小さなテーブルに向かって座り、問題を解いている。

日曜日だというのに、相変わらず晴香と勉強しているってわけだ。

ちなみに、ピアノのレッスン日は水曜日に変わったので、休みの日は、

ゆっくり過ごせることになったんだけど・・・結局は晴香に扱かれている。


今日は、朝から曇ってはいたんだけど、先ほどから、雨が降り出した。

雨か・・・そういえば、晴香に怒られること以外で、普通に話したのって

あの雨の日がはじめてだったかもしれないなあ・・・

でも、それって、情けないよなあ・・・なんて思いながら。


あの日も、朝から曇っていて・・・帰ろうと思った頃降り出したんだよな・・・

ああ、そうだ・・・罰掃除終ったところへ晴香が帰ってきて・・・

昇降口まで行ったら、激しく雨が降ってたんだよなあ。

駅まで、傘に入れてやろうかって言ったのに嫌だなんて言うんだもんなあ・・・

参ったよなあ、あの時は・・・

ずぶ濡れで電車乗って・・・カッコ悪かったなあ・・・

その後、結局、風邪ひいちゃって・・・

でも、晴香が濡れなくて、良かったんだよなあ・・・俺、男だし・・・


晴香って、大人びてると思ったら、ずいぶん子供っぽいし・・・

なんで、こんなのを好きになっちゃったのかなあ・・・

時々、人のことおもちゃにはするし、意地悪はするし・・・

まあ、本当は優しいだけど・・・それに可愛いし・・って、今は体入れ替わってるか・・・

でも、それを隠そうとしていたから・・・わからないんだよなあ


あ、いけない・・・晴香、睨んでる・・・

「あ、あの、晴香、ここんとこだけど・・・」

「え、どこ？」

・・・・

男になった晴香ってかっこいいんだよなあ・・・

りりしくて、女の子にも、もててるし・・・

ちょっと、ギャップありすぎ・・・あんなことしてて、よくバレないよなあ・・・

元に戻った時、どうしようかって思うくらいなのに・・・

あっ、もしかしたら、こっちも変わってるって見られてるのかも・・・

精一杯、努力はしてるつもりなんだけどなあ・・・

「孝、まじめに、やってる？」

「え、あ、も、もちろん、やってるよ」

ああ、びっくりした・・・晴香、するどいなあ・・・

でも、半月、よくバレないでやってこれたよ・・・

晴香のお母さんって、勘よさそうだもんな・・・不審には思ってたりして・・・

昔、婦人警官とかやってたりして・・・

あれ？晴香のお母さんの職業って、なんだっけ？

あれ？お父さんは、何してるって言ってたっけ？・・・お姉さんって、何処の大学だっけ？

あれ？・・・確か最初に晴香に聞いたような気がするんだけど・・・

ホント、こんなんでよくバレないよなあ。

「あ、あの、晴香」

「ん？どこ？」

「あ、問題じゃなくって・・・晴香のお母さんって何してるの？」

「は？」

「あ、だから、職業」

「前に、話したじゃない。聞いてなかったの」

「あ、やっぱり・・・」

「もう・・・ほとんど専業主婦よ。時々頼まれてエッセイみたいの書いてるけど」


かなり、あきれてるなあ・・・やっぱり。これで、お父さんは？お姉さんは？って訊いたら・・・

訊くのやめよ。晴香の機嫌のいい時に訊いてみようっと。

「よくバレないよね」

「・・・・」

ちょっと、突っ込んでよ・・・冷たい目で見てないでさあ・・・

そういえば、先輩の件も残ってるし。


どちらかと言うと、こんな風に脱線してる方が多いかもしれない。


脱線のついでに話すと、元に戻るための努力もしているんだよ。

ご覧の通り、成功はしていないんだけどさあ。

駅の階段から一緒に落ちてみたり、遊園地のコーヒーカップに乗ってめちゃくちゃ回してみたり、

近くの禅寺で座禅をくんでみたり、文献を調べたりと、色々やってみている。

階段からわざと落ちるのって結構難しい。何十回もやってみて、手と膝をすりむいただけだった。

通行人は冷たい目で見てるし。時間が関係してるかもと、同じような時間にでやってみたけど、

効果なかった。

お酒もって話が出たけど、どっちが飲むのかで揉めて、結局、これは試していない。

コーヒーカップは・・・もう、二度と乗りたくないや。

晴香が遊園地へ行こうって誘ってくれたから喜んで行ったんだ。

けど、元に戻る為の実験だとか言われて、乗ってみたら・・・

最近、遊園地って言葉を聞いただけで気持ち悪くなるし、しばらくは、朝のコーヒーのカップを

見るのも嫌だった。

座禅だって、体にあざが出来ただけだったし・・・。

晴香のほうは、一度も叩かれなかったのに、こっちは・・・。

お坊さんも最後にはまたオマエかって呟いたのが聞こえたんで、思わず、お坊さんも

修行が足りないねって言いそうになって・・・慌てて口を押さえたら、また、叩かれた。

最近、晴香も手が尽きてきたようだし・・・どうしよう。


雨音が大きくなった・・・ちらっと窓の外を見ると、外の景色が白く霞んでいる。

よく降るなあ・・・


でも、勉強の方は、晴香の教え方がいいのか、最近はスムースに進んでいっている。

晴香、先生になればいいのに・・・きっと・・・ん？

「？？？」

ベッドに腰掛けた晴香がじっとこちらの方を見ていた。

「な、なに？」

「孝、このあいだ言った事、覚えている？」

「え、このあいだ？」

「伴奏、代わってくれって・・・」

「ああ、あの時はありがとう。とっても助かった」

晴香が黙って見ている。

「？？？」

なんか、あったっけ？

「あ、ま、まさか・・・」

ああ、そうか・・・簡単になんでもするって言っちゃあいけないって言われたんだ。

けど、あの時は、晴香に頼むしかなかったし・・。

「ここ、座って」

晴香は自分の座っている横を指している。

え？横に座れ？って・・・とりあえず、晴香の横へ座る。

「う、うん、いいけど、なんでも、晴香の好きなもの奢るよ・・・なにがいい？」

晴香が、首を振っている・・・やっぱり、この程度じゃ・・・

考えてみれば、晴香のお小遣いだし・・・こんなので、納得してくれないよね、やっぱり。

「うん、それじゃあ、晴香・・・最近、お母さんが料理とか、教えてくれるようになったんだ。

晴香に、ご馳走するって言うのは・・・え、だめ？」

食べ物とかじゃあ、駄目なのかな・・・晴香を見つめ、問いかける。

「あ、あの、何をすれば・・・」

晴香が手を頭へ廻してきて、自分の胸のほうへ抱き寄せる。

え、これって・・・

「ちょっ、ちょっと、ま・・・」

・・・心臓がドキドキして・・・

「逃がさないよ、孝。男の子の力って、強いんだよね・・・」

た、たしかに・・・いくら藻掻いてみても・・・だめか・・・

「孝、毎朝、コーヒ−豆弾いているんだ・・・香ばしい香りがする」

晴香が髪をなでながらつぶやく。

「あ、あの、お母さんに・・・」

「うん、お母さんに見られたら、孝、めちゃくちゃ怒られるね。裕香のときそうだったもの」

そう言って、更に腕に力が入る。

え〜、こっちが、怒られるの？な、なんで・・・でも、わかってって、何で・・・

でも、なんか、抱きしめられるって・・・このぎゅって感じが・・・ちょっと、いいかも・・・

晴香の心臓の音が聞こえる・・・どくんどくん・・

普段と変わらない・・・こっちは、心臓がドキドキしているのに・・・なんか悔しいなあ・・・

どくんどくん・・でも、なんか安心するなあ・・・

晴香が髪をなでている・・・こういうのっていいなあ・・・ずっと、こうしていても・・・



「孝、あったかいなあ・・・この暖かさって、孝の心が伝わってくるみたい。

・・・こうやってると、本当に安心する。・・・ねえ、孝・・・あれ？・・重っ・・」

晴香が顔をのぞきこむ。

「あれ？孝？・・・すっかり寝入っている・・・そっか、心臓の音か・・・

相変わらずこんな体質なんだ・・・でも、これで頑張れるよ。絶対、負けないから

・・・とりあえず、下へ行こうかな」




「あれ？日高君・・どうしたの？晴香は？」

「そ、それが・・・寝ちゃって・・・」

「え？寝ちゃった？」

「ええ、心・・あ、あの時計の音を聞いていたら、いつの間にか」

「と、時計？・・・そう、ごめんなさいね。あ、あの娘、時計の音とか規則正しい音聞いてると、

寝ちゃうみたいなの・・・びっくりした」

「ええ、まあ」

「今、お茶入れるわね。そこ座って」

「あ、お構いなく」

「遠慮しないで・・・晴香に勉強教えてくれているんでしょう」

「あ、いえ、教えてもらっているんです・・・結果的には、そうなりますから」

「？」

お母さんは意味がわからず、不思議そうな顔をした。

「お砂糖はいくつ？」

「あ、入れないんです」

「そう・・・じゃあ、はい」

カップを渡したお母さんは思い出したように言う。

「あ、晴香、起こしてこないとね」




「晴香、起きなさい」

「う、う〜ん」

「日高君、下で待ってるわよ」

「え、晴香がぁ・・・」

ん！

「え、私、何で寝てるの？」

あ、そうだ、晴香に・・・でも、なんで？

「晴香は下？」

「ええ」

階段を一気に駆け下りた。

「は、晴香・・・」

「お目覚め？今、お茶入れるね・・・あ、お母さんには時計の音を聞いていて寝むっちゃった

ってことにしといたから」

晴香がそう言って、ポットを取った。

「うん」

「うん。お砂糖、ふたつだっけ？」

「うん」

お母さんが下りてきた。

「晴香、上着」

「あ、ありがとう」

「もう、この娘ったら何してるんだか」

「えへへ・・全然気がつかなかった」

「小さい頃なんか、雨だれの音聞いているうちに、寝ちゃったこともあったんだから」

「え〜、本当？」

あ、そう言えば、保健室で時計貸してくれたことがあった・・・あれで、だいぶ楽になったっけ。

晴香のほうへ目をやると紅い顔している・・・ああ、覚えているんだ。

だいぶ、からかわれたみたいだ。

晴香のお母さんが晴香の小さい頃の話を色々してくれる。

色々な晴香を知ることができてよかったんだけど、晴香は始終、恥ずかしそうに、

紅い顔をしていた。

そのうち、晴香が午後から用事があるから帰ると言い出した。

そこまで送って行くと言ったら、雨が降っているからと・・・

仕方がないので、玄関から晴香を見送った。


うーん、何しようかな・・・何しようかな・・・もう、お昼だし。

昼食のお手伝いしようかって言ったら、今はいいって言われちゃったし。

ああ、本当に暇だなあ。テレビでも入れてみようか。

チャンネルを切替えていく。ドラマ、ニュース、ワイドショー・・・ここへ来てから、

テレビもあまり見なくなったなあ。

そう言えば、晴香ってどんな番組見ていたんだろうなあ・・・英会話とか・・・

教育テレビとかだろうか・・・まさかねえ

教育テレビ・・あれ？将棋やってる・・そう言えば、コースケ達とも指していないなあ

・・・まあ、当たり前かあ。

「お、晴香、将棋わかるのか？」

うわっ、びっくりしたあ・・・お父さんかあ。

「うん、ちょっとくらいなら」

「じゃあ、ちょっとやってみるか・・・たしか、盤と駒があった筈だ」

お父さんが盤と駒を出してきた・・・これ、凄く年期がはいってませんか？

「お父さんのおじいさんが使っていたものだよ」

そう言って、駒を並べはじめる

「晴香、いつから始めたんだ」

「え、あ、つい、最近」

「じゃあ、ちょっと、手加減してやらないとなあ」

そう言って笑う。



「晴香、ちょっと、待った」

「え〜、またあ〜」

何回か指すうちに、飛車角落ちでやっている・・・待ったも、既に何回目だろうか

「お母さん、助けてよぉ」

「ほら、もう、昼食がさめちゃいますよ」

「ああ、わかった。一時中断だ。晴香、勝ち逃げは許さんぞ」

・・・う〜・・・裕香お姉さんの性格は、このへんからきていたんだあ。



お父さんから、やっと解放され、ほっとしていたら、今度は、お母さんに捕まる。

「晴香、将棋は日高君から習ったの？」

「え、うん。そ、そうだけど」

「日高君、ピアノも弾けるんでしょ」

「うん。文化祭の時、突き指で、代わってもらった」

「・・・晴香、日高君と交際できるようになったキッカケって？」

突然、とんでもない質問が飛んできた・・・答えに詰まる。

「え・・・な、なんで？」

「え、なんとなく、訊いてみようかなあって・・・晴香のほうから、告白したの？」

まさか、体が入れ替わったってからなんて言えないし。

「夏頃からだったかしらねえ。晴香の話によく出てくるようになった男の子って。

あれ、日高君のことだったんでしょ」

「え？」

「ほら、傘かしてもらったとか、風邪で休んだとか。デコ作ったとか」

「・・・・」

間違いなく自分のことみたいだ。でも、どうして・・・・。

「日高君と交際するようになってから、晴香が、明るくなってくれて凄くうれしいわ。

以前と比べたら、別人みたいだもの・・・晴香も、想いが通じてよかったわね」

「えっ・・・うん」

びっくりするなあ、突然、こんな話するなんて・・・別人なんて言われたら心臓に悪いよ。


ここは、逃げほうがよさそうだ・・・。

「あ、そ、そ、そうだ、宿題が、そう、宿題が残っていたんだ」

暇ってこんなに困るもんだとは思ってもいなかった。

午後、出かけていた裕香お姉さんが帰ってきた。

たくさんあったはずの暇がどこかへ飛んでいってしまった。

でも、やっぱり、暇は・・・



第１４話　終了




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