規則正しい日常から抜け出したかったのかもしれない。
いや、ほんのちょっとだけ、冒険をしてみたかっただけなのかもしれない。
「理、何処受けるか決めたの？」
「内緒」
「内緒って、何よ」
少し眉が寄った真美姉を無視して答える。
「秘密」
「理、おちょくってるわね」
なんて、話してたのが数ヶ月前。
「理、受かったんだって？」
「うん。真美姉、何処だと思う？」
「え、近くの・・・うちの学校じゃないの？」
「ぶー、残念でした」
「え〜、何処にしたのよ？」
真美姉は、当然自分と同じ学校へ来るものと思っていたらしい。
「今、入寮申し込みの書類を書いてるところなんだ」
「寮？」
「そう」
「理・・・一体、何処を受けたの？・・・どこか、遠くへ行っちゃうの？」
「真美姉・・・寂しい？」
「まさか・・・でも、叔父さん達の方が・・・」
「そうでもないんじゃないかな・・・毎月帰ってくるし」
「毎月？」
「うちの親、生活費は手渡しでしか渡さないからって」
「へえ、そうなんだ。で、どんな書類なの」
「あ、これ・・・」
書類をあて先の書いた封筒に押し込む。
「ふ〜ん・・・コレ、出しといてあげようか？」
帰り道、郵便ポストに入れていくからって真美姉が言った。
「え、悪いなあ。真美姉」
「任せて」
真美姉、口では色々言うけど・・・やっぱ、優しいところがある。
でも、後ろを向いた真美姉の目が細い三日月形の弧を描いていた事に気がつけば、絶対に頼まなかった。
「理、特待生なんだって？」
「ああ・・・真美姉には感謝してるんだ」
「私に？」
「うん・・・色々勉強を教えて貰ったり・・・」
「え、それなら、日高君とか、晴香に感謝しなよ」
「どっちにしろ、真美姉の友達だろ・・・特待生でもなければ、親父許してくれなかっただろうから」
「そうだったの？」
「うん」
「でも・・・」
「でも？」
「特待生には、見えない」
「え？」
「理・・・軽い」
「何それ？」
「つまり、重みがないって言うか」
「重み？」
「う〜ん・・・つまり、入学したての頃の晴香が持っていた様な・・・ちょっと、近寄りがたい様な・・・そんな雰囲気」
「白石さんが？」
今の雰囲気からすればとても信じられるものではないが、これは本当のことらしい。
「うん・・・あ、そうか、眼鏡。眼鏡よ」
「眼鏡ぇ？」
「よし。私がプレゼントしてあげる」
「いいよ。そんなものいらないよ」
「なんでよ」
「だって、目悪くないし」
「だから、雰囲気が大切なんだって」
「でも・・・」
「女の子達の印象も違ってくるわよ」
「え」
「第一印象って大事なんだよ」
「そ、そう？」
不覚にも、真美姉の言葉に乗せられてしまった。
背を向けた真美姉の目が三日月形を描いていた事に気がつけば・・・。
第０話 終了
