「あ、おはようございます。もう、起きてらしたのですか・・・」

目覚めた時、カイが椅子に座って地図をながめていた。

「ああ、おはよう。一階から、パンとミルクを貰って来ておいたから、

食べたらいい・・・」

「ありがとうございます」

「よく眠れたか？」

「はい。久しぶりにベッドで寝ましたから。ちょっと窮屈でしたけど・・・」

起きて、ベッドに腰掛ける。

「おまえ、苦労したんだなぁ・・・」

カイが、同情した声になる。

「ああ、それと・・・その格好で旅は、なんだから、それを着てくれ」

カイが、指差した先を見るとベットの足元のところに衣服が置いてある。

旅の剣士風といった衣服だ。

それに、儀式用等に使われる装飾をあしらった細身の剣。

｢剣がないとカッコがつかないからな・・・それから、宿の女将に風呂を

頼んでおいた」

えっ、カイの言葉にびっくりする。

「あ、あの・・・私、臭かったですか」

顔が真っ赤になっていくのが分かる。

「あ、そういう意味じゃない。旅に出ると、まともに風呂なんか入れなくなるから・・・

昨日は、そこまで頭が廻らなかったんだ」

カイがすまなさそうに言う。

カイが持ってきてくれたパンを齧りながら、カイの方を見ていた。

改めて見ると・・・容姿も悪くない・・・それに、あの青い目は印象的だ・・・

冷たいって感じではなくて、空の青？湖の青？

カイって、二十歳くらいかしら？

私を買ってくれたくらいだから・・・お金持ちなのだろう。

商人には見えないから・・・貴族の子息？・・・にも見えない。

貴族の子息があんな奴隷商人と交渉するような事するとは・・・

話に聞く、賞金稼ぎ？または、旅の剣士なのかな・・・でもなさそう・・・

誰かに仕えている人・・・なのかも・・・それにしては・・・

あ、素性をあれこれ想像するのって、いけないことかしら・・・

・・・

「どうした？女将が待ってるぞ」

「は、はい」




着替えを持って、女将のところへ行くと、風呂の準備はすっかり、出来ていた。

そこは、所々破れたカーテンで仕切ってあった。

バスタブには、既にお湯がはってあり、傍のバケツにもお湯を入れてあった。

少し太った、がっしりした感じの女将が世話をしてくれる。

「準備は出来てるよ」

「す、すいません・・・」

「・・・あんたら、兄妹かい」

「いえ、私は・・・あの方に買われて・・・」

「えっ、あんた、奴隷かい・・・」

女将の手が一瞬止まる。

「お金は、貰っているから・・・構わないんだけどさ・・・」

再び、女将の手が動き始める。

「あんた、いいとこのお嬢様だったんだろう・・・家が破産したか・・・」

「え、ええ・・・」

適当に相槌を打つしかなかった。

「でも、あんた、いい人に買われたね・・・一緒の部屋に入れて貰えるだけで、

いいほうさ。真冬なのに、奴隷ってだけで、納屋で寝かされたり・・・

食事も与えて貰えず、凍死していったのも・・・ああ、嫌だ・・・また、冬が

来るんだねぇ・・・いくら、金を貰ったって・・・」

女将が、吐き捨てるように言う。

一通り、体を洗い終えると、女将が言った。

「これで、体拭いて・・・これが新しい着替えだね。古いのはいらないか」

カイが、出してくれた服を着てみる。

ちょっと、大きめだが、洗濯されている服は心地よかった。

目頭がじ〜んと熱くなる。

どうしたんだろう？こんなちょっとした事が嬉しい。

「さ、ここに座って」

椅子に座ると、髪も櫛でといてくれる。

黙って、されるままにしていた。

「よし、出来た・・・ひゃぁ〜、見違えるねぇ・・・」

「あ、ありがとうございます」

「感謝することはないさね。この櫛も、あの人が、持って来たんだからね」

女将が櫛を手渡してくれる。


部屋へ戻ると、カイはいなかった。

テーブルの上に先程の剣が置いてある。

荷物も見当たらない。

暗い、不安が過ぎる。

置き去りにされた？

剣を取って、階段を駆け下りた。

宿の主人にカイの事を訊ねる。

主人は、驚きながらも、カイが外で作業している事を教えてくれた。


宿の前で出発の準備しているカイを見つけた。

馬に荷物を積んでいる。

ほっとした。

「ありがとうございます。着替えました」

カイがこっちを見て、言う。

「やっぱり、ちょっと、大きかったか・・・」

袖とかが余っているのを直してくれた。

「ありがとうございます」

「さっきから、礼ばかり言っているな」

「あ、でも、親切にされて本当に嬉しくて・・・」

本当にそう思う。

「綺麗なのは良いけど・・・剣士には見えないかもな・・・」

「えっ」

綺麗と言われて、顔が熱くなる。

「やはり、髪は、縛っておくか」

鞄の中から、装飾用の紐を取り出している。

「ふ〜ん、どこぞの貴族の御子息様って感じかな」

カイが笑う。

あれ？・・・どこかで見たような笑顔・・・

いや、気のせいだ。

「俺は、支払いを済ませてくる。馬を見ててくれ」

そう言って、カイは宿の中へ入って行った。

心を落ち着かせるためには、手頃な時間だった。

しかし、しばらくして宿から出て来たカイは不機嫌そうだった。

「どうかしたんですか・・・」

「お前、自分の事を奴隷だと言ったのか」

あ・・・

「宿の主人が、お前のことを売れとしつこく言ってきた・・・」

「す、すいません」

そんな事、思いも寄らなかった。

「すいません」

「いや・・・注意するのを忘れた俺にも責任はある・・・今度からは、

兄妹だと言う様に」

「はい」

「よし・・・おまえ、馬には、乗れるか？」

「ええ、少しなら・・・」

カイが頷く。

「よし、出発するか」

「あ、はい」

馬の手綱を引き、歩き始める。


石畳の通りを歩いて行く。

カイの少し後ろを・・・カイに隠れるようにして。

役人に出会わないか心配だ。



途中、奴隷商人とすれ違った。

私より、ひとつ、ふたつ若い女の子を連れていた。

彼女の運命を考えると・・・暗い気持ちになる。

カイに買ってもらわなければ、私も・・・

「・・・」

カイを見ると不機嫌そうな顔をしている・・・

彼女を助けてあげて・・・とは、言えない。

きっと、きりがない・・・ことなのだから。

では・・・身代わりになるか？って、言われたら・・・きっと、出来ない。

私・・・王女に相応しくないのかもしれない・・・。



街外れまで来ると、検問をしている。昨日、通ったところだ。

順番待ちをしている最後の人の後に並ぶ。

兵士たちが通行人の確認をしている。

あっ、通行証・・・そこまでは、考えなかった。

このままでは、捕まってしまう？

「どうした？もう、疲れたのか？」

カイが、心配そうに、顔を覗き込む。

「・・・」

順番が廻ってきた。

心臓は、ドキドキしている。

昨日、買ったばかりの奴隷だと言えば、通してもらえるのだろうか・・・

「ふたりだな」

「はい。兄妹です」

「よし、通れ」

あまりにも、事務的に済んだので、びっくりした。



検問所から離れると小さな声でカイに訊ねた。

「どうして・・・」

「はあ？・・・ああ、通行証のことか」

頷く。

あ、私が気づかないうちに賄賂を渡したとか・・・

「賄賂渡したんですね」

「え、そんな事しないよ・・・何で、そう思ったんだ？」

昨日、見た事を話す。

「・・・」

カイは、何か考えている風だった。

「それじゃ、偽造したんですね」

「まさか・・・」

カイが吹き出す。

しかし・・・カイから手渡された通行証には、剣士２名とある。

「やっぱり・・・」

「つまりぃ・・・セイネに会う少し前までは、ふたりだったんだよ」

カイが笑う。

意味が分からない・・・首を傾げているとカイが言葉を続ける。

「連れを撒いてやったんだ・・・そこで、セイネに会ったという訳さ」

「・・・」

では、連れだったという人は、通行証がなくて困っていない？

「心配しているの？・・・大丈夫・・・また、会えるから」

また、会える・・・


アーシアの事が思い起こされる。

アーシアともまた会えるのだろうか。

旅は、始まったばかり・・・私にとっては、初めての旅。



第６話　終了


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第６話