今、午後９時を少し廻ったところだ。ちょっと遅くなってしまった。

電車から降りた俺は、人波にあわせて歩いていた。

そして歩きながら、こんなことを考えていたんだ。


未成年の飲酒はよくない。たとえ、コップにたった一杯のビールであろうともだ。

え、なんで歩きながらこんなことを考えていたかって？

別に、酔っ払いにからまれたって訳でもない。

それは、悪友達との中間試験の反省会が終わって家へ帰るところだからだ。

意味がわからないって？

悪友たちと反省会をやった訳だが、それが、例の『お小遣い半額かあ』の話が反省会を

盛り上げ、最初はジュースだったのに・・・コースケの奴が・・・語っているそばから、吐き気が・・・

う〜っ、きもちわりぃ・・・気分最悪・・・早く帰って寝よう。


駅の階段を下りながらそう思って時だった。

前を歩いていた女の子が突然立ち止まった。

あっと、思った時には遅かった。

わずか５段ほどだったが二人はもつれ合って下まで落ちてしまった。

う〜痛えぇ、・・・最悪だ。もう、酒は飲むまい。

かすかに香ばしい香りを嗅いだ様な気がした。

「ごめんなさい」と声がする。

手元に眼鏡が落ちてる。

俺は眼鏡はかけていないから、ぶつかった、相手のだろう。

拾って、眼鏡を差し出した。

あれっ？女の子だと思ったが、・・学生服・・男・・だ。

見間違えたのか？それとも飲みすぎかあ？

酒は俺の体質に合わないらしい。本当に、もう、酒は飲まない。神様に誓おう。

通行人は冷たい視線で眺めてるだけだ。

「あ、ありがとう。本当にごめんなさい。」

相手は、眼鏡を受け取り、再び丁寧に謝る。

「いや、こっちこそ」

あれ、声まで、裏返ってやがる。自分の鞄を拾い上げ、家路につく。

なぜか気分の悪さはおさまったが凄くだるい。

自分のベッドに倒れこんだ途端に睡魔が襲ってきた。

・・・・




ジリリリ・・・

ああ、もう、朝か・・・目覚ましを止めておくのを忘れてた。

今日は土曜日なのに・・・は〜っ、ま、仕方がない・・・起きるか。

まだ、少し頭がぼーっとしているが・・・

まあ、とにかく顔でも洗うか。

ん！何故？・・・確かに着替えずには寝たが・・・何故、スカートを穿いているんだ？

ははは・・・何故か胸もあるようにも見えるぞ。

きっと、まだ、酔っ払っているか、夢でもみているんだ。

とにかく顔でも洗おう

あはは・・・鏡に映っている姿も、女の子だ・・・

落ち着け、落ち着け・・・やっぱり、まだ夢をみているに違いない。

やけにリアルな夢だ。

いや、意識ははっきりしている。・・・やっぱり現実だよな。

未成年が酒を飲んだのが原因で変身したなんて話は聞いたことがないし、

それとも、コースケの奴が何か薬でも・・・そんなことある訳ないか。

そうすると、酒を飲むと変身する体質とか・・・んな、バカな。

しかし、どう説明すればいいんだ・・・いや、説明したって、誰が信じるだろうか？

・・・・まあいいか。

幸い今日は土曜日だ。学校は休みだし、母さん達は、今日はゆっくりしてるだろう・・

性急に説明を求められることはないだろうし、酒が完全に抜ければ元に戻るかもしれない。

そんな、呑気な事を思った。

でも、この顔どこかで見たことがあるような気がするんだが・・・うーん、思い出せない。

じーっと見つめる

・・・けっこうかわいい・・・


ピンポーン


その時、来客を知らせるチャイムが鳴った。

誰だ？こんな朝早くから？

階段を駆け下りる。自分が変身している事などすっかり忘れて。

「はーい。どなたですかあ？」

扉を開けてびっくりした。どうしてかって？

そこには俺が立っていたから。

その俺は、俺の胸座をつかみ、「私の体、返してよ！」と叫んだ。

うわっ、首が絞まる・・・

「く、くる・・し・・、は、はな・・し・・て・・」

必死にもがくが、男と女じゃ力のレベルが・・・俺は、自分に殺されちゃうのか？



ようやく手が緩み、俺はそのまま膝から崩れ落ちた。

ごはっ、ごほっ、ひーー、ひーー、ひーー、なんとか、呼吸を整える。

床に両手をついたまま見上げると、立っている俺は、自分の行動に驚いているような

顔をしていた。

「孝ちゃん、どなた〜」

母さんの声がする。

「あ、うん、・・・と、と、友達」

咄嗟にそう答えていた。

「そう」

ほっ、母さんはそのまま部屋へ戻ったようだ。

・・・ここじゃまずいな・・・外へ・・外もまずいか・・・

「と、とにかく、部屋へいこう・・・」

殺されかけたことも忘れて、俺は俺の？手を引っ張って部屋へ駆け込んだ。

俺は、とりあえず、椅子をすすめ、自分はベッドに腰掛けた。

体を返せってことは、今の俺の体は目の前の人のものだよなあ。

どこかで入れ替わったってことなんだろうか？

でも、そんなことってありえるのだろうか？

頭の中ではそんなことを考え、う〜ん・・・・それにしても何から話せばいいのだろう

・・・色々考えた末に出てきた言葉は、陳腐極まりないものだった。

「あのぉ、どちら様でしょうか？」

「・・・・」

「・・・・」

「わからないの？」

すごい呆れた顔をしている・・・

俺の知り合い？・・・誰だっけ・・・気まずい空気が流れる。

また、首を絞められるのだろうか・・・恐る恐る、頷く。

「白石よ・・・同じクラスの白石晴香」

「えっ、氷の晴香、あっ」

あわてて、口を押さえる。

目の前の俺は、一瞬険しい目つきになったが、黙って眼鏡を差し出す。

この眼鏡は・・・受け取ってかけてみる・・・鏡をのぞくと・・・確かに白石さんだ。


―――白石晴香・・・クラス委員で、成績は学年トップ・・・いつも冷静沈着。

あだ名は俺がさっき口走った”氷の晴香”・・・さっきの様に感情を露わにした白石さんを

誰も見たことがないんじゃないだろうか・・・

冷たいって意味ではないが、皆から一歩離れているって感じのするそんな女の子だった。


「ごめん、眼鏡がなかったんでよくわからなかったんだ」

「ふん、まあいいわ」

あれ？この眼鏡・・・

『この眼鏡、度が入ってないぞ』

いつもなら、そう突っ込みを入れるんだが・・・やめた。

そんな雰囲気ではなかったし、白石さんを怒らせるのを恐れたから。



「でも、どうやったら、元に戻れるんだろうか」

無難そうな言葉を選んで、口を開く。

白石さんがポツリという。

「そう・・ねえ、当分、元に戻れないと思ったほうがいいかもしれないわ」

確かに白石さんの言う通りかもしれない。

俺は、この言葉を聴きながら、いつもの冷静な白石さんに戻ったみたいだと感じた。

「このまま様子を見て、元に戻る方法を考えましょう」

俺は黙って頷く。

「元に戻るまで、お互いが相手になりきって行動する必要があります」

白石さんが突然そんなことを言い出す。

「え、なぜ？」

「わからないの？こんなこと他人にバレたら、精神病院行きか、実験材料よ」

「そ、そうか」

なるほど、そうなるのか・・・さすが、学年トップ・・・そんなこと思いもよらなかった

ふ〜む、そうなると、白石さんが俺になりきって、俺が白石さんになりきらなければ、

ならないって訳か・・・

え、俺が、白石さんを？・・・全然自信がないぞっていうか、その前に女？になりきる？

女？？？・・・出来るわけない。

結論は、簡単に出た。

「ちょっと、待ってくれ。俺、自信ないぞっていうか、出来ないぞ」

「だめです。自信がなくても、やらないと」

ぴしゃりと白石さんが言う。完全にいつもの白石さんに戻っているようだ。

「そ、そんなぁ、元に戻るまで、いや、せめて、慣れるまでの間、休学とか出来ないのか？」

俺はない智恵を絞って、案を出した。

「いつ戻れるかわからないし、それに、今日はピアノのレッスンがあるのよ」

「は？・・・ピアノのレッスン？」

どういうことだ？何故、ピアノのレッスンが出てくるんだ？

「私の代わりに受けてもらいます」

「ピアノって、俺、ピアノなんか弾いたことなんかないぞ」

「それは何とかしてください。それから、あなたは今日から私の家で

生活しなければならないのですから」

何とかしてくださいって言われても・・・しかも、白石さんの家で生活？

「あ、う・・・」

言葉に詰まるだけだ。

俺は・・・容姿は紛れもなく白石晴香なんだから、白石さんの言うことは尤もだと思うし、

反論の余地もない。

「では、今からあなたは白石晴香です。私は日高孝司になります」

改めて白石さんが宣言する。

「・・・・」

「あ、今はあなたの体ですけど、本来は・・・いえ、いいです。なんでもありません」

白石さんの言いたいことはわかる。

今は俺の体だし、もし、もしもだが、元に戻れなかったらずっと俺の体だ。

粗末に扱うはずなどない。

「では、行きましょうか」

「は？」

「そろそろ、家へ帰って着替えないと・・・」

「ああ」

「あの、その前に私も着替えをしたいんだけど・・・」

ああ、そうだよな・・・お互い学生服のままだ・・・

あれ？白石さんも学生服のまま寝たんだろうか・・・

あまり気にしないことにして、俺は白石さんに洋服の場所とか、部屋の大まかな所を説明して

部屋の外へ出た。

部屋の外へ出たとたんに膝の力が抜けて座り込んでしまった。

女のほうが適応力があるって本当なんだな・・・ぼんやりそんなことを思った。

しばらくして、着替えを終えた白石さん・・・いや、日高君が出てきた。

元白石さんは、座り込んでいる俺にびっくりしたようだ。

「あ、どうかしたの？」

「な、なんでもない。あ、あの、ひ、日高君のこと？・・なんて呼べばいいかな？」

そう言って立ち上がる。

「日高君って呼び難い？・・・う〜ん、じゃあ、２人の時は晴香って呼んでくれていいけど」

晴香か・・名前で呼ぶのって、ちょっと照れるけど、日高君とは呼びにくいし・・・

やっぱり、晴香と呼ぶことにする。

下へ降りると、母さんが朝食の準備をしていた。

「お、お邪魔しました」

挨拶をするが、とっても変な気分だ。

母さんは友達が女の子だったことにとても驚いてたようだ。

まあ、俺が女の子を家に連れてきたことなど一度もないから無理もないか。

晴香が、俺を送っていくと言うようなことを告げている。

玄関のドアを開けながら、言葉が漏れていた。

「これって現実なんだよな・・・」



第２話　終了




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