いつもの朝のひと時・・・


二人の時だけ、晴香は本当の晴香に戻る。

学校の友人にさえ見せない本当の晴香に・・・

本当の晴香というのも変だが、俺は、これが本来の晴香だと思っている。


「電気ショックでも与えてみようかしら」

唐突に、晴香は言い出す。

「だ、誰に」

「もちろん、孝に」

「お、おまえの体だぞ。黒こげになったらどうすんだよ（俺の体でもあるけど）」

「う〜ん、それも嫌ねえ・・・他の手を考えましょうか」

とんでもない事を言いながら、くすくす笑う。


俺は、こんな他愛もない話をしたくって、早起きしている。

少しでも早く学校へ行き、晴香が来るのを待っている。

実際には晴香の方が早く来ていることが多いが。

俺、やっぱり、晴香のことが・・・気になり始めている？

廊下からざわめきが聞こえる・・・幸せな時間が終わる。


朝の仕事を終えて、いつも晴香がしている様に、席について小説を開く。

晴香はいつもこうやって先生が来るまでの時間を過ごしている。

でも、なんか気分が・・・頭痛い・・・あれ、何かお腹も。

そのとき扉明け、クラス担任の朝霞先生が入ってきた・・・号令をかけなきゃ

「起立・・・礼・・・着席」

ＳＴが始まった。

お腹の痛いのを我慢が出来そうにない・・・教室がざわめく。

ざわめきの原因は、晴香が俺に駆け寄って来た為だった

「先生、白石さんが気分悪そうなので保健室へ連れて行っていいですか？」

先生が俺の蒼い顔を見て、頷く。

「白石・・・大丈夫か？・・・よし、日高、保健室へ連れて行ってやれ」

「はい」

晴香は鞄の中から、何かを取り出している

晴香の肩を借りて教室の外まで出たがそこが限界だった。

膝をついて座り込む。

「ああ、もう、しょうがないなあ」

そう言って俺を抱きかかえる。

え、あ、ちょっと・・・お姫様だっこなるものを経験してしまった。


保健の先生は不在だった。

晴香はベッドまで私を運んでくれた。

「ちょっと重かったなあ、元に戻ったらダイエットしなくちゃ」

晴香は呑気な事をつぶやいている・・・こっちは死にそうだって云うのに。

「しょうがないわねえ・・・まあ、初めてだから仕方ないかあ・・・あ、これアレね」

鞄から出してたものだ・・・でも、アレって？

「そろそろだと思ってたのよね」

「・・・・」

「先生が来たら、薬でも貰う？」

「・・・・」

もう、言葉も出なかった。

晴香は一通りの説明をする。

「保健の先生、いなくて良かったね・・・いたらこんな説明できないもんね」

晴香が腕時計を耳に当てている。

「まだ、効くかな？・・・こっちの孝の時計貸してあげる」

「？」

「耳元に置いておくんだよ。落ち着くから」

言い聞かせるように言って、時計を外し、耳元へ置いた。

それから、晴香は『教室へ戻るね』と行ってしまった。


午前中はうとうとしながら、保健室ですごしてしまった。


午後になって、教室へ戻ると、隣の席の・・・水都さんが声をかけてくれた。

「白石さん、大丈夫？まだ顔色悪いわよ」

「うん、ありがとう、だいぶ楽になったから」


そう言って、笑顔を向けると、ちょっと驚いたような顔をした。


「本当に？・・・まだ辛いんじゃないの？」

水都さん、心配そうな顔になってる。

あ、そっか、氷の晴香だっけ・・・本物の晴香だったら違った反応するんだろうけど。

でも、心配してくれている相手に笑顔見せて安心させてあげるくらいはいいんじゃないかな

本物の晴香ならこんな失態をさらすような事はしないだろうし・・・あ、あたりまえか

そんなことを思いながら返事をする。

「ほんとに大丈夫」

水都さんは、何かを言いかけたが、黙って頷いてくれた。



でも、実際には頭がズキズキするし、気分も悪い・・・授業の内容はちっとも頭に入らない・・・

午後の授業を何とか乗り切り、帰ろうとしたところに、晴香がやって来た。

「これから、文化祭の打合せがあるんだ・・・定例の」

え？・・・そうだった、晴香はクラス委員やってたんだっけ・・・

仕方がない・・・か。

打ち合わせには晴香がついて来てくれる事になった。

ふたりで、生徒会の会議室へ向かう。

ここの会議室に、生徒会の役員、文化祭実行委員と1年から3年のクラス委員等、

二十数名が集まる事になる。

打合せが始まるまでには、まだ少し時間があった。

晴香は椅子を探しに行っている。

席に座っていると、Ｅ組のクラス委員・・・え〜っと、確か木下さんだっけ・・・が、声をかけてくる。

「やっほぉ、晴香、元気してた？」

口ぶりからすると、晴香とはかなり親しいようだ

「先週の晴香凄かったよね。最後のほうは、声嗄れてたもんね」

先週？何を議論していたんだろう？・・・晴香に付いて来てもらって良かった。

「あ、晴香、晴香の好きな彼、もう来てるよ」

「えっ」

木下さんが目線で示す。

視線が指し示した先には、確か２年生で、今年生徒会の副会長をやっている・・・臣先輩。

そう言われれば、高校へ入学した当初から晴香が臣先輩と一緒にいるのを見かけたことがある。

晴香が好きな人・・・晴香が・・・好きな・・・

更に追い討ちをかけるような言葉が飛んでくる

「ふふ、知ってるよ。告白されたんでしょう？・・・で、返事したの？」

告白って？返事って？・・・あれ？なんか気持ち悪くなってきた。

そこへ晴香が丸椅子を持ってやってきた。

晴香を見て木下さんが聞いてくる

「誰？」

「白石さんの体調が悪いので、付き添い兼アドバイザーの日高で〜す」

晴香が明るく即答する。

俺って、そんなキャラなのと、突っ込み入れてみたいけど・・・そんな気分じゃ・・・

「え、晴香調子悪いの？」

木下さんの声がなんだか遠くに聞こえる

「は、はるかぁ」

頭のなかで、なんか白い光が点滅して、頭がガンガンする・・・




目が覚めたときは再びベッドの上だった

晴香が覗き込んでいる

ぼ〜っとしながら、懐かしい顔へ手を伸ばす・・・

意識がはっきりしてくる。慌てて手を引っ込める。

「ここは？」

起き上がろうとすると晴香にとめられた

「保健室よ」

保健室か・・・今まで縁のないものと思っていたのに・・・今日は２度も。

「どうしてここに？」

「覚えていないの?」

そう言われて記憶をたどる・・・

「あ、打ち合わせ！」

そう叫んで、上体を起こすとめまいがした。

「あれっ」

「ああ、なにしてんのよ、もう」

「打ち合わせは？」

俯いたまま晴香に尋ねる。

「もう、終わっちゃったわ、さっき弥生も寄ってったし」

「弥生?」

「ええ、Ｅ組の木下さんのこと」

晴香と親しいんだっけ?・・・色々思い出してきた・・・

また、気分が悪くなってきた。

「肉体とのマッチングが悪いのかなあ？・・・私の方はバッチリなのに」

「・・・・」

晴香になりきろうとして頑張っているけど、心の中には拒否してる部分もある。

女の体になってからは、何か行動を起こそうと思っても、最初の一歩を踏み出せなくなっている

というのはあるんだけど・・

それも、体と精神とマッチングしていないってことなんだろうか・・・

でも、今一番もやもやしているのはそんな事じゃないっていうのは解っている

晴香、ボーイフレンドはいないって言ってた・・・でも、好きな人はいるのかもしれない。

木下さんの言っていた事、聞いてみようか・・・少しは、気分が晴れるかもしれないし。

ゆっくり、顔を上げると、ちょっと安心した晴香の顔が目に入った。

「あの、晴香、訊いていい？」

「何？」

「あ、あの、晴香は、・・・す、す、すきな、・・・」

「えっ？」

やっぱり、訊きづらい・・

「あ、あの、好きな・・眼鏡、好きなの」

一体、何を言っているんだろう。

「は？」

「あ、いや、ほら、あの、あの眼鏡、度が入ってないし・・・」

「・・・・」

晴香はちょっと考えるような風にしてから

「ファッションみたいなものよ・・・眼鏡嫌い？」

「え、あ、そんなことはないんだけど、かけ慣れていないから、忘れちゃったり・・・」

「ああ、そうなんだ・・・そうねえ、眼鏡・・しなくてもいいよ。これ、預かっておく」

「へっ？」

そんなことを言われると思っていなかったのでびっくりした。

ドアが開き、、声が先生の声がした。

「日高君、車着たわよ」

「タクシー呼んでもらったの、そのほうがいいでしょう？孝」

晴香はすでに、鞄等帰る準備を済ませてあった。


タクシーの中で晴香は何も言わなかった。

家に着くと、前でお母さんが待っていた。晴香が電話したんだろうか。

「晴香、大丈夫？」

心配をかけて大変申し訳なく思った

「日高君、ありがとう。迷惑かけてごめんなさいね」

「いえ、では、お大事に」

鞄を渡して帰ろうとする晴香の腕を思わず掴んでしまった。

「晴香、もう少し・・・・」

声にならない声で言う。

晴香はちょっと困った顔をした。また晴香に迷惑をかけているんだろうか。

「日高君、ちょっと寄ってて貰えませんか？」

お母さんが、後ろから声をかけると、晴香は頷いた。

「晴香、お父さんが帰ってきたら日高君を送ってもらうから、それまで、ね」




ベッドの上で横になった私に晴香が付き添っている

言葉を交わさないが、側にいるだけで安心出来る。


静かだった部屋に声がかかる

「晴香、お父さんが帰ってきたら、日高君を送ってもらうね」

「帰るね。白石さん」

「うん、今日は有難う」

お母さんが部屋を出るときに聞いてきた。

「何も話さなかったの？」

「うん、・・・迷惑かけてごめんなさい・・・」

お母さんは、何も言わずに、降りていった。

晴香を送る家族の声を、なにげなく聞いていた。



第６話　終了




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