お母さんにバレて以来、バレるっていう怖さは充分理解してたつもりなのに・・・

どうしよう・・・晴香ぁ


「それはね」

晴香が口を開く。

「それは、気分転換に名前を換えてるんだ。一種の遊びなんだ」

「え、そうなんですか？」

「う、うん、まあね」

・・・なんか、無理やりって感じがするんですけど・・・

「あ、私も、白石さんと名前換えてみたい」

「は？」

それは・・・なんか、訳わからなくなりそうなんですけど・・・

もし、学校中で、こんなのが流行ったら・・・じょ、冗談じゃない。

そうなったら、晴香のせい・・・あ、また、横向いちゃって・・・

「亜矢、晴香が困ってるじゃない」

「そ、そう、原田さんの名前って・・・可愛すぎるもの」

それを聞いた原田さん、少し嬉しそうだ。

「え、可愛いですか？・・・じゃあ、名前で呼んでもらえますか？」

え・・・亜矢・・か・・・いや、ちょっと、呼びにくいなあ・・・

こんな展開になるなんて・・・それより、名前なんかで呼んだら、晴香の機嫌が・・・

あれ、晴香、横向いたまんま・・・少しは、自分のせいだと思っているのかな？

「あ、あの、『あーや』でも、いいかな？」

「は、はい」

「ああ、亜矢ってこんなとこ強引なんだから」

水都さんも、あきれてる。

これで、名前の呼び方でミスっても大丈夫かも・・・


いつもの駅で降りて、２人に手を振った。

水都さんと原田さんは２つ先の駅だそうだ。


駅を出てから、晴香の腕を捕まえる。

「あのさ、晴香・・・よかったかな・・・」

「え？名前で呼ぶって話？」

「う、うん」

「親しくなれば、名前で呼ぶことも・・・仕方ないじゃない」

なんか、ちょっと・・・実は、ほっとした。

「晴香、選曲は決まっているんでしょう？」

二学期の初めに聞いたって言ってたから。

「うん」

「晴香、練習するでしょう？家でやらない？」

「え？」

「防音室だから、晴香が何を弾くかわからないよ。それに、晴香が出てくるまで近寄らないから」

「・・・いいの？」

「元々、晴香のピアノだし・・・うちにはピアノないから」

「でも、孝の練習は？」

「晴香が帰ったあとにする。それに難しい曲は選ばないし」

「孝、ありがとう」

「じゃあ、早速、今日からね」

「え」

「いいから、いいから」

晴香の腕を引っ張って歩き始める。




晴香は今、練習している。

その間、どんな曲にしようかと色々考えている。

クリスマスだし、その関係の曲がいいのかな・・幼稚園の子供達を招待するとも言ってたし、

チャリティって、お金取るんだよなあ・・・１人１００円以上って言ってたっけ・・・

そのお金を寄付するんだって・・・

何故か、裕香お姉さんの顔が浮かぶ。

防音室の扉の方を見る・・・晴香どんな曲選んだのかなあ・・・当日まで内緒って、楽しみでは

あるけど・・・やっぱり、気になる。

二重扉の内側に防音室が組んであるから、聞こえてこない。

二重扉の間に閉じ込められないようにって、晴香が言ってた。

空気の層で、扉が開かなくなるらしい。だから、窒息しないようにって。

扉が同時に閉まらないようにはしてあるらしいけど。


１時間を過ぎた頃、晴香が出てきた。

「練習、もう終わり？」

「まだ、１ヶ月以上あるからね」

晴香、充分練習できたようだ・・・よかった。

「充分、練習できた？」

お母さんがそう言って、お茶を入れてくれる。

「うん」

「晴香が来ると、孝ちゃんが喜ぶから・・・」

あ、あの、ちょっと・・・

「クリスマスは、皆で、聞きに行くからね・・・今から、楽しみにしているわ」

「うん」

晴香がそろそろ帰るって・・・でも、もう少し一緒に居たいけど・・・。

晴香の姿が見えなくなるまで見送ってから、家へ入った。


夕食後、ベッドに寝そべりながら考える。

どんな曲にしようかな・・・。

大勢の人の前で弾くのは初めてだし・・・できるだけ簡単で、親しみやすい曲がいいんだけど・・・


うひゃっ

慌てて、飛び起きた・・・いつのまにか、うとうとしてたみたいだ。

周りを見渡す・・・よかったあ、誰もいない。

誰も見てなかったよなあ・・・見られたら､大変だよなあ・・・今の夢・・・

・・・晴香と・・・キスしてた・・・

お母さんが悪いんだよなあ・・・あんな事するから・・・

無意識にほっぺた撫でていた・・・

よ、よし、元に戻ったら、元に戻ったら・・・絶対、晴香と、キ、キス・・・

いつのまにか、拳を握り締めていた。




今朝は、いつもの電車に乗る。

晴香、今日は、もう一本早い電車で行ったんだな。そう思った時、名前を呼ぶ声が聞こえた。

「晴香」

「え？」

水都さんと原田さんが隣の車両から移って来た。

「あれ？今日は、早いね」

「うん、昨日、あーやが、早い電車に変えようって。それで」

「晴香さん、この電車だって言ってましたから」

「”さん”は、やめようよ・・・でも、空いてるでしょ」

「はい。・・・本当に、そうですね・・・日高さんは？」

「あ、多分、もう一本早い電車だと思うけど」

「いつも、一緒っていう訳ではないんですね」

「ええ、昨日は、特別・・・」

そう。昨日は、晴香、心配して待っていたんだ・・・体調が悪かった時も、そうだったし・・・。

こんな心遣いが嬉しいんだよね。

「どうかしましたか？」

「ううん、別に・・・でも、いつも一緒にいるように思われてるのかな」

実際、休みの日は、ほとんど一緒にいるけど・・・学校では・・・

「ええ、晴香さん、日高さんに守られてるって感じで・・・」

「はーっ、そんな風に見えてるんだ・・・」

やっぱり、晴香に頼りすぎなのかな・・・

「晴香、あんまり気にしない方がいいわよ。見た目と、実際って違うもの」

「？」

「このあーやが、カラオケをするように見える？」

「え、カラオケ？」

「あ、ちょっと、真美ちゃん」

原田さんが、慌てて、水都さんの口を押さえようとしている。

？

・・・あまり、見えないかもしれないけど、変ではないと思うんだけど・・・。

「それも、アニメソングが好きなのよ」

「え」

「いやっ、真美ちゃんだって、好きじゃない」

「へへ、実は大好きでーす」

！

・・・・こ、これは、いけるかも。

「あ、あの、２人とも、協力してくれるかな？あ、山上先生にＯＫもらってからになるけど・・・」

「山上先生って、音楽の？」

そっか、２人とも合唱部だもの、音楽とっているから知っているんだっけ。

「うん。休みの日の時間を少しと、クリスマスイブに・・・あ、もう、予定入ってるかな？」

「空いてますよ、２人とも。ねえ、真美」

「はあ〜っ、『クリスマスイブは忙しい』って、一度でもいいから言ってみたい・・・」

水都さんたら、ポーズなんかつけて・・・演劇部みたいだ。

でも、電車の中では、やめて・・・皆が見てる・・・

「え、あはは・・・それじゃあ、宜しくお願いします」

「「はい。こちらこそ」」



放課後、山上先生の所へ選んだ曲を紙に書いて提出した。

「あの、歌付じゃあ、いけませんか？」

「歌？・・・面白いかもしれないわね・・・最近単調になってきているし・・・

この曲は子供達に合わせたようね・・・他の２人とも重複していないし」

「え、２人とも、もう選曲終わっているんですか？」

「ええ、話をした日に・・・私が、クリスマスに関した曲を１曲弾きますから、その後が、

白石さんね。観客を惹きつけてね」

「は、はい」

「その後、日高君で、最後が緑川さんね・・・とにかく頑張ってね」

「はい」

晴香たちどんな曲にしたのかなあ・・・



「もう、曲は決まったんですか？山上先生」

「あ、校長先生・・・ええ、決まりました」

「今のは、白石ですね」

「ええ、緑川さんは、予想通りだったんですけど、白石さんが、こんな曲を選ぶとは、

思ってもいませんでした。日高君は、受け持ったことはなかったので、どんな曲を選ぶか、

楽しみでしたし」

「今年も、楽しみにしてますよ」

「ええ」



「真美、先生にＯＫ貰った。協力お願いね。それと、これは日高君にも内緒ね」

「え、そうなの？」

晴香だって、選曲の内容は内緒って言っていたもの。

「うん。それで、練習だけど、日曜日の午後からでいいかな？」

「了解。あーやにも伝えておく」

「あ、あの、原田さん、”あーや”になっちゃたの？」

「うん。こっちの呼ばれ方の方が気に入ったからって」

「あ、そうなんだ・・・あ、それと、こっちだけ”さん”付けで呼ばれるのは・・・」

「そのままの方がいいと思うな・・・”さん”がだめなら”ちゃん”にするって」

え・・・晴香ちゃん？・・・そりゃあ、似合わないよォ

「私も、呼び捨てか、”さん”付けがいいのに・・・あーやったら・・・」

水都さんも、ぶつぶつ言い始めた。

「あ、あの、私は、そのままの方がいいです・・・じゃあ、宜しく言っておいてくれる？」

「ＯＫ」

軽く手を振って別れる。今日、２人は部活があるんだって。



「晴香、おまたせ。今日も練習してくよね」

「選曲ＯＫもらったんだ？」

「うん、晴香はその日のうちに出したんだって」

「前から、決めてたしね」

「あ、順番はね、先生が１曲弾いた後、私。次が晴香で、最後に緑川さんの順番だって」

「緑川さんはきっと、親しみやすいクラシックを選んだと思うけど・・・孝、よっぽど

楽しい曲選んだんだね」

晴香が笑っている。

う〜ん、やっぱり、アニメソングじゃ、ピアノのコンサートってイメージじゃないよね・・・

「孝、なんか落ち込むようなこと言ったっけ？」

「え？ううん。来てもらった人に、楽しく聴いてもらおうって、決意を新たにしてたとこ」

「孝は・・・」

「え？」

「なんでもない。早く帰ろうか」

横を歩く晴香を見上げながら・・・どっちかって言うと、口元を見ながら・・・だけど、

早く元に戻りたいと心の中で呟いた。



第２０話　終了




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