今から走れば、追い着くかな？・・・で、でも、晴香が自転車だったら・・・

絶望的な気分。

もう少し早く帰ってくるんだった。

溜息、ひとつついて家の中に入った・・・


玄関に入ると、笑いながらお母さんが言った。

「孝ちゃんて、結構、慌て者ねえ。話は最後まで聞かないと・・・」

「え？何・・・」

「晴香から、電話があったの。また、電話するって」

え？電話？・・・また、電話する?

そーか、電話だったのか・・・

ホントに掛けてくるかな？・・・掛かってこなかったら・・・

あ、こっちから掛ければ良いんだ。



階段を駆け上がる。

電話の前で立ち止まる。

でも、なんて言えばいいんだろう？

う〜ん、母さんが出たら、適当に挨拶しながら、晴香の様子を聞けばいいし、

父さんが出たら・・・母さんに代わって貰って、様子を聞けばいいか。

その時には、気が焦ってるから、母さんに代わって晴香の様子を聞くなんていう不自然さに

まるで、気がつかなかった。


『はい。日高です』

え〜？、晴香・・・

「も、もしもし・・・あ、あのォ・・・」

『孝？』

「は、はい」

『昨日ネェ、孝の代わりに・・・』

「ごめんなさい。私、忘れてて・・・」

『ああ、別に構わないけど・・・ちょっと、連絡することがあったから・・・』

「連絡？」

『特に急ぎじゃないから・・・学校ででも良かったんだけど・・・』

え？・・・あ、電話切られちゃいそう・・・

「あ、あの、折角、電話くれたのに、居なくてごめんなさい」

『あ、出かけていたみたいね』

「う、うん・・・ちょっとネ・・・晴香は出掛けたりとかしないの？」

『今日は、留守番なの。父さんは休日出勤。母さんは、買い物・・・夕方まで帰らないんだ』

「え・・・晴香、お昼は？」

『カップラーメン有るけど？』

ご、ご飯、作って・・・

「あ、あの・・・今から、行くネ」

『え？』

「迷惑？」

『そんなことないけど・・・』

「じゃ、行くね」

念を押して、電話を切った。

のんびりしている場合じゃない。急ごう。



「お母さん、出掛けて来るね」

「あ、孝ちゃん、何処行くの？」

「あの、晴香のところ。お昼御飯作らなくっちゃ」

「待ちなさい。まだ、着替えもしてないでしょう。制服のままよ」

「あ」

そういえば、お風呂も入ってなかった。

「でも、時間が・・・」

スーパーで、買い物もしたいし・・・。

「裕香が帰っているから、送らせるわ。それに、材料は・・・家にあるもの持って行けば、

良いでしょう」

「でも・・・」

「孝ちゃんは・・・ゆっくりで良いから、着替えて着なさい。裕香を起こすから・・・

ゆっくりで良いからね」

「は、はい」

裕香お姉さんを起こして・・・食材を準備・・・シャワーを浴びる位の時間はありそーだ。



準備が出来て、１階へ降りると裕香お姉さんがいたので、お礼を言った。

「裕香お姉さん・・・宜しくお願いします」

寝起きで、少し機嫌悪そうだ。

「ふ〜ん、晴香は、私の御飯より、彼氏の御飯作る方が良いんだ」

「当然でしょう」

お母さんがきっぱり言い切る。

「え〜〜」

「悔しかったら、裕香も、彼氏くらい作りなさい」

「え〜〜、御飯作ってくれるよーな？」

「・・・」

お母さん、呆れて黙ってしまった。

「あの・・・今度、何か作ります」

「ホント・・・じゃ、行こうか、晴香」

あ、裕香お姉さん、機嫌が良くなったみたい。




晴香がドアを開けてくれた。

「こ、孝・・・」

「こ、こんにちわ・・・晴香」

うわ〜、変な挨拶だったかな？

「う、うん・・・ニ、ニィハォ」

「は・・・？？？」

「ニィハォマ？」

「え？え？何？」

「つまり、『こんにちわ、お元気ですか』って言ったの」

「え、あ、うん」

「それで？」

「あ、あの・・・晴香の・・・お昼を・・・」

「わざわざ？作りに」

「だ・・・ダメかな？」

「ううん、助かるよ」

ほっ・・・良かった。

晴香に拒否されるかとビクビクだったんだ。



リビングに入ると、見慣れないものが置いてある。電子ピアノだ。

「晴香・・・これ・・・」

「うん。先日、届いたんだ」

「へえ・・・」

「後で弾いてみる？」

「うん」

良かった。

こんなもの買って貰えるなんて、母さん達と仲良くやっているんだな。

ちょっと、安心した。

さて、頑張って、作るぞ。

料理を始めたわけだけど・・・やけに、晴香が身近に感じられる。

って言うか、殆どくっついている様な状態なんだもん。

「あ、あのォ・・・晴香・・・」

「何？孝」

「あ、あのね、お腹すいてるんだと思うけど・・・椅子に座って待っててくれる？

あの・・・油がはねたりすると、危ないから」

「う、うん・・・分かった」

「あ、あれで、ＢＧＭ弾いてくれても・・・」

「うん、分かった」

今日の晴香、素直って言うか・・・どうしたんだろ？

電子ピアノの前に座ったかと思うと、こっちを見て、ニコッとしてから弾き始めた。

弾き始めた曲に、思わず笑ってしまった。

「きゃはは・・・晴香、それって、クッキング番組の・・・」

今日は、とっても明るい晴香だ。とっても嬉しくなった。

・・・

「晴香〜、出来たよ〜」

一通り出来上ったので、晴香に声を掛ける。

海鮮風チャーハンで〜す。

「味見してみて」

「うん、あ・・・お母さんの味・・・」

「うん、しっかり、習ってますから」



「とっても、美味しいよ。腕上げたね」

美味しそうに食べている晴香を見ると、とても幸せな気分になる。

食事を作るだけで、こんなに賛辞を頂けるなんて・・・。



食べ終わった後、晴香とふたりで食器を片付けた。

最後の食器を拭き終えた晴香が言った。

「孝、先に部屋行っててくれる。お昼のお礼に、私が飲み物持って行くから」

「うん」

「あ、暖かいものがいい？冷たいものがいい？」

「あ・・・晴香の好きな方に合わせる」

「そう？」

「うん」



久しぶりだな。この部屋。

勉強机の椅子に座って、周りを見廻す。

さすが、晴香だ。きっちり片付いている。

机に向かうと、訳の分からない本が積んであった。

晴香、こんな本読んでいるんだ。

一番上の分厚い本をペラペラと捲ると、細かい活字が・・・

「あ・・・頭、ショートしそう」

本を閉じると、バランスが悪かったのか、本の山が崩れた。

「あ、いけない」

山を元の様に直そうとすると・・・晴香らしくない本が目に入った。

えっ・・・これって・・・晴香、こんな本も、見てるの？

胸がドキドキいっている。

何事もなかったかの様に、本の山を直した。

以前あった本は、片付けたって言ってた筈・・・それに・・・あれ、新しい本だ。

「孝、開けて。手がふさがってるの」

部屋の外から、晴香の声が聞こえた。

戸を開けると、晴香が飲み物を乗せたお盆を持って立っていた。

「両方、淹れて来ちゃった」

晴香は、部屋の中央においてあるテーブルにお盆を置いた。

テーブルの前の床に座ると、ベットに腰掛けた晴香が言った。

「孝、どうしたの？正座なんかしちゃって・・・ここ座りなよ」

晴香が、隣のところをポンポンと叩いて見せた。

「う、うん」

言われたままに、晴香の隣に座る。

「紅茶と、グレーププルーツジュース。変かな？」

「別に・・・そんなことは・・・」

「でも、パックのと、缶ジュースなんだよ」

そう言いながら、晴香は笑った。

考え過ぎかも。きっと、コースケが無理やり置いていったんだ。

「あの・・・代理・・・ごめんなさい。すっかり、忘れてて」

「ああ、そのこと・・・別に構わないけど」

「連絡事項があるとか・・・」

「あ、うん。来週、皆集まったところで、報告するから・・・それでね、交流会の続きで、

スポーツ交流をすることになったんだ。今度は、孝も、頑張ってね」

「へえ」

旨くいったみたいだな。まあ、晴香がミスをするなんて思えないけど・・・。

氷がカランと音を立てた。

あ、喉乾いてきた。

ジュースに手を伸ばすと、晴香が一瞬、ギクリとしたような・・・？？？

横目で、晴香を見ながら、ジュースを飲んだ。

とても冷たくて美味しい。

「あれ・・・孝・・・さっきは気づかなかったけど、髪の毛、濡れてない？」

突然、晴香が手を伸ばして髪の毛を触る。

「あ、これ・・・出掛けにシャワー浴びてきたから・・・まだ乾いてなかった？」

そう言われれば、少し湿っているかも・・・急いで出てきたから、良く乾かさなかったからだ。

「孝・・・」

「うん、晴香の言うとおりだね」

「あ、あのね、孝・・・私ね・・・」

「え」

「孝のことが・・・好きなの。誰にも渡したくないくらい好きなの」

「え・・・ホント？ホントに、晴香・・・冗談言ってる訳じゃないよね」

夢じゃないだろうか。

お昼作りに来て良かった・・・胸がジーンとしてきた。

「だからね・・・孝、いいかな・・・凄く焦ってるかもしれないって、自分でも分かっている

んだけど・・・いいよね。孝・・・」

晴香が迫ってくる。

「え？・・・あ、あの・・・」

「ダメ？」

ダ、ダメって訊かれても・・・








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