昨日は体調が悪いという理由をつけて、帰ってすぐに部屋に入ってしまった。

体調が悪いというのは嘘ではない・・・実際なんとなく体が重い。

昨夜は緊張のため、なかなか眠つけなかったが、体自体は疲れているんだろう。

それでも、今朝は早くに目が覚めてしまう。ちょっと、寝不足気味。

部屋に篭ってばかりもいられないし、早くこの生活に慣れないと。

とりあえず、クローゼットを物色して適当な洋服を探す。

出来るだけ動きやすそうな服を選んで着る。昨日のような服は、ちょっと・・・ね。


下へ降りると晴香のお母さんは、食事の用意をしていた。

「おはよう・・ございます」

「あ、晴香、おはよう、体の調子は、大丈夫？」

「うん、何か手伝う？」

朝食・・・晴香はお手伝ってしていたんだろうか？

「ん、コーヒー豆挽いてね」

やっぱり手伝っていたんだ・・・。

え、豆って、どこにあるんだ？さすがにそこまで体が覚えているわけがない。

・・・冷や汗が。

もたもたしていると、晴香のお母さんが不思議そうに聞いてきた。

「どうしたの？そこの棚に、ミルも、豆もあるでしょう？」

しまった・・・余計に不審がらせたんではないだろうか？

棚から取り出して豆を挽きはじめる・・・

う〜ん、いい香り・・・

機械で挽くより、こっちの方がいいや

あれ、でも、どこかで・・・まあ、いいや。

「ねえ、晴香、昨日の男の子・・日高君だっけ？礼儀正しい子だったわねえ」

「そう？」

晴香のことだ、へまをするはずはないだろう・・・

あ、しまった。ボーイフレンドのこと訊くのを忘れてた・・・。

「どんな子？」

「えっ」

質問に一瞬、手が止まる。

質問の意味がわからず、うろたえてしまう。

「ど、どんな子って・・・」

「晴香がねえ、普段着ないような服を着てきたからね、ちょっと気になって・・・」

『へ〜、こんな服も結構似合うんだあ』

晴香のこんな言葉がよみがえってくる。

・・・あれは晴香のいたずら？

そう云われれば、クローゼットに入っていた服はシンプル系が多かったし。

う〜む、晴香におもちゃにされたんだ。

このお礼はいつかさせてもらおう・・・って、無理だろうな。

まあ、それは措いといて、晴香は俺をどういう風に見ているんだろう？

・・・バカやってて注意された事は何度かあったし・・・成績は言うまでもないし・・・

昨日も、晴香の足手まといにしかなっていなかったし、・・・

まあ、こんなことが無ければ、話す事なんてなかっただろうなあ。

いつの間にか、晴香のお母さんが俺の顔を覗き込んでいた。

「え、あ、あの服は気まぐれ、日高君はクラスメートの一人よ」

自分でもいいかげんな返事だと思う。

問い詰められたって、本人じゃないからわからないし、仕方ないだろう。

「ふ〜ん」

晴香のお母さんはその後も、根堀葉堀訊いてくる。

母娘っていうのは、こんな感じなのかなと思いながら、質問をかわしていた。




「ちょっと、出かけてきます」

そう言って、外出しようとする。

質問攻めも厭きたし・・・部屋に篭ってばかりもいられないし。

すかさず、晴香のお母さんから質問が飛ぶ

「日高君のところ？」

「・・・・」

声に出さず、頷く。

今の俺が話とかできるのは晴香しかいないし。

「着替えていかないの？」

あ、いや、この服の持ち主に会うんだし、それにこの服だって結構いい・・・と思うが。

普段の晴香がどうかわからない・・・どうしようか・・な。

「あ、あの、変・・・ですか？」

恐る恐る訊いてみる。

にっこり笑うと、部屋へ引っ張られていかれ、あれこれ着替えせられた。

一時間後、ようやく解放された。

「いってらしゃい」

といって、玄関まで送ってくれた。出かける前から疲れてしまった。



自分の家の前に着いたが、なんとなく入り辛い。

しばらく、うろうろしていたが、意を決して入ることにする。

だって、このままじゃ、不審人物だ。

ピンポーン

呼び鈴を押すと、晴香が出てきた。

「遅かったわね・・・はあ、なるほど」

そう言って、晴香が微笑む。

なるほどか・・・晴香の笑顔を見てちょっと安心。


部屋に入った俺は我が目疑った。これが俺の部屋か？こんなに広かったっけ？

机の上にはスペースはあるし、本は揃ってるし、あれ？金曜日にコースケに借りた本とかは・・・

う、訊くに訊けない。

「ちょっと、部屋を整理させてもらったけど・・よかったかな？」

俺の戸惑った顔を見た晴香が聞いてくる

「あ、自由に使って」

「サンキュ」

晴香の部屋は、出来るだけ汚さないように使おう。

ああ、そうだ。肝心なことを聞かないと・・・そう、ボーイフレンドのこと。

「晴香、ボーイフレンドっている？」

「そんなものいないわよ」

一言、ぶっきらぼうな答えが返ってくる。

会話が続かない。う、この事については、これ以上は訊けないか。

怪しまれない様にするには、色々、情報を仕入れておかなければいけない。

まず、お手伝いは・・・晴香、休みの日は多少手伝いはするって。

ふ〜ん、つまり、普段はしてないっていうことね。

げっ、こういうことは言い直してはいけないらしい・・・怖いっ。

好き嫌いとかは・・・晴香自身は、食事では特に好き嫌いはないとか・・・

晴香の家では、朝食のときは必ずコーヒーが着く。その他は、紅茶なのだそうだ。

プライベートなことについては・・・本人が言葉を濁したためはっきりとはわからなかった。

こんな状況で、晴香になりきれって、あんまりだと思わない？

こっちは、全部話したのに。（白状させられた？）

まあ、とりあえず、そんなところか。

それと、演技力のない俺は、晴香に教えを乞うことにした。

「ねえ、晴香ってさあ、家ではどうしてた？」

「どういうこと？」

「どんな風にしていればいいのかと思って」

「あなたの理想とする女の子を演じればいいのよ。私もそうしてるし」

「あれ？そんなのでいいの？」

ちょっと違うような気もするが、でも、理想の女の子って・・・出来るだろうか？

「ちょっと・・・もしかして、女の子に理想を押し付け過ぎてない？」

表情を読み取ったのだろうか?

「そ、そんなことはないよ」

慌てて否定するが、懐疑的な顔でこちらを見ている。

ぷっ

な、なんだあ？

「孝はすぐ、表情に出るからおもしろいのよね」

晴香は俺のことを孝と呼んでいる。晴香が一人で笑っている。

こいつって、こんな性格だったのか。頭はいいしし、ものははっきり言うし、

”氷の晴香”なんてあだ名もついてるし、だからこんな面があるなんて想像もできなかった。

はっきり言って、学校では猫かぶってたんだな・・・そう、確信した。

いや、こっちの晴香のほうが断然いいと、言いそうになって、言葉を飲み込む。

女の子とこんなに話したのは初めてだ。

と言っても、姿は俺なのだが・・・

ほとんど１日を、晴香とのおしゃべりで、すごしてしまった。



「ただいま」

家に帰ると、見知らぬ顔があった・・・どきっとするくらいの美人だ

「あら、おかえり、・・・裕香が帰って来ているのよ」

晴香のお母さんが言う。

裕香・・・たしか晴香が、大学生の姉がいるって言っていたっけ。

う〜ん、こんな美人のお姉さんがいるっていいよなあ。

「は、はじめまして、し、白石晴香です」

俺としては、丁寧に挨拶したつもりだった。

ぶっ・・・二人が吹きだしている

「晴香、変！」

「でしょう」

あ、いけねぇ・・・すぐに失敗に気づいた・・・改めて言い直す・・・

「じょ、冗談よ・・お姉ちゃん、お帰りなさい」

「やっぱり、晴香、変！」

「でしょう、でしょう」

今度は何が悪いのか、ちっともわからない。何所かおかしかったか？

「晴香、ここ座りなよ。ケーキ買って来てあるからさ」

裕香お姉さんに促されるまま、隣に座る。

お母さんが入れてくれた紅茶に砂糖を二つ入れ、カップにそっと、口をつける

それを見ながら、お母さん言う。

「晴香にボーイフレンドができたみたいなのよ」

ビクッとして、顔を上げる・・・俺と晴香のことをいっているのか？

「は〜、それで変なのね」

裕香が納得している。

お母さんが裕香に話しかける

「それでね、ちょっと聞いてよ。晴香ったら、今日もボーイフレンドのところへ行っていたのよ」

「へ〜」

な、なんで、そんな話になるんだ？

「それがまた、可愛いのよ、晴香ったら。ボーイフレンドの家の前でね、しばらくうろうろ

しているのよ」

がたっ、思わず立ち上がる

「あ、あ、あとをつけたなあ」

「あ、ごめんなさいね。でも晴香の様子がおかしかったからつい、心配になって」

「そうよね。”お姉ちゃん”だもん、何年ぶりに聞いたかしら」

二人がかりで言われて、たじろいでしまう・・・やっぱり、普段の晴香と違うんだ。

バレたら・・・精神病院・・・人体実験・・・晴香のそんな言葉が頭をかすめる。

「晴香ぁ、久しぶりにピアノ弾いてくれない？なんでもいいから」

ほっ

話題がズレてくれて、ちょっと、ほっとする。

晴香の家には防音室があって、そこにピアノがおいてある。

でも、弾けるかなあ・・・レッスンのときみたいに。

以前、学校で晴香が弾くのを偶然聞いたことがある。

その時は、上手いなあと思って聴いていたが・・・そんな風に弾けるんだろか？

深呼吸をひとつして弾き始める。



ふう〜っ

２人が拍手してくれている。

「晴香、腕落ちたね」

裕香お姉さんにそういわれて、がっくりする・・・やっぱり。

「でも、今日のは、まろやかって言うのか・・・私はこっちのほうが好きよ」

「そうねえ、晴香弾き方変わったね・・・ちょっと別人みたい」

ぎくっ、晴香が言っていた言葉が蘇える・・・バレたら、精神病院か人体実験。

「いいなあ、恋人できるとこんなに変わるんだあ」

「晴香も女の子だから」

「・・・」

２人は、恋人が出来た為に変わったって思っているようだ。

ほっ、よかった・・そう思ってくれているほうが楽かな。

ちょっとぐらい失敗してもバレないし。

「はい」

裕香お姉さんが100円玉を出している。

？？？

「何、これ？」

意味が全然わからない

「演奏料」

「は？」

どういうことだろう？

「いらないの？」

「いらないけど？」

お姉さんから、お金取るって変だよね？

「本当？」

「ええ」

「また、弾いてくれる？」

「・・・いいけど」

裕香が抱きついてくる。

「素直な妹は大好きよ」

うわっ、ちょっとぉ・・・えへ、ちょっと役得っ。

「じゃあ、次ね、次弾いて」

その後、十数曲も弾かされ、へとへとになった。


後日、晴香に聞いたら、限がないので、演奏料をとることにしたらしい。

ピアノのところに貯金箱がおいてあったのはそういう訳だったのか・・・。

さすがに、その日はよく眠れた。



第４話　終了




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