朝早くに目が覚めた。

昨日も晴香の事が気になってなかなか寝つけなかった。


朝食の準備をしていても、身が入ってない云うのか・・・お母さんに話しかけられても、

うわの空って云うか・・・お母さんもわかっててるから、何も言わないんだけど。

で、今、時計と睨めっこ。

こーゆー場合、何時だったら、行ってもいいんだろう？朝早いと・・・まずいよな

特に家は、日曜はゆっくりしてるし・・・

８時じゃ、早い・・・かな？・・・う〜ん、９時なら・・・

やっぱり、電話してみよう。その方が早い。

「・・・あ、おはようございます。白石です。・・・え、あのっ、そっちへ行って

いいですか？・・・お願いします」

「どうしたの？」

お母さんが尋ねてくる。

「晴香が熱出して寝てるんだって。ちょっと、行ってくるね」

「あ、これ、持って行きなさい」

あ、昨日、ぼーっとしていて、作りすぎたやつ・・・

手際よくお母さんが包んでくれる。

「孝ちゃん、お願いね」

玄関を出ようとした時、お母さんがメモをくれた。

手の中のメモを確認しながら、家へと急ぐ。




玄関を開けたら、父さんがいた。

ちょっとびっくり。

「あ、おはようございます」

「あ、ああ、おはよう」

こっちを見て、赤い顔をしている。

父さん、照れてる場合じゃないでしょ。

とりあえず・・・

「これ、つまらないものですけど・・・あの、お邪魔してもいいですか」

「え、ああ、どうぞ」

にっこり、笑って手渡し・・・手渡した途端、風になって階段を駆け上がる。

ドアの前で、一呼吸してから、ドアをそっと、開ける。

「やっぱり、孝だった・・・足音で判ったよ」

晴香が起き上がりながら笑う。

「大丈夫なの？」

「うん、今は、楽だよ」

晴香の言葉にちょっと、ほっとする。

「あ、でも、油断しないで。ぶり返しががあるから」

１６年間付き合ってきた身体だ。その辺は、わかってる。

「そうなの？」

「うん・・・とにかく、休んでよ」

晴香が頷いて横になった。

ベッドの横の床に座る。

晴香の額に手を伸ばし、触れると、ちょっと熱い・・・やっぱり、少し熱がありそうだ。

・・・

本当は・・・晴香の顔を見るまで、訊きたい事がたくさんあったのに・・・

今は、どうでもいいや・・・とにかく、早く元気になって欲しい。



しばらくすると、晴香、寝たようだ。

やっぱり晴香が傍にいるだけで安心できる。

昨日は・・・たった１日顔を見なかっただけなのに、あの不安はなんだったんだろう・・・

やっぱり、他の女の子と歩いてたっていう事を聞いたからかな・・・

でも、何で、他の女の子と・・・あ、もしかして、飽きられたのかな？・・・

考えたくなかったけど・・・進路調査の事だって、そうかも・・・晴香、呆れてたもんなあ。

最近、マイナス面ばかり見せてるし・・・何とかしないと、ホントに『さよなら』って

言われかねないぞ。


ん、晴香の額を手で触ると・・・熱が上がってきている。

顔に赤みが差してると思ったら、やっぱりだ。

まわりを見渡すと、机の上に、洗面器とタオル・・・最近は色々あるのに・・・

母さんらしいや。

タオルを絞って、晴香の頭へ・・・乗せる。

一瞬だけ、目が開かれたが、それは再び閉じられた。

定期的にタオルを取り替える。

静かな時間だけが過ぎてゆく。

本当に静かだ・・・時計の・・・秒針が時を刻む音だけが部屋に響いて・・・



頭に手の感触を感じて、はっとする。晴香が、頭をなでていた。

いつの間にか、居眠りしてしまったらしい。

慌てて、顔を上げ、晴香の額に手を当てる。

熱は下がってるようだ。ほっとする。

「孝、疲れてるんじゃないの？家へ帰って休みなよ」

「疲れてなんかいないよ」

「でも・・・」

「あのっ、晴香、お腹空かない？」

晴香に、帰りなさいって言われる前に、話題を変えないと・・・

「え、お腹？・・・そう言われれば、少し・・・」

よかった。少し食欲が出てきてるみたいだ。

「なんか、作るよ。お母さん、メモくれたし・・・ちょっと待っててね」

「あ、ちょっと・・・」


お台所借りまーす・・・って言ってメモ見ながら、作り始めたんだけど・・・

単純に、おかゆなんだけど・・・でも、このメモよく見ると、作り方を幾つか書いて、

消してある・・・最後に決めたのが枠で囲ってある作り方・・・そんな感じだ。

最後の作り方って言うのが、一番シンプル。

メモにしたがって、作り始める。

お茶碗とか、お鍋とか、在り処知ってるから、テキパキやってるように見えるらしい。

母さんが目を丸くして横で見ている。

いやあ、この辺、私も図太くなってきたなあ・・・なんて思いながら、作ってる。



晴香に、茶碗とお箸を渡す。

食べさせてあげようかって言ったら、睨まれた・・・残念。

「あ・・・懐かしい味・・・」

晴香が呟く。

晴香・・・

考えてみれば、私には味方？みたいなお母さんがいるけど、そりゃあ、最初はね・・・

遊ばれてたみたいなところはあったけどさ・・・晴香には、誰もいない・・・

いっその事、正体ばらして・・・駄目だよな・・・家はそんなに柔軟な考え方出来そうな

人間いないよ・・・精神病院までは行かなくても、逢わせて貰えなくなりそうだ・・・

やっぱり、晴香は私が守らないと・・・


「おいしかったよ。孝」

ちゃんと、食べてくれて、ちょっと、安心。

「うん、よかった」

「孝、そろそろ帰った方が・・・」

「あのっ、晴香、汗掻いてない？」

「え・・・少し・・・」

すぐに、帰そうとするんだから・・・

「じゃ、着替えようよ」

「え、いいよ」

「じゃ、上着脱いで。汗拭くから」

「違う。嫌だって言ってるの」

「え〜、何で・・・」

「何でって・・・恥ずかしいじゃない」

「え〜、元々、私の身体だよ。それに３日前は・・・」

「わかったわよ。着替えるから・・・その代わり、ちゃんと、帰るのよ」

「え〜っ」

「だって・・・孝には、うつしたくないもの・・・」

う、晴香に、こう言われちゃうと・・・

「わかった・・・晴香も安静にしててね」


着替えを出してっと・・・タオルもね・・・ある場所は、わかってるから・・・

晴香の身体を拭きながら・・・ふと、思う。

女の子と歩いてたって言うのは、きっと木下さんの見間違いだ・・・

「あ、晴香、言っておくけど・・・この逆はなしだからね」

「え？逆？」

晴香が着替えをしながら考えている。

「孝、それって、私が孝の身体を拭くってこと？」

「うん」

「それずるい」

「なんとでも、言ってなさい・・・晴香風に言ってみました・・・なんてね」

「孝っ・・・その時は、引ん剥いてやるんだから、覚悟してなさい」

うん、これだけ元気になれば大丈夫だ。

「はいはい・・・じゃあ、約束だから、今日は帰るね」

そう言って手を振ると、晴香が頷いた。

器を持って晴香の部屋から退去・・・

下へ行くと、お礼を言われた・・・何のことかと思ったら、作りすぎの・・・

すかさず、明日も来てもいいですかって訊いたら、ＯＫしてくれた・・・ラッキー



家へ帰ると、お母さんが飛んできた。

「どうだった。孝ちゃん」

「うん、熱も下がって、だいぶ元気になったよ。お母さんのおかゆ作ったら、

晴香、すごく喜んでた」

「あ、ありがとう、孝ちゃん」

やっぱり、心配してたんだ・・・

「あ、明日も、行ってみるけど・・・明日は、何作ればいいかな」

「え、あ、そうね・・・」

この後、あれがいいかな、これがいいかなって・・・

よく考えたら、お昼食べていなかった。

じゃあ、おやつ兼ねてって事で、作ってたら・・・裕香お姉さんが匂いに釣られて

出て来るし・・・お父さんも騒ぎを聞きつけて出て来るし・・・

結局、裕香お姉さんの要求に合わせていたら、作りすぎちゃった・・・

また、持って行こうかなあ・・・



翌日・・・前の日と同様、ドアをそっと開ける。

「また、来たの？」

「うん、昨日は、ちゃんと、帰ったでしょう。昨日はね」

「・・・だから、うつらないようにって・・・今日も来たら意味ないじゃないの・・・」

晴香ったら、がっくりきてる。まあ、そんなのは、無視して・・・

「晴香、汗掻いてなあ〜い？」

「うう、孝ったら・・・汗なんか掻いてない。帰れ！」

「う、晴香、冷たいっ・・・寒い中、歩いてきたのに・・・身体も温まっていないのに、

今、帰ったら、風邪ひいちゃうよ」

「もう、孝・・・わかったわよ。身体温まるまでよ」

「う、うん」

・・・まあ、いいか、なかなか身体温まらないことにすれば・・・

「で、晴香、何してたの？」

「え」

晴香が、なにかの本を隠そうとしている・・・もしかして・・・いい本？

「晴香、それ、なんの本？」

「え、見たいの・・・頭痛くならない？」

なに牽制してるんだろう・・・そんなに見せたくないの？

「うん、見てみたい」

そう言って、手を差し出す。

「う・・・じゃあ、はい」

手にズシッと乗せられたのは・・・活字がぎっしり・・・これ、何の本だ・・・心理・・・

うわーっ、よくわからない・・・

「あ、頭痛い・・・」

「だから、言ったのに・・・」

「で、でも・・・この本の値段・・・五千八・・・」

「お小遣いで買ったのよ」

お小遣い？・・・そんなに余裕あるの・・・ん！

本棚見ると、新しい参考書が・・・お正月、そんなの気がつかなかったぞ。

あ、お年玉か？・・・確かに、お母さんに貰ってるのは見たけど・・・私と同額だって・・・

他から貰える当てなんて・・・じゃあ、何処から・・・

「お小遣いなんて・・・」

「そうか、孝に言ってなかったっけ・・・孝が貰ってた時の倍になったって言うのは、

知ってるよね」

「う、うん・・・」

成績悪くて、半額になったのを晴香が、頑張って、元の倍にしたのは聞いたけど・・・

「それで、期末試験でトップになったら５倍にしてねって・・・冗談だと思われてたらしくて

笑いながらＯＫしてくれたんだけど・・・結局は、孝に負けちゃったんだけど・・・

結果見て、半分の２.５倍くれるってことになったの」

２.５倍？・・・晴香、めちゃくちゃ、お金持ち・・・

「あ、参考書とかも、その内に入るんだからね。孝の場合は別枠だったでしょう」

う、でも、元の金額だったら、参考書買うのも難しいと思わない？

・・・あれ？そう言えば・・・最近、お小遣いって、あまり使わないなあ・・・

晴香に、お好み焼き奢ったのと、晴香へのプレゼントくらい・・・かな？

服とかは、お母さん出してくれるし・・・参考書は、晴香のがあるし・・・

マンガとか、ゲーム買わなくなったら、全然、使わなくなったな・・・

これだったら、貯まる一方だ。

晴香が、じ〜っと、こっちを見ている。

「な、何？晴香」

「身体、温まった？」

「え、ま、まだ・・・」

「ふ〜ん・・・あ、昨日、桜餅食べたよ。孝が作ったんだって」

「ちょっと、甘かったでしょう」

「うん、でも、あっさりしてたから」

晴香専用に作った訳じゃないから・・・でも、そう言って貰えると、嬉しい。

「ホント・・・実は、今日もあったりして」

「へえ」

「実は、裕香お姉さんに言われるまま作ってたら、作りすぎちゃって・・・」

「裕香、相変わらずなんだ・・・あ、あのさ、孝・・・孝は、なにか用意した？」

「え？」

「あ、別に、誕生日って訳じゃないけど・・・成人式・・・でしょ・・・何か記念に

なるよーな・・・」

「あ〜あ、すっかっり忘れてた・・・晴香のことで頭一杯で・・・」

どーしよー・・・

「あ、実はさ、また、マフラーなんだけど・・・作ってさ・・・今の私が渡すのも変だし・・・

孝、ちょこっと、刺繍してさあ・・・ふたりでって事に・・・駄目かな」

「えっ、いいの？」

「ホントは、孝からって事でもいいんだけど・・・網目の出来がよくなくて・・・」

晴香が、おずおずとマフラーを出してくる。

まさか・・・

「晴香、これ作ってて、風邪ひいたの？」

「う・・・そ、そんな訳では・・・」

よし、晴香の為にも、カッコよく仕上げなくっちゃ・・・

「で、でも、この色に刺繍って・・・難しくない？」

黒？紫？・・・これ何色？

「だって、裕香・・・それなりに美人だから・・・ちょっとしたものじゃ、負けちゃうよ」

た、確かに・・・でも”それなりに”は余分かも・・・精神年齢を・・・あ、コホン

「で、これなんだけど・・・」

晴香が雑誌を出してくる。

「これ？これも・・・難しそうだけど・・・」

いつの間にか、毛糸と網棒まで・・・

「孝なら、大丈夫よね・・・」

そ、そうなんですか・・・やってみないと・・・

作業を始めたけど・・・結構難しいぞ・・・それに、晴香にじ〜っと見つめられてるし・・・

雑誌を見ながらも・・・

・・・

「こ、こんなもんで、どうかな？」

「さすが、孝・・・すごいな」

晴香が刺繍した部分を広げて、感心しながら見ている。

「じゃあ、これ持って帰ってね」

な、なんだ・・・数時間も経つのに、今更・・・あ

「そうだ、晴香のお昼作らせて貰うんだった」

「え」

「ちょっと、待ってて。晴香」

「あ、孝・・・」




「お待たせーっ」

おかゆさんじゃなくって・・・消化の良さそうなもの選んだんだよ。

「孝、何でもできるんだね・・・孝の母さんも褒めてた」

「違う違う、お母さんのメニューの通りに作ってるだけだよ・・・でも、どう？」

「うん、おいしい・・・家の味付けだね」

「よかった」

「でも、年末に食べた鍋焼きうどんも、もう一度食べてみたいな」

「あ、ユーキのところで食べた・・・うん、あの土鍋なんだけど、あれ、景品だったんだ。

確か４等だったかな・・・ユーキのおばさんに券貰って、ユーキとふたりで引きに

行ったんだ。特賞１本と４等が２本残ってて、どっちが先に引くかで揉めてたら、

後から来た人が先に引いてさ、特賞が出ちゃって、その後で、ふたりが引いたら、

４等が２回続けて出て、で、おじさんが、それで最後だよって言ったんだ。

・・・悔しいより、可笑しくって・・・ユーキとふたりで笑ってた。

皆が集まった時にでも使おうよって・・・でも、ホントにとってあるとは思わなかったけど」

「それで・・・覚えていたのかって、清水君が聞いてきたから」

「え、そうなの？・・・確か、中学２年の冬のことだったと思うけど・・・」

「ふ〜ん、中学２年の孝か・・・可愛かったんだろうなあ・・・」

「ちょ、ちょっとォ」

「あ、そうか・・・アルバムがあるはず。退屈しのぎに、見ていようっと」

「う、そ、それは・・・」

「あ、私のは、この間隠してきたからね」

「は、晴香、性格悪い」

「なんとでも言ってなさい・・・昨日の仇討ちだからね」

ま、負けた・・・




「ただいまあ」

玄関の戸を開けると、裕香お姉さんが出てきた。着物着ている。

お正月に見た振袖だ。

やっぱり、綺麗・・・朝は、急いでて、見なかったもんなあ・・・

「よかったあ」

裕香お姉さん、嬉しそうなんですけど・・・

でも、よかった？って・・・何？

「あ、あの、お母さんは？」

「出かけてるみたい」

お出かけ？ああ、お昼御飯か

「今、お昼用意するね」

「お昼もだけど・・・晴香、脱がせて」

「はい？」

「着物よ」

「え、で、でも・・・」

「晴香は、お姉ちゃんが、餓死してもいいのね」

「え、そ、そんな・・・」

「じゃあ、脱がせて」

うう・・・そう言えば、お正月も、晴香が・・・

「・・・わかった」

裕香お姉さんの部屋・・・実は、晴香の隣なんだけど・・・入るのは初めて・・・

「おじゃましまーす」

「晴香、何言ってるの」

「ちょっと、挨拶を・・・」

「変なの」

・・・でも、晴香の部屋と違って・・・う〜ん、女性の部屋って感じが・・・

晴香の部屋にあったロフトはないけど、ベランダが付いているんだ・・・へえ〜

「何、キョロキョロしてるの？早く、脱がせて」

「う、うん」

順番に、着物を脱がせていく。

難しそうな本も置いてあるし・・・晴香といい、裕香お姉さんといい、

頭痛くならないのかな？

ちょっとしたハプニングがあったんだけど、なんとか着替えが終わって・・・

お昼を作った。

でも、あれ、何時、渡そうか・・・プレゼント。タ、タイミングが・・・弱った。


夕食の時、お父さん、お母さんが記念にって・・・プレゼントを渡し始めた。

よ、よかった、チャンスだ。

「あの、お姉ちゃん・・・これ、日高君と私から」

「え？晴香たちも、くれるの？」

「たいした物じゃないけど」

「やったあ、手編みのマフラーだ」

？？？


後日、晴香に話たら、やっぱりねえって・・・私たちが、誕生日に交換した

マフラー見ていて、気になってたらしい。

晴香、しっかりお姉さんのことも見てるんだ・・・姉妹っていいなあって思ってしまった。



第４話　終了




★　　NOVEL　TOP　　★　　BACK　　★　　NEXT　　★