夕方近くになり、漸く、目的の村に入った。

「セイネ、ちょっと、待っててくれ。用事を済ませてくるから」

カイが、そう言って馬の手綱を渡す。

行きかけたカイが、途中で引き返して来た。

「セイネ、見知らぬ人について行ったら、駄目だよ」

子供にいい聞かせる様にカイが言う。

むっ

頬がふくれていくのが分かる。


カイがいない間、馬に水をあげたり・・・世話をしていた。

でも・・・前科があるし、カイがああ言うのも仕方ないかな・・・

「もしかして・・・セイネローゼ様では・・・」

ふいに、名前を呼ばれて振り返ると、そこにはアーシアが立っていた。

「アーシア・・・」

「セイネローゼ様」

アーシアの目に涙がいっぱい溜まっていく。

「突然、姿が見えなくなってしまわれて、すごく心配したんですよ」

「あ、あの、アーシア・・・今は、セイネって、名乗っているの」

アーシアに小声で伝えると、アーシアは、理解し、周囲に気を配る。

「セイネ様・・・一生懸命お探ししたんですけど、見つからなくて・・・

敵に捕まってしまわれたのかと、心配しておりました」

「ええ・・・あの時は、奴隷商人に捕まって娼館に売られそうになったの」

アーシアは、娼館と聞いてみるみる顔が青くなる。

「あ、でも、安心して・・・カイがその奴隷商人から、私を買ってくれたの」

アーシアがその場に座り込む。

「アーシア？」

声をかけるが、アーシアは、ただ全身を震わせているだけだった。

「どうした、セイネ」

カイが駆け寄ってきた。



「こちらです。ゆっくりなさって下さい」

「悪いね・・・かえって、世話をかけちゃったみたいで・・・」

村に宿がないか聞いてみたのだけど・・・アーシアが、是非、家にって・・・。

アーシアが客間みたいな処へ案内してくれる。

「父を呼んで参りますので、お待ちください」

アーシアの家まで、来たのは良いのだけど、これからどうすれば良いのか・・・


バタバタと廊下を走る音がしたかと思うと、戸が開きアーシアとその父親が入ってきた。

「アーシアの父親でスパといいます。この村の村長をやらせてもらっています。

このたびは、娘のアーシアとセイネ・・・様が、大変お世話になったそうで・・・」

村長が深く頭を下げた。

「い、いえ、お世話になるのは、こっちです。泊めて頂けて、とても助かります」

「あ、あの・・・セイネ・・・様をお買いになったとか・・・お金を倍お支払いますので、

解放してやって下さいまし」

「え、あ、あの・・・倍なんて・・・」

「娘に託されたことが・・・途中でこんなことに・・・この胸の内、察してくださいまし」

「あ、あの、だから、倍って・・・よ、弱ったなあ・・・」

カイが助けを求めている。

「あ、あの、アーシア・・・」

「お父様、カイ様も今日はお疲れになっていることですし、ゆっくり考えて頂きましょう」

「そ、そうだな・・・宜しくお願いします」

村長が再び、深々と頭を下げた。



「カイ様がこちらのお部屋です。セイネ様は、お隣になります」

「え？」

カイと違う部屋？・・・口にしそうになって、慌てて、言葉を飲み込んだ。

そ、そうだ、アーシアの家は使っていない部屋があるんだった・・・。

「カイ様、ご案内します。セイネ様、後で、参りますから・・・」




戸をノックして、アーシアが入ってきた。

「セイネローゼ様・・・」

「アーシア・・・」

「やっと、セイネローゼ様とお呼び出来るんですね・・・」

「アーシア・・・ごめんなさい。色々迷惑をかけて・・・・」

「いえ、私こそ・・・セイネローゼ様、その格好では・・・せめて、女性らしい格好をしてください」

「え、ええ・・・」

そ、そうなの？・・・女性らしく見えてなかったの・・・とても動き易かったけど・・・

アーシアが出してくれた服に着替える。村の娘が着ている服だ。

「すいません、こんなのしかなくて・・・」

「ううん・・・どう？似合う」

「ええ、とても・・・あ、髪をお梳きしますね」

「あ、そのくらい自分で・・・」

「いえ、やらせて下さい。私のために」

アーシアがエプロンのポケットの探し始めたが、必要なものがないことに気がついたようだ。

「す、すいません。今、櫛を取って参ります」

「あ、櫛なら・・・カイに」

ポケットから櫛を出し、アーシアに手渡すと、櫛を見たアーシアは驚く。

「カイ様は・・・セイネローゼ様のことをどう思っているのでしょう・・・この櫛・・・

とても高価なものです。細工も・・・」

アーシアは、お金で買った女に与えるような櫛ではないと・・・

私に・・・好意を持っているから与えたのだと、思ったのだろうか？

でも・・・櫛を買いに行く暇なんてなかったはず・・・とすると、誰かへの贈り物として

持っていたことになる。

・・・誰に・・・

訳の分からない感情が、胸に芽生える。

「今、食事の用意をしていますから・・・もう少し、お待ちくださいね」

アーシアが髪を梳きながら言う。

髪を梳かしているアーシアは、とても幸せそうだ。

「食事といえば、昨日は、私もお手伝いしたのよ」

「え、セイネローゼ様が？」

「ええ・・・カイに教えて貰いながらだけど・・・不味くはなかったと思う・・・」

美味しかったと言えない所が、辛いけど。

「・・・あ、カイが、作ったのは美味しかったわ」

「セイネローゼ様も練習すれば、何でも上手に出来ますよ」

「うん・・・そうよね・・・でも、カイは、剣の腕も立つのよ」

「剣・・・ですか？・・・セイネローゼ様は、カイ様と同じ様になりたいと

思っていらっしゃるのですか？」

「え・・・ええ、足手纏いにならないくらいには・・・」

アーシアの髪を梳く手が止まった。

「セイネローゼ様は・・・カイ様について行こうと思っていらっしゃるのですか？」

「え・・・そ、それは・・・」

多分、それは、無理・・・

「セイネローゼ様・・・お金をお返しになって、身分を明かしましょう」

「ダ、ダメ・・・い、今は・・・ダメ」

パーシフォリアは、大変な状況になっている。

いくらカイでも逃げ出すかもしれない。

「セイネローゼ様・・・私・・・」

アーシアが言い難そうに話し出す。

「こんなことを言ってはいけないのですが・・・先程、少しカイ様とお話させて頂きました。

カイ様は、セイネローゼ様の事を一人の人間としてみておいでです。ライムロック様は・・・

セイネローゼ様を人形の様に扱っていたように思えてなりません。ライムロック様を頼るより、

カイ様に力添え頂く方が・・・」

「カイは一介の剣士にすぎないのですから・・・」

本当は、そうしたいとは思うけど・・・

「それは・・・カイ様は、お金も持っていらっしゃるようですし・・・」

カイが情報を高く売っているなんて、アーシアに言えそうにない。

「とても頼りになりそうな気がしたのですけど・・・」

戸がノックされた。

「はい」

アーシアが戸を開け、何か会話している。

戻ってきたアーシアが言う。

「髪の方、仕上げてしまいますね」

アーシアの手が素早く動き始めた。手を動かしながら、付け加える。

「食事の準備が出来たようです。確認に行って来ようと思います。それから・・・

セイネ様のことは、大切なお客様としか言ってありません。そのつもりでいて下さい」

「ええ・・・アーシアには、気を使わせてしまって・・・」

「いいえ、そんなことは・・・それでは、確認が終わり次第、案内致しますから」



「娘の友人達が手伝ってくれたようで・・・お口に合いますか・・・」

直ぐに、村長がカイと私を迎えに来たのだった。

食堂に入ると、二人の娘が立っていた。こちらを見て、頭を下げる。

カイがお辞儀を返した後、私に囁いた。

「・・・・・・」

それは、その通りだと思う。

「あの・・・良かったら、一緒に食事して頂けませんか？」

アーシアと娘たちが驚く。

「大勢の方が楽しいし・・・」

「そ、そうですね・・・では、今、準備しますから」

アーシアが同意する。


「こちらは、カイ様とセイネ様、こっちは、私の友人のマリーとエリカ。

二人には、今日の夕食を作って貰いました」

席についたアーシアが紹介をしてくれた。


「アーシア聞いた？王妃様、元気そうだったって」

「えっ」

アーシアの顔を覗き込むが首を横に振った。アーシアは聞いていないみたい。

「ああ、先程、連絡が入りました。今日の昼、王妃様が城壁のところから国民に挨拶なされたそうです」

村長が慌てて説明する。

彼女らはその連絡を横で聞いていたのかもしれない。

「国王様の事と・・・謀反人の捜査を始めているとのことでした」

「ロザンネイじゃなかったのね・・・」

「そんなの、分からないわよ」

・・・

話題は、主に、王室のこと・・・アーシアは、私を気にして話題を変えようとしていたけど・・・

冷静に聞いていられた。

カイと村長は作物のこととか別の話をしていた。


夕食後、カイと一緒に部屋に戻る。

アーシアが案内すると言ったが、友人達の相手をするように言って、カイと二人、戻ってきた。

アーシアの友人達は、もう少しおしゃべりしたら、帰るということだった。

「セイネ。何かあったら、叫ぶんだよ。隣の部屋だから・・・直ぐ行くから」

「え」

カイが手を振って部屋に入る。それを見届けてから、自分の部屋に入った。



第９話　終了


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第９話