「晴香ぁ」

水都さんと原田さんが鳥居のところで手を振っている。

「ふたりとも、もう来てたんだ」

まだ、８時３０分を少し過ぎたくらいのはずだ。

「あーやが、晴香は３０分くらい前には必ず来るから、早く行こうって・・・」

「違います。真美ちゃんが、晴香さんは早めに来るから、待たせたくないねって言ったんです」

なんか、同じようなことを言っている様な気がするけど・・・

「晴香ぁ、何笑ってるのよ」

「え、なんか、そーゆー気持ちが嬉しくて・・・さ」

「よし、じゃあ、上まで競争よ。負けた人がお昼奢るのよ」

そういって、水都さんが石段を駆け上がる。

「あ、真美ちゃん、ずるい」

原田さんが水都さんの後を追う・・・これは、まずい。このままじゃ、昼食を奢る事に・・・



「ひぃ〜、ひぃ〜・・・ふたりとも・・・早い・・」

水都さんが、石段を登りきったところで座り込む。

「真美ちゃんが遅いだけよ。でも、晴香さん、早い・・・」

「運動神経だけは・・・でも、あーやも早かったよね。」

「私は、ホントに運動神経だけなんですけど・・・あ、真美ちゃん、お昼宜しくね」

「お、おじさんに・・・出してもらう」

「真美ちゃん、それ、ずるい」

はは・・、相変わらずだな、このふたりは。



水都さんのおじさん・・・つまり、この神社の神主さんになるわけど・・・に、挨拶したあと、

・・・雑談に突入してしまう。まあ、こればっかりは・・・仕方ないよね。


「晴香、あーや、これを着てね。それと鈴ね」

はあ、やっぱり、これ着るんだ・・・予想通りといえば、予想通りなんだけど・・・

「晴香さん、早く、着替えましょう」

「う、うん」

部屋の隅へ行き、着替え始める・・・お正月に振袖着せて貰ったから、大体は、わかる・・・かな？

・・・

こんなものかな？・・・で、袴穿いて・・・千早っと。

手が、勝手に動いてくれたし・・・これでいいんだよな。

着替え終わって振り向くと・・・ドキッ・・・原田さん、まだ着替え中だった。

慌てて目をそらす。

「え、晴香さん、もう、着替えちゃったんですか・・・あ、あの、ここどうすれば・・・」

う・・・女同士なんだから・・・女同士、女同士・・・自分に言い聞かせる。

「ど、どこ？」

「ここの結び方なんですけど・・・」

「ここはね・・・」

私も自己流・・・なんだろうか？

・・・

「はい。出来たよ」

「晴香さんって、なんでも出来るんですね・・・」

原田さんが、ひとつ、ため息をついた。

「あ、あの、すいません、もう、ひとつ・・・リボン結んでもらえますか？」

「う、うん、いいけど・・・」

原田さん、コートのポケットから、リボンを出してくる。

「あれ？このリボン・・・」

「え？」

「あ、後ろ向いて」

「は、はい」

原田さん、髪長くて、まっすぐで・・・こんな衣装も、よく似合うし、このリボンも・・・

檀紙巻いて、リボンっと。水引でないところが原田さんらしい。

「はい、出来たよ」

「ありがとうございます」

ちょうどそこへ水都さんが戻ってくる。

「あ、もう、着替えちゃったんだ・・・さすが、あーや、よく似合う・・・」

「うん、すごく可愛いしさ・・・」

「晴香は・・・う〜ん、だいぶ髪長くなったんだけど・・・あ、そうだ、ちょっと、待ってて

・・・あ、あーやは、準備お願い」

「うん、わかったわ」

原田さんが部屋を出て行く。水都さんも、一旦、部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。

「晴香には、これが似合うかも」

そう言いながら、髪を弄り始めた。

「晴香、髪、伸ばすの？」

「え、まあね・・・」

本当は、美容院が恥ずかしくて行けないだけなんだけど・・・

お母さんが時々切り揃えてくれるし・・・でも、いずれは行くことになるのかな・・・はあ〜

「何、ため息ついてるの？」

「え、あ、別に・・・あ、あーやの髪、綺麗だなって」

「うん、あーやも、髪には自信持ってるのよね・・・今日は、あのリボンも持って来てたし」

「ああ、転校していった友達がくれたって云う・・・大事にしてるリボンね」

「あれ？晴香、知ってるの」

「うん、前に聞いたことがある・・・」

「前？・・・はあ、そうなんだ・・・はい、これでいいよ」

髪を二つに分けて・・・紐状の長めのリボンか・・・なかなかいいかも。

「ありがと。これいいね」

「気に入ってくれた？晴香に似合ってると思う・・・そのリボンあげるよ」

「え、いいの？」

「うん・・・日高君に見せてあげなよ。惚れ直すよ」

「もう、真美は・・・」

「はい。じゃ、練習始めようか」


え？・・・先生は・・・水都さんだった。

一通り説明はしてくれたけど・・・

「はい、そこ、ちゃんと、鈴を鳴らして」

うう、いつもの水都さんとは思えないくらい厳しい・・・

原田さんも、真剣・・・

１時間もすれば、概ね、覚えた・・・何とか、本番で、踊れそうではあるけれど・・・。

それにしても・・・教えている時と、休憩中の・・・水都さんのギャップがね・・・

途中から、水都さんの従姉弟だという理君・・・中学２年生で、水都さんのお気に入りだとか

・・・が練習を見学していた。


お昼前には、ほぼ完璧に覚えたぞ。原田さんともバッチリ合ってる。

晴香にも、見せたいな・・・どうしてるかな。

やっぱり、昨日、先に帰ったことが気になってる。


練習の後、着替えが済んで・・・水都さんにこっそり聞いてみる。

「あの、先に帰ってもいいかな？」

「え？用事があるの？」

う、そういう訳では・・・そんな残念そうな顔をされると、ちょっと辛い。

「あ、晴香も忙しいのに手伝ってもらってるんだから、気にしないで」

しまった、顔に出ちゃったんだろうか？



「え、晴香さん、帰っちゃうんですか？」

「晴香は、日高君と約束があるのよ」

「え、そーゆー訳では・・・」

「でも、そのりぼんとか見せたいって思ってるんでしょ」

「う・・・」

「ほらね・・・あーやも、私で、がまんしなよ。夕食奢るからさあ」

「え〜、また、おじさんとこじゃないでしょうね」

「え、わかっちゃった？」

「真美ちゃん、ひどーい」

「あーやの面倒は、私がみるから・・・晴香は、日高君のところへ行きなよ」

「う、うん・・・あーや、今度付き合うから」

ふたりに手を振って、石段を下り始める。

ごめんね、原田さん・・・でも、晴香のことが気になってるんだ・・・ごめん。




「もう、真美ちゃんたら」

いかにも、お冠って感じで、腕を組んでいるあーや。

「怒らない、怒らない。晴香だって、忙しいのに・・・半日も、時間割いてくれたんだよ」

「それは・・・そうなんだけど・・・ああ、また、ミニコンないのかな・・・」

「晴香も、気に入られたものねぇ・・・」

「真美ちゃんだって、一緒にいると楽しいくせに・・・ああ、せっかく、お気に入りのリボンも

つけたのに・・・」

「それは、そうだけどさ・・・でも、私は、あのふたりが一緒にいるのを見てるのも、面白いと

思うけど・・・だって、時々、言っていること違わないって・・・立場逆じゃないって・・・

聞いてて、面白いのよ・・・」

「いいな・・・真美ちゃん、同じクラスなんだもの」

「大丈夫よ。次は、同じクラスよ。ちゃんと、お願いしたでしょう？」

「え、うん」

「でも、あーやのお気に入りのリボンも、晴香には通じなかったわね・・・あ、あーや、その

リボンのこと、晴香に話したんだ」

「え？」

「あ、理が・・・お昼が出来たんだ・・・行こうよ、あーや」

「え、う、うん」





ピンポーン

自分の家呼び鈴なんて・・・押すの何度目だろう・・・入れ替わって初めて来た時は、押したような

記憶があるけど・・・その他は、いつも晴香が玄関で待っててくれた・・・今日は、連絡なしに

直接来ちゃったから・・・

「あら、晴香さん」

げっ、母さん・・・

「あ、こ、こんにちわ」

「孝司は、出かけたようなんだけど・・・午前中は、風邪気味だって言って寝てたんですけど・・・」

・・・今、１時３０分か・・・ちょっと、遅かったか。

「あ、そうなんですか・・・では、失礼します・・・」

丁寧にお辞儀をする・・・晴香の印象に係わるからな・・・

ああ、それにしても、晴香何所へ行ったんだろう・・・コースケのところかな・・・

あ、まさか・・・



「お母さん、晴香来た？」

「え・・・目、目の前にいるじゃない」

「えっ・・・あっ・・・ひ、日高君、来たかな？・・・日高君」

あ、危ない・・・裕香お姉さんが傍に居たんだ・・・

「今日は、来てないわよ」

「あ・・・そうなの・・・」

違ったか・・・やっぱり、コースケのところか・・・

コースケのところだとすると、電話も掛けにくいな。今は、晴香だもんなあ・・・。

「・・・か・・・るか・・・晴香ってば」

「え、な、何？お姉ちゃん」

「晴香、おやつ作らない？」

「おやつぅ？」

「裕香、あなた、晴香に甘え過ぎですよ」

お母さんにそう言われて、裕香お姉さん、なぜか残念そうな？顔をした。

「あ、お母さん、何か材料あるかな？」

「え、材料は、あるけど・・・」

「一緒に、作らない？お母さん」

「え、ええ」

「わ〜い」

「ゆ、裕香っ」

・・・どうせ、暇だし、何かやってたほうが・・・


お母さんとお菓子を作り始める。今日は、桜餅だ。

今回のは手抜きだけど、ひな祭りまでには、ちゃんとした作り方教えてあげるつもり

だったって・・・？？？

２ヶ月くらい先だよ・・・それまでには、戻っていたいよォ・・・心の中で叫ぶ。

一応、気になってたことを確認してみる。

「お母さん・・・袴の紐の結び方だけど・・・」

・・・

ほっ、あってた・・・

「晴香、中学の時、必死になって覚えてたのよ・・・あ、演劇の役でね」

へえ、中学の時か・・・

それで、無意識のうちに出来たのか

って、お菓子も、無意識のうちにたくさん作っちゃったよ

・・・裕香お姉さんが、食べるだろう・・・太るかな？



「お姉ちゃん、出来たよ」

「晴香、ありがと」

裕香お姉さんに抱きしめられた。

「うわっ」

「晴香、元気出た？・・・お姉ちゃんに出来ることならやってあげるからね」

・・・これがしたくて、お菓子作らせたのかな？・・・裕香お姉さんも、まわりくどいことを

考えるんだな・・・でも・・・嬉しいなあ・・・。



夜、晴香に電話をする。

「あ、もしもし、白石ですけど・・・こんばんわ。あの、孝司君・・・え、寝ちゃったんですか・・・

はあ、そうですか・・・あ、いえ、また明日にでも・・・はい、それでは、おやすみなさい・・・」

風邪気味で出歩いて、悪化したって？

なんか、晴香らしくないぞ。

いきなり目の前の電話が鳴る。

「はい、白石です・・・なあ〜んだ、弥生かあ・・・あ、ごめん・・・何が・・・え、まさかあ・・・

え・・・うん・・・うん、じゃあ、おやすみ・・・」

晴香が、女の子と歩いていたって？・・・どうなってるんだろう？

明日、晴香のところへ行ってみよう。


また、日記に向かっている。三日も続くなんて、絶対思わなかったけど。

・・・誰にも言えないこの不安な気持ち・・・日記に書き留めるしか出来ない・・・

晴香、なんでっ



第３話　終了




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