朝から、ぽつぽつと雨が降っている。

学校休みたいなあ・・・学校なんて行っても、バレる確率が増えるだけじゃん。

晴香のにらむ顔が脳裏を掠める。（ちなみに入れ替わる前のだ）

精神病院、人体実験・・・う〜む、晴香のほうがもっと怖い・・・よし、学校へ行こう。

やっぱり、俺の頭は単純に出来てる。

朝、起きると、お弁当が作ってあった・・・晴香、お弁当はお母さんに作って貰っていたんだ。

良かった・・・毎日、パンになるところだった。


しかし、晴香はいつも、こんな時間に学校へ行っていたのか？部活やってるわけでもないし。

こんなに早く学校行って何してんだよ・・・突っ込みを入れてみる・・・むなしいなあ

・・・そういえば、教卓の周りを掃除したり、花を飾ったりしてたっけ。

は〜っ、ため息が出るだけで、憂鬱な気分のままだ。

学校へ行くと、晴香はもう来ていた。

「おはよう」

と声をかけると

「おはよう、早いわね」

にっこりと微笑んでくれた。

その笑顔で憂鬱さは少し解消される。

理解者っていうか、仲間って言うのか、自分のことを理解してくれている人がいるのは

やはり嬉しい。

晴香に、朝の仕事を教えてもらう。この仕事って・・・考えてみれば、晴香に仕事を押し付けて

いただけのような気がする。今更ながら、反省。


廊下からざわめきが聞こえる。

クラスメートが教室に入ってくる前に晴香は傍を離れていった。

うん、あまり目立つことは避けた方がいいんだよね。


はやくも先週の試験の答案用紙が帰ってくる。

返してもらった答案をみると、さすがは晴香、学年トップだけの事はある。

答案用紙１枚で、俺の２、３枚分の点数があるんじゃないだろうか。

こんな点数、一度でもいいから、とってみたいな・・・まあ、一生縁がないだろうが。

俺の答案を見ている晴香の声が聞こえてきそうだ・・・ぞっ・・・急に背筋が寒くなった。





放課後、晴香としてのデビュー？１日目を何とかやり過ごす事が出来たなあ・・と、

ほっと、息をついていると、晴香が答案用紙を持ってやってくる。

「何これ、ひっどい点数ねえ」

晴香が容赦なく言う。やっぱり・・・。

「いつもこんなの？」

「いや、いつもはもう少し・・・」

すごく、気まずい・・・。

「このままじゃ、私の成績にも影響するじゃない」

あ・・・そういうことに・・なる・・かな・・・はい、なります。

「よし、これから毎日特訓よ。勉強の」

「え〜〜っ」

「いいの？白石さんがこんな点数とったら大事になるわよ」

俺の答案用紙をひらひら振っている。

学年トップが、学年最下位グループに・・・確かに・・・学校中が大騒ぎに・・・想像したくない。

「・・・はい」

という訳で、晴香に勉強を教わることになってしまった。




「こんな事ぐらい解らないの？しっかりしてよね」

部屋に晴香の厳しい声が響く。

今、晴香の部屋で・・・今は自分のだけど・・・勉強の最中。

こんなの大人になってから、使うのか？と、突っ込みを入れたいが、晴香が怖い。

それに、『私は、大人じゃないから、そんなことまでわからないわよ』とか、

『期末試験とか入学試験とかでは使うでしょ』とかなんとか答えが返ってきそうだし・・・。

うわっ、晴香が睨んでる・・・汗っ。

トントン

「は、晴香、ちょっと」

戸をノックしてお母さんが顔を出す。

「な、何？」

「あ、お茶が入ったから取りに来て」

「あ、は〜い」

やっと、一息つける・・げっ、晴香のお母さんが奇妙な顔でこちらを見ている。

やっぱり、下まで聞こえていたか・・・う〜ん、そりゃあそうだろうなあ

学年トップだった晴香が、一方的に教わっているのだから・・・。


「晴香、今、何の勉強してるの？」

「え？数学だけど・・・」

「あ、そうなの？・・・へえ」

「どうかした？」

素知らぬ顔で、聞いてみる。内心はドキドキしているんだけど。

「別に・・・あ、これ」

お母さんが、お茶とお茶菓子がのったお盆を差し出している。

「あ、ありがとう」



「ねえ、裕香」

晴香を目で見送りながらお母さんが裕香に声をかけていた。

「何？」

裕香が読んでいた小説から顔を上げる。晴香の部屋から持ってきた小説のようだ。

お母さんが、その前に座って、話し始める。

「晴香が数学を教わっていたわ・・・」

「ほ、本当？」

確か数学は晴香が一番得意とする科目だったはず。

「ええ、信じられないけど・・・」

「それとね、あの子達、お互いの名前を取替えっこして呼び合ってるみたいよ。」

「へえ、晴香がねえ・・・」

そんな会話がされていることまでは知らなかったけど。




「晴香、お茶入ったよ」

「あ、サンキュ」

「はい、紅茶ね、砂糖いくつ？」

「あ、いらない、いつも入れないんだ」

「えっ・・・」

固まってしまう・・・

「どうしたの？」

「昨日、砂糖入れて飲んじゃった・・・」

「なーんだ、そんなことか」

「でも、疑わしそうな顔してたから・・・」

「ちょっと、疲れたから甘いものが欲しくなったとかなんとか誤魔化せばいいのに」


コホンとひとつ咳払いをして晴香が話し始める。

「そんなことより、あんた、金曜日お酒飲んだでしょう」

「えっ、どうして、それを・・・」

視線が宙を彷徨う

「中原君が心配して話しかけてきた」

・・・中原君って、コースケのことだ。

そう言ってこちらを見てる。

「『金曜日、かなりふらついていたけど大丈夫だったか』って」

金曜日のことが思い出される。

「た、たまには、息抜き・・・・ああっ」

そうだ、思い出した、あの時に。

「どうしたの？」

晴香が驚いて聞いてくる。

「晴香、駅の階段で、誰かにぶつからなかった？」

「え、ああ、そう言えば・・・女の子だったかな・・・

ぶつかった後、気持ち悪くて、家に帰った途端にダウンしちゃって、

朝、起きたら、孝になってるんだもの、びっくりしたわ」

「やっぱりそうか」

「やっぱりって？」

「多分、その時入れ替わったんだな」

「え・・・」

「俺も、ぶつかったんだ。ぶつかる前は、女の子だったんだけど、ぶつかった後みたら男だった」

晴香は、深く考え込むように、つぶやいた。

「これは、元に戻る為の手がかりになるかも」

そ、そう言えば・・・お酒を飲む原因になったあのことも、

言っておかなくっちゃまずいだろうなあ。

「あの、晴香、ごめん」

両手をあわせ、晴香に謝る。

「？」

「本当に、ごめんなさい」

「？・・なんで、そんなにあやまってるの？」

「そのォ、母さんと賭けをして・・・半額なんだ・・・お小遣い」

「は？」

「・・・・」

「・・・・」

「何でもするから・・・ごめん」

晴香の目つきが急にきつくなった

「・・・本当に？」

やっぱり、怒っている・・・目が怖い。

「う、うん」

「よし、じゃあ、抱かせろ」

「はい？」

晴香が手首を掴む。

「なんでもするって言ったろう」

「あ、あの、ちょ、ちょっと、は、晴香、ほ、本気・・・」

後ずさり・・・

「じょ、冗談だよね・・・」

自分の体だよ、冗談に決まってる・・・でも目が本気だって言っている・・・

逃げようにも、腕力の差は歴然、実証済みだ。

「晴香ぁ、ちょっと、まっ・・・・」

手を引っ張られて、晴香の腕の中に納まる・・・体が硬直して動かない。

「あ、あ、あの・・・」

晴香が顔を寄せて、耳元で囁く。

「そんな気安く『なんでもする』って言っちゃいけないんだよ・・・

こんな事になっちゃうんだから・・・わかった？」

「う、・・うん」

晴香の腕の中で頷く。

「よろしい」

そういうと、晴香は放してくれた。慌てて、距離をおく。

び、びっくりしたあ・・・まだ、心臓がドキドキしてる。

晴香は、離れた後、ぽつりと呟く。

「まあ、お小遣いの方はなんとかなるわ。問題はどうやって戻るか・・・ね」

晴香がちらりとこちらをみる。

「惜しことしたかなあ・・孝の反応、ちょっと可愛いかったなあ。・・・今からでも・・・」

慌てて、ドアまで逃げる。

それを見て晴香が笑っている。

よくわからないが、やっぱり、晴香におもちゃにされているらしい。



学校から帰ると、晴香に毎日扱かれる。

高校の受験の時だってこんなに勉強しなかったぞ。独り呟く。

そのおかげ？なのか、まだボロはでていないけど・・・

いつまでこんなことをやらなきゃいけないんだろうか

学校の授業で緊張し、家に帰って緊張し、心休まる時間は少ない・・・。

いや、最近は、晴香と一緒の時間が・・・学校の朝のひと時、

家に帰ってから二人で勉強している時間・・・もっと続けばいいと思ってる。

あれ？勉強のし過ぎでおかしくなった？・・のかな？・・う〜ん。


「何、ぼーっとしてんのよ」

晴香が、睨んでいる。

「は〜い。頑張りま〜す」

笑顔で返す。

「ほんとに、何考えてるんだか」

晴香と入れ替わって・・・５日が過ぎた。日常の生活は何とか慣れてきた。

でも、学校でのトイレとか、色々苦労してるけど・・・

まだ、ちょっと話せない・・。（え？誰にだろう？）

それに、女の子に興味がなかったとは言わないけれど・・・

体が入れ替わって、女の子が身近にいることが多くなったけれど・・・

やっぱり、何を考えているんだかよくわからないし。

晴香のことは、少しはわかるようになったとは思うのだけど。


晴香が真顔になって、聞いてきた。

「孝、もしも、もしもだけど、このまま戻れなかったらどうする？」

「え、え、ど、どうしよう・・・」

突然の質問に動揺してしまった。

「孝が、誰か男の人と結婚して・・・その人の赤ちゃん産んで、育てて・・」

「ちょっと、待ってよ・・・」

例えば・・・コースケと結婚して・・・Ｈして、子供・・うわ〜〜嫌だあ、コースケは

いい奴だが、それとこれは別の話しだ・・・

結婚しないっていう手もあるが・・無理やり、お見合いさせられるってことも考えられるぞ・・・。

「あはは、そのときは、孝をお嫁さんに貰ってやるよ」

すっかり、泪目になっていた俺を見兼ねて、晴香が言う。

晴香が、俺を？

体は、俺・・・男だけど、中身は晴香・・・そ、それなら、まだ許せる・・かも。

こうしてみると、晴香にしか頼れない運命なんだろうか？

「よ、宜しくお願いします」

思わず正座して、両手を揃えて頭を下げていた。

「ははは・・、苦しーっ、孝、面白ーい」

晴香が笑い転げている・・・も、もしかして、からかわれた？

一瞬、蒼い顔になって・・・晴香に尋ねた。

「も、貰ってくれないの?」

「は？・・・も、貰うけど、ホントに、孝って可愛いなあ」

晴香が笑いながら、頭をなでてくれる。

晴香が、男の子として、晴香の頭脳と行動力を発揮したら・・・女の子なんか

選り取り見取りだろう・・・

取柄のない俺は・・・や、やばい・・・

頭の中ではこんな図式が・・・

取柄なし→晴香に見捨てられる→男と結婚

い、いやだ・・・べ、勉強くらいできなくては・・・

「さあ、勉強するぞ」

「は？」

突然、勉強し始めた俺を不思議そうに晴香が見ていた。



第５話　終了




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