなるの？」

「そうしてくれれば、僕も助かるし」

「何故？」

「うん・・・僕が監督をする事になってるんだ」

「日高君が監督を？」

「うん」

「それは・・・白石さんが頼んだの？」

「いや・・・交換条件で、水都さんが・・・何故かこんな事になっちゃった」

「水都さん？」

「君は白石晴香が頼んだと思った？」

「うん・・・でも、そうなのかも・・・白石さん、日高君に頼ってる割には、遠慮してるとこ

あるから・・・」

「へえ、そこまで見てるんだ」

「日高君も・・・迷ってるんじゃないの？」

「何が？」

「白石さんとのこと」

「迷ってないよ」

「そうかしら？日高君は迷ってると思う。それに、白石さんは、遠慮しているところもある・・・

今のままじゃ、白石さん、誰かに取られちゃうよ」

「あれ？・・・心配してくれるの？」

「そうなったら・・・私は喜べばいいのかな？・・・ううん、きっと、違うと思う」

「・・・」

「でも、日高君が行動を起こさない様なら、きっと、私の望む通りになる」

「・・・」

「日高君、覚悟しなさいね・・・それじゃ」

大野木さんは、ベンチから立ち上がり、それだけ言うと踵を返し歩いて行った。



大野木さんはよく見ていると思う。それに彼女の言う事はかなり当たっているとも思う。

だから、少し、憂鬱な気分になった。あまり、他人に見透かされるのって好きじゃない。

それに・・・大野木さん・・・眠っていたものを起こしてしまっただけなのだろうか？

でも、彼女は、僕の事を好きというより、仲間を欲しがっている様な気がした。

“なるようにする”が“なるようにしかならない”になってしまった様な気がする。

あ〜あ・・・




「あら」

「あ・・・こ、こんにちわ」

「どうしたの？晴香」

「無意識のうちに・・・来ちゃったみたい」

考え事をしていたら、無意識のうちにここへ来てしまったみたいだ。

お母さんに声を掛けられて初めて気がついた。

「家に入ったら？」

「え・・・うん」

お母さんに促されて家へ入る。

「あ・・・孝は？」

「孝ちゃん？・・・部屋で、勉強してると思うけど・・・」

「勉強？」

「そうだけど・・・呼ぶ？」

「あ、今は、いい・・・」

「そう？・・・はい、紅茶・・・ね」

お母さんが、ティーカップを目の前に置いてくれた。

「あ、有難う」

へえ、孝、ちゃんと勉強してるんだ。ちょっと意外な気がした。

進級してからは、一緒に勉強する機会も少なくなって来てたし・・・慣れてきたから遊びまくってる

のかと思ってた。

「お母さん」

「何？」

「孝は・・・何の勉強してるの？」

「さあ・・・でも、あなた、孝ちゃんを脅したんでしょ・・・『成績が落ちたら大変なことになるぞ』

って・・・いつも、遅くまで何かしらやってるみたいよ」

「・・・」

「どう・・・孝ちゃんに勝てそう？」

「え・・・そ、それは・・・追々・・・一気に勝っちゃったら、面白くないでしょ」

「そうなのかしら？」

お母さんて、私を苛めて楽しんでるんじゃない？・・・憂鬱な気分、１割り増しぃ。

そこへ孝が下りて来た。

「晴香、来てたの？」

「さっきね」

「呼んでくれればよかったのに」

孝は、そう言って、当然のように横に座る。

まあ、この辺が可愛いところでもあるんだけど・・・。

お母さんは黙って、孝の前に新しいティーカップを置くと、孝が微笑み返してたりする。

「忙しかったんでしょ」

敢て、勉強してたんでしょとは言わない。

「別に・・・晴香が一番なんだから・・・」

「ああ・・・ホントに頼られてるなあ・・・」

「え、何が？」

「なんでもない・・・ところで・・・メンバーの方は？」

「あ、うん・・・家へ帰ってきてから、木下さんと花梨ちゃんとこへ電話した」

「ふ〜ん、それで・・・」

「木下さんはＯＫしてくれたんだ。花梨ちゃんも・・・それから、花梨ちゃんは、平野さんに頼んで

みてくれるって」

「５人か・・・」

「こんなにメンバー集めが大変だとは思わなかったよ」

「条件付だからね・・・多分こんな事になるような気がしてた」

「集まらなかったら、どうしよう」

「珍しいわね。孝が弱気になるなんて」

「強制はしたくないし・・・楽しくやりたいし」

「ふ〜ん、でも、一方的な試合って楽しくないわよ」

「そ、それは、そうだけど・・・」

「まだ時間あるから・・・」

「うん・・・」

もう少し、大野木さんに強く頼めばよかったかなと思う。

「晴香の方はメンバー集まったんだよね」

「なんとかね」

「試合来週の土曜日だよね。私も応援に・・・」

「そんな時間があれば、練習してて欲しいな・・・みっともない試合して欲しくないし、それに、

孝、今回、役当たってないでしょ」

「え・・・それは、そうだけど・・・」

あれ・・・気分、晴れてる・・・これって・・・孝で、ストレス解消してたって事？

「晴香、夕食食べてく？」

時計を見ると７時近い・・・帰らなきゃ。

「ううん、今日は、帰る」

「そお？」

「うん。今日は、母さんが私の好きなもの作って待ってるって言ってたから」

「うん。それじゃ・・・」

孝の方へ向き直ってお礼を言う。

「孝、今日は有難う。それから、ごめんね」

孝は何の事か分からないって顔をしてたけど・・・それでいいのかも。





番外編（１−１９）　終了




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