この環境にもなんとか慣れてきて、漸く、周りの人とも落ち着いて話せるようになってきた。

晴香のおかげで、少し余裕ができたせいかもしれない。

それにしても、晴香、最近機嫌が悪い。どうしちゃったんだろう。

特に、他の子たちと話してると機嫌が悪いような気がする。

体が入れ替わってから、強く感じたのが、他の子たちが晴香に対して

遠慮してるみたいなところがあるってこと。

別に、晴香が孤立してるって訳ではないが、そんなものはないほうがいいと思う。

晴香って、ちょっと不器用な所もあったんだよね。

もっと、自分を見せてもいいのに・・・そうすれば・・・

ま、まずい。ますます競争率が・・・

眼鏡外しただけでも・・・こんなにモテるようになったのに・・・


晴香の試合？の後、臣先輩に会ったら、先輩もちょっと怪我してて、

『新しく入門した奴が、寸止めできなくてねえ』って、言い訳してた。

内緒になってるんだ・・・先輩と晴香の。

だから、知らないふりして、『気をつけてくださいね』とだけ言っておいた。


とりあえず、晴香は、俺のことを選んでくれたんだよな・・・選んで？

あ、いけない、なんか女性的な考え方になってきてないか？

男なんだよ・・・一応。・・・一応？

まずい・・・なんか、余計に落ち込みそうだ・・・。

だいたい、自分に自信が持ててないってのが致命的だなあ・・・。

晴香、なんで、こんなのがいいんだろう・・・？

もしも、試合の時点で体が元に戻っていたら、試合してたか？

・・・

たぶん、してる・・・でも、完敗だろうなあ。

でも、今は、選んでくれたんだよね・・・ああ、顔の筋肉が緩んじゃう・・・




な、なんで、こうなっちゃったんだろう？

ちょっぴり、油断したのがいけなかったんだろう・・・

「晴香じゃあないって、どういうこと？」

お母さんが真剣に聞いてくる。

ちょっとしたミスを犯してしまったらしい。

それで、お母さんに問い詰められて、正体を白状しなければならない状況になったみたい・・・

「どうしてなのか、わからないけど、体が入れ替わっちゃったんです」

「じゃあ、あなたは、日高孝司君だというのね？」

「そ、そうです」

そう言って、晴香の方を振り向く。

お母さんは、晴香に問いかける。

「日高君・・・あなたが晴香なの？体が入れ替わったって言うのは本当なの？」

「僕は、日高孝司です。白石さん、どうしちゃたの？」

晴香が不思議そうな顔をしてに答える。

え、ど、どうして・・・どうして、晴香はそんなことを言うの？・・・

「え、そ、そんな・・・晴香、なぜ、なぜ、本当のこと言ってくれないの？」

「白石さん、大丈夫？」

「は、晴香ぁ」

「ねえ、晴香、お医者様に診てもらいましょう。大丈夫よ。ちょっと、疲れているだけだから」

お母さんが、両肩に手を置きそう言って、何度も、頷く。

「そ、そんなあ・・・」




５０歳くらいのちょっと太った貫禄のある医師だった。

『楽にして』って言われて、ちょっと大きめの背もたれのある椅子に座らされた。

座り心地は悪くなさそうだが、緊張でよくわからない。

「君は、自分は男で、女の子と体が入れ替わってしまったって言うんだね」

「はい」

「いつ、どうやって、入れ替わったのかな」

「よくわからないんですけど、駅の階段で晴香とぶつかって、一緒に落ちた時にだと思います」

「ふ〜む、君は、男の子になりたかったのかね」

「元々、男ですから・・・早く元に戻りたいです」

「はい、楽にしてていいよ・・・お母さん、ちょっと」

緊張した割には、質問が３つか・・たいしたことはなさそうだな・・・。

お母さんと、医師が、部屋の隅で話を始めた。

「お母さん、ご家庭で、男の子が欲しいとか言われたことはありますか？」

「いいえ、一度もありませんけど」

あとは、声が小さくなって、よく聞こえなかった。


なんか、難しそうな本がいっぱいあるなあ・・・

本棚にきっちり、収まってるし・・・開いたことあるのかな・・・あ、失礼しました。

でも、なんで、晴香、正直に言ってくれなかったのかなあ・・・

最近、機嫌悪かったし・・・別に、俺が悪いわけじゃないと思うんだけど・・・

はあ〜っ・・・


「入院させて、様子を見ましょう」

ん？な、何？

「は、はい。宜しくお願いします」

え！入院？・・・な、なんで？・・・入院なんて、入院なんて嫌だよ。

あ、そうだ、ここから、逃げなきゃ。

気付かれない様に、そ〜っと、立ち上がり・・・扉の方へ向かう。

ガチャ

あ、しまった。ノブを廻す時の音が部屋に響いてしまった。

「あ、その子を捕まえて」

医師の言葉で、数人の看護士に押さえつけられる。

「嫌だよ、放してよ。入院なんて、嫌だよ」


廊下で、晴香が立っていた。

「白石さん、入院するんだって？・・・早くよくなってね」

「は、晴香、助けてよ。本当のこと、言ってよ」

晴香が寂しそうな顔をしながら、こっちを見ている。

「白石さん、お見舞いに来るからね」

「は、はるかーっ」





もう、あれから、何日たったんだろうか。

鉄格子のはまった窓、重い鉄の扉、スチール製のベッドがひとつだけ置いてある部屋・・・。

お見舞いに来るって言ってた晴香だったが、あれから一度も姿を見せてくれない。

ぼんやりと、ベッドに座って、毎日を過ごしている。

決まった時間に食事だけが小さな扉から、差し入れられるだけ。

これじゃあ、牢獄と、同じじゃないか・・・。

でも、今考えると、どんなミスをして、こうなってしまったのか全然思い出せない。

最近、慣れてきて油断してたんだ。注意してたつもりなのに・・・。

最初に、あれだけ晴香から言われていたのに・・・。

ああ、ミスをする前に戻りたい・・・。


扉が開き、体の大きな看護士が入ってきた。

「治療を始めるから出なさい」

「え、治療？」

な、なにをされるんだろう・・・

看護士の方をチラッと見る・・・俊敏そうだ・・・は〜っ


治療室へ入ると、椅子に座らされ、手足を縛られ、頭に電極みたいなものをつけられる。

こ、これで、何するんだよォ〜・・・これが、治療かあ？

「先生、準備終わりました」

看護士が、機械を操作していた白衣の男の人に、声をかける。

あれ？後ろ姿しか見えないけど、前の医師と違って、若そうな先生だな・・・

「電圧最大」

「え、先生、そんなことしたら、患者が死んでしまいます」

な、なに〜ぃ・・・人を殺す気かあ

・・・その先生、患者だったって『落ち』は無しだぞ。（なに言ってんだろ）

「私が、スイッチを入れる」

そう言って、スイッチレバーを握り、振り向いた先生は・・・え、晴香？

ちょっと、ど、どうなってるの？

「は、晴香、ど、どうして？」

「孝なんか、孝なんか・・・えいっ」

うわあ〜っ

・・・・



あ・・夢か・・よ、よかったあ・・・

全身、汗、びっしょり・・・

でも、晴香に、こんな夢見たなんて言ったら、バカにされるな・・・。

それにしても、ホントに夢でよかったあ〜。




「もう、孝なんか」

やっぱり、晴香の機嫌が悪い。

いままで、溜まってきていた不満が、ちょっと、懐かしい話で、コースケ達と盛り上がって

しまったのをきっかけに爆発したらしい。

いや、正確に言えば、家に帰ってから、爆発させたんだけど・・・

こっちも、夢見が悪くて、出来るだけ、明るく振舞っていたんだけど・・・

コースケは『なんで知ってるの』っていう不思議そうな顔をしながら、笑っていたが。

それは、おいといて、これって、もしかすると晴香のヤキモチ？・・・まさかね

だって、俺にしたら、男同士だよ。

逆に、女の子だったらいいの？今の俺にしたら・・・って、わーっ、晴香が睨んでる。

俺、どうしたらいいの？

「『お嫁さんに貰って』って言っておきながら、誰にでも笑顔ふりまくりだし」

う〜、心からの笑顔って、晴香にしか見せてないつもりなのに。

晴香だって・・・あ、そうか、この学校で、本物の晴香が笑顔見せたのって、俺だけ・・・なんだ。

「あ、でも、そんなこと言われても・・・」

と、言いながら、なんか晴香に悪いような気がしてきた。

「元に戻ったら、きっと、他の娘と付き合うつもりなんだ」

「そ、そんなことないよ」

「どうだか、きっと、原田さんとか、水都さんみたいに、優しい娘がいいと思ってるんでしょ」

「そ、そんなことないって」

「私なんかに、興味なくなっちゃうのよ。もう体の隅々まで知ってるものね。

きっと、飽きちゃったのよ」

ムッ

「そっちだって、同じじゃない。体の隅々まで、全て知って・・・」

ガチャン

「「！」」

そこには、真青な顔をしたお母さんが立っていた。

「あ、お母さん・・・」

「あ、あなた達・・・そ、そんな関係なの・・・」

うわーっ、ど、どうしよう。

こーゆー場合、俺のほうが、怒られるって、晴香、以前に言ってたっけ・・・ど、どうしよう・・・。

晴香の方を、ちらっとみる。

「孝、もう、だめだよ。・・・お母さんには、話そう・・・」

「晴香・・・そんなことしたら」

一瞬、今朝の夢が思い起こされる。うわあー、嫌だー。


晴香がお母さんに今までの事を話し始めた。

『神様、助けてください、どうか・・・』

晴香が話している間、ずっと祈っていた。

・・・・

「はあ、まだ、ちょっと信じられないけど・・・さっきのは、お風呂の話なのね。

・・・思い返してみれば、思い当たるところはあるわね」

ひと通り、話を聞いたお母さんが話し始めた。

「晴香がお風呂に入った後、鏡のくもり留めのスイッチが切ってあったのは

そういうことだったのね」

あ、う・・恥ずかしくって、俯いてしまう。

「え・・・あ・・・孝、ごめんなさい。そこまで・・・」

「考えてみれば、晴香が、あんなに素直になるわけないわね。お手伝いだってしてくれるし」

「ちょっと、お母さん」

「でも、男の子って、思ってたより可愛いのね」

「お母さん、違う。孝だからよ」

「え、あ、そうなの？・・・えっと、今迄通り晴香って呼んだ方がいいわよね。あ、あなたも、

お母さんって呼んでね」

「は、はい、宜しくお願いします」

改めて、頭を下げる。

なんか、すんなり、受け入れてくれたみたいだ・・・

受け入れてくれたっていうほうが信じられないけど。

普通だったら、こんな非常識なこと否定するよな。

でも、こっちにとったらありがたい・・・病院なんか絶対嫌だし。

やっぱり、薄々、感じてたんだろうなあ・・・なんか違うって。

お母さんは、へえ〜とか、ふ〜んとか繰り返していたが、ひっくり返した茶碗を思い出したのか

「あ、入れ替えてこなくっちゃね」

と、部屋を出て行った。

「ほっ」

やっと、少し、落ち着いてきた。

「ちゃんと、話さないと、孝、今夜、地下室で、逆さ吊りにされて、鞭打ちの刑になってたよ」

「え、鞭打ち」

今更ながら、ぞっとする。晴香の家族って・・・病院よりはいいけど・・・。

「あれ？この家、地下室ってあったけ？」

「あはは、あったらの話よ」

な、なんだ、冗談か・・・ほっ・・・それにしても・・・

「でも、孝、ごめんね。なんか、ヤキモチ妬いちゃったみたい」

「うん、晴香だけが、好きなんだから・・・あっ」

言ってみて、真っ赤になる。あ、晴香も真っ赤になってる。

「はいはい、愛の語らいはそのくらいにして、お茶にしましょう」

お母さんがお茶を入れてきたようだ。

う・・・聞かれた？

「あら、孝ちゃん、真っ赤。ゆでだこみたい。あ、３人の時は、孝ちゃんって呼んでもいいわよね」

う・・・

「お母さん、孝をからかっちゃダメ。孝は私のよ」

は、晴香、な、なんか凄いこと言ってない？

「はいはい・・・それより、あなたも孝ちゃんのご家族に迷惑かけないようにね」

「うん、わかってる・・・孝をお願い宜しくね」

「大丈夫よ。お父さんにも裕香にも内緒にするから、ね。」



「孝ちゃん」

部屋の戸が開いて、お母さんが顔を出す。

「は、はいっ」

「お風呂入った？」

「はい、今、上がったところです」

「そう・・・じゃあ、おやすみなさい」

「お、おやすみなさい」

さっきから、理由？をつけて、頻繁に覗きに来るんですけど・・・

なんか、気が抜けなくて、疲れそう・・・

それに、正体？を知られてると思うと、余計に気をつかうなあ・・・はあ〜っ。



翌朝、いつものように、挨拶をする。

今迄通りに振舞わないと・・・

「おはようございます。何か手伝う？」

「あ、おはよう、晴香」

そう言って、お母さんに抱きしめられた。ぎゅっ。

ひっ

「以前はこうやって、晴香のことを抱きしめてたのよ」

「おはよう、それって、晴香が幼稚園の頃の話じゃない？」

裕香お姉さんが、そう言いながらキッチンを覗き込む。

「あら、裕香、おはよう」

「あれ？晴香、固まってない？コチコチ・・・」

「あら・・」

「なに？なに？・・何がどうしたの？なんか面白そうだけど」

お母さんが、ほっぺたを軽く叩きながら、耳元で囁く。

「ほら、晴香、しっかりして。（バレるわよ）」

はっ

「あ、私、どうしちゃったんだろう」

「おはよう、晴香」

「あ、おはよう、裕香お姉ちゃん」

ぎゅっ

ひっ

「あはは、おもしろーい。晴香って、不思議ーっ」

「こら、裕香、ダメでしょう」

こんな遊び？が白石家でしばらく続いた。

正体を知られてると思うと、精神的余裕が、ないんだよォ

は、はるかーっ、た、助けてくれーっ



第１６話　終了




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