私の部屋として案内してくれたのは、元の私の部屋・・・。
何も変わっているところなどない。
侍女は選ぶのでしばらく待って欲しいと言われた。
お母様が選んでくださったドレスに黒の上掛けを着て、呼び出しを待っている。
隣の部屋をロザンネイの王子が使っていると言っていた。
私の夫になるかもしれなかった人・・・でも、見ず知らずの人なんて嫌だ。
隣の部屋へ通じる扉をじっと見る。
・・・あまつさえ、私は、逃げ出した人間だ。何を言われるか分からない。
今だって、逃げ出したい。王女なんて、立場がなければ逃げ出しているに違いない。
カイが傍にいてくれたなら・・・。
「遅くなり、申し訳ありません」
王子が自ら迎えに来てくれた。丁重にお礼を述べ、後について歩く。
「あの・・・王子様、お聞きしたいことが・・・」
「は？・・・私は、王子ではありません。私は近衛隊長のアイサムと言います。
お見知りおき下さい」
意外という顔をされたが、私にとっても予想外の答えが返ってきた。
この人が近衛隊長・・・そうすると、王子はもっと厳しい人かもしれない。
戦いぶりを見ていたら、とても強そうだし・・・大体、ロザンネイって言う名前も堅そうだ。
憂鬱な気分になる・・・
でも・・・この人に聞いておかないと・・・もう食堂の扉の前だ。
「すいません・・・カイは・・・カイは捕まったのですか？」
「それは、御自身でお確かめ下さい」
王子に直接訊け・・・ということなのかしら。
扉が開く。
部屋へ入って、深々と礼をする。
顔を上げたが、誰もいなかった。
まだ、来てなかったの？ほっとする間もなく、横から聞き慣れた声がした。
「セイネ・・・」
横を振り向くと・・・美しい青年が腕組みをして、壁に寄りかかって立っていた。
頬がぽっと染まる。
「セイネ？」
再び、呼ばれて、初めて気がついた。
「カ、カイ？・・・見違えた・・・あ、そうじゃなくて、無事だったの？すごく心配した・・・」
カイの姿とみとめて、傍に寄る。あ、やっぱり、カイだ。
「あ、でも・・・捕まったってことよね」
「ん？・・・ああ、見事にね」
肩を窄め、両手を左右に広げてみせる。
「セイネ・・・本当に逃げる気はないの？」
カイの表情は真剣だ。
今からでも、一緒に逃げようと言うの？
思わず、頷きそうになったが思い止まった。
「カ、カイ・・・あの櫛・・・私の為に買ってくれたの？」
「え？・・・ああ、勿論」
今は、そう言ってくれるだけでも嬉しかった。
それが、たとえ他の誰かの為に用意したのであっても。
「私・・・ここに、残るの・・・」
「そうか・・・これが、最後のチャンスかもしれないが・・・」
「・・・」
「では、セイネローゼ姫、こちらへ・・・」
カイがため息をひとつついて、席の方へ案内してくれる。
ため息の意味は・・・分からなくもない。
ところで、カイも会食に呼ばれてるのかしら？
カイが隣の部屋へ通じる扉を開け、何か話している。
いよいよ王子がお出ましになるんだ・・・
カイが向かいの席に座る。
「セイネ・・・先程、王妃様と話をして、ロザンネイの国王との会見はセイネが
パーシフォリアの代表として、対応することになったから・・・そのつもりで・・・」
「え・・・」
「ロザンネイの国王は甘くない。大体、何処でもいっしょだと思うけど、『理を説くより
利を説け』を忘れずに」
「あ・・・あの、カイ？」
突然の話の内容に驚く。
隣の部屋との扉が開いたので、慌てて、口を噤んだ。
どんな人が入ってくるのだろう？緊張した面持ちで扉の方を見つめた。
入ってきたのは料理長だった。
料理長の指示で料理が次から次へと並べられた。
運び終わると礼をして退出していった。
「この野菜・・・俺が運んだやつかな？」
「ええ・・・そうかも・・・じゃなくて、カイは、一体・・・」
「え？・・・セイネ・・・もしかして、まだ、気づいてない？」
「・・・えっ・・・ま、まさか・・・」
カイがため息をつく。
・・・だって、一緒に逃げようみたいなことを言うし、正規軍の方へ行かないのか
見たいな事言うし・・・それは、ロザンネイにとって不利になること・・・
あ・・・私の立場、厳しいって云う事なのだろうか？
とても不安になってきた。
カイは、突然、笑顔になり言った。
「セ、セイネって・・・鈍感・・・でも・・・そんなところも、可愛いかも・・・」
う・・・ここで、そんなこと言うなんて、どんな反応すればいいのよ
「そ、そういうカイはどうなの？」
ちょっと、不機嫌そうに言ってみる。
「え、セイネのこと？・・・うん・・・最初見たときは似てるなって・・・でもまさかねって
・・・でも、放っておけなくて・・・名前を聞いた時、間違いないって、分かった。
その後、質問したら、正直に答えてくれたし・・・」
「う・・・」
そんなに早くからバレてたの・・・でも、嘘はつきたくなかったし・・・
「カ、カイは嘘ついてたでしょう？偽名なんか使って・・・」
「え？そんなことしないよ・・・ルペストリア=カイ=ロザンネイ・・・あれ、聞いてなかった？」
「うっ・・・」
そういわれれば、聞いた様な気がする。
「ふ〜ん、やっぱり、関心持たれてなかったのか・・・」
カイが寂しそうな顔をする。
正直言って、気にはなっていたけど、関心持たないようにしてたし・・・
カイは・・・そうか、去年私のこと見てるから・・・でも、それって、ずるくない？
私だって、気になってたのに・・・
「・・・でも、カイで良かった」
「え？」
「うんん、なんでもない・・・」
翌日。
扉をノックする音が聞こえた。
扉を開けると、カイが立っていた。
「セイネ・・・案内するよ」
いつもと違うカイの強張った顔を見て、私は理解した。
「は、はい・・・お願いします」
城を出て、馬車で東へ５分程走ると目的の場所へ到着した。
高い塔、荘厳な建物・・・中は、冷んやりとした空気と花の匂いで満たされていた。
「セイネは不在だったから・・・明日、歴代の王が眠る墓地に移すことになる」
カイが静かに言葉にする。
そうだ・・・先日、お母様とルビーフローラが・・・。
棺の周りには花がいっぱい並べられていた。
毎日花を捧げる人が絶えないのだという。
忘れていたという訳ではないけど・・・信じたくなかった。
現実を見せられるまでは、事実として受け取りたくなかっただけ・・・。
気がついた時は、カイにしがみついて、声を押し殺し泣いていた。
気持ちが落ち着いた後も、カイの胸に寄りかかり、ボーっとしていた。
声を押し殺したせいだろうか、少し頭が痛い。
「セイネ」
カイが優しく言葉を掛ける。
私は黙って頷いた。
カイが私の肩に手を廻し、私を支えるようにして歩き始めた。
王宮へ戻り、部屋の扉を開けると、明るい声がした。
「セイネローゼ様」
「アーシア？」
「はい」
元気な返事が返ってくる。
「セイネには、アーシアが必要だろうと思って来て貰った」
後からカイが言った。
「え・・・あのォ・・・カイ様？」
アーシアが信じられないという様な顔つきで見る。
「ええ、そうだけど・・・」
カイの代わりに私が答える。
「これは、どうなっているんですか？」
アーシアに説明しながら思った。
鈍感は、私だけじゃない・・・よかったぁ。
第１２話 終了
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