はぁー・・・疲れた。
裕香お姉さんの性格って・・・イマイチわかんない。
玄関のドアを前にして一人溜息をついた。
リビングのドアの取っ手に手を掛けてドアを押し、努めて明るい声を出す。
「ただいまぁ・・・」
「あ・・・孝ちゃん、おかえりぃ」
お母さんが、笑顔で向かえてくれる。
「こ、これ、裕香お姉さんから・・・」
裕香お姉さんから託った紙袋をお母さんに渡すと、紙袋を覗きながらお母さんがにっこり笑う。
「ふ〜ん、楽しめたみたいね」
え？・・・“ゆっくり出来た”とか“勉強になった”でなく“楽しめた”なの？
不審に思いながらも、笑顔を作って答えた。
「うん・・・まあ・・・それなりには・・・」
「良かったわねぇ・・・裕香から、ほら、写真届いてるから・・・一緒に見る？」
そう言って、笑顔で写真をちらちら・・・
え？・・・あっ、あっ、あっ・・・そっ、そっ、それわあっー
写真がいっぱい・・・。
いつの間に撮ったんだろう？
疑問は兎も角・・・１枚毎に状況説明させられて・・・ホント、汗出てきた・・・。
裕香お姉さんの下宿・・・いや、アパートか・・・
あそこで撮った以外のもあったぞ・・・ホントに、いつの間に撮ったんだろう？
あ、いや、そう言えば、旅行の時もそうだったっけ・・・すっかり忘れてた・・・
油断大敵！！裕香お姉さんには注意しよう！！
再認識。
翌日。
やっと、晴香に会える。
晴香と、もう一度話して・・・
でも・・・どんな風に・・・
あれこれ考えたのに、学校へ行って、がっかり・・・。ある面では、ほっとした？
晴香・・・今日は、先生と一緒に外出。
そう言えば、他校との交流があるって言ってたような・・・なんか引っ掛かるけど・・・
そんなこと思っていたら、名前を呼ばれた。
「晴香さん・・・」
「あ、あーや・・・」
原田さんの顔も、二日間、見ていないと懐かしいような気がする。
「二日も休んで・・・心配したんですよ」
「あ・・・ご、ごめん」
「いえ、良いんです。その代わり、約束通り家へ来て下さいね」
「え？約束？・・・」
意味が分かんない・・・
「あ・・・おばさんとの約束でした。つまり、そのぉ・・・おばさんには、
了解頂いてますから・・・今日は、家の方に・・・お願いします」
原田さんがペコリと頭を下げた。
長いサラサラの髪が揺れる。
了解？・・・やっぱり、よく分からなかったが、お母さんが原田さんと約束したらしい。
「う、うん・・・」
頷きつつも、お母さんに振り回されているような気になってきた。
今日は、何か、静かだ・・・
水都さんも、クラブの代表とかで今日は外出らしい。
水都さんに学校が静かだったよ・・・なんて言ったら・・・どんな言葉が返ってくる
だろうか？
は〜っ・・・溜息が出てしまう。
本当は・・・晴香が不在だから・・・なのは、分かってる。
問題の先延ばしをしているのも、分かっているんだけど・・・
これって、ドアのない部屋に閉じ込められたような気分。
どの壁を押してみてもビクともしない・・・行き詰ったような・・・。
放課後。
考えてみれば、原田さんの家って初めて・・・
温泉に行った時は、原田さんは、水都さんの家で待ち合わせたし・・・
初めての家って・・・緊張する。原田さんの家族って・・・どんな人達だろう・・・。
初めて、晴香の家へ入った時のことが頭を過った。あの時も・・・
「おかえりなさい」
「ただいま、お母さん。今日は、晴香さん連れてきたの」
原田さんそっくりの優しい顔がそこにあった。
「し、白石晴香です・・・お、おじゃまします・・・」
「いらっしゃい。ゆっくりしてくださいね」
少し緊張気味に挨拶をすると、優しい笑顔と声が返ってきた。
笑顔って・・・ほっとする。
その笑顔の後から、いきなり、同じ顔がふたつ覗いたので、びっくり。
「あれ？ふたりだけなの？」
「おかしいっ・・・絶対、おかしいっ」
同じ顔がふたつ、お互いの顔を見合わせている。
以前、花梨ちゃんが持ってた少女漫画を開いた時の事を思い出した。
花梨ちゃんの家で、祐樹が来るのを待ってた時のこと・・・
退屈そうにしてたら、花梨が『読む？』って・・・漫画雑誌を貸してくれたことがあったが、
パラパラっと捲ったら・・・登場人物の顔が皆同じ・・・髪型でしか区別出来なかった・・・
目の大きさが違うでしょう、とか、眉の形がちょっと違うでしょう、とか花梨ちゃんが
解説してくれたっけ・・・
うん、そんな感じの・・・お姉さん達。
「お姉ちゃん達、何、訳の分からないこと言っているの・・・晴香さん
気にしないで下さいね」
「う、うん・・・」
「さあ、私の部屋の方に行きましょう」
「う、うん・・・」
まだ、ふたりで、話してる。
は、原田さんのお姉さん達って・・・よくわかんない。
「え・・・お父さん？」
「やあ・・・お、おかえり・・・ふたりだけなのか？」
「もう、お父さんまで・・・」
「いや、そ、それは・・・美矢と沙矢が・・・朝、あんなこと言うもんだから・・・」
「もう、知らない・・・晴香さん、行きましょう」
挨拶を交わす間もなく、原田さんに強く手を引っ張られた。
「あ、亜矢・・・」
ちょっとなさけない父親の声が廊下に響いてる。
「沙矢・・・どうしたのかしら・・・」
「うん、美矢・・・」
「う、うん・・・これって・・・ハズレたってことなの・・・」
「そんなはずは・・・」
後の方から、よく分からない会話が聞こえている。
「ごめんなさいっ」
原田さんは、部屋に入って『好きなところに座ってください』って言った後、
いきなり、頭を下げた。
「え？・・・えーっと、今の・・・あーやの・・・」
「ええ、母と・・・姉の美矢と沙矢、それに父です・・・いつもは・・・
こんな・・・ことはないんです・・・」
後ろで手を組んだ原田さんが、申し訳なさそうに言った。
「お姉さんって・・・双子？」
「ええ」
「やっぱり・・・よく似てる、よね？」
双子を掴まえて、よく似てるって言うのも、変だけど・・・
「見た目は、そうかもしれませんけど・・・性格も好みもかなり違いますから
・・・区別はつけ易いんですよ・・・それから、共通の趣味が占いで・・・」
「へえ・・・」
「ごめんなさいっ、その占いが原因なんです・・・」
再び、原田さんが頭を下げる。
「え！？な、何？」
「亜矢・・・」
突然、戸が開いて・・・お姉さん達が、顔を出す。
同じ顔がじっと、こっちを見てる。
何か悪いことしたんだろうか？
とっても不安になった。
それにしても、やっぱり、み、見分けがつかない。
「あなた、女装してない？」
「そうね、そういう想定もありかしら」
二つの顔が、お互いの意見が一致したって顔付きになる。
「え？」
つんつん・・・
「ぎゃっ」
メチャクチャ、びっくり。ひ、他人の、む、胸を・・・
慌てて、腕を胸の前でクロスさせた。
「違うみたい・・・」
「今回は、ハズレなの？・・・」
ふたりがこっちを睨む。
ぞくっ・・・背筋が・・・
私、恨まれてる？やっぱり、なんかしたんだろうか？
理不尽・・・とも思うけど・・・でも、原田さんの手前もあるし・・・
ここは、な、なんか、喋っておいた方が、いいのかな？
この雰囲気だと・・・何喋ったら良いのかな・・・
「お、お姉さん達って・・・あーや似て、かわ・・・あ、いえ、と、とっても、美人ですね・・・
う・・・そ、その・・・や、やっぱり、見分けつかないです・・・」
う、な、何、言ってるんだろう、私。
お姉さん達は、互いを見詰め合う。
「まあ、いいわ」
「そうね。亜矢に先越される訳にも行かないし・・・今回は善しとしましょう」
２人で勝手に納得してるし、訳わかんない。
「ところで・・・何か忘れていないかしら？」
「あ・・・そうそう、亜矢に真美ちゃんから電話が掛かって来ていたんだわ」
そう言って、受話器を差し出した。
「え〜、早く言ってよ。お姉ちゃん達」
原田さんが受話器を奪い取るようにして受け取り、話始めた。
「もしもし、真美ちゃん？・・・ごめんね」
電話を渡したお姉さん達は小声で話しながら、部屋を出て行った。
受話器の方に耳を寄せるようにして話す原田さんの仕草が可愛らしい。
『・・・・・・』
「う、うん・・・ほんとに、ごめんね。お姉ちゃん達が・・・」
『・・・・・・』
「真美ちゃん、今、家？・・・思ったより早かった？」
『・・・・・・』
「私は、晴香さんと・・・」
『え〜〜っ、晴香がそこに居るのぉ？・・・わ、私も、すぐに行く！（ガチャ）』
片耳を押さえて、しゃがみ込んでいる原田さんが居た。
最後の科白は、少し離れた所に居た私にも聞こえた・・・あれは、確かに、耳、痛いだろうな。
「あ〜や、大丈夫？」
原田さんにてを差し出してみる。
「み、耳が・・・キーンって・・・言ってます・・・」
「え！あ、あ〜やっ！ほんとに大丈夫？」
顔を上げた原田さんの眼には、涙が浮かんでた。
「だ、大丈夫です」
「本当に？」
原田さんは、大きく頷いているが、ちょっと、心配。
ツー、ツー、ツー・・・ピッ
床に落ちている受話器を拾い上げ、“切”のボタンを押し、原田さんに手渡す。
まだ耳を押えている原田さんが、受話器を受け取りながら、少し大きめの声で言った。
「真美ちゃん・・・何か、言ってました？」
「う、うん・・・ここへ来るって・・・」
う・・・つ、つられた
１０分程すると、大きな鞄を抱えた水都さんが現れた。
勝手知ったる・・・っていう感じで、部屋の一部を占領した水都さんが言った。
「晴香、拉致されっちゃたんだ」
？？？
「拉致なんてしてません！」
原田さんが抗議する。
先日のことなんだけどね・・・と、笑いながら、水都さんが説明してくれた。
「晴香のお母さんが『晴香は、今、貸し出し中なのよ』って、笑いながら言うもんだから、
この子、『私にも貸してください』なんてね。まさか、本気とは思わなかったけど・・・」
「晴香さんのお母さんと指切りもしましたっ」
「あははは・・・分かったって・・・分かったって、あーや」
はあ・・・約束って・・・それかぁ・・・。
「ところで、あーや・・・どうしたの？お姉ちゃんズ・・・変だったわよ。
いつものことかもしれないけどさあ・・・」
「そ、それなんです。また、へんな占いを・・・」
「ふ〜ん、で、ハズレた訳なんだ？」
原田さんが頷いた。
部屋へ戻った水都さんが満足そうに言った。
「あーやの家の味付けって、ちょっと薄味って感じで美味しいよね」
「うん、とっても美味しかったけど・・・夕飯・・・ご馳走になって良かったのかな？」
「へ？・・・晴香ったら、何言ってるの？」
あの後、原田さんのお母さんが『夕食よ』って呼びに来て、すっかり、ご馳走に
なっちゃったんだけど・・・
「私は、晴香さんが作ってくれたお料理の味付けも好きですけど・・・」
「うん、そうね・・・和風は薄めで、洋風は・・・」
「真美ちゃん！・・・真実ちゃんは、口に入れば、何でも良いでしょう」
「言ってくれるわね。グルメのこの私をつかまえて・・・」
・・・
・・・
・・・
う・・・ついて行けない。最近は、慣れて来たと思ったけど・・・。
味付けの話が、朝食を取る取らないで、太る太らないの話になって、それから、旅行に行きたい
って話になって・・・旅行の話かと思って聞いていたら、いつの間にかお祭りの話になっていて、
そのお祭りの話が何時からか学校生活の話になっていて、それが・・・よく分からないうちに、
洋服の話になってる。
「う・・・ん、あの色かぁ・・・あの色なら、晴香にも似合いそう・・・え？晴香？」
あ、やっと、存在に気がついてくれたみたい。
「あ・・・ごめんなさい。２人だけでお喋りしちゃって・・・」
「あ、そんなの、別に・・・」
「晴香さん、この間着ていた格子柄のブラウス、何処で買ったんですか？素敵でしたよ」
「あれは、裕香お姉ちゃんが買ってきてくれたから・・・」
「あ、お姉ちゃんと言えば、あーやのお姉ちゃんズ。機嫌悪そうだったね」
「お姉ちゃん達ですか・・・」
「そっか・・・確か、占いがどうのって言ってなかった？」
今度は、占いの話に飛ぶのかぁ・・・
と思って、聞いていた。
「その占いで・・・私が、今日、好きな男の子を連れてくるはずだって・・・」
「へえ・・・あーやの好きな子かぁ・・・私もみたかったなあ・・・」
「真美ちゃん！」
「へへへ・・・晴香ぁ、知ってる？お姉ちゃんズに占って貰うと、しっかりお金取るのよ」
「え、ホントに？」
と、驚いたけど・・・よく考えたら、晴香も裕香お姉さんから、１曲いくらか・・・
お金取っていたっけ。
「うん。何度か占って貰ったんだけど・・・でも、よく当たるから良いけどね」
「そうかしら・・・今回の様にハズレることだって・・・こんなに大騒ぎになるし・・・」
「でも、半分以上は当たってるんじゃない」
「どこがですか？」
原田さんは凄く不満そうだ。
私に迷惑掛けたって気分になっているからなのかもしれない。
「”男の子”はハズレたけど、”好きな”と”連れて来る”は、当たってるでしょう」
「え・・・あ・・・ええ、そうですね」
原田さんが水都さんに指摘され、頷いた。
「こんなのが・・・あーやの憧れなんだから・・・」
水都さんがちらっとこっちを見る。
憧れ？・・・そんなことを言われると赤面してしまう。
原田さんのような人なら、もっと・・・
あ、でも、本物の晴香なら、きりっとしていて・・・それなら、分かる。うん。
「真美ちゃん！こんなのって・・・晴香さんに失礼です」
「はいはい。あーやは、晴香の何処が良いの？」
「それは・・・晴香さんって、完璧って感じですから・・・」
「チ、チ、チ・・・晴香って、ドジで、間抜けな女の子なのよ」
「は？」
なんでそうなるの？
「晴香自身も、分かってないよーネ・・・晴香、副会長になったの覚えてる？」
「えっ？・・・それは、もちろん・・・」
そんなことくらい覚えてる。
「じゃあ、学校の交流会に部の代表と副会長が出席・・・っていうのは、覚えてる？」
「え？・・・ん・・・そ、それは・・・」
そ、そう言えば、そんな話、聞いたような聞かなかったような・・・
「ほらね。晴香だって、ふつーの・・・ううん、かなりドジな女の子なのよ。
・・・晴香の代わりに、日高君が補佐役だってことで、引っ張って行かれたんだから・・・」
「ええっ！？」
そ、そんな・・・それは、ショック。
「そ、そんなところも、良いんです」
「「・・・」」
原田さんの言葉に、思わず、水都さんと２人、フリーズ。
「あ、そーなの？」
諦め声の水都さん。
ここは、話題を変えたほうがよさそう・・・
「コ、コホン・・・ところで、真美、その荷物・・・何？」
「ん、これ？・・・お泊りセット」
「お泊りぃ！？」
「うん。あーやのところに泊まるのも、久しぶり・・・今日は、晴香も一緒だし・・・」
「ええっ！？私も？」
一体全体、何の話だ！？
「貸し出し中なんでしょ・・・晴香」
「え、か、貸し出し中・・・」
「ホント、楽しみぃ」
「真美ちゃん、ずるい。借りたのは、私なんだから」
「あ、じゃあ、いつまで、借りるの？次は、私ね」
あっ、あっ・・・な、なんか・・・とっても疲れて来た。
第１８話 終了
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