狼藉者っ！
護衛の家臣たちが口々に叫んでいる。
間違いなく、幕府の刺客だ。
幕府は、我等のような外様の大名をつぶしたがっているのだ。
こんな小藩に対しても・・・
大名といえば聞こえはいいが、藩の内情は火の車。
城といっても、雨漏りはするし、隙間風はひどいし、町屋の方がどれだけましか。
補修するにしても、幕府に届けなければいけない。
そんなことをすれば、謀反の疑いがあるということで、即日取り潰しの憂き目に会う。
母は自分を産んですぐに亡くなってしまった。
母は側室だった。とても綺麗な人だったと聞いている。
父は江戸にいる。１６になる今までに何回父の顔を見ただろうか・・・。
雨漏りしようが、隙間風が吹こうが、それでもよかった。
自分を愛しんでくれる乳母のお紺と乳兄弟たちと一緒にいられれば。
ある日、江戸から手紙が届いた。
久しぶりの父上からの手紙に、心躍らせながら開いてみた
でも、手紙には、譜代の大名へ嫁げという意味のことが書いてあるだけだった。
より有力な大名の養女になり、更に格式のある大名の養女になり、そこから嫁ぐ。
家名存続の為という大儀名分の為、自分は嫁いでいかねばならない。
嫁ぎ先の譜代の大名が父と同じくらいの歳と聞いて、お紺は激しく悲しんだ。
だがこれも運命ならば仕方がない。
国を出て、峠に差し掛かった時だった。
刺客が襲ってきたのは。
だが、実を言うと、どうでもよかった。このまま殺されてしまっても。
お紺とは、充分に別れを済ませてきた。
自分が役目を果たせなかったら、男子・・・世継ぎのいない我藩は・・・
いずれ、藩は潰されることになるかもしれないが。
でも、気がかりなのは、お紺たちだけ・・・。
だが、お紺が自分の死を聞いたら、また悲しい思いをさせてしまう・・・
そう思うと、簡単に死を選ぶわけにはいかない・・・。
篭が下ろされ、侍女がが告げる。
「雪姫様、洞窟がございます。しばらくそこにお隠れくださいまし」
言われるまま、洞窟に入る。
洞窟に隠れた後、しばらくして、争う音が聞こえた。
そうして、再び静かになった。
しばらくすれば、迎えが来るはずだ。
それが、家臣たちなのか、刺客なのかはわからないが。
自分は待つしかないのだ。
お紺は、母の侍女だった。
父の元へ嫁ぐ前から一緒だったそうだ。
母のように可愛がってくれたし、本気で怒られたことも数知れずある。
いつもは、雪姫と呼んでくれていたが、怒られるときは決まって『雪姫様っ』だった。
今思えば、自分の立場は、他の人間とは違うのだということを自覚させる為だった
のかもしれない。
あれから、一時（二時間）くらいは、経つのではないか。いくらなんでも、遅くはないだろうか。
心細い・・・いつまで待ったなければいけないのだろうか。
洞窟の凛とした空気が心細さをより増徴させる。
・・・
「雪乃ちゃん」
誰かが、呼んでいる・・・
「雪乃ちゃん」
なんか、優しい声だ・・・それに、暖かい・・・
「雪乃ちゃん、雪乃ちゃんったら・・・」
優しい声の中でもう少し・・・
「もう、雪姫様っ」
え、お紺？
あ、もう、朝なの・・・
「お紺、もう、朝なの・・・」
「雪乃ちゃんったら」
目をこすりながら、起き上がると・・・
「え、あ、慎之介様」
いやあっ・・・な、なんで、慎之介様が起こしにくるの・・・
慌てて、正座して、挨拶する。
「おはようございます」
あれ？昨日は、いつの間に寝ちゃったんだろう・・・
布団にもぐり込んで・・・このお布団ふかふかで、温かいですねって
話したところまでは覚えているんだけど・・・
おやすみの挨拶さえした覚えがない・・・
「雪乃ちゃん、おはよう、朝ごはんだよ・・・よく眠れたみたいだね」
いけない、居候の身なのに。
「すいませんっ、いつまでも、寝てて」
「ううん、ホントはゆっくりして貰いたいんだけど・・・色々あるし・・・」
慎之介様は、かなり気遣ってくれる・・・多分、慎之介様がこちらの世界へ導いてくれなかったら、
間違いなく、殺されていただろう。慎之介様は、命の恩人だ。
「雪乃ちゃん、着替え、わかる？」
昨日、母上様が出してくれた、今の着物・・・。
「ええ、ここに来るまでに、色々見ましたから」
「じゃあ、外に出てるね」
「あ、すいません」
慎之介が廊下へ出て行く。
とは言え・・・
「このぼたんとかいうの・・・めんどくさいな・・・このぱじゃまって着心地が
いいから、このままでもいいんだけどなあ・・・寝巻きの代わりって母上様が
言ってた・・・寝巻きじゃ、やっぱり、恥ずかしいし・・・やっと、はずれた」
パジャマの上着を脱ぎ、ブラウスを手に取る。
「これを着るのよね・・・これのぼたんって、小さいから・・・着物の方が
楽だよ・・・んん、慣れれば、こっちの方が速いのかな・・・あれ？なんか
変だけど・・・いいのかな？・・・次が、すかあとって言ってたっけ・・・
あれ？これって・・・どっちが前？・・・う〜ん、難しいなあ、今の着物って。
こっちのずぼんっていう方が、いいけどな・・・袴みたいで・・・これでいいのかな？
最後がせえたあっていってたやつね。これ、暖かそう・・・こっちが前って言ってたわ」
「慎之介様。いいですよ。どうですかあ」
そういって、ふすまを開ける。
「え、あれ・・・あ〜、ボタン掛け違えてる」
「え、違ってましたか？」
慎之介様の困ったような顔・・・
「雪乃ちゃん、ちょっと、ごめん」
そういって、セーターを脱がせにかかる・・・
「慎ちゃん、雪乃ちゃん、まだ・・・ああ、お邪魔のようね」
その声は、瑞希お姉さま・・・せえたあが、首のところで・・・見えないんですけど
・・・それに、慎之介様？動かなくなっちゃった様なんですけど・・・
「み、瑞希ネエ、違うっ・・・服を直そうと・・・」
「そうなの？・・・どっちにしろ、先に食べてるわね。ごゆっくり」
せえたあが外れた時・・・慎之介様の疲れた顔がそこにあった。
「ここを揃えてから、ボタンをかけていくんだよ」
すごい。外すのも速かったけど、掛けていくのも速い・・・
「このスカートはこっちが前ね」
手際よく、セーターを着せ、髪を整え、襟を直してくれる。
なんか、しっくりくる。慎之介様も、この服着慣れているのかしら・・・
「ありがとうございます。慎之介様も、この服、着慣れているんですね」
「え゛」
？？？
慎之介様・・・複雑そうな顔・・・
「これで、よし。似合ってる・・・あ、でも、髪の方が・・・」
一番、気にしてた髪・・・
「え、やっぱり、おかしいですか？」
不安そうな声に、慎之介が慌てた。
「そうじゃなくって、服と髪形が・・・あ、ちょっと、待ってて」
慎之介様？瑞希お姉様の部屋に・・・？
戻ってきたとき、手に赤い・・・紐？
「ちょっと、座って」
「は、はい」
・・・・・
「こうすれば、その服に似合うよ」
「慎之介様・・・髪結いも出来るのですか？」
「え？あ、これは、リボン・・・瑞希ネエによく結ばされてたから・・・」
「りぼん・・・ですか」
「うん、雪乃ちゃん、その髪形似合ってるよ」
「ありがとうございます。私、最初、皆、出家してるのかと思いました。
だって、皆髪短いでしょう。それに、異国の方が多いなあって・・・」
「出家？異国？あはは・・髪とか、染めてる人が多いからね」
「今の着物って、ちょっと、恥ずかしいです。こんなに脚が見えちゃって・・・
それに、足元も涼しいですけど・・・でも、軽くて、動きやすいですね」
「雪乃ちゃん・・・脚、細い・・・」
「あ、あんまり、見ないでください。恥ずかしいですから」
「あ、ごめん・・・あ、そうだ。朝ごはん」
そういわれれば・・・お腹が・・・
「おはようございます」
正座して、母上様と、瑞希お姉さまに、挨拶をする。
すると、慎之介様がいちいち座らなくてもいいって・・・それが、今風なのだろうか？
もし、そんなことをすれば、お紺が・・・
「おはよう雪乃ちゃん、御飯でよかったかしら？」
「はい」
昨日座った場所・・・慎之介様の左側・・・隣に座るようにと・・・促してくれる
母上様が御飯を並べてくれる。
居候の私が何もしないのは、心苦しい・・・慎之介様にそういったら、『雪乃ちゃんが
料理を習いたいのなら、母さんが教えてくれるよ』って・・・『多分、昔とは、方法が
違うから、ゆっくり覚えればいいよ』って言ってくれた。
確かに、かまども、囲炉裏も見当たらないし、慎之介様の言う通りゆっくり覚えて
いく事にした。
「あれ・・・慎之介様が食べていらしゃるのは？」
「ああ、これ。これは、パンって言うんだよ・・・食べてみる？」
慎之介様が、ちょっと、ちぎって、口に入れてくれる。
・・・なんか、不思議な味・・・でも、おいしい。
「おいしいです」
慎之介様が、笑ってる。
お紺に食べさせたら、なんて言うかしら・・・
まず、服とかが、必要だよな。いつまでも、瑞希ネエの服って訳にはいかないだろうし。
一番の問題は、下着・・・だろうな・・・う〜ん、困ったなあ。
・・・これは、瑞希ネエを口説くしかなさそうだ。
「ねえ、瑞希ネエ、雪乃ちゃんの買い物付き合って・・・下着とかも買いたいし」
「私が？・・・慎ちゃんの下着の好みなんて、知らないわよ」
「な、なんで・・・。そんな事言わずに、買い物に、付き合ってよ」
「なんで、私が付き合わなきゃいけないのよ」
「そりゃあ、瑞希ネエ、センスあるし」
「ふ〜ん、で、報酬は？」
「え・・・僕はかまわないんだけど、瑞希ネエは、変態の弟を持った姉ってことで
有名になっちゃうよかも」
「う・・・慎ちゃん出来る様になってきたね」
「と、いうことは、行ってくれるんだよね」
「仕方がない・・・未来の義妹のためだ」
「え？妹？」
そうか、妹か・・・それもいいな。
「じゃあ、瑞希ネエ、お願いします」
第３話 終了
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