気がついたら、自分の部屋にいた。

うう、カッコ悪いなあ・・・晴香に見られちゃった・・・涙なんて、泣いたのって・・・

小学２年の時に取っ組合いの喧嘩をした時以来だ・・・いくら女の子の体になったからって

あんまりだ・・・

それに、その場から逃げ出すなんて・・・到底、自分の・・男の行動とは思えない。

でも、晴香にからかわれたのは、ショックだった。


「晴香、部屋にいるの？」

お母さんの声が聞こえる。

「あ、はい」

「晴香、日高君が鞄もって来てくれたわよ」

「えっ、鞄？・・・あっ」

しまった・・・何やってるんだろう・・・。

うう、重ね重ねの失敗に自己嫌悪。

「あ、あの・・・」

「下で待ってるわよ。日高君」

う、会いたくないけど、今、会わないと、明日はもっと会いにくい・・・

わかってはいる・・けど・・・凄く恥ずかしい。

何度か、立ったり座ったりを繰り返した。

結局、覚悟を決めて玄関へ向かっていた。


晴香は外を眺めていた。

「は、晴香・・・」

その背中に声をかける。

「あ、孝」

「あ、ありがとう、わざわざ・・・ごめんね」

「・・・こっちこそ、ごめん」

「ううん・・・ちょっと、恥ずかしくって・・」

「弱みに付け込んだような言い方しちゃったから・・・ごめん・・・いつも明るくしてるから、

孝に甘えちゃったのかも・・・だから、あんな顔するとは思わなくて・・・ほんとうに、ごめん」

晴香が視線を外して、小声で話す。


「立ち話してないで、中で、話ししたら」

リビングの方からお母さんの声がする。


「孝、私、もう帰るよ。鞄渡したし」

晴香が小声で言う。

晴香にとっても、自分が泣かしたっていう、うしろめたい気持ちがあるのかもしれない。

「そ、そんなこと言わないで」

もう少し、話していたいと思った・・・だから、晴香の手をしっかり握って離さなかった。

「そんなところに立ってないで、早く入りなさいな。ふたりとも」

お母さんはお茶の準備をしていたようだ。

「日高君、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「ちょっと、出掛けて来るから、晴香、後お願いね」

そう言ってお母さんは出て行った。買い物のようだ。


そ、そうだ、噂のこと聞くには、いいチャンスかもしれない。今なら、晴香、素直だし。

「は、晴香・・・噂の件だけど・・・」

「え、噂？・・ああ、あの『最近の白石いいよなあ。可愛いし、優しいし、

Ｃ組の原田さんといい勝負だな』っていうやつ？」

ちなみに、Ｃ組の原田さんていうのは、同じ１年生で、学年で評判の美人。

コースケなんか、もう、見てるだけで幸せって顔をする。

「はい？何それ？」

突然訳のわからない話をされて、ちょっと、戸惑う。

「男子の最近の白石評」

ふ〜ん、うまく演じてるってことかなあ・・可愛いのは、元々だから・・・

「ふ〜ん、晴香うれしい？」

「何言ってんの？あんたの評価じゃない」

「なんで？晴香、元々可愛いじゃない」

「な、何言ってのよ」

晴香が紅くなってる。

「私は優しくなんかないし」

「晴香はすごく優しいと思うけど」

晴香がますます紅くなる。

晴香は優しい。演技でそんな風に見せてたみたいけど、本質的に優しいことには間違いない。

迷子になった時だって（これは、早く忘れたいけど）・・・金曜日だって・・・。

「でも、孝と替わってからこんな評価になったんだよ。これはまぎれもない事実だもの｣

晴香らしく、冷静に判断している？って、聞きたいのは、そうじゃないんだけど。

はあ〜〜っ。

「何、ため息ついているの？」

「あの、そうじゃなくて・・・」

「ああ、弥生のこと？」

あ、それもあるんだけど・・・

「孝は、付き合って欲しくないんでしょ」

「う、あ、あの、そう・・・なんだけど」

木下さんには申し訳ないけど、自分の気持ちを優先させればそうなる。

「じゃあ、孝の希望を叶えてあげる」

希望って・・・う〜、何で、こんなに立場弱いんだろう？それに、いつの間にかいつもの晴香に

戻ってるし。

やっぱり、最初の『お嫁さんに貰って』がいけなかったか・・・うう、後悔。

でも、なんか晴香ずるくない？

無駄だと思いながらささやかな抵抗を試みる。

「晴香、ずるい・・・」

「え・・・」

あれ？晴香が考え込んでいる。なんか、予想と違う反応・・・。

「ああ、そうかも・・・私の方が、今、男の子で、孝が女の子だもんね・・・ちょっと、

男らしくなかったかも」

なに？なんかひっかかるなあ・・・。

「白石晴香さん」

ん？俺のこと？

「は、はい」

「僕と付き合ってください」

「はい？」

なんなんだ？

「いやだなあ、孝、ちゃんと、交際申し込んでるのに・・・あ、もしかして、嫌なのかなあ？」

「え、あ、あ、よ、宜しくお願いします」

慌てて答える。

晴香が笑う。

あ、また、失敗したのかなあ・・・俺って、学習能力ってのがないのかも・・・。

でも、やっぱり、これもずるいような気がする。

「とにかく、孝、今度弥生から相談されたら、孝がちゃんと断っといてね」

「う、うん」

そ、それよりも

「・・・あ、あの、臣・・・臣先輩は？」

「臣先輩？臣先輩は、気にしないで・・・でも、なんでそんなにこだわるの？」

あの、気にしないでって・・・こっちの方が本題で・・・それに・・・はあ〜っ、ため息。

晴香自身、気づいてないんだ。以外に鈍感・・・やっぱり、晴香には言っておかないと。

「あ、あの、実は・・・」


「ただいま」

お母さんが買い物から戻ったようだ。

肝心なところで、邪魔が・・・。

はあ〜っ、なんか、さっきからため息ばかり・・・

でも、晴香、臣先輩のこと信頼してるみたいだし、話すのは、もう少し考えてからにしようかなあ。

「あ、お帰りなさい」

「夕食の準備するから。日高君食べていってね」

「あ、もう、帰りますから」

「だめよ。ちゃんと、食べていってね。晴香、日高君の家へ連絡しておいて」

あれ？この有無を言わせない性格・・・晴香に似ている・・・あ、晴香が似ているのか・・・

思わず、吹き出しそうになった。

あっと、晴香が睨んでる。思ったことがわかっちゃったようだ。ご、ごめん、晴香。



三人で食卓に着いた。

「あれ、お父さんは？」

「あ、残業で遅くなるって」

「はあ、そうなんだ」

「ところで、仲直りは済んだようだけど・・・喧嘩の原因は何？」

お母さんが、ニコニコしながら聞いてくる。

え、いきなり、本題ですか・・・

「あ、たいしたことじゃないの」

「へ〜、鞄を届けてもらうくらいなのに？」

「も、もちろんよ」

「それは、それは。あ、日高君、いっぱい食べていってね」

その後、お母さんは、矛先を晴香に替えたようだ。

絶対話さないって感じ取ったんだろうか？

それにしても、さすが、晴香、慣れてますね。うまく質問をかわしてる。



晴香が、帰り際につぶやいた。

「孝、お母さんとうまくやってるんだ」

「うん、まあ・・ね」

晴香と似てるからね・・・口には出せなかったけど。

でも、臣先輩のことはどうしよう・・・ああ、頭、痛い。



第１０話　終了




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