入学式前日。
手にした地図を頼りに学校敷地内にある寮を目指し歩いていた。
しかし・・・場所が良く分からない。迷子になってるって訳でもないが・・・。
受験に際しては、特待生制度があって、寮があって、地方試験がある所だけをチェックをした。
学校自体についは全然チェックしなかったのが原因と言えば原因か。
街中を歩いていたはずが・・・森の中に迷い込んで行くような感覚。
喧騒からは、段々離れて行き、静かな・・・この地図、正しいのだろうか？
手の中の地図に視線を落とすけど・・・駅から、この広い道路に沿って歩くだけだから、まず、
間違いようがない・・・と思う。
地図をひっくり返してみても・・・
聖王大学付属高等学校。
文字を見つけてホッとする。やっぱり間違ってなかったんだ。
目的の学校の門の前に立つと、違う場所に来た様に思われる。鳥の声さえ聞こえて来そうだ。
森の中に学校を造った？・・・そんな感じさえ受ける。
学校の前の道路は・・・交通量はないが、確かに広い。中央分離帯もあり、校門の傍には
バス停だってある。けど・・・
周りを見回しても高い建物といえば、少し離れたところにマンション風の建物が見えるだけ・・・。
なんか、不思議な感じがする。
確か、この敷地内には中等部もあるんだっけ。
学校が始まれば賑やかになるのだろうか？
校門を潜って、寮に向かって歩く事にする。今更考え込んだって、仕方がないのだから。
聖美寮。
見上げる３階建ての建物はまだ新しい。少し前に建てたばかりのように思える。
打ちっぱなしのコンクリートがそれっぽい。
寮の玄関を入り、窓口で呼び鈴らしきものを押すと管理人らしいおばさんが出て来た。
「水都理といいますけど・・・」
「ああ、水都君ね。荷物、届いていますよ」
５０位だろうか、管理人のおばさんは親切に寮内の説明をし、明日の夜には歓迎会が
ある事等を話しながら部屋の方へ案内してくれた。
明日には、入寮者が全員揃うかららしい。
「通常は、ふたりで使用して貰う事になっているけど、水都君は一人なの」
案内してくれた部屋は結構広かった。ふたりで使うって云うのも頷ける。
「夕食は、７時に食堂・・・遅れない様にね」
そう言いながら、２０５と書かれた部屋の鍵を渡された。
「外出する時は鍵を忘れずに。それから、失くさない様にね」
この部屋は２階の一番奥の部屋だった。間違う事はなさそうだ。
部屋にはベットがふたつ。クローゼットまでついている。窓際には作り付けの机が二つ。
窓から外を眺めると、木々の向うにマンションがひとつ遠くに見える。
ユニットバスみたいなのもついているし・・・ちょっとしたホテルより良いかもしれない。
机の引き出しを開けると聖書が入っていた。こんなところもホテルっぽい。
大きな荷物といえば布団くらいだし・・・荷物を整理する時間はそんなに掛からなかった。
片づけを終えて時計を見ると４時を少し廻ったところ・・・夕食までにはかなり時間がある。
校舎の方へでも行ってみようか？
廊下に出ると窓から校舎が見えている。あれが、高等部の校舎だろうか？
廊下を歩いて行くと、途中の部屋の戸が突然開いた。
「ええっと、新入生？」
「うん・・・そっちも？」
「うん・・・あ、もうひとり・・・おい、古井」
呼ばれて、もうひとりが顔を出した。
鹿島君と古井君は、午前中に着いたのだそうだ。
ふたりによると、寮には３人の先輩がいるっていう話だ。
先輩達は午後からは出掛けたそうだから今は会えないらしい。
部屋の片づけが一段落したので、校舎の方を見学しに行く事を告げると、ふたりは、
一緒に行くと言い出した。
校舎を目指して歩いていくと、途中に教会みたいなのがあった。
寮から、校舎のあるところまで約５分位。
毎日上り下りしていた石段を思うと、少し物足りない。少し寂しいような気がした。
「この中央棟のこっち側が高等部で、あっち側が中等部になるらしい」
鹿島君が校内の案内図を見ながら説明をする。
「中央棟って何があるんだ？」
「来客用の応接室とからしいな・・・俺達には関係なさそうだ」
「そうすると、俺達に関係あるのは・・・入り口はこっちか」
横から覗き込んでいた古井君が指差す。
入り口の方へ行ってみると、下足箱が並んでいるのは見えたが、出入り口の鍵は既に
閉まっていた。
校舎内には入れないようだ。
「仕方ないな・・・グランドの方でも廻って帰るか？」
仕方が無いので提案に同意する。
「今年は、すこし賑やかになりそうね」
管理人のおばさんが嬉しそうだ。
７時になったので食堂の方へやって来た。
３年生がひとり。２年生がふたり。１年生は５人なのだそうが、今は３人だけ。
既に、皆、集まって来ていた。
「よっ」
１年のふたりが軽く手を上げ挨拶する。
人数が少ない為、食堂の一角を使っているって云う感じがする。
「お〜い、料理、上がったぞ」
カウンターで仕切られた調理場から声がする。
おばさんの旦那さんなのだそうだ。
料理が並べられて行く。
「明日には皆、揃うからね。今日は簡単な歓迎会ね」
名前と簡単に挨拶。
「この寮、新しいだろう？」
こう言って話し始めたのが、３年の松居先輩だった。
「ええ・・・きれいですよね」
「数年前に建て直したんだよ」
「ホントに新しいんですね」
「うん・・・学校側としては、寮を新しくすれば、入寮者が増えると考えていたみたいだが・・・
今年の１年生は、５人だし、そういう意味では成功しているのかもな」
「入寮者を増やすって言うのは、どんな意味があるんですか？」
素朴な疑問を口にする。
「それはだな・・・優秀な学生を入れようってことなんだ」
「優秀な学生・・・ですか？」
「高等部の半分は中等部から、後の半分は外部からの受験者だが、中等部で推薦に
漏れた者も受験することになる。大等部、中等部も然りだ。それで、学校のレベルは
維持されることになる。
つまり、入寮者が増えるってことは、優秀な外部受験者が入ってきてるって事になる訳だ」
「それじゃあ、先輩達は、優秀ってことですね」
「あ、俺達？・・・俺達は、ダメダメ。通学時間が勿体無いってだけだから」
と、２年の池田先輩。
「そうなんですか？」
「いや、ホント。がっかりさせて悪いな」
と、同じく２年の大道寺先輩。
「建て直して数年ですか・・・そうすると、この寮に怪談なんてないですね」
「なんだ、古井はそんなのが好きなのか？」
いつの間にか、料理を食べながら、怪談話で盛り上がっていた。
時間はあっという間に過ぎ、消灯時間。
窓から外を眺めると家とは異なって星も見なかった。
制服、鞄を確認し、消灯してベッドに入った。
いつもと違う夜。
期待と不安を胸に、眠りに着いた。
入学式当日。
案内では、９時３０分までに教室に。１０時から、講堂で式。１１時から、教室に入り担任からの
話になっているなあ。それで、午前中で解散・・・と。
今日の日程を確認し、９時少し前に、３人で寮を出る。
昨夜、約束しておいた。
クラス分けを確認して教室へ入った。
教室へ入ると、いきなり、呼び出しが掛かった。
「１年１組、水都理さん。至急、第三応接まで来て下さい。繰り返します・・・」
誰だろう？こんな早くに・・・知り合いなんていないはずなのに・・・。
中央棟 第三応接、ここだ。
馬鹿でかい扉・・・昨日は、関係ないななんて話していたのに、使用する事になるなんて・・・。
ドアをノックし、ドアを開ける。
「失礼します」
重いドアを開けると応接のソファに女子生徒が一人座っていた。
カーテンが引いてあって少し薄暗いが、天井が高いせいか照明が点いていないことに
特に疑問は感じなかった。
お金が掛かっていそうな調度品。その中央に置いてあるソファに座っている少女。
その子は、なにかファイルのようなものを開いて見ている。
栗色の髪・・・振り向いた顔は、どこかハーフっぽい・・・それに、青い目が印象的。
宇宙から地球を見たらこんな青い色をしているんじゃないのか・・・それが第一印象だった。
「お座りになったら」
「あ、ああ」
外人かと思ったが、耳に届いたのは間違いなく流暢な日本語。
促され、この子も呼び出されたのかと思いながらソファに座る。
「向かい側に座りなさいよ」
「え、何故？・・・誰か来るんだろう？」
当然ながら、呼び出した誰かが向い側に座るものと思ったのだけど。
「誰も来ないわ」
「え？」
誰も来ない？
「それじゃ・・・僕を呼び出したのは・・・」
「呼び出したのは、私です」
何がなんだかさっぱり分からない。
「そうすると・・・君が僕に用事があった訳？」
「そうです」
「えっと・・・君は？」
一瞬の間があり、答えが返ってきた。
「・・・１年１組、海棠茉莉亜」
「え、同じ・・・クラス？」
同じクラスなら、教室で話し掛ければ良いじゃないか。
即、頭に浮んだのはそんな事。
いや、待て。わざわざ呼び出したんだ。教室では話せないことかもしれない。
向かい側へ席を移すと海棠が言った。
「あなた、本当に特待生？」
「え・・・そうだけど？」
「ふ〜ん、見かけ通りな訳・・・頭は良いのね」
ど、どう云う意味だ？・・・でも、真美姉が演出してくれた通りって事か。真美姉、感謝。
「それで、どんな用事？」
「つまり・・・私が・・・あなたの恋人になって差し上げますわ」
発せられた言葉の意味を理解出来なかった。
「は？」
「こんなこと、私に何度も言わせる気ですか」
少し苛立っている様子。
「だから、意味が分からないって言うの」
海棠の整った眉が歪むのが見えた。
「私を・・・気にいらないとでも仰いますの？」
「気にいらないも何も・・・君と何処かで会った事がある？」
「いいえ、初めてです」
何処かで見かけて一目惚れしたとかでもなく・・・やはり、からかわれているんだ。
それに、『なって差し上げます』は、ないだろう？普通、『なってくれませんか』が
正しいと思うが・・・大体、こんな大袈裟な事して、何が面白いって云うんだ？
溜息が出た。
「じゃあな。俺、教室へ戻るから」
ソファから立ち上がり、海棠に告げる。
「私の父は・・・この学校の理事の一人です。特待生の資格の取り消す事等簡単なことです」
「ま、待てよ。それって、脅迫か」
「いえ、事実を述べたまでです。どう捉えるかは、あなたの自由です」
なんだよ、それ。
断ったら、特待生資格取り消し？そうなったら、家に戻るしかない？
折角、家を離れられたのに・・・どうせ、家は継がなければならないだろうが、少しは自分の
やりたいようにやってみたい。
いや、そんな事より、浪人？カッコ悪くて真美姉にも言えない。
ソファに座り直す。
「それじゃ、理由が知りたい。何故、俺なんかの恋人に？」
「特待生・・・だからですわ」
「特待生？」
「そうです・・・ここ何年も、特待生の資格を得る者などいなかったのに・・・」
特待生になったっていうのが悪いっていうのか？
「何故、特待生を恋人にしなければならないんだ？」
「それは・・・約束だからです」
「約束？」
「・・・」
海棠は話したくなさそうな素振りをみせる。
どっちにしろ、海棠が意思を曲げそうに無い。
「それで、どうしろと言うんだ」
「か、簡単な事です。私の恋人になれば良いのです」
海棠の声が少し明るくなった。自分の意思が通ったことを悟ったからだろう。
「それで、恋人って、何をすれば良いんだ」
「そ、そうですわね・・・とりあえず、私の傍にいなさい」
「それでいいのか？」
「ええ」
それって、家来か、子分みたいなものと勘違いしているんじゃないのか？
敢えて、言うのはやめとく。事態をややこしくする趣味は無い。
「もう、教室に戻っても構わないか？」
「ええ」
海棠の言葉に、席を立った。
自由の為にやって来たのに、自由が無くなって行く。
そんな事を思いながら、教室に向かっていた。
教室へ戻ると、廊下で並べとの指示があった。
そこへ海棠がやって来た。そのまま、講堂へ向かう。
入学式が始まる。
親父達は、式には来ていないはず・・・今日は予定が入っていたはずだ。
実際の状況は別にして、真美姉に『入学早々、恋人が出来たよ』って言ったらどんな顔を
するだろう？
・・・やっぱり、どっちかというと、言いたくない。経緯を聞かれて、バカにされるだけだろう。
周囲を見て驚いた。
シスターが数人？
この学校って、キリスト教系の学校？
ヤバッ・・・親父達、気付かなかった？
今日、来なくて正解。来てたら、一騒動あったかも。
気がついたら、海棠が新入生代表の挨拶をしていた。
教室に入り、席に着く。
今日はこの後は、簡単な説明があって、解散になるだけだろう。
今日は、とても疲れた。早く、寮へ戻りたい。
ざわついていた教室が、静かになった。
顔を上げると、担任と海棠が一緒に入ってきたところだった。
海棠は、持っていたプリントの類を教壇に置くと俺の前の席に座った。
担任は日向敦子と名乗った。２７，８位だろうか？若いけど落ち着いた雰囲気を持った先生だ。
プリント類を配ってしまうと、いくつかの注意があった後、自己紹介をする事となった。
皆、名前と出身校、他は簡単に趣味みたいなことを説明している。
真美姉も第一印象が大事って言ってたっけ。
「海棠麻里亜です。中等部出身・・・私については、紹介の必要もないでしょう」
一瞬、唖然としてしまった。知っていて当然という様な自己紹介。
そんなのでいいのかよって突っ込みたくなる。が、誰も何も言わない。
それだけ、有名人ってことなのか？
座りかけた海棠が思い出したように続ける。
「あ、そうでしたわ。ご報告する事がひとつだけありました。私の・・・つまり・・・水都理君が
私の恋人になりました。以上、ご報告致しますわ」
“え〜〜〜”
教室がざわめく。
「ちょっと、待て！」
既に手遅れだが、抵抗を試みる。
「偽りだと否定でもなさる？」
海棠が振り向く。
「い、いや、そうじゃないが・・・」
満足げに海棠は前を向く。
「次、自己紹介、続けて・・・」
教室内がざわつく中、日向先生が促す。
「あ、あの・・・水都・・・理です」
“え〜〜〜”
再び、教室が騒然とする。
「次・・・次の人、自己紹介を・・・」
日向先生が半分叫ぶように言った。
しかめっ面をした日向先生の前にふたりは居た。
言うまでもなく、俺と海棠麻里亜。
「入学早々問題を起こさないでね。海棠さん」
「事実を公表したまでです。問題を起こす気など少しもありませんわ」
「・・・」
苦虫を噛み潰したような顔をしていた日向先生は言った。
「他の生徒達は下校した頃でしょう。ふたりとも、気をつけて帰りなさい」
案外あっさり、解放されたのかもしれない。
日向先生の気が変わらないうちに、お辞儀をして職員室を出る。
廊下へ出ると海棠は言った。
「水都君は、寮生でしたわね」
「そうだけど・・・」
「では、私を校門まで送りなさい」
見送り？・・・校門までなら構わないが・・・
駅まで送れって言われないだけ、ましか。
「はいはい。バス停まででも送りますよ」
鞄を取りに戻った時には、教室には既に誰も居なかった。
校門まで数人の学生に会ったが、こちらに気がつくと、コソコソと話をする始末。
噂って、伝わるのが早い。
門の所まで来ると、一人の老紳士が駆け寄ってきた。
６０位だろうか、上品な身なり。
「お嬢様、なかなか出てこられないので、心配しておりました。今、教室までお迎えに行こうかと
迷っているところでした」
「大丈夫です、安田。これから毎日、水都君が校門まで送ってくれます」
毎日？・・・俺が校門まで送るのかって言う前に、海棠が安田と呼んだ人に頭を下げられて
しまった。
「そうですか・・・水都様、よろしくお願いします」
そう言われても、どう対応していいのか分からなかった。
校門に止めてあった高級車の後部座席に乗り込む海棠を見て
こ、こいつ、ホントにお嬢様だったんだなあ・・・漠然と思った。
昼食をとりに食堂へ行くと、皆が揃っていた。
「お〜、今話題の人物の登場だ」
「なんですか、それ？」
「恋人宣言のことだよ」
海棠との事を言っているのだと気付き、やはり、噂って云うのは、伝わるのが早いな、と思う。
「ああ、その事ですか。一方的に決められただけですよ。どっちかと言えば・・・家来みたいな
感じですよ」
「それでも凄いじゃないか。あの海棠麻里亜に気に入られたってことだろう？」
「そんなに凄いんですか？」
「海棠グループ・・・知らないのか？不動産から始まって、建設、輸入雑貨等、最近では色々な
分野に手を伸ばしてるって云う・・・」
「はあ・・・ちょっとは、聞いた事あるような・・・」
「お前、世間離れしてるな・・・それじゃあ、海棠麻里亜についても知らないんだろう？」
「ええ・・・自己紹介の時も、知ってて当然みたいな挨拶するし」
三人の先輩は、ホントに呆れたって顔をした。
「海棠麻里亜・・・海棠家の三女。加えて、あの容姿だろ、人気抜群さ」
そう言われれば、栗色・・・あ、今、思えば金髪なんだろうか、それに、青い目・・・。
「ハーフなんですか？」
「あ、クォーターってやつかな・・・確か、おばあさんがイタリアかどっかの人だったな。姉妹の
中で唯一、金髪、青い目さ」
「へええ・・・」
「へええって・・・お前、感動薄いなあ」
海棠麻里亜については、色々な情報を手に入れることが出来たが・・・気がついたら、
夕食の時間になっていた。
そのまま、歓迎会へ突入。
新たに入寮したのは、平河くんと石村君。
自己紹介の時、名前を言ったのが最期だった。
「君なの？あの有名人」
「そうなんだよ・・・こいつ、全然自覚無くってさあ」
この言葉を皮切りに、消灯時間までこの話題が続いてしまった。
歓迎会・・・何処へいってしまったんだ？・・・先輩曰く、また明日やればいいじゃないか・・・だ、
そうです。
明日は、新入生実力試験なんていうのがあって、特待生としては手抜き等出来ないはず
なのだが・・・
寮の歓迎会？が長引いて・・・消灯は、１０時厳守だし、どうなるのだろう。
第１話 終了
