ライムロックが馬上で剣を振り上げたのを見て、目を瞑るしかなかった。

剣が振り下ろされるのを待つことだけが今の自分に出来ることだった。

時間が長く感じられる・・・

再び、目を開けたとき、ライムロックは、木の枝を振り払っているところだった。

「な、何奴」

「貴様ごときに、セイネを傷つけられてたまるか」

カイが剣を抜きながら、私の傍に駆け寄って来た。

ライムロックに、木の枝を投げつけたのも、カイ・・・。

カイが、また、私を助けてくれた。

「き、貴様は・・・」

ライムロックの顔が歪む。

「教えてやろう・・・砦の兵が、息を吹き返したぞ。これがどういうことか判るな」

「ちっ」

ライムロックは短い舌打ちと供に馬を反転させた。

私は、呆然とその様子を見ているだけだった。

「セイネ、少しだけ我慢しろ」

カイに馬上へ押し上げられた。

後ろにカイが乗り、馬を走らせ始める。

こういう状況では、もう、カイにしがみついているしかなかった。



アーシアの家に着くとアーシアが駆け寄ってきた。

「どうなさったんですか？こんなに早く・・・」

アーシアは心配そうだ。

カイが馬から降ろしてくれるが、そのまま座り込んでしまった。

足に・・・力が入らない・・・

「馬をつないで来る・・・アーシア、セイネを頼む」

「は、はい」

カイに言われ、アーシアが再び聞いてくる。

「セイネ様、大丈夫ですか？何があったんですか？」

「殺されそうに・・・ライムロックに・・・殺されそうになったの」

「セ、セイネローゼ様っ」

アーシアが驚き、叫んだ。

「あっ」

直ぐに自分のしたことに気がついて、慌てて口を押さえた。

カイの方を見るのとカイは黙ってこっちを見ていた。



「俺は王都へ戻る。セイネはどうする？」

いつものようにカイが訊いてくる。普段と変わりない。

「カイが知っていることを教えてください」

「ん・・・情報はふたつ。ひとつは、正規軍が王都に戻ってくる。明後日には王都の西に

陣取ることになるだろうと思う。ひとつは、ロザンネイの国王が近々王都に来る。王妃様と

王女様の処分を決定するために・・・」

「少し、考えさせて下さい」

アーシアがお茶を持って部屋に入って来た。

アーシアの様子から後悔しているという雰囲気が伝わってくる。

そんなアーシアに声を掛ける。

「アーシア・・・気にしないで」

「ええ・・・でも・・・」

アーシアは、とても苦しそうだ。


カイに謝ろうとしたけど・・・

「今、ここに居るのはセイネローゼでなく、セイネなんだろう」

と言われしまった。

意味は分からなかったけど・・・このままでいいのかなあと

何となく納得してしまった。

だから、アーシアも気に掛けないで欲しい・・・


「王宮へ、連れて行ってください」

出した結論は、こうだった。

「ロザンネイの国王と話してみたいです」

「何故？・・・正規軍のところへ行けば、王宮を奪還出来るかもしれない」

「いえ、それでは・・・国民が傷つきます」

「そう・・・では、ここに残ると云うのは？」

「それも・・・なんの解決にもなりません」

「ふ〜っ・・・セイネは、やっぱり、王女様なんだな・・・」

カイが、ため息？






街に入った時、驚いた。

これが、１週間前に占領された街？・・・以前と変わった様子はない。

この街を脱出した時は、もう少し殺伐とした空気があったような気がしたのに・・・

行き交う人々からは、そんな様子は見て取れない。


「ここまでは、簡単なんだよな」

こっちを向いたカイに軽く頷き返した。

「どうやって・・・ん」

カイが石畳に車輪が嵌まり込んだ荷馬車を見つけ、駆け寄って行く。

私も、つられて・・・馬車を押していた。



「あ、あんたかい・・・ありがとうよ」

おばさんが、カイを見て微笑んだ。

カイの知り合い？

「おばさんもまだ、このオンボロ馬車使っていたんだね」

「何、言ってんだい。仕えるものは使わなくちゃねえ・・・おや」

おばさんがこっちに気づいたようだ。

「あらあら、いつの間にか可愛い嫁さん連れちゃって」

「ち、違う・・・」

「あんたもすみにおけないねえ・・・」

おばさんが豪快に笑う。


散々からかわれたカイは、ひとり、少し離れたところを歩いている。

カイにも苦手なものは在ったんだ・・・

おばさんはエレンという名前で、野菜売りをして生計を立てているということを

教えて貰った。

「へえ・・・王宮にかい・・・」

「ええ」

「あんた達・・・悪い奴等には見えないねえ・・・門を通る処までなら何とか

連れてってやるよ。その後はあんた達次第だ」

「ホントですか？」

「ああ・・・嘘は言わない」

にっこり笑ったエレンおばさんが遠い目をした。

「一年位前だったかな・・・あの子に逢ったのは・・・」

「カイ・・・にですか？」

「カイっていうの・・・ふ〜ん、名前は聞かなかったかもしれないねえ。

さっきと同じように車輪が嵌ってしまって・・・誰も手を貸してくれなくて・・・

手を貸してくれたのはあの子達だけだった・・・皆、忙しそうにしてて・・・」

突然、エレンおばさんは、思い出したように言った。

「そうそう・・・あれは、王女様の誕生日だったんだ。去年はね、王女様に花を手渡す

権利を貰えてたんだよ・・・お礼するものがなくてね・・・その権利をあの子にあげたんだ。

こんなおばさんが、花を送るより良いと思ってね」


去年の誕生日のことを思い出す。

国民からの祝福として花を受け取る。２０人が、一本ずつ手渡して祝福してくれる

・・・あ・・・あの時逢ったのが、カイ？最後に花を手渡してくれた人・・・

青い目が印象的だった・・・私、忘れていない。


「そろそろだね。これと、これを」

麦藁帽子とエプロンをエレンおばさんが差し出す。

身に着けろという事みたい。



馬車を押して行くと門があった。

ここは、王宮の裏門にあたるようだ。そこには警備の番人が２人立っていた。

「ご苦労様です」

おばさんが門番に挨拶している。

門番は私達の方を見た。

「ああ、村の若夫婦に手伝って貰っているんだよ。今日は寒いから、腰が痛くてねえ」

慌てて、軽くお辞儀をする。

「よし、通れ」

ほっ・・・馬車の後ろを押し始める。

王宮の台所の裏手まで来ると、カイが荷物を降ろし始めた。

エレンおばさんが言う。

「私が出来るのは、ここまでだよ」

「おばさん、帰りは大丈夫なの・・・」

心配になって、聞いてみる。

「大丈夫さ。門番が、ちょうど、交代する時間なんだよ」

エレンおばさんの笑顔にちょっと安心する。



「セイネ、こっち」

カイが、私を呼ぶ。

部屋が変わっていなければ、こっちのはずだけど、カイは知っているの？

「衛兵が立っている所だな」

カイが小さな声で耳打ちする。

部屋の扉のところに、衛兵が２人立っていた。

そうなんだ・・・逆に、衛兵がついているから、分かってしまうんだ・・・

扉が開いて、侍女とルビーフローラが出てきた。

衛兵に向かって、手を差し出している。

どうも手を繋げといっているようだ。

衛兵は、最初困っていたようだが、手を繋いで行ってしまった。

あんなルビーフローラは見たことがない。

カイが手に握った小石を見せる。

え？・・・今時、そんな子供騙しの様な手に・・・

カターン

廊下に音が響き渡る。

衛兵が、用心深く、ゆっくりと音のした方へ近づいていく。

柱の影に隠れながら、衛兵に見つからないように、王妃の部屋へ・・・

音がしないように扉を開け、部屋へ素早く入り込んだ。

「新米か、よほど腕に自信があると、ああなっちゃう訳だ」

カイが小声で言う。

「どなたです」

不安そうな声だけど、紛れもなく、お母様の声。

仕切りのカーテンをくぐって、母の声のした方へ。

「お母様っ」

「セイネローゼ・・・無事だったの」

椅子から立ち上がり、走り寄って来て、私を抱きしめてくれた。

久しぶりの母の温もり・・・


「失礼致します。賊が入った可能性があります。王妃様には注意を・・・」

仕切りのカーテンをくぐって、現われたのは、長身で、きりっとした黒髪の男性。

明らかに、衛兵とは違う・・・この人がロザンネイの王子・・・

「セイネローゼ様？・・・あっ」

部屋を脱出しようとしているカイに気がついたみたい・・・

「衛兵、この者を捕らえよ！」

「え、そ、それは・・・ないだろう」

カイが扉に張り付く。

衛兵が、入ってこようとした扉を思いっきり、引っ張った。

衛兵が勢い余って、部屋に転がり込む。その隙を突いて、カイが外へ飛び出して行く。

苦々しい顔をしながら、ロザンネイの王子は言った。

「セイネローゼ様ですね。後で、御会食を」

「あ、あの・・・」

カイを逃がして欲しいと頼もうと思ったが、王子は、耳を貸す様子も見せず、一礼して

部屋を出て行くだけだった。

「何をしているっ」

部屋の外で王子が衛兵を怒鳴る声が聞こえた。

カイは無事逃げることが出来るだろうか？

カイは・・・強いもの。無事逃げてくれると信じてる・・・。



第１１話　終了


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第１１話