家の外へ出ると足元が涼しいっていうか・・・どっちかって言うと寒いぞ。

晴香に気取られないようにスカートの裾を抑えて歩く。

何故、うちの学校こんなにスカートの丈短いんだ。普段、絶対思わないことを思う。

こんなので走ったりしたら、大変なことになる。

もっと短い学校だってあるし、俺が慣れてないだけか。

「何してるの？」

晴香が不思議そうに見ている。

「あ、いや、バレないようにと・・・」

「？」

何がバレないようにだ？自分でも訳がわからない。



俺たちは、道々それぞれの家族のことを話した。

家族構成、名前、生年月日、年齢などなど・・だが、晴香の家に近づくにしたがって

まあ、なんというか・・死刑囚の気持ちが、わかるっていうか

・・・なんかそんな気分。

そうこうしているうちに、晴香が『ここよ』と言って指差した。

・・・俺、今日からここに住むのか・・・

それにしても、大きい家だなあ・・・晴香の家族ってどんな人たちなんだろう？

晴香の雰囲気から言えば、結構躾の厳しい家みたいだよなあ。

俺みたいなのがやっていけるだろうか。

うまく晴香を演じなくては・・・。



「晴香、こんな朝早くからどこへ行っていたの？」

へ〜、これが白石のお母さんか・・想像していたより、綺麗で、優しそうなお母さんだなあ

えっと、今は、８時をちょっと廻ったころかな？とか思っていたら、後ろから小突かれた。

いけね、俺が返事しなきゃいけないんだっけ。

「あ、あの、さ、散歩・・あ、あ、それで、途中で、友達に会っちゃって」

なんとも、しどろもどろな返事。我ながら、情けない。

「おはようございます。同じクラスの日高です。」

そう言って、きびきび挨拶している。

うーん、さすが、中身は晴香だ。

「朝早くからお邪魔して申し訳ありません」

男の子だったことについては、ちょっと驚いた様子ではあったが

晴香のことを気に入った様子だ。見ていてとっても複雑な心境だった。

「二階よ」

晴香が小声で囁く。

「あ、日高君、ちょっと、私の部屋へ来て」

わざとらしく、晴香に向かって声をかけ、二階へ向かう。

「ここが、私の部屋よ」

晴香が言う。

想像通り、きっちりと片付いている。

部屋には、文庫本がいっぱい・・・ああ、いつも、晴香が教室で読んでる本か。

「ちょっと、ここに座って」

促されるままに座る。

「お互いに、『元に戻れ』って念じてみましょう」

そう言って、俺の手をとり目をつぶった。

『元に戻れ』と念じているようだ。

俺も、それに習う・・・５分ほどして、ため息がひとつ聞こえた。

「やっぱり、こんなんじゃ、だめね」


晴香はクローゼットを開けて、ちょっと、考えるような仕草をしてから、

「これに着替えて」

そう言って、てきぱきと順番に服を出していく・・・洋服、下着などを・・・

学校での白石からは想像できないようなとても、可愛らしい服。それにしても、これ普段着か？

白石の私服って、白石ってもっとシンプルなのが好みかと思っていた。

家では女の子してたんだなと訳のわからないこと思いながら、晴香に問う。

「これを俺が着るのか？」

晴香が首を左右に振って言う。

「”俺”が着るんじゃなくて”私”・・・”わ、た、し”」

言葉使いを指摘しているのだろう。

「う・・・これを私が着るの？」

「もちろん」

でも、着替えってどうすれば・・・洋服はともかく下着なんて、どうやって・・・晴香を見る。

ため息をひとつついて、晴香は説明を始める。

気のせいか、顔が紅い。説明を聞いていた俺のほうがもっと紅かったろう。

「手伝う？｣

晴香はそう言ってくれたが、遠慮した。

だって、晴香の身体だったとはいえ、着替えてるとこ見られてるのは、なんとなく

恥ずかしかったし、晴香の家族に見られたら大事になる。

晴香が部屋を出た後、一人で着替えはじめた。

が、かなりの時間を要したんじゃないかと思う。

着替えを終えた俺を見て、

「へ〜、こんなのも結構似合うんだ」

と晴香が呟いた。

ん？どういうことだ？ちょっと意味不明。



晴香のお母さんは晴香が朝食前だという事を聞いて、一緒に朝食を食べていくことを勧めた。

俺の方は緊張の為か朝食の味は全然わからなかったが。


しばらくしてから、ピアノのレッスンに行く為、二人で家を出た。

晴香のお母さんが玄関まで来て送ってくれた。

「例の男の子？」

笑いながら、耳打ちをしてくる。

例の？よくわからない・・・晴香、誰かと付き合っているのか？

先の説明ではそんな話は出なかったし、言いにくかったんだろうか？まあ、ここは曖昧に

笑って誤魔化しておこう。後で晴香に確認すればいいわけだし。


晴香が道案内をしてくれる。

道々、徹底的に言葉を直させられた。今日からは、口数の少ない”白石晴香”になりそうだ。


ピアノの先生は山本先生・・・若い女の先生だった。

「よ、宜しくお願いします」

ペコりとお辞儀をする。

ピアノなんか弾けるはずもないのに・・・俺はきっと、真青な顔をしていたと思う。

あ、しまった。怪我をしたとか、家の都合で、レッスンに来れなくなったことにすれば

よかったんだ・・・でも、それって、１回ぐらいしか使えないか・・・

晴香がＯＫするはずもないし・・・やっぱり、俺って・・・。

「今日は、ボーイフレンドと一緒？」

教則本を広げながら、先生が晴香に目をやる。

「ええっと、今日はここからだったかしら？」

先生は、俺が緊張しているのはボーイフレンドが一緒のせいだと思ったようだ。

「じゃあ、始めて」



あ、・・・勝手に指が、・・・指が動く・・・

体が覚えていることは、なんとかなるということなのだろうか？

よ、よかった〜、少し緊張が取れたような気がする。


「う〜ん、今回はあまり、練習してないわね。・・・ああ、中間試験があったんだっけ。

でも、いつもより感情表現が豊かで好かったと思うわよ。いつも、こうだといいのにね」

「は、はい」

先生が私の顔をじっとみて微笑んだ。

「ボーイフレンドのおかげかしら？」

この時、晴香が複雑な顔をしているのに気がつかなかった。



「よかったあ〜、なんとか切り抜けられたよ」

安堵感からか、俺は、晴香に抱きついていてしまった。

あ、しまった。慌てて晴香から離れる。

晴香を見ると、不機嫌そうだ・・・まずい・・・

「晴香・・・」

小声で、名前を呼んでみるが反応がない。

もう一度声をかける

「あの、晴香さん？」

「私、帰るね」

一言そう言うと、一人で歩いていく。

「え、あの、晴香」

俺はといえば、一人で歩いていく晴香の後姿を見ながら、呆然としていた。

やっぱり、抱きついたのがいけなかったんだろうか？

考えてみれば、中身は女の子なんだ・・・抱きつくなんて・・・大変な事をしてしまった。

今度会ったら、しっかり謝ろう・・・。




どうしよう・・・あたりを見廻してみる。確かこのあたりだったはずなんだが・・・

晴香と別れた後・・・置き去りにされた後と云うべきか・・・俺は昼食をとって、まっすぐ

帰ってきたつもりなんだけど・・・実は、この辺を４時間ぐらい彷徨っている・・・

家を探して・・・

方向音痴って訳ではないのだけど、晴香に案内して貰った時、緊張？していて、

はっきり道を覚えなかったんだ。

あたりをつけて探しているんだが、もう、足は痛いし・・・変なお兄さんは声をかけてくるし・・・

交番で、私の家は何処でしょうとも訊けないし・・・晴香に頼るのは出来るだけ

避けたかったんだけど、薄暗くなってきたしそろそろ限界だ。電話してみよう。


「もしもし、日高さんのお宅でしょうか？白石といいますけど、孝司さんご在宅でしょうか？」

電話には母さんが出た・・・自分を呼び出すなんて不思議な気分・・・

『はい、もしもし』

「あ、晴香？」

『そうだけど、何か用？』

「あ、あのね、さっきは、ごめんなさい」

『え？なんのこと？』

「あ、抱きついちゃったこと」

『ああ、そんなこと・・・気にしてないわよ』

「え、そう？」

『そんな事で電話してきたの？』

「え、あの、ちょっと訊きたい事があって」

『何？』

「あの、あのね、家何処？」

『・・・は？』

「あの、だから、家」

『あんた何処にいるのよ』

「ここ？何処だろう？」

『あんた方向音痴』

「そんなことないんだけど」

『もう、あいた口がふさがらないわ』

「すみません」

『なにか目印になるようなものないの？』

「さっき交番があった」

『・・・は？』

「交番だけど」

『何故そこで訊かないのよ』

「なんて訊くの？それに誰もいなかったし」

『はは・・、それじゃあ、まあ、訊けないか』

「うん」

『・・・え、その近くにコンビになかった？』

「あったけど、でも、そこで変な人達にナンパされそうになったから、あ、ちゃんと逃げたから、

大丈夫だよ」

『な、じょ、冗談じゃないわ、その人達まだいる？』

「もう、いないと思うけど」

『迎えに行くから、絶対にコンビにからでないでよ』

「そんなの悪いから道教えてくれるだけでいいよ」

『あんたは待ってればいいの！わかった？』

「は、はい」

『よろしい、絶対に動かないでよ、すぐ行くから』

「う、うん」



「あ、晴香」

晴香の姿を見て駆け寄る。本当は抱きつきそうになったが今一歩で踏みとどまった。

「ちぇっ、本当に彼氏来たんだ、おい、行こうぜ」

「また今度、遊ぼうね」

晴香が店をでていく男たちを睨んでいる。

「ああ、よかった」

「うん、晴香が来てくれて助かったよ」

「この辺は危ないから来ちゃだめだよ。交番はあるんだけど不在の場合が多くて、逆に盲点に

なってるんだって・・・女の子が乱暴されそうになったて話もあるし・・・」

「えっ」

晴香の言葉を聞いて蒼くなる。・・・男に・・・絶〜〜対、ヤダ！！！

「早く帰ろう」

「う、うん」

晴香は自転車を飛ばしてきたようだ。

迷子にならないようにとあたりを詳しく説明してくれた。本当に、くどいくらいに。

家に着いた時、あたりはすっかり暗くなっていた。

「晴香、ありがとう。本当なら送って行かなければいけないんだけど」

「何言ってんの。今は、逆なのよ。・・・でも、ごめんね。こんな服着せたからかな・・・」

「え？ううん、晴香こそ、気をつけて・・・あ、あの、明日・・・お邪魔してもいい？」

「いいけど。じゃあね」

晴香の後姿が見えなくなるまで見送ってから家に入った。



第３話　終了




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