ちょっと、熱があるのかもしれない。

体が重いし、節々が痛い。

ぼーっとした頭で、昨日のことを振り返ってみる。

晴香は何も言わずに付き添ってくれた。それだけで、安心できた。


木下さんの言葉が思い出される・・・

『好きな人に告白されたんでしょう・・・返事はしたの？』

そしてその言葉が、頭の中に何度も何度も響く・・・

冷静に考えると、晴香は俺と体が入れ替わってしまったせいで好きな人に返事

出来ないのかもしれない。自分の存在が晴香の幸せの障害になっているんだ。


前に晴香と交わした会話を思い出す

「ねえ、孝、もし、もしもだよ、このままで戻れなかったらどうする？」

「え、え、ど、どうしよう・・・」

実際、自分ではなにも考えてはいなかった・・・俺ってこの辺が抜けてるんだよなあ

「そのときは、孝をお嫁さんに貰ってやるよ」

あの時、晴香はどんな気持ちで言ったんだろう。

本当に戻れなかったら、自分には晴香しかいないと思う。

それとも、長い間には男の子を好きになってしまうこともあるのだろうか？

そうなった場合、家族とかはどうなるのだろうか？そして、晴香は・・・

いや、本当はそうじゃない。これは、自分を誤魔化しているだけだ。

本当は、晴香を好きになりかけているから、苦しんでいるんだ。

いくら、頭の悪い俺にでもこのくらいはわかる。

もしも、戻れなければ、自分だけの晴香にしておける。

だが、晴香の気持ちは、どうなってしまうんだろう。

いや、戻れた場合こそ・・・。



「晴香」

突然、名前を呼ばれて現実に引き戻された。

「は、はい」

少し戸を開けてお母さんが心配そうな顔覗かせている。

「晴香、大丈夫？起きれる？」

「あ、うん、今、起きるね」

そう返事をするとちょっと安心したようだ。




着替えをして下へ降りる。

「おはようございます」

「おはよう」

お父さんと裕香お姉さんがなにか話をしていた。

お母さんはキッチンに入って料理している。

いつもの風景だ。

ここへ来てから早くも１週間が過ぎたんだなあと改めて思う。

自分もこの風景のなかに溶け込んでしまっている。

意外と自分にも適応力があったんだなあと思う。

いや、晴香の家族が受け入れてくれたって言うのが正しいかもしれない。

お母さんの横に行って話しかける。

「何か手伝う？」

「あ、じゃあ、いつものお願い」

「はい」

そういえば、今日、ピアノのレッスンの日だよな・・・確か今日は午後から。

裕香お姉さんのおかげ？で相当上達したと思う。

昨日以外は毎日弾かされていたから。



「出かけてきます」

「あ、いってらっしゃい」

いつものように玄関までお母さんが送ってくれる。

いつも晴香を玄関まで送っていたのかなと何気なくお母さんを見る。

と、慌ててお母さんが言う。

「あ、後なんかつけないわよ」

「・・・・」

ちょっと、出かける前から虚脱感が・・・



休みの日の学校・・・

何で学校へ来ちゃったんだろうな・・・本当は晴香の所へ行くつもりだったのに・・・

勝手に足が学校へ向いていた。

そもそも、休みの日に学校なんてはじめて来たなあ・・・そんなことを考える。

部活をやってる数人の生徒を見かけるだけ・・・

学校内をふらふらと歩く。

「いよっ、珍しいなあ」

突然の声に振り返る。

あ、臣先輩・・・全身に緊張が走る・・・とりあえず、黙って頭を下げる。

「昨日は大丈夫だったの？」

「・・・はい」

「昨日の会議のことなんだが・・・生徒会室でいいかな」

「え、はい」


臣先輩が丁寧に説明してくれた。

「以上が昨日の会議の内容だ」

「はい。ありがとうございました」

そう言って、頭を下げた。

「ところで、眼鏡は・・・日高君の・・・」

あ、そうだ、眼鏡は、晴香が持っていったままだ・・・

「晴香」

え？何、臣先輩って、晴香のこと、呼び捨てにしてるの？

「僕の気持ちは、以前、君に伝えた通りだ」

え？驚いて、臣先輩の顔を見る。

じゃあ、やっぱり・・・晴香も？

あ、あ、なんか、また、気持ち悪くなってきた・・・。

「腕ずくでって考えないこともなかったが」

えっ、う、腕ずくーっ

ちょっと、ここって、土曜日だし、人、来ないよォ。

慌てて、立ち上がったが、一瞬遅かった。

しっかり、手首掴まれた。

「そ、そんなことしたら・・・」

「君には、それだけの価値があるって思っているんだけど」

こ、怖いよーっ

「別に、君を怖がらせるつもりじゃないんだが」

本物の晴香ならともかく、女の子暦１週間程度の俺にはわからないよォ・・・。

う・・・き、気持ち悪い・・・なんか、吐き気が・・・。

空いている手で、口を押さえる。

「晴香？気分が悪いのか？・・・保健室に、保健室に行こう」



「小野先生、お願いします」

「あら、臣君、どうしたの」

「白石君が、気分悪いみたいで」

小野先生が、ちらっとこちらを見て、ベッドを用意してくれる。

「あら、家でゆっくり休んでいればいいのに・・・とにかく、ここへ」

「すいません」

ああ、また、来てしまった・・・。

「しばらく、休めば、大丈夫よね」

「は、はい」


結局、１時間ほど休み、小野先生にお礼を言って帰ることにした。



「ただいまあ」

「あれ、晴香。日高君のところじゃなかったの？」

「う、うん、ちょっと、学校に」

靴を脱ぎながら、返事をする。

「晴香、気分悪いの？」

お母さんが、ちょっと、心配そうにしてる。

「うん、大丈夫。それより何かあったの？」

「え、あ、日高君から電話があったから・・・」

「電話が？」

「晴香、電話してみて。お母さん『そっちへ向かったと思います』って言ちゃったから」

「う、うん」

後ろに立ってられると、すっごく電話しにくい。

「もしもし、白石と言いますが、こ、孝司さん、お願いします・・・・え、そうですか

・・・・いえ、では、また・・・・はい、では失礼します」

「どうだった？」

「うん、出かけたみたい」

「どうしよう、晴香のこと探しに行ったんじゃないかしら」

「え、まさか」

とは、口にしたけど・・・ありえないことではないと思う。

「ちょっと、その辺見てくる・・」

「ええ、お願い」


晴香って、面倒見いいんだ・・・やっぱり、近くにいるような気がする。

住宅街の一角で晴香の後ろ姿を見つけた。

「晴香ぁ」

呼ばれた晴香が振り向く。

「やっぱり、探してた？」

晴香が頷く。

「昨日の今日だし・・誰かさん方向音痴だし」

思わず、晴香に抱きついてしまった。

「ちょっと、孝、どうしたの？」

や、やっぱり、晴香には言えない。

「な、なんでもない。ねえ、家へ寄って行って」

晴香の腕をつかむ。

「お母さんが心配してたから」

晴香はちょっと考える素振をしてポツリとつぶやく。

「そうだろうな」



「お母さん、晴・・日高君いたわ」

お母さんがキッチンから、駆け寄って来る

「ごめんなさいね。晴香、てっきり、そちらへ行ったものと思ってたから」

「そそっかしいのよ」

ポツリと呟く。

「あなたがちゃんと行き先言わないのがいいけないのよ」

いきなりの逆襲だ。

「え〜っ、私がいけないの？」

晴香が笑い出す。

「あ、お詫びに、お昼食べてって下さいね」




お昼を食べて、二人はピアノのレッスンに向かった

歩きながら、晴香が言う。

「うまくやってるようね。私のとき以上みたいね」

「晴香のほうはどう？」

「よく、わからないけど・・・ふつうかな？出来るだけ、

孝のお母さん、お父さんとは話す様にはしているけど」

晴香も何とかやっているようだ。




レッスン室にはまだ先生は来ていなかった。

「ねえ、晴香、弾いてみない」

「え？」

「晴香なら弾けるよ。絶対」

「いくらなんでも無理だよ」

「大丈夫、一緒に弾いてみようよ」

晴香は渋っていたが、再三の勧めに応じてくれた。

頭のなかに浮かんだ簡単な曲をゆっくり弾き始める。

晴香の指が震えているのが見える。

がんばれ、晴香。

心の中でつぶやく。

晴香が弾き始める・・・

「弾けるよ。孝」

「うん、晴香」




パチパチパチ・・・

拍手が聞こえる

いつの間にか、先生が入ってきていた。

「すいません。勝手に使っちゃって」

晴香が頭を下げる。

「ごめんなさい。私が誘ったんです」

一緒になって頭を下げる。

「ううん。とってもよかったわよ。日高君だっけ、ちょっと弾きなれてないって感じ

だけど最近の白石さんとおんなじ弾き方するのね。聴いていて、暖かさを感じる弾き方」

晴香がうれしそうにこちらを向く。

「でも、日高君もピアノやってたのね。どのくらい？」

「初めて弾いたんですよ。あっ」

つい、口が滑ってしまった。あわてて口を押さえる。

「えっ」

先生が驚く。そりゃあそうだ、いくら簡単な曲だからって・・・即席で弾ける訳はない

先生は、本格的にやらないかって、晴香に一生懸命すすめていた。

そして、来週も一緒に来ることを約束させられていた。


ちょっと気になったのは晴香の才能を二つに分けちゃったんじゃないかということ。

だって、私が弾けて、晴香も弾けるって事は・・・。

もし、ピアニストとか目指しているんだったら・・・でも、元にさえ戻れば・・・

悩んでいても、仕方がない。

帰り道、思い切って晴香に尋ねた。

「晴香はどうしてピアノをはじめたの？」

「ふふ、私の夢・・・かわいいお嫁さんになることなんだ・・・好きな人の傍にいて、

休みの日にはピアノを弾いてあげるの・・・なかなかいいでしょう」

それを聞いて、心がズキッと音を立てた。


「孝、また気分悪いの?・・顔色悪いよ」

晴香が顔を見て慌てる。

晴香の傍に、いられれば・・・

「あ、大丈夫。大丈夫だから」

「早く帰ろう。送っていくから」

「あ、本当に大丈夫。だから、もう少し・・・」

晴香がじっとこちらを見る

「やっぱり、帰ろう」

ああ、がっかり・・・

「明日もあるし・・・明日、どこか行こうか」

「え、行く、行く」

晴香が笑う。

「どこへ？」

「それは、明日のお楽しみ」

「けち」

「何とでも、言ってなさい」

晴香は俺を家まで送ると、

「明日８時にね」

と言って、走っていった。



第７話　終了




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