「お邪魔しまーす」

「ただいまあ」

リビングを覗くと裕香お姉さんがいた。

「あ、晴香、おかえりぃ」

「あれ？裕香お姉ちゃん、今日はどうしたの？」

「ちょっと、レポート書きに・・・」

「レポート？」

「変人と名高い教授がまた変な課題を出したのよ」

「ふ〜ん、どんな？」

裕香お姉ちゃんが、ちょっと、うれしそうな顔をした・・・ような気がした。

「それがねえ、極悪の凶悪犯を捕まえたんだけど、そいつが、自分は犯人じゃないって、

言い張るのよ。自分は、元の自分と人格が入れ替わっただけだって。

で、あなたは、どう対処しますか？っていうのが問題なの」

そうだ・・・裕香お姉さん、これでも、法学部の学生だったっけ・・・

「・・・お、お姉ちゃん・・・」

「私に言わせれば、二人とも死刑ね。後腐れがなくっていいわ。どうせ、ありえないことだし」

「お姉ちゃん、助けられないの？」

「なんで？・・・凶悪犯なのよ。まず、入れ替わった人格・・・つまり、実際の凶悪犯ね。

こいつは問答無用で犯行を認めさせて、死刑にするでしょう。次に、体のほうね。ほら、

体で覚えたことは忘れないって言うじゃない。だから、こいつも凶悪犯になるかもしれないから、

犯罪を未然に防ぐ為にも、死刑ね」

裕香お姉さん・・・それって、無茶苦茶じゃない？

「それなら・・・入れ替わった人がいい人なら、凶悪犯だって、いい人になる可能性もあるって

いうことでしょう？何とか、ふたりとも助けられないの？」

いつの間にか、自分に置き換えて、話を聞いてたみたいだ。

「は、晴香、泣かなくったって・・・う、うん、何とかするわよ・・・晴香が、おやつ作ってくれれば」

はい？おやつの有無で、死刑になったり、無罪になったりするんですか？

まあ、おやつぐらいでいいなら・・・

「ホットケーキとかでもいいの？」

「うん、ＯＫよ」

「う、うん」

「最近の晴香なら、そう言うと思ったんだ」

「・・・・」

後ろで、晴香があきれて声も出ませんって、顔で立っていた。


「孝、裕香に遊ばれてるのよ」

キッチンに入ると、晴香がエプロンの紐を後ろで縛りながら言う。

「う、うん・・・わかってるけど・・・晴香は、練習してきてよ。晴香の分も作っておくから」

「う、うん・・・じゃあ、行って来るね」

ちょっと、不機嫌そうな晴香の声だったけど・・・

でも、晴香の分がメインだと思えば・・・全然、問題なし。


入れ替わっちゃう事だってあるんだよ。実際には言えないだけで・・・入れ替わってる人たちだって

いっぱいいるのかもしれないし・・・あ、いっぱいいたら大変かあ・・・そうだなあ

今、何かミスして、元に戻ったら、晴香のミスになるじゃない。

それって、やっぱり、嫌だよね・・・


えっと・・・ちゃんと、混ざったかな？

まあ、こんなもんでしょう・・・

最近、こういうのって・・・手際がよくなってきたような気がする


・・・


・・・晴香、練習進んでいるかな・・・

・・・早く、元に戻りたいな・・・

戻りたいな、戻りたいな・・・っと。

「はい、一丁出来上がりっ」

お盆にお皿とカップ乗せて、スプーンと・・・レモンの輪切り付けて・・・よしっと。

こぼさない様に、気をつけて、リビングの裕香お姉さんのところへ持っていく。

「はい。お姉ちゃん。２段重ね、バター、蜂蜜付き・・・と、紅茶ね」

「サンキュ」

裕香お姉さん、待ってましたって顔で・・・まあ、こんな顔見るのも悪くないんだけど・・・

「レポート、進んでる？」

「ん、ぼちぼち・・・」

「・・・が、がんばってね」


次は、晴香の分っと・・・

・・・

やっぱり、早く元に戻らないと・・・ね

だって、キスしたくっても・・・

自分とキスなんかしたくないし・・・

それなら、まだ鏡見て・・・って、ああ、それって、虚しいなあ・・・

・・・

「はい、晴香の分、出来上がりっと・・・ふ〜む、ジャムでも乗っけてみようかな」

よし、出来上がりっと・・・

「晴香、まだかなあ・・・」

そう、呟いた時、後ろから声がした。

「あら、孝ちゃん」

お母さんだ。

「あ、おかえりなさい」

キッチンを眺めたお母さんが言う。

「ふ〜ん、今度、お菓子作りも教えてあげようか」

「え、あ、はあ・・・」

お菓子作りかあ・・・難しいんだろうなあ・・・面白そうでは、あるけど・・・

お料理だって、少しづつは教えてもらってるわけだし・・・

あ、体で覚えればいいんだよね。そうすれば、元に戻った時、晴香だって・・・

何か賢くなったような気がする

「是非、お願いしますっ」

この時は、虚しい期待に終わるとも知らず、笑顔で答えていた。

「裕香も、晴香も・・・孝ちゃんに期待するしかないわよね」

寂しそうなお母さんの声だった。



日曜日の午後。

水都さんと原田さんが約束どおりの時間にやってきた。

「あ、入って入って」

「「お邪魔しまーす」」

「遠慮しないでね」

本当は、晴香の家なんだけど・・・ね

「「こんにちわ」」

「いらっしゃい」

お母さんが、にこやかに挨拶して、お茶とお菓子を渡してくれた。

それを持って、ピアノのある部屋へ移動する。

「晴香のお母さんって、思ったとおり美人なんですね」

「へえー、ピアノに、防音室・・・晴香の家って、凄いんだ」

水都さんと原田さんが、びっくりしている。

私も、初めての時は、やっぱり驚いたけどね。

「今日は、わざわざありがとう。お茶飲んだら、早速始めるね」

と、言いながら、雑談で盛り上がって、先に進まない・・・でも、こんなもんでしょう。

「さて、本題だけど・・・まず、最初にね、この曲で、子供達を惹きつけたいんだ」

曲目を書いたメモを囲む様にして座る。

「うん、わかった。一緒に歌わせるようにすればいいのね」

「次がこの曲ね。子供って飽きやすいけど、興味もったら結構集中してくれるからね」

「へえ、晴香って、子供好きなんだ・・・保母さんでもなるの？」

「え、わかんないけど・・・それで、『この曲は、知ってるかなあ』って具合ね」

「歌のお姉さんですね」

某TV局の番組が頭に浮かぶ。

「あ、それ、いいわね」

「うん、それいいよ。あーや」

「歌のお姉さんが２人ね」

なかなかいいじゃないと思ってしまう。

「３人よ。主役は、晴香じゃない」

「え？」

「３人で衣装も揃えるの」

「お裁縫もするの・・・真美ちゃんは得意だからいいけど・・・１ヶ月で、出来るかなあ・・・」

「えっ？、えっ？、えっ？」

ちょっとォ、エスカレートし過ぎじゃ・・・

「あ、晴香のは、私が作るね。晴香は、練習しないと」

「でも、水都さんたちも、練習が・・・」

「大丈夫、レパートリーの内よ」

いいんだろうか？なんか、コンサートって雰囲気じゃなくなってきたけど・・・

そう思いながら、曲目の説明を続ける。


「・・・で、最後に、『じゃあ、次の曲は、わかるかな？』っていうことで、はる・・日高君に、

バトンタッチ。大体の流れ、わかってくれた？」

「「うん」」

その後、ちょっと、練習してみたけど・・・ふたりの声って・・・綺麗で、いいよね・・・

コンサートっぽくはないけど・・・これなら、楽しめそうだ。

まあ、いいよなあ・・・楽しんでもらえれば・・・怒られたら、また、罰掃除かな・・・って、

そうだった・・・今は、晴香なんだっけ・・・以前のように、お手軽に失敗って訳には・・・

いかないんだっけ。・・・これって、極悪の凶悪犯？・・・複雑。


ついに、期末試験が始まった。

今回、何故か主要科目が最終日に集中している。ちょっと、きついなあ。

でも、晴香ということではどの科目も手抜きできないしなあ。

結局、晴香の周りをうろうろすることになる。

「邪魔してごめん」

「ん、教えるのは、自分の勉強にもなるから構わないんだけど・・・凄く頑張ってるわね」

「晴香の成績下げれないもの」

「ふ〜ん・・・孝、競争しようか」

「え、じょ、冗談でしょ」

なんか、冷や汗が・・・

「私も、今回は全力でやろうと思ってるんだけど」

「いや、でも、元に戻ったとき・・」

「大丈夫よ。それだけ一生懸命勉強しているんだから」

・・・元に戻っても、手を抜けないってこと？・・・それ、とっても困るんですけどォ

「どうかした？」

「あ、別に」

晴香には、そんなこと言えない・・・

「白石さんを追い越さないとね」

「ちょっと、は、晴香ぁ」

「ん、どの問題？」

うう・・・そうじゃなくて・・・そんなに、いじめないで欲しいなあ・・・



「まあ、今日はこんなもんかな」

「うん、孝、３０分ほど練習してもいいかな」

「うん、でも気合入ってるね」

晴香、試験より、こっちの方に力入ってるみたいですけど・・・

「今は、聴かないでね」

「う、うん・・・」

「じゃあ、練習させてもらうね」

こんなに、念を押されると余計に気になるなあ・・・でも、約束だから・・・


きっかり３０分で晴香が出てきた。

「お疲れ様」

「サンキュ、孝、じゃあ、帰るね」

「あ、ちょっと待って。ここに座って」

「え」

紅茶とショートケーキを晴香の前におく。

「これ、食べてみて。作ってみたの。晴香、あんまり甘いの好きじゃないんでしょ。だから、

出来るだけ甘くならないように作ったから・・・どうかな？」

「うん、あっさりしていておいしいよ。この前のもおいしかったけど・・・」

「よかった」

「孝のは？」

「はは・・失敗作、一杯食べたから・・・お母さんも、お父さんも、一杯食べてもらったら、

近づいて来なくなっちゃった。お母さんなんか、今も、部屋へ行っちゃって・・・」

ふ〜んって顔で晴香が見ている。こんな顔をいている時は、何か考えている時だ。

「な、何？」

「・・・・元に戻るのやめようか」

やめるって？・・・体のこと！

「そ、そんなあ」

「私、こっちの方がいいかも」

「は、晴香ぁ」

「じょ、冗談よ」

やばい。この顔、晴香、本気で戻らなくてもいいって思ってる。

「は、晴香ぁ」

目をうるうるさせる。

「わかってるっ。な、泣かないでよ」

女の涙は最大の武器なんちゃって・・・使ってる場合じゃないよ。こりゃあ早く戻らないと、

ホントにヤバイよぉ。

「せっかく・・・こんないい娘見つけたのに」

ぶつぶつ言っている。

ホントにヤバイぞ。晴香まで・・・

「は、晴香ぁ」

「え、私、なんか言ってた？」

ううう・・・



第２１話　終了




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