小泉高校−−−−−保健室。

俺は、なにも出来ないで、みているだけの自分が情けなかった。

こうやって、ベッドの上で苦しんでいるクラスメートを見ているしかないのだろうか?

保健の先生はまだ戻ってくる様子はない。

「渚、しっかりしろ」

声を掛けると、渚は潤んだ瞳でこっちをみて静かに頷いた。





話は、今から半年くらい遡る。

そこは、中学校の職員室だった。

「悠人・・・お前、小泉高校、受けてみないか?」

先生が一度火をつけたタバコを灰皿でもみ消しながら言った。

俺は、進路相談ということで先生と向かい合って話あっていた。

「先生、嫌だなあ・・・小泉高校って、女子高じゃん」

「そうなんだが、来年からは、男女共学になるんだ」

・・・そういえば、そんな話も聞いた様な気がする・・・。

まったく、興味がなかったから、右の耳から左の耳へ抜けてしまっていた話だ。

「でも先生、俺としては、北高が・・・」

この学校の友人達は大抵そこを受ける。だから、俺も北高の方が・・・

「そこは、この間の模試の結果では、85から95パーセントの確率・・・」

なら、問題ないじゃん。わざわざ・・・

「・・・で、落ちる」

「え〜っ」

”すべる””落ちる”は受験生に対して禁句じゃなかったのかよ?

それは、別にしても、先生の言いたいことは、分かるけど・・・

「で、でも、小泉高校の方がランクとしたら、上・・・」

「まあ、初年度だし、男子の評価に対しては甘いんじゃないかと・・・」

そんな甘い期待で進路を勧めていいのか?

心の中で、突っ込みをいれておく。

「それに、悠人は、今度、あっちの方へ引っ越すんだろう」

まあ、そんな事情もあったりする。

「一度、御両親と話合ってみなさい」

「はあ・・・」



「まあ、先生が、進めるなら・・・」

親父が険しい顔で、母ちゃんに話し掛けた。

ランクも上ということだし、落ちるってことだってありうる。

「そうねえ・・・家に近い方がいいかもしれないわね。交通費も浮くし・・・」

「そうだな・・・家計も助かる」

そんな問題なのか・・・

「悠人、受験、頑張れよ」

「ああ」

「悠人、その小泉高校てのは、今は女子高なんだろう?」

「そ、そうなんだ」

「女子高か・・・ふむ。高校も授業参観とかもあるのか?悠人・・・何着ていこうか、母さん」

何言ってんだ、このバカ親父。

母ちゃんも冷たい目で親父を見ていた。




ところが、受験日前日になって、風邪をひいてしまったらしい。

朝、体がだるいと思っていたのが、昼頃には40度近くの熱を出していた。

これでは、受験どころではない。

一時帰国で、こっちに戻ってきていた海外赴任中の伯父さんが心配してやって来た。

「悠人、これを飲め。現地で売っている薬なんだが・・・これは、すごく効くんだぞ」

そう言って、白い錠剤を差し出した。

「悠人は、初めて飲むんだったな・・・たしか、使用期限は過ぎていなかったはずだ」

ぼーっとした頭で、説明を聞いた・・・様な気がする。なにせ、40度近くあったから。

スーパーマーケットで売っているくらいポピュラーな薬なんだ。とかなんとか・・・。

信じられないことに、その怪しげな薬はとてもよく効いた。

夕方には、平熱に戻っていた。




受験当日。

俺の頭は、すっきりしていた。

昨日、40度近くの熱があったなんて、信じられない。


共学化、初年度の受験とあって、テレビ局が取材に来ていた。

周りを見渡すと、結構、可愛い子が多い。

こんな可愛い子達に囲まれて、高校生活を送るのも悪くはない。

それに、受験する男子も結構居るじゃないか。

周りの緊張を他所にリラックスしまくりの俺が居た。



合格発表当日、先生から電話がかかってきた。

「悠人、やったな、合格してたぞ」

先生の言葉に、思わず、Vサイン。

母ちゃんに代わってくれとのことで、すぐに代わっちゃたけど、

ゆっくり発表を見に行こうなんて思っていた俺と違い、

先生はかなり心配だったらしく、発表前から掲示板の前に並んでいたみたいだ。

実にラッキー。学校までの交通費も浮いたし(俺って母さん似?)・・・

先生に感謝、伯父さんにも感謝・・・皆に感謝。

俺は、1錠残った薬をお守りにすることにした。


実際には、そんな感謝の気持ちは、長くは続かなかったんだけど・・・。




3月の末に、俺は、新しい家に引越した。

中学の友達とは、少し離れてしまうが、新しい家は気持ちよかった。

自分の部屋もあったし。


引越し先の家の前には、大きな銀杏の木があった。

街路樹として、20メートル毎に雌雄交互に植えてあるそうだ。

確か、4月から通う小泉高校の校章も銀杏に高・・・だったっけ。

「あら、残念・・・これ、オスのほう」

「オスって・・・実がならないってこと?」

銀杏は雄株と雌株に分かれていて、雌株の方に実をつけるのか・・・ふ〜ん。

「そうみたいね」

母ちゃんが、残念そうに木を見上げる。

銀杏って、あの茶碗蒸しとかに入っている味のないやつだろう?

俺的には特に好きって訳じゃないから、どうでもいいや。

でも、秋には、通りが黄色に染まって、景観としては、すごいだろうなあ。





入学式。

北高だったら・・・ここまで、不安にならなかったかもしれない。

なにせ、場所は今まで通っていた中学校の隣りだったし、顔見知りの奴も多いはずだ。


校門のところまで行くと、新聞記者かテレビ局だか・・・おじさん達に囲まれる。

どうせなら、綺麗なお姉さんの方が良かったんだけど・・・。

よく見ると、もう一人、インタビュー攻めにあっている男子が居た。

今日、県内の各学校で入学式が執り行われました。小泉高校では、共学がスタートし

・・・ってやつか?

頭の中で、夕方のニュース番組を想像していた。

そうこうしているうちに、インタビューを受けていた男子の隣りに並ばされた。

その男子は、俺を見て、ほっとしたようだ。

その男子は、俺よりも背が低く・・・かなり細いって印象だった。

「・・・・・・」

「え、今、なんて?・・・」

質問の意味が分からず、聞き返した。

「だから、男子は2人なんですけど、不安とかはないですか?」

え、2人?・・・男子が?・・・学年で、2人?いや、全校で・・・たった2人ってこと?

ちょっと、待て。そんな話、聞いてないぞ。

「君たち。早く教室へ入って」

先生らしき女の人が俺たちに、声を掛ける。

「入学式を始めますので、関係者は体育館に集まってください」

一瞬、不安になった。

そういえば、教室?・・・ぜんぜん確認してない。

「い、行こうぜ・・・教室って、知ってる?」

隣の男の子に話し掛ける。

「僕たち、同じクラスだよ。1年花組」

「は?」

花組?・・・ここって、宝塚?

まだ、ボケる余裕があったんだろうか?

いや、そ、そう言えば・・・名前も言っていない。

「あ、俺、長谷川悠人。宜しくな」

「僕は、沖野渚・・・こちらこそ宜しく」

男子というには、あまりにも可愛い笑顔がそこにあった。


1年花組。

ここか・・・と、思いながら、教室の戸を開けると、視線が一斉に集まる。

一瞬、たじろいだが、気を取り直して、空いている席に座った。


いや、考えてみれば、この学校で、男子って言うのは、貴重品・・・と言えなくもない。

ばら色の高校生活が、”期待”出来るかも・・・。

俺って、めげない奴なのかも(このあたりは親父似?)・・・。



第1話 終了





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第1話

悠人と渚シリーズ