入学式もなんとか無事に終え、新学期がスタートした。

席はくじ引きで決めることになった。

くじ運が良い方ではないのは承知していたが、その席が教室のど真ん中だと

判った時には、さすがに緊張を隠せなかった。

ただ、渚が隣の席だったことが俺をほっとさせた。

四六時中、周りから見られているって言うのは、緊張の連続・・・

そのためか、その時にはくじに細工した奴がいたなんて、気付きもしなかった。


女子達も、最初は遠巻きに見ている・・・って言う雰囲気だったし、

休み時間ともなれば、他のクラスからも覗きに来ていた。

それは・・・どちらかと言えば、アイドルを見ているというより、

動物園に珍獣が来た時の状態に近かったのかも・・・しれない。

珍獣も慣れてしまえば・・・

それはさておき・・・ちょっとした誤算が・・・。


俺としては、モテモテの高校生活を期待していたのに・・・

う〜ん、なんて言えばよいのか・・・

ちょっと男っぽいお姉様タイプと素直で可愛い妹タイプの・・・

つまり、どちらも”女”の方がモテてるんだよ。

(俺の立場は、どうなるの?)


それから・・・内心ちょっと悔しいけど、

隣に座っている・・・渚のほうが、俺より人気があるんだよな、実際。

女子って、あんなのが良いんだろうか・・・。


特に月曜日の6時間目の体育の後なんか・・・

「ねえ、渚君。私の制服着てみない?似合うと思うけど・・・」

一人が言い出すと数人が渚の周りを取り囲む。

決まって、渚が困った顔をこちらに向ける。

「渚は、お前らの着せ替え人形じゃないぞ」

俺の声に、女共がぶつぶつ言い始める。

「長谷川君には勧めないわよ。第一、似合わないものね」

そう言って俺の前に出てきたのが、江川有紀。このクラスの委員だ。

先生からクラス委員に指名されるだけあって頭がいい。

頭がいいだけでなく、美人の部類に入るから悔しい(?)。

「想像して御覧なさいよ。長谷川君の制服姿」

「・・・」

そんな想像、するつもりなかったのだが、頭が勝手に・・・

「な、渚・・・俺、気持ち悪くなってきた・・・」

「「わ、私たちも・・・」」

皆、口を押さえて、その場を離れていく・・・お前ら、失礼だぞ。

一人残った江川が、ぽつりとつぶやいた。

「う〜ん・・・ちょっと、かわいいかも」

「・・・」

無言のまま2,3歩、後退る。

変態は、相手にしない方がいいな・・・心の中でそう思う俺だった。



信じられないことに・・・俺にとってなのかもしれないが・・・

この学校には、男子更衣室があって女子更衣室がない。

男子更衣室も物置だった所を片付けただけみたいだったけど。

体育の授業があると、女子は、堂々と、教室で着替え・・・

「カーテンくらい閉めて着替えろ」

と言いたいけど、気弱な俺は、渚とこそこそと更衣室に行って着替える。

そうかと思うと、男子更衣室を覗きに来る奴も・・・居たりする。

罰ゲームとか、みたいだが・・・中には・・・いや、考えないでおこう。



トイレだって、そうだ。学校でたった1ヶ所。

先生たちも女性ばかりだから・・・

昔、存在した?男性教諭が使用していたのを改装して使用している。

「な、渚、ト、トイレ行こうぜ」

中学時代、女子が休み時間集団でトイレへ行っていた気持ちがわかるような気がする。


「いけね。ハンカチ鞄の中に置いて来ちまった」

手を洗ったあと、水気を取るのに手をぶらぶらさせると、渚がハンカチを差し出した。

「はい・・・あ、僕2枚持ってるから、悠人くん使っていいよ」

「あ・・・ああ、すまねえ・・・洗って返すから」


弾みででた言葉だったかもしれないが、家へ帰った俺は、ハンカチを自分で洗った。

こう見えても、俺って、結構律儀なんだ。

今まで、洗濯なんか自分でしたことなかったのに。更には、アイロン掛けまでして・・・

なんでもない白いハンカチ・・・やけに眩しかった。

「悠人がアイロン掛けかい?珍しいこともあるもんだねぇ・・・女の子のかい?」

母ちゃんが冷やかす・・・でも、軽く、無視。


「渚・・・サンキュ・・・」

翌日、渚にハンカチを返した。

「アイロン掛けまでしてくれたの・・・ありがとう」

そう言って笑顔で受け取ってくれた渚に思わず、ドキリとしてしまった。

女共に人気があるのも分かるような気がした。



暑くなって来ると、信じられない光景が・・・

「今日は、なんて暑いの」

とか言って、スカートの裾を手で持って上下させたり、中には、スカートの中を

直接、下敷きで仰ぐわ・・・

こっちが、恥ずかしくて、余計暑くなる。

「な、渚・・・中庭、行こう」

真っ赤な顔をしている俺に対して、不思議そうな顔をする渚がいた。


x軸に時間軸を取って、y軸に女子への憧れ度をとれば、負の一次方程式・・・確実に右肩下がり。

いや、そんな単純な訳がない。もしかすると、ここは虚数世界の入り口かも。

校舎の影で僅かばかりの風を期待しながら、バカなことを考えていた。



「長谷川君・・・資料運ぶの、手伝って欲しいんだけど・・・」

時々ある江川からの要請・・・。

「ああ・・・渚、行こうぜ」

俺は、頷きながら、渚に声を掛ける。

「な、渚くんは・・・いいよ」

「大丈夫だよ。僕だって男なんだから・・・」

「う・・・うん」


プリントがふた山に辞書が一冊?

一人でも持てそうだが・・・

「なんで、荷物が辞書一冊なんだよ」

「いいじゃない・・・それ、重いんだから・・・」

江川の言葉に渚と顔を見合わせてしまう。

こいつの考えてることも解からねえ・・・

江川の後を歩きながら、そう思っていた。




そんな訳で、俺と渚は、いつも一緒だった。

学校では、たった2人の男子だったから・・・


そんなある日。

「長谷川く〜ん」

突然、クラスの女子が声を掛けてきた。

「お姉様たちが長谷川君に御用があるんだって」

お姉様?

「渚、ちょっと、待っててくれ」

俺は、帰り支度をしていた渚に声を掛け、廊下へ出た。

廊下にいた数人の上級生に話しかけた。

「先輩・・・何か用ですか?」

「ちょっと・・・顔貸しな」

「は?・・・(顔貸しな???)」



「あれ、長谷川君は?」

「悠人くん?今、上級生が呼びに来て一緒に行っちゃたけど・・・」

「ふ〜ん・・・どうしょうか?」

クラスの女生徒が顔を見合わせる。

「渚君も、一応、男子よね」

「そ、そうですけど・・・」



ある部室に連れて来られた俺は、壁際に立っていた。

「男の子だからって、生意気なのよね」

「そ、そんなことは・・・」

汗、出てきた・・・。

お姉様たち(?)は、指をポキポキ鳴らしながら近づいてくる。

『そ、そんなに指を鳴らしたら、指が太くなっちゃいますよ』

・・・そんな台詞は、さすがに声には出せなかった。

それに、女に手を上げるなんてこと・・出来ないし。


バリバリバリ・・・

すごい音とともに・・・渚が落ちてきた。

雨漏りがするからって、屋根に上った渚が、誤って屋根の腐った部分に

乗ってしまったらしい。


「た、助かったぜ、渚」

渚に手を差し伸べる。

「い、痛・・・」

「大丈夫か?・・・怪我とかは?」

「僕より、この人たちを・・・」

渚は、渚の下で気絶している上級生を気遣っている。

「渚・・・お前って、ホントに優しいな」

「え???」

渚は訳が分からず首を傾げている。

「まあ、いいや・・・このままって訳にもいかないだろうから」

保健室で寝かせておけば、直に目が覚めるだろう。

保健室まで数回往復した後、部室の屋根にシートを掛けておいた。

「雨漏りするって・・・屋根の修理頼まれたのに・・・」

渚は、頼まれ事をこなせなかったのを気にしている様子だったが、

俺は、渚がかすり傷で済んだ事にほっとしていた。

「ここまでひどくなっていたら、本職に任せる方が正解だよ。気にするなよ」

「うん・・・」



その後、上級生からは何も言ってこなかったが・・・

俺は、女性不信に近い状態に陥ってしまった。

女の子に憧れの気持ちを抱いていた中学時代が、懐かしくさえ思われる。





ある新作の映画の公開について、話題になりだした頃、渚がぽつり言った。

「僕、あの映画、観たいんだ」

「ああ、あれか・・・面白そうだよな。一緒に観に行くか?」

「え・・・いいの?」

渚が今まで見せたことのない驚いたような顔と嬉しそうな顔を同時に見せた。

俺はなんでそんな顔をしたのか分からなかった。

渚に聞いてみると答えはこうだった。

「姉さん達がね、映画は恋人同士で観るものだって言うんだ。家族とか、姉妹とか

で観るものじゃないって・・・」

そんな話は聞いたことはないぞ。

「一度、友達は家族で観に行てるって話をしたことがあるんだけど『それは邪道よ』

って言われて・・・相手にして貰えなかった」

「・・・」

眩暈がしそうになりながら、今までは、どうしていたのかと訊いてみた。

「レンタルのビデオが出るまで待ってた」

「な、渚、一緒に行こうな」

渚の両肩に手を掛けて、俺はそう言っていた。





なんとか、日曜の昼一の券が取れた。

ショッピングモールの2Fに映画館が入っている。

エスカレーターの所で、渚と待ち合わせ。

渚なら、10分くらい早めに来て待っていそうだから、俺は15分前に

待ち合わせ場所に着くようにした。

手すりに寄りかかって見ていたら、予想通り渚は10分前にやって来た。


久しぶりに見た映画は面白かったが、ちょっと疲れを感じた。

渚はと見ると・・・かなり感動しているような様子だった。

「何か食べるか?」

「え、うん・・・いいけど・・・」

「じゃあ、何が、食べたい?奢るよ」

「えっ・・・」

渚が、途惑う様な仕草を見せる。

渚には、色々世話になっていた。

ある意味”女怖い状態”になっている俺にとって、渚は奴らとのパイプ役とも言えたし。

「渚には、世話になってるし、このくらい奢っても当然さ」

だが、奢るということに対して途惑ったのではないことがすぐに分かった。


「渚のとこって、兄弟は?」

「うん、姉さんが2人と妹が1人」

「うわー、立場弱そうだな」

「え、そう?・・・あ、でも、立場って?」

「あ、つまりだな・・・例えば、ん〜、家族で食事に行ったとするだろう。そんな時に

誰の意見が一番通るかってことかな」

変な例えかもしれないが、渚には分かりやすいかとも思って言ってみたが・・・

「そういう場合には、女の方に決定権があるんだって・・・お母さんたちが言ってた・・・」

うわー、メチャクチャ立場弱いじゃん。

そ、そうか、そんな環境にいたから、ギャップを感じなかったのか?

でも、俺だったら、こんな学校、受けようなんて気にもならないけどな。

「じゃ、なんで、この学校受けたんだ?」

「お母さんと、姉さんたちの母校だから・・・僕にも行けって・・・」

問答無用だったってことなのか?

渚の親父さんも数年前から海外へ単身赴任しているのだそうだ。

渚の生活環境を知れば知るほど、同情したくなる。

映画の話になると少し興奮気味だ。こんな風に話をする渚を見たことがない。

映画の話が一段落すると、オレンジジュースを飲みながら渚が訊いて来る。

「悠人くん・・・女の子、苦手なの?」

「そ、そんなことは・・・ん、いや、ま、まあ、ちょっと・・・な」

「ふ〜ん、江川さんとは普通に話しているようだけど・・・」

江川?ホントは避けてるんだが、向うが話しかけてくるんだ。

「そ、そうか?」

俺は、曖昧に答える。

「江川さんのこと・・・気になるの?」

「え・・・ないない。それはない」

渚の意図が分かって、力一杯否定した。

俺の理想の女の子はだな・・・・・・な子が、好みなんだけど・・・

・・・それにしても、そんな女の子、転校してこないかな・・・

はっ・・・こ、これは・・・白馬の王子様を待ってる女の子の思考だ。

まずい。最近、思考が後ろ向きになってるような気がする。

気がつくと、渚がこっちをみていた。

「そ、そろそろ、行こうか?」

慌てて、立ち上がった。

渚が財布を出そうとしたので、押し止める。

「あ、最初に言ったとおり、ここは俺の奢りだから」

「でも・・・」

「大丈夫・・・渚には、世話になってるし」

実は、出掛けに母ちゃんが・・・

『友達と映画・・・観るんだ』って言ったら、小遣いくれたんだ。

何か勘違いしたのかもしれないが・・・ラッキ〜

俺は嘘は言っていないからね。

「ご馳走様・・・とっても、美味しかった」

「ああ・・・」

渚の言葉を聞きながら、腕時計を見る。

6時30分か・・・結構、話し込んでいたんだな。

「どこか、行くか?」

「え・・・あ、そろそろ、帰らないと・・・」

予定があるのか・・・ちょっと、がっかりだな・・・

「じゃ、俺は本屋へ寄ってくから、気をつけて帰れよ」

「うん、今日はありがとう。とても、楽しかった」

笑顔で手を振る渚を見て、俺は、ふと思った。

ん・・・まさか門限・・・じゃないだろうな・・・まさか・・・な



本屋で雑誌を開きながら、渚のことを考えていた。

まさか『送っていくよ』なんて、言えないし・・・

せめて、暗くなっていれば・・・それでも、変か?

渚が、女だったら・・・こんなに悩まずに済むのになあ・・・

あれ?・・・俺、何、考えているんだ?

こんな事って・・・俺、渚が・・・

いや、これは、友情だ。絶対、そのはずだ。

俺は、変態なんかじゃない!



第2話 終了





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第2話

悠人と渚シリーズ