「あ、悠人くん、おはよう」

「オスッ、渚」

いつものように、校門の前で渚に会う。

昨日あれこれ考えていたことも、渚のさわやかな笑顔でどこかへ吹き飛んでいってしまった。

ついでに、昨日の母ちゃんの小言も一緒に。



昨日と違って少し曇りがちな天気なのだが、頬にあたる風が気持ちいい・・・

そんな気分をひっくり返すような陰鬱な声が背後から聞こえた。

「おはよう・・・」

「うわっ、え、江川」

「あ、江川さん、おはよう」

「ん、おはよう」

朝から、なにやら機嫌が悪そうである。

触らぬ神に祟りなし・・・そんな言葉が頭の隅に浮かんだ。

半分逃げにかかっていた俺とは対照的に渚が心配そうに江川に声を掛ける。

「江川さん、どうかしたの？」

渚の問いに、溜息混じりに江川が答える。

「ふたりは・・・いつも、一緒なのね」

うっ・・・いきなり、なんなんだあ？


ああ、そういう意味か。

友達に何か言われたということは解ったが・・・なんで、江川が暗い顔をしているのか？

女子って、なんで、こんな話題が好きなのか？

それにしても、江川もか？・・・そ、そりゃあ・・・俺だって、散々悩んだが・・・

渚が、返答に困ってこっちを見る。

「う・・・た、例えばだ・・・江川が、ほとんどの生徒が男子で、そこで、たった２人の女子と

居たとすると・・・いつも、一緒に行動するのが普通だろう・・・そ、そうだよなっ、渚」

ずばりじゃん。

答えになっていない。これじゃあ、単なる置き換え説明にしかなっていない・・・

それでも、俺の答えに江川がしばらく考えるような様子を見せ、頷き、そうして呟いた。

「ああ・・・そ、そういうことよね」

江川は、もう一度頷いた。

「そ、そっか・・・そ、そうよね」

そうなのか？

誰かが頭の中で囁いたような気がした。




チャイムが鳴る。

「やったーっ、やっと、昼飯だ。腹減った」

俺の言葉に、渚がこっちを見てにっこり笑う。

既に机の上には、教科書の代わりに弁当の包みが乗っていた。

「長谷川君・・・えっ」

後を振り向いた江川が一瞬言葉を詰まらせた。

言いたくなかったけど、俺の前が江川の席だ。

「食事中、申し訳ありませんが・・・入部先の届けがまだ出ていないんですけど・・・」

ん？・・・そんな話もあったっけ・・・

１年生は必ずどこかの部に入ることっていう変な校則。

２年からは自由って・・・誰が決めたんだ、こんな校則。


「渚・・・何処へ入ろうか？」

「うん・・・見学してみる？」

「あ、それは・・・昨日、ちょっと、運動部のほうを見て廻ったんだが・・・痴漢扱いされた」

「え・・・着替えしてるところへでも行ったの？」

「い、いや・・・皆で・・・お茶してた」

「？？？」


渚とそんな会話をしたのを思い出した。

「モグ（ん）・・・モグ（まだ）・・・モグモグ（決めて）・・・モグ（ねえ）」

「ちょっとォ、食べながら、喋らないでよ。汚いなあ・・・期限は過ぎてるんだけど・・・」

不機嫌そうに、江川が返してくる。それにしても、意味分かったのか？

「適当な部がないんだよ・・・なあ、渚」

渚に同意を求める。

「うん・・・一緒のところに入ろうかって話は、していたんだけど・・・」

「俺は運動部が好かったんだけど、今の環境じゃムリそうだし、この際、体を動かせれば

何処でもいいんだが・・・」

「ふ〜ん・・・じゃあ、渚くんは？」

「悠人くんと一緒なら、どこでも・・・でも、英会話とかも興味あるかな・・・」

渚の話を聞き終えた江川が、こっちに向き直る。

「それで？」

「それでって・・・と、言う訳で決まっていないってことだよ」

「でも、期限が過ぎて・・・」

「こっちの方も、選ぶのが遅れてっけど、向うの都合だって・・・急に男子部員が入るって

言われても困るだろ」

少しは尤もらしい話を付け加えて見るが、江川は譲る様子はない。

そりゃあそうだろう・・・と自分でも思う。

「でも、１ヶ月以上の期間があったのに・・・」

ま、どうせ何処に入ったって一緒。幽霊部員がいいとこ。

きっと、まともな部活にはならないだろう・・・

「分かった分かった。任せる任せる。江川に一任。それで、いいだろ？、渚」

弁当箱を片付けながら、渚に同意を求めた。

「うん、江川さんが選んでくれた所なら大丈夫だと思う・・・」

「と、言う訳だ。宜しく頼む」

「ダメっ、困る・・・後で文句言うに決まってるもの」

「言わない言わない。全面的に江川を信頼しているから」

「うっ・・・それじゃあ・・・当ってみるから・・・」

そう言って、江川は前へ向き直った。

？？？・・・江川が、一瞬赤い顔をしたような気がする・・・が、

そんなことは気にせず、机の中から、菓子パンを取り出す。

３時間目の休み時間に買っておいたものだ。

「昨日は、楽しかった。また、誘ってくれる？」

隣の渚から声が掛かる。

「ああ、昨日のは、結構イケてた」

「昨日がどうしたの・・・」

お箸を握り締めた江川が再びこっちを向く。

菓子パンをかじっていた俺を見てびっくりしたようだったが・・・

「い、いや、その、渚と映画観に行っただけだよ」

「映画？映画って、今、話題の・・・」

「そ、そう・・・それ」

「なんで、私も誘ってくれなかったの・・・」

「な、なんでって・・・」

な、何なんだろう・・・この展開は？

今、部活の件を押し付けたばかりだし、関係ないだろとも言えず、

頭の中が混乱し始めた。

「い、いや・・・江川も、観たかったのか？」

江川が頷く。

「そ、そうか・・・そりゃあ、悪かった・・・」

でも、今更同じ映画を見るってのも・・・ん！

「と、ところで、江川・・・いいのか？弁当のおかず、無くなっちまうぞ」

「え？」

前へ向き直った江川が叫ぶ。

「あ〜〜、私の玉子焼きがあ〜〜」

俺と渚は、数人の女子が教室の入り口の方へ走っていく姿と、何かを叫びながら

追いかけて行く江川を見ていた。




何故だか、映画の代わりに勉強会？

「どうして・・・こうなったのか・・・」

溜息まじりに、呟く。

放課後、何故だか、江川の家で勉強会をやってるんだ。

どう捩れたら娯楽の映画と苦痛の勉強が結びつくんだ・・・

と、心の中で思っても口には出せない小心者の・・・いや、奥ゆかしい俺。

ま、それは、おいといて・・・とりあえず宿題をやろうってことで始めた。

考えてみれば、江川と渚の答えを写せるのだから・・・問題はないのでは？

そう思うことにした。



「あのぉ・・・部活のことだけど・・・」

英語の辞書をひきながら、江川は口を開く。

「ん？」

「演劇部にしておいたから」

「演劇？・・・ええっ！」

「あああっ、文句言わないって言ったのに」

「あ、いや・・・今のは、少し驚いただけで・・・」

今日の昼じゃなかったか？その話をしていたのは・・・

なんで、もう決まっているんだよ・・・などと思っていると、江川が補足する。

「締め切りだったし・・・それに、背景とか作るから・・・いっぱい、体動かせるよ。

長谷川君の希望通りだね」

そ、そんな意味じゃ・・・い、いや、しかし、それって、とっても、疲れないか？

それって、大工仕事ってことだろう？

役者なんかは、ありえないから良いとして・・・

な、なんか、脱力感が・・・いや、待てよ。

「演劇部って・・・何するんだよ」

「え？・・・活動のこと？」

「そう・・・それ、それ」

「ん〜・・・メインは、学園祭くらいかな・・・てへっ、実は、よく知らないんだ・・・」

「ふ〜ん・・・」

学園祭・・・確か１０月だったよな。

学園祭だけか・・・と、云う事は・・・かなり、ヒマ・・・ってことかな？

「学園祭で思い出したけど・・・今年は、英語劇とかの企画もあるみたい。渚くんの希望も

叶って、よかったね」

「へええ・・・あ、でも、僕、演技とかは・・・」

「大丈夫。渚くんなら、見栄えするから・・・」

江川がニコリと笑う。

うん、確かに、渚なら、見栄えはバッチリだよな・・・案外、お姫様役なんか演れば・・・

其の辺の女共より・・・似合ったりして。

頷きながら、横に座っている渚をぼんやり眺めた。


「何、ニヤけてるのよ・・・気持ち悪いわね」

江川が目を細めて俺を見ていた。

「な・・・なんだよ」

「ちゃんと、聞いてた？」

「え？・・・な、なにが・・・」

「だから、明日、早速ミーティングがあるからね」

「え・・・あ、ああ」

そうか、ミーティングがあるのか・・・曖昧に返事したけど、全然聞いてなかった。


「お、お姉ちゃん・・・ジュースで良かった？」

襖が少し開いて、江川の妹が声を掛ける。

「あ、美咲・・・サンキュ」

そう言って、江川が受け取り、テーブルの上に乗せた。

襖の間からこっちを覗き込んでいる妹に気がついて、江川が妹をを押し出すようにして、

部屋を出て行った。


「お姉ちゃんって、面食いなんだ〜」

「ち、違うわよ」

「え、もう一人の・・・お姉ちゃん、センス悪〜い」

「もう、あっちへ行ってなさい！」

おい・・・全部聞こえてるって・・・中坊の癖に・・・


「妹さん？・・・ミサキちゃんって言うの？」

バツ悪そうに部屋へ戻ってきた江川に渚が声を掛ける。

「う、うん・・・」

「僕の妹も”岬”って言うんだ。”山”に甲乙の”甲”って書く岬。江川さんの妹さんは

どんな字を書くの？」

「うん・・・美しく咲くって書くの」

「渚のところは、妹の他に姉さんが２人もいるんだそうだ」

「へええ・・・４人兄弟？」

・・・いつもの江川だ。





「長谷川君、渚くん、早く着替えて来て。部活だから」

次の日の放課後、江川が俺達を誘う。

「ああ・・・え？着替え」

「だから、ちゃんと、体を動かせる部を選んだんだから・・・」

「あ、ああ・・・」

着替えね、着替え・・・でも、初日から？


演劇部に割り当てられている部屋へ行くと、十数人の生徒が集まっていた。

そこは、普通の教室で、今は使われていないらしい。

「あそこへ、座りましょう」

「ああ・・・って、何故、江川が居るんだよ」

「え・・・私もここ（演劇部）へ入るからよ。言ってなかった？」

そんなこと聞いてないぞ・・・と、はっきり断言出来なかった。

また、ぼーっとしてたって可能性もあるし・・・。

席に着くと、目の前にお菓子らしきものが置いてある。

「おい、これ・・・」

「何？・・・お茶菓子でしょう・・・それが？」

ここって、お茶菓子まで出るのか？・・・いい部だなあ・・・つい、顔の筋肉が緩む。

江川もたまには役にたつじゃん。



概ね、席がうまると、上級生・・・多分、部長。が、挨拶を始めた。

髪が腰くらいまであって、長身。手に持っている紙を丸めたりしながら、淡々と話すのが特徴

・・・って云ったところか。

「・・・あ、言い忘れていましたが、私は、部長の清原静香です」

自分のミスに気がついてか、頬を赤らめながら挨拶を終えた。

その後、各自、クラスと名前程度の自己紹介。

俺達も、江川に次いで挨拶したが、やっぱり気になるみたいだ。

ま、最初は、こんなもんだろう・・・そのうち、慣れてくれるだろう。と、思うことにする。

部活の内容についても部長から説明があった。

江川が言っていた様に学園祭がメインらしい。

「それでは、学業に影響しない様にがんばりましょう。白鳥の様に・・・」

ほっ・・・学業に影響しない様に・・・か

この学校、進学率も結構いいって聞いてるし、これなら、のんびりやれそうだな・・・。

ホント、江川に感謝、感謝。

だが、最後に言っていた”白鳥の様に”って、なんだ？

「それでは、今日は・・・軽く走って、解散にしましょう」

部長がにっこり笑った。



な、なんで・・・こんなに・・・走って・・・いるんだ・・・俺は？・・・ハア、ハア・・・

軽くって何？・・・運動場に見える陸上部の練習が羨ましい・・・ハア、ハア・・・

役者は、体力勝負？・・・舞台の上では優雅に。それまでは、水掻きの様に我武者羅に？

我武者羅・・・今は、何故か・・・漢字を使いたい気分なんだ・・・ハッ、ハッ、ハッ・・・

俺は・・・大道具係りじゃなかったのか・・・え？皆、平等にって・・・ハア、ハア・・・

そ、それにしても・・・高校へ入って・・・ちょっと、油断してた・・・体力、ガタガタ・・・だ。




第３話　終了





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第３話