「ただいまあ」

家の奥へ向かって、声をかけると、母さんが出てきた。

横に佇む雪乃を見て、一瞬、驚いた様子を見せたが笑顔で言った。

「あ、慎ちゃん、お帰りなさい。早かったのね。お客様？」

「うん、あ、リビングより、客間の方がいいかなあ」

「えっ、空いてるけど・・・」

母さんの声を聞きながら、雪乃の手を引っ張る。

「雪乃ちゃん、とりあえず、入ってよ」

「あの、母上様に、ご挨拶を・・・」

「そんなの、後、後。こっち、こっち」

「あ、あの・・・」

雪乃の背中を押して、奥へ連れて行く。



「・・・母上様？」

２人を見送りながら、母さんがつぶやいている。

「母さん、誰？今の」

リビングから、慎之介の姉の瑞希が顔を出す。

「あ、瑞希・・・慎ちゃんが連れてきた・・・あ、誰なのかしら？」

「母上様って言ってなかった？・・・お嫁さんだったりして」

「ま、まさか」

手を口元へ持っていって、何か考えているみたいだ。

瑞希も、母親をからかう冗談のつもりだったようだが、はっきり言ってここまで動揺するとは

思ってはいなかったようだ。

瑞希の目元と口元を見ていると・・・更にからかいたくなったみたいだ。

「一緒に住みたいなんて、言い出したりしてね」

「え・・・」

「駈け落ちしてきたから、行く所がないとかね」

「そ、そんな・・・」

期待通りの反応してくれる・・・そんな考えが瑞希の表情から読み取れる。

「あ、お茶、持っていかないと・・・」

あ、母さん、現実に戻ってる・・・。

瑞希じゃないけど・・・ちょっと、面白そうだ・・・ついていってみるか・・・。



「慎ちゃん、お煎茶入れちゃったけど・・・紅茶とかコーヒーの方がよかったかしら？」

「日本茶でいいと思うけど・・・それより、こちら、雪乃ちゃんって言うんだ・・・」

「雪乃と申します。不束者ですが宜しくお願い致します」

「え、あ、こちらこそ」

２人して、丁寧にお辞儀してる。

「それでね、雪乃ちゃん、事情があって行く所がないんだ。それは、僕のせいでもあるんだけど・・・

で、一緒に住んでもらってもいいかな・・・あの、空いてる部屋あるよね。あの、母さん・・・

お願いっ」

あの、お母さんの顔・・・考えてること、すぐわかるんだよ

『え、あ、やっぱり、瑞希の言う通りなのかしら？どうしましょう』

なんて、思ってるんだよ。

「あ、あの、部屋の方は、構わないけどね・・・お父さんが・・・」

「父さんには、後からお願いするよ・・・とりあえず、いいんだよね。ありがとう、母さん」

「ありがとうございます。母上様」

「え、あ」

不思議だよなあ・・・あの、雪乃ちゃんて。

皆、つられて丁寧にお辞儀するみたいだ。

「あ、どっちの部屋使うの？慎ちゃんの隣と、瑞希の隣と・・・やっぱり、瑞希の・・・」

「あの、出来る事でしたら、慎之介様のお隣の方が・・・あ、すいません。差し出がましいことを・・・」

「あ、そうねえ、その方が・・・いいのかしら・・・」

「母さん、それまずいよ。ふすまあけたら・・・」

「あ、そうねえ・・・でも、瑞希の隣は、瑞希の荷物が・・・」

「見てこようよ・・・雪乃ちゃん、ちょっと待っててくれる？」

「え、そ、そうねえ」

２人についていこうかな・・・それとも、この雪乃ちゃんを見ていようかな。


ふすまの戸がすっと開いて、瑞希が入ってくる。

あ、こっちの方が、面白そうだ。

「やっぱり、一緒に住むのね」

「あ、あの」

「あ、私、慎之介の姉の瑞希よ」

「あ、お姉様ですか、私、雪乃と・・・」

「そんなに、かしこまらないで・・・ふ〜ん、あなたが慎之介のフィアンセなの？」

「はあ、ふいあんせ・・・」

瑞希って、単刀直入っていうのか、大胆っていうか・・・何も考えてないっていうか・・・

あ、あの顔・・・瑞希の考えてることもわかるぞ。ちょろいもんさ。

『あらら・・・否定しないんだ・・・』

ってとこだな。

「あ、あの、ふいあ・・・」

「雪乃ちゃん、あなた、慎之介にしっかり責任取ってくださいって言うべきよ。

何したか知らないけど」

「あの、責任・・・」

「あ、ユキ」

げっ、見つかったか！！

「はい」

呼ばれて、雪乃ちゃんが返事をしてる。

「え、あ、この猫、ユキって名前なの・・・これも、慎之介が拾ってきたんだけど・・・」

「そ、そうなんですか・・・可愛い猫ですね」

お、よくわかってるじゃないか。瑞希より格を上にしてやろうかなあ・・・。

あ、自己紹介しておくな。俺、この家に住んでいる猫。もちろん、男（オス）。

瑞希が言ったとおり、慎之介に拾われて、この家にやってきた。

ユキって名前は気に食わないんだが、全身が白いのと、雪が降ってた日に拾われたらしいから

それは、仕方ないか・・・とは思う。

ちなみに、名前をつけたのはこの瑞希だ・・・センスのかけらも・・・。

慎之介は、俺を拾ってくれた恩人だから格が一番上。次が食事を作ってくれる母さん。

それから、お父さん。膝の上に上がっても黙ってるからな。

そして一番下が、この瑞希。耳引っ張ったり、ひげ引っ張ったりするんだよな。

おっと、瑞希の手が伸びてきた。

・・・

そんな簡単には捕まらないぞ。

はは、瑞希の舌打ちが聞こえた。

「う〜ん、慎之介って、可愛いものを拾ってくるのが趣味みたいね」

「え、あの」

「ふ〜ん、じゃあ、また後でね。雪乃ちゃん」

瑞希が部屋を出て行く。

「・・・私、あの方、苦手みたいだわ。なんか調子狂いっぱなし。それに・・・

ふいあんせって？・・・居候とか言う意味かしら？・・・それから、責任って？・・・元の時代へ

戻れなくなったことに対する責任ってことかな？・・・でも、恩人みたいなところもあるんだけど・・・」

ははは、面白いな・・・意味が通じてなかったってことか。

でも、元の時代って・・・この子、何言ってるんだろうな？

あ、慎之介が戻ってきたようだ。


「雪乃ちゃん、ごめんね、待たせて。瑞希ネエの荷物、思ったより多くてさ・・・

僕の隣で我慢してくれる？」

「はい。私、そちらの方が心強いです」

「ゆ、雪乃ちゃん・・・」

「あ、気にしないでください。これも、運命だと思っていますから」

「う、うん・・・あ、じゃ、とりあえず、部屋に案内するね」

「はい。お願い致します」

ここは、勿論ついていくぜ。



「ここだけど・・・」

「いい部屋ですね。お向いが、瑞希お姉様で、お隣が、慎之介様ですか。

でも、このお部屋、慎之介様が、使ってらしたのではありませんか？」

「あ、たまにね。でも、瑞希ネエと、もう話したの？」

「すいません。先ほど、少し・・・」

「ふ〜ん、なんか言ってた？」

「えっと・・・ちゃんと、責任とってもらいなさいって・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「あ、そ、そんな事を・・・と、とりあえず、座って」

慎之介の困った顔って、久しぶりに見たな。

「はい。ありがとうございます」

「・・・・」

「・・・・」

何してるんだ？２人とも・・・向かい合ったまま、黙り込んで・・・。

「慎ちゃん・・・・あ、あの、見詰め合ってる所、邪魔して悪いんだけど・・・」

「母さん！」

「これ、瑞希が着てた服だけど・・・着てもらえるかしら？」

「母上様、ありがとうございます。・・・これが、今の着物なんですね」

「今の？・・・あ、雪乃・・・ちゃん、お風呂先に入って下さる？」

「お風呂・・・ですか？」

「え・・・あ、身体、洗うこと」

「ああ、湯浴みですか」

「あ、母さん、雪乃ちゃん、お風呂・・・シャワーとか、シャンプーとか、わからないんだ。

一緒に、入って教えてあげて欲しいんだ」

シャワー、シャンプーを知らないって？・・・どこに住んでたんだ？猫の俺でも知ってるぞ。

知ってるけど・・・俺は、お風呂、嫌いだぞ。熱いのも、冷たいのも・・・。

基本的に、入らないんだが・・・時々、瑞希が・・・無理やり・・・

なんか、気分が悪くなってきた。自分のかごに帰ろう・・・。

「そうなの・・・」

「あのォ・・・そのしやんぷうってなんですか？」

「え？・・・そのほうが、いいみたいね」



しばらくすると、インターホーンから母さんの声が聞こえた。

「慎ちゃん、シャンプー買ってきて」

「え、まだあったじゃない」

「無くなっちゃったのよ。早くね」



なんで？・・・つい先日、新しいのを・・・

そう思いながら、コンビニでシャンプーを買う・・・いつも使ってる特大のやつを。



「母さん、ここに置いとくね」

戸口のところにシャンプーを追いて、そう声をかける。

「ありがとう、慎ちゃん」



しばらくして、風呂から上がった母さんは・・・疲れた顔をしていた。

「母さん？」

思わず、駆け寄る。

母さんの後ろに立っていたのは、瑞希のパジャマを着た・・・

「あのォ・・・どなたでしたっけ？」

胸に抱えているバスタオルの塊が異様なんですけど。

「慎之介様？」

「あ・・・やっぱり、雪乃ちゃん・・・」

化粧って言うか、白粉を落として、日本髪解いた雪乃ちゃんって、普通の女の子

・・・って言うより、かなり可愛いや・・・

すこし、母さんに似ているような気もする。

「あ、それって、髪の毛？」

バスタオルを指差す。

「そうなの。雪乃ちゃんの髪・・・床に届いて、まだ長くって・・・」

そうか、そう言えば、日本髪結って、更に帯のところまで髪が垂れてったっけ・・・

あ、シャンプーってそういうこと・・・。

「やっぱり、切ったほうが・・・今の時代に合わないですよね」

「でも、勿体ないわよ」

・・・これだけ伸ばすのって、大変なんだろうなあ・・・あ、シャンプーするのも大変かあ・・・

「慎之介様・・・短い髪だと・・・雪乃を嫌いになりますか？」

「え、そんなことはないけど」

「では、切って下さい。お願いします」


母さんが、ハサミを持って来たんだけど、まだ、躊躇ってる様だ。

「あの、慎之介様・・・お好きなところで、切って貰えますか」

「え〜っ・・・俺が切るの？あ、いや、僕が？」

思わず、地が出てしまった・・・母さんが睨んでるよ。

いや、実際、切るとなると・・・どんな髪形でも似合うとは思うのだけど・・・

どうしようか？・・・う〜ん・・・なぜか、柴田彩音の顔が、思い浮かぶ・・・

「腰のところにするね」

「はい」

なんか、手が震える・・・ジョキ・・・ジョキジョキ

切ってしまった・・・

「ありがとうございます」

そう言って振り向いた雪乃ちゃんの目に・・・涙？

「あ、あの・・・」

「あ、すいません。これで、元の時代に戻ることはないんだって思ったら・・・すいません」

そうか・・・雪乃ちゃん、もう戻れないって・・・覚悟を決めたってことか・・・

でも、歴史が・・・なんか・・・手があるはずだ・・・

雪乃ちゃんの俯いてる後姿見てたら・・・胸が苦しくなった。


「ああ、いいお湯だった」

瑞希が風呂からあがってきたようだ。

「慎ちゃん、お風呂へ行ってきなさい。その間に雪乃ちゃんの髪、揃えておくから」

「慎之介、最後だから、掃除たのむわよ」

「う」

ま、仕方ないか・・・これは、家のルールだからな。



風呂から上がると・・・夕食が出来ていた。

雪乃ちゃん、椅子の上で正座して・・・御飯を見つめてた。

前髪も整えられて・・・結構、いい感じになってる・・・それにしても・・・

あ、そうか、コンビにのおにぎりしか食べていなかったんだっけ・・・

「先に食べればいいのに・・・」

「いいえ、慎之介様が食されていないのに、先になど・・・」

その言葉に、慌てて、席に着き、「いただきます」・・・そう言った。

それを聞いた雪乃ちゃん、手を合わせて、「いただきます」

って言ったかと思うと、一生懸命食べ始めた。

ホント、一生懸命って言葉が合う。

食べてる合間に「これ、なんていうお料理ですか？」って、母さんに聞きながら・・・

あっという間に、一膳・・・食べ終わる。

「雪乃ちゃん、おかわりは？」

「え、でも、お紺は・・・」

「雪乃ちゃん、あなた、痩せ過ぎです。しかっり食べなさい」

母さんが、ぴしゃりと言う。

「は、はい」

・・・結局、２膳食べた。３膳目は、さすがに食べれませんって、断っていた。

それより、一人での食事でないことが嬉しいって言ってた。

・・・な、なんか・・・


食後、部屋へ行って布団を敷いた・・・

「私が自分で・・・」とか、「こんなふかふかなお布団で・・・」

とか言っていたが、布団に入るとすぐに、寝息を立て始めた。

多分、すごく疲れてたんだろう・・・

小さい明かりをつけて、部屋を出た。

「おやすみ。雪乃ちゃん」



第２話　終了




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第２話