「昨日、日高君と喧嘩したんだって？」

いきなり、水都さんが聞いてくる。

「え、し、してないわ」

ちょっと、焦りながら答える。

噂って・・・広がるの早いなあ。

「そうなの？白石さんが泣いてたとか・・ちょっと信じられなかったけど」

も、もしかして、コースケ？

「え、あ、そ、それは、目にゴミが、入っただけ」

「ああ、あれ、痛いのよね。コンタクトって、ホント。涙ぽろぽろ出るから・・・そういう事か」

なんか、勘違いしてくれたようだけど・・・助かった。

「水都さん・・・コンタクトなの？」

「うん。高校入ってからだけど・・・皆に言っておいたげるね、目にゴミ入っただけだって」

「あ、ありがとう」

恥ずかしくて、誤魔化しちゃった、水都さん、ごめんね。で、でも、よ、よかったあ・・・。



昼休み、木下さんを呼び出して話をする。

「え〜、やっぱり、付き合ってるの」

「うん、ごめん」

木下さんに向かって、両手を合わせる。

「彼、晴香に似てるでしょ。私の理想にぴったし。晴香が男だったらなあって思ってたのに」

「・・・」

そ、そんなこと言われたって答えようがない。

この場合断って正解だったかも。なんか少し気が楽になった。

「いいわ。この埋め合わせはいつか晴香にしてもらうから」

埋め合わせ？って、なんでだよぉ・・・



懐かしいな・・・久しぶりに来たなあ。

木下さんに話をした後、ここへやってきた。

ここは、学校の屋上。実は立ち入り禁止になっている。

内緒だが、屋上につながる扉のひとつの鍵が壊れていたんだ。

偶然それを発見してから、時々ここにきている。

頬に当たるやや冷たい風が心地よい。ここからの眺めもいいし。

考えてみれば、試験が始まる前からだから３週間ほど来てなかったんだよな。

この約１０日間は、晴香になりきろうと頑張ってきたし、

今のひと時くらい息抜きをさせてもらってもいいよね。

ぼんやりと、風景を眺めていた。


ふと、人の気配を感じて振り向いた・・・・そこには晴香が立っていた。

「ここに、いたんだ・・・」

「なぜここを・・・」

ここのことは数人しか知らないはずだ。

「今、俺は日高孝司なんだぜ」

ははあ、そうか、コースケか・・・

「ここは、立ち入り禁止になってるのよ。クラス委員がこんなとこに居ちゃあ、まずいよねえ」

「白石さん（ほんもの）と、白石君（にせもの）は、違うんです」

晴香はまだ、睨んでいる。

「息抜きくらいさせてよ・・・晴香」

「息抜きばっかりしているように見えるけど」

金網に背を向けて座る。

晴香は腕組みをしていたが、同じようにして座った。

晴香が言い出した。

「私も文化祭、参加したいな」

えっと、つまり、明日から文化祭が始まるわけなんですけど、晴香は部活やってないので、

今度の文化祭は生徒会の一員として参加するはずだったです。

元々、俺は帰宅部だったから、参加予定なんてなかったし、そーゆーわけで、今の晴香としては

直接参加する予定はないってことになるわけで・・・

それに、俺の予定としては、文化祭は適当に見て廻って、飽きたらふける・・・

あっ、自主的放課後（この学校自主性を重んじるって言ってたからな）とするつもりだったし。

大きな声では言えないけど、体育館裏の金網が少し破れていて、そこから裏にある神社へ

抜けれるんだ。

だから、抜け出るのも簡単って・・・まあ、こんな調査だけは完璧なのになあ・・・。

でも、俺は、今、白石晴香だから、（本当は、晴香がするはずだった仕事が、すべてこっちに

廻ってきて）めいいっぱい仕事が入っているという状態・・・やれやれ。

そのかわり、晴香は一気に暇になっちゃたという訳です。

まあ本当は、色々アドバイスしてもらっているんだけど・・・最近、各クラス委員の皆も

晴香がいっしょにいるのを気にしなくなった。相談すれば、的確なアドバイスをしてくれるしね。

あ、ちょっと、脱線しちゃた・・・

え〜っと、つまり、晴香が言うように、個人参加部門もあるんです・・・文化祭２日目に

個人参加部門が。

飛び入りも歓迎ってやつで、蛇足で言うと、先生方もかくし芸とかで毎年参加してるそーです。

「私、孝と一緒に何か出たいなあ」

え、俺と？・・・俺、無芸が自慢なんだけど・・・。

でも、晴香が言い出したら絶対曲げないし、何やらされるんだろう？

「晴香、どんなので、出たいの？」

晴香が考え込んでいる。

「う〜ん、夫婦漫才」

ぶっ

「な、なんでだあ〜」

「だって、孝、何も出来ないでしょう？」

わかってるんじゃないか。

「それにしたって・・・なんで夫婦漫才なんだ」

「うけるでしょ、夫婦ってとこが。それに、孝、ボケ役にぴったり」

突っ込み役の間違いじゃないのか・・・

「・・・・」

それにしても、晴香の性格って・・・どうなってるの？

入れ替わってから、変わった？それとも、元々、こんな性格だった？

なんか、最近、わからなくなってきたぞ・・・。



あ、予鈴が鳴ってる。

文化際参加のほうは、何か考えないと、とんでもないことをやらされそうだ。

とりあえず、午後の授業に向かいますか。



―――放課後。

放課後は、会場の整備をすることになっている。

その後、合唱の練習がある。最後の合同練習だ。

３日間の練習だけで参加って、凄い手抜きって感じもしますが、部活とか、クラスとの

掛け持ちの人も多いし、それも、仕方ないか。

というわけで、体育館に向かっている。


あ〜、晴香。こんなところでコースケ達とバスケやって遊んでる。

・・・楽しそうだなあ・・・

そう思って眺めていると、ボールが転がってきた。

晴香がこっちに気がついたようだ。

ん？手を振ってる・・・ボールとってくれ？

はは〜ん、では久しぶりに。

コースケ達の間をぬってシュートを決める。

コースケたちあっけにとられている。

ちょっと、体の動きがイマイチだけど、そんなに勘は、狂っていない。

あれ？晴香が怒っている。

「大丈夫だよ、晴香。スカートの下には短パン穿いているから」

「そうじゃなくて！」

晴香が駆け寄ってくる。

「そうじゃなくて、孝、明後日、ピアノ弾くんでしょ」

「え、そうだけど・・」

「あ、コージ、うしろ、危ない」

コースケが叫びに、晴香が振り向く。

体が、無意識にボールをたたき落としていた。

「痛ーっ」

「孝」

「白石さん」

つ、突き指した。

「バカ！だから言ったのに」

晴香、怒鳴らないで・・・指がみるみる紫色に変わっていく。

う〜、指がズキズキする。

「白石さん、大丈夫？コージなんか庇わなくたってよかったのに」

コースケ、おまえ、そーゆー奴だったのか・・・声に出して言えないが。

「大丈夫、ただの突き指だから」

「保健室行って湿布薬貰おう」

晴香が言う。

「う、うん」


保健室で手当てしてもらった。

保健の先生・・・また、来たのって顔してた。うう、すいません、また、お世話になります。

「これじゃあ、伴奏無理そう・・・」

晴香が言う。

う〜、確かに・・・包帯を巻いた指の太さは二倍くらいになっていた。

でも、明後日になれば・・・やっぱり無理か。

は〜っ、どうしよう・・・このままじゃあ、私のせいで・・・文化祭が・・・

「は、晴香、お願い」

晴香に向かって手を合わせた。ちょっと、包帯が痛々しい。

「晴香、伴奏代わって。お願い」

「え、ちょっと、それは・・・」

晴香、渋ってる・・・どうして？

「他に頼める人いないもの。お願いっ。ホントになんでもする。だから、お願いっ」

「え」

は〜っ、晴香がため息をついている。

「ホントにいいの？孝、元に戻った時に困らない？それでもいいなら」

・・・元に戻った時の事まで考えてくれていたなんて。

「その時は・・・とにかく、お願いします」

「わかったわ」



「すいません。そういうわけで、伴奏は日高君にお願いしました」

できるのか？って声が聞こえる。

「じゃ、晴・・日高君、始めて」

晴香が、弾き始める。・・・あれ？晴香、上手になっている。どこかで、練習していたんだ。

晴香の演奏を聞いて、皆が納得した。

でも、これじゃあ、本当に元に戻った時が大変だ。でも、今は、晴香に感謝。

これで、晴香が一緒に文化祭に参加できる。さすがに、夫婦漫才で参加なんて・・・恥ずかしいし。


練習の後、木下さんに捕まった。

「晴香あ〜、この件は高つくわよぉ」

怖〜っ

怖いのは、木下さんだけではなかった。

「白石君」

ギクッ・・・わ、忘れてた。

「生徒会室まで、いいかな」

「え、は、はい」

晴香の方を見る。

「教室で待ってるから」

頷いて、先輩の後を歩く。

やっぱり、あのことかな・・・

と、とにかく、シミュレーションしてみよう・・・え〜っと、まず、先輩が・・・

『この間の答えを聞きたいんだが』

→『私、日高君と付き合うことにしたんです』

（本気なのか冗談なのかわからないとこあるけど、嘘じゃないよな、晴香、一応、そう言ったよな）

→『そうなのか、わかった』

→『では、そーゆーことで』

ってな訳にはいかないだろうなあ。え〜っと、

→『私、日高君と付き合うことにしたんです』

→『そうなのか、じゃあ、腕ずくで』

→『ＧＹＡＡＡＡ・・・』

ってなこともないよな。今日、人多いし。でも、距離は取っておいた方がいいかな。

→『私、日高君と付き合うことにしたんです』

→『そうなのか・・・僕よりも、いいということか』

→『はい、先輩より、背は・・背は低いですね。成績・・だって、悪いし・・・行動力・・も

　　・・ないし・・あれ？・・いいとこ・・ないですね』

（あれ？あれ？・・・な、なんか・・・落ち込んできたぞ）

→『じゃあ、もう一度、考え直してみないか』

→『そ、そうですね』

って、なんで、そうなるんだ・・・はあ〜っ。

も、もう一回、やり直し・・・って、もう、着いちゃったじゃないかあ・・・。


３年生は会議とか出てきているけど、引退状態だ。

今、実質、生徒会を動かしてるのはこの人なんだよなあ。来年は、生徒会長だろうし。

晴香だって、信頼してるし、こんな状態じゃなかったら、俺だって・・・。


「そんな隅にいないで、椅子に座ったら」

「は、はい」

「そんなに警戒しないで・・・この間は、そんなつもりで言ったんじゃないんだが・・・」

とりあえず、椅子をひとつ空けて座る。シミュレーション、シミュレーションっと。

「さて、本題だが・・・」

き、来たなあ・・

「日高君について、聞きたいんだが」

え？いきなり、そう来るの？

先輩の方がよく知ってると思うけど・・・って、そんな事言えないし。

「あ、あの、聞きたいって？」

「どんな人？」

「ど、どんな人って・・・ク、クラスメートですけど」

まず、第一段階目は、このくらいだよね。

こっちの様子を窺うようにみている。

あれ？どこかで似たようなことがあったような・・・。

あ！ま、まさか・・・先輩、そっちの趣味も・・・。

な、なんか・・・

「あ、あの、今日は、失礼してもいいですか？」

「ああ、構わないけど・・・調子が悪いのか？」

「え、大丈夫です」

「気をつけて帰れよ」


元に戻っても、戻れなくても・・・



第１１話　終了




★　　NOVEL　TOP　　★　　BACK　　★　　NEXT　　★