「た、ただいま」

「おかえり、孝ちゃん・・・裕香、帰ってるわよ」

「う、うん・・・部屋行って着替えてくる」

家に帰った私は、挨拶もそこそこに階段を駆け上がり、バタンと部屋のドアを閉めた。

かばんを放り出し、ベッドの横に座り込み、ベットに上半身を預ける。

「距離をおきたいって・・・分かれたいってことだったんだ・・・」

はっきり、口に出してみると、すごく悲しくなった。

晴香、もう、こっちを見てくれないのかな・・・

この部屋で、晴香と勉強した・・・怒られながら・・・雑談しながら・・・

・・・

・・・

パシッ

「い、痛っ」

「女の子が、俺なんて言わないの。何度言ったらわかるのっ」

「で、でも、叩くなんて・・・痛いよ。晴香」

「男の子が、痛いなんて言わない」

「は、晴香・・・む、矛盾してるよぉ・・・」

・・・

「ほら、目の前の問題に集中して・・・」

「う、うん・・・」

「すぐに、ぼーっとするんだから・・・馬鹿な人間なんていないんだからね。

どれだけ集中できるか、なんだから・・・分かった?」

「う、うん・・・」

「ホントに・・・何考えてたのよ」

「う、うん・・・は、晴香のこと・・・」

「!・・・ば、馬鹿っ」

「・・・」

・・・

・・・

幾度となく交わされた会話・・・

でも、もう・・・来ない・・・のだろうか?

晴香とは関係なくなっちゃう・・・ってことなのかな?

だとすると、こ、ここに、いられない・・・

晴香と関係ないのに、ここに居るわけにはいかない。

ちょっと、涙が出そうになる。

う、家に、も、戻らないと・・・

立ち上がろうとして、はっと気がついた。

あ、家には・・・晴香がいるんだ・・・それに、この姿・・・

私、行くところがない・・・

どうしたら・・・



階下へ降りると、お母さんが話し掛けて来た。

「孝ちゃん、裕香がね・・・」

「あ・・・あ、あの・・・もうしばらく、ここに居させて下さい。ア、アパートが

見つかるまでで良いんです」

「ど、どいうこと?」

驚いて問いかけるお母さんに、両手を合わせる。

「は、晴香に嫌われて・・・だから、ここに居るわけには・・・お願いです」

お母さんが大きくため息をつき、にっこり笑った。

「なんだ・・・喧嘩でもしたの?」

「いえ、晴香に・・・他に、好きな娘が出来たようなんです」

「え・・・あ、でも、だからと言って、孝ちゃんがこの家を出て行くこと、

ないでしょう」

「でも・・・晴香、ここへ来にくいかもしれないし・・・」

「ダメよ。孝ちゃんは大事なこの家の子だもの。それに、未成年者にアパート

なんて、貸してくれないわよ」

「う・・・」

考えが甘かったのか・・・そこまで、考えていなかった。

お母さんに言われてことに、何も言えず、俯く。

体がぎゅっと抱きしめられた。

「孝ちゃん、変なことは考えないって約束して。でないと、放さないわよ」

「う・・・や、約束します」

「うん・・・約束よ」

首を立てに振ると、漸く、お母さんが放してくれた。

「それにしても、変ねえ・・・孝ちゃんをお嫁さんにするんだって言ってた子が・・・」



部屋へ戻ると、ため息が出た。

お母さんは、ああ言ってくれたけど・・・これから、どうしたら・・・

部屋が今まで以上に広く感じられる。

上を見上げると・・・屋根と一体になった天井の先にロフトが見えた。

一度も使ったことがないロフト・・・行ってみたくなった

晴香も上ったことあるんだろうか


知らなかったけど、結構広い。

雑誌とか、クッションとかが置いてあった。

晴香・・・ここでどんなことを考えていたんだろう・・・



「晴香、明日、裕香の大学を案内して貰うことにしたから」

夕食時、お母さんが唐突に言った言葉に頭が混乱する。

「はい?」

「つまり、見学よ」

「はあ、見学ですか・・・え、明日は、学校が・・・」

「ちゃんと、学校へは連絡しておくから」

「でも・・・」

「大丈夫。社会勉強よ」

「はあ」

お母さんと裕香お姉さんの笑顔に頷いてしまった。

「そうと決まれば、今日は、久しぶりに・・・弾いてね。晴香」

「へっ?」





「そして、ここが食堂よ・・・どう、参考になった?」

「う、うん・・・」

半ば強制的に始まった見学だったけど・・・

昨日の疲れが残ってて・・・


数人の学生があちこちで雑談しているのを横目に窓際の席に座った。

食堂は、ともかく、高校とは違う雰囲気を肌で感じていた。

「晴香も・・・ここ、受ける?」

「え、そ、それは・・・」

裕香お姉さんの学校って・・・レベル高かったはず・・・

「あの、喉渇かない?なにか、飲み物買ってくる」

裕香お姉さんの問いには答えず、食堂中央の柱の横にに設置してある自動販売機の

方を指差す。

「うん・・・私は、ウーロン茶かな」

「うん」



晴香だってここを目指しているかどうかは・・・

あ・・・そ、そうだった・・・晴香は・・・

「君、可愛いね。新入生?」

「あんまり、見かけないよね」

自動販売機からペットボトルを取り出そうとした時、いきなり、後から

声を掛けられた。

「は?」

「俺達、次休講なんだ。どっか行かない?」

ふるふる・・・首を横に力一杯振った。

冗談じゃない。そんな見ず知らずのやつらについて行ってたまるか。

「自動販売機じゃなくてさあ、ちゃんとしたの奢るよ」

「でも、俺のバイト先のはペットボトルのを使ってるけどねえ・・・え」

裕香お姉さんが、立っていた。

「いい度胸してるのね。私の目の前で妹に手を出そうなんて」

「あ・・・し、白石さん」

「あ、あの・・・白石さんの妹さん?」

「そ、それじゃあ、可愛いはずだ・・・あははは」

「俺達、次の講義があるから・・・そ、それじゃあ・・・」

ほっ

でも・・・一体、なんなんだ?

「お、お姉ちゃん・・・ひょっとして、有名なんだ・・・」

「この学校で私を知らないなんて”モグリ”ね」

う・・・そこまで言い切る?

「毎日学校へ来ている私を知らないなんて・・・あ、休講時を除くだけど・・・

学校サボっちゃ、ダメよね。うん」

「・・・」



「晴香は、2度目だったかな?・・・全然来ないものね」

裕香お姉さんがアパートの鍵を開けながら言った。

「晴香・・・お母さんに独り暮らししたいって言ったんでしょう」

「え・・・う、うん」

お、お母さんに・・・聞いたのかな?

「独りは大変なのよぉ。外食だとお金もかかるし・・・」

「ん〜ん、でも自炊とかすれば・・・あ」

し、しまった。

「そ、そうだよね、お姉ちゃんの場合。勉強とか忙しいし、わざわざ独り分の食事を

作らないといけないし・・・そ、そっか・・・やっぱり、大変そう・・・」

「うんうん、そうなのよ。分かってくれた?」

「う、うん」

「そーゆー訳で、私とふたり暮らしなんて、どう?」

何が、そーゆー訳なんだ?

「晴香が来てくれると、食生活が豊かになるんだけどなあ・・・」

「・・・」

「でも・・・晴香が来るのって、2年後かあ・・・あ、ここに座って」

裕香お姉さんが指定した場所に座りながら、ゆっくり周りを見廻した。

結構、広い・・・思ったより、片付いているし・・・

「あっちの部屋を空けて、晴香の部屋に・・・あ、もう少し広いアパートに移るって手も・・・」

う・・・まだ何か言ってる・・・

し、しかし・・・他の話題に振るって言ったって・・・姉妹って、どんな会話すれば

良いんだろうか?兄弟のいなかった私には・・・

「え・・・」

裕香お姉さんが、じっと、こっちを見ていた。

そんなに見つめられると・・・偽者って、バレそう・・・。

「あ、あの・・・コ、コーヒーでも、入れるね」

台所に行って棚を覗いても・・・コーヒーが見当たらない。

「あ、あれ・・・豆がない・・・」

「何言ってるのよ。学生は、インスタントでしょ」

裕香お姉さんがお徳用ビンをドンと差し出した。

「そ、それじゃ・・・お、お湯を沸かすね・・・え、えっと・・・やかんは・・・」

「何言ってるのよ。お湯は、ポットでしょ」

「あ、そ、そっか・・・」

なんか・・・歯車がズレてるみたい。

裕香お姉さんが用意してくれたマグカップにインスタントコーヒーを入れお湯を注いだ。

お砂糖を適当に入れ、一口飲んでみる。

苦く、甘ったるい味が口の中に広がった。

コースケ達が遊びに来た時は、狭い部屋で皆でワイワイ言いながら、こうやってコーヒーの

ビンや砂糖を廻して作ったっけ・・・

「う〜ん、ホントに懐かしい味・・・」

「?」

「最初、あの家行った時、インスタントでなくて本物の豆使っているのに驚いたんだ・・・」

「え?」

「あ、な、なんでもない・・・」

慌てて、口を押さえた。

危ない、危ない。つい、油断しちゃった。

「晴香は、時々、訳の分からないことを言うんだから・・・」

う・・・こんなだから、晴香に見捨てられちゃったんだろうか・・・。

「ねえ・・・夕飯の準備しない?」

「え・・・でも、そろそろ帰らないと・・・」

「晴香、何言ってるの?今日はここに泊まるのよ」

「え、でも、学校が・・・」

「お母さんが、明日まで休みの連絡しておくって・・・」

「ええっ!?」

お母さん・・・何考えてるの?


は〜・・・何するか決めるのも大変だけど・・・

行動を決められちゃうって云うのも辛いなあ・・・。


「どうしたの?晴香」

「う、うん・・・夕食、作ろうか」

冷蔵庫のドアを開けて覗いてみる。

「う・・・何もない・・・ほとんど、からっぽ」

「だから・・・さっき、スーパーに寄って来たでしょ」

「そ、そっか・・・」

「ホントに・・・晴香、変なんだから・・・」

ここに来る前にスーパーに寄って来たんだっけ・・・。

落ち着け、落ち着け・・・裕香お姉さんに変に思われちゃう・・・


呼掛けが効いたのか、失敗することなく、夕食を作ることが出来た。

食事を終えた裕香お姉さんが、ぽつりと言った。

「晴香・・・力・・・入りすぎかな・・・」

「えっ・・・」

「え〜っと・・・晴香、先にお風呂はいって・・・私、片付けておくから」

「え・・・」

「な、なによ。なにか言いたい訳?」

「い、いえ・・・お、お風呂、何処かな〜・・・なんて」

「トイレの向かい側・・・」

「は、はい・・・そ、それじゃ・・・お、お先に・・・」



チャポン

ふう〜っ・・・びっくりした。

裕香お姉さんが、自分から片付けやるなんて・・・

あれ?・・・考えてみれば、驚くようなことでもないか・・・

それにしても・・・やっと、独りになれたんだな・・・

ああ・・・今日は、調子狂いぱなしだったなあ・・・

・・・

鏡に映った自分の顔を見ると、つい・・・思ってしまう。

晴香・・・どうしてるかな・・・

今日、休んだの気にしてくれてるかな・・・

気づかれてなかったりして・・・そ、それ、嫌だな。

・・・

こんなこと・・・うじうじ考えてるなんて・・・私らしくないかも。

こんなの・・・嫌いになるよね・・・

ガタッ

「晴香」

「は、はいっ」

「パジャマ、ここに置いとくね」

「はい」

はあ〜っ・・・びっくりした。

・・・久しぶりに緊張するなあ・・・

最近・・・緊張することなんて・・・なかった。

晴香の傍にいて、ぬるま湯の中にいるようだったかもしれない。

最近は、元に戻る為に、何かやってるわけでもないし・・・

晴香も、何も言わなかったし・・・

・・・

晴香、元に戻りたかったんだろうなあ・・・

・・・

あ、本当は、何も努力しない私に対して怒ったのかも・・・

こうやって考えてみると、嫌われそうなこといっぱいやってるなあ・・・

・・・

さあ、上がろうっと。

バシャッ

・・・

「な、なに、これ」




「お姉ちゃん!」

カシャッ

「う」

部屋の襖を開けたら、いきなりフラッシュが光った。

「晴香の勇姿、イタダキ〜」

目がチカチカする。

「あ、う、そ、それ・・・この間の・・・デジカメ」

いや、そ、そんなことを言いたい訳じゃなくて・・・

「それより、晴香、早くここにおいでよ」

裕香お姉さんが、パンパンって、手で指し示したのは、一組の布団に二つの枕。

「ひやぁっ」

襖のところまで、飛退いた。

「その姿も、イタダキ〜」

心臓がバクバクいっている。

「でも、そんなに驚かなくても・・・最近は、ベットから落ちることも

なくなったのに・・・」

な、なんだあ?

「さて、撮るものは撮ったし、もう一組敷こうっと」

裕香お姉さんが布団を敷き始めた。

「そうじゃなくて、このパジャマは、何なの?」

「うん?・・・景品で貰ったパジャマだよ。晴香・・・よく似合ってるよ」

よく似合ってる?

「ホントに、パジャマ?」

「そうだよ・・・それじゃあ、晴香は、何着てるの?」

「え・・・パジャマ・・・じゃなくて、これ着ぐるみって言うんじゃ・・・」

「う〜ん、そうとも言うわね。着ぐるみパジャマ」

「・・・」

何も言えないでいる私に向かって、お姉さんが言った。

「晴香・・・それ、私とお揃いだよ。私のは狸・・・後で、一緒に写真撮ろうね」

お揃い?・・・狸?・・・狸と河童?

くらくらする頭に某CMが・・・




昨日の疲れもあって、目が覚めたのは、お昼近くになってからだった。




第17話 終了




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第17話
孝司と晴香シリーズ