「孝、これは?」

「ん、7」

「じゃあ、これは?」

「・・・う、わかんない」

「・・・」

う、あ、危なかった・・・また、晴香に叩かれるところだった。パシッって。

試験終わるまで、何もなかったのに・・・

最初は何のことだか解らなかったんだけど・・・

『忘れてないの』って言われて、思い出したんだ・・・

こうやって手話で聞いてくるの、今日3回目だよ。

「晴香、もう、やめてよ。逆効果だと思うけど・・・」

「まだ忘れてないのっ」

「いえ、忘れてます・・・でも、”晴香”としては知ってるんでしょう」

「それはそうだけど・・・”孝”としては、忘れなさい」

そんなメチャクチャな・・・

「あ、じ、じゃあ・・・は、晴香のはどうすれば?」

「え・・・」

「忘れなきゃ・・・ダメなんだよね」

「忘れちゃったら、買い物に行けないじゃない・・・」

「それは、そうだけど・・・それも”晴香”として・・・だよね?私としては・・・」

「ごちゃごちゃ言わないの・・・とにかく、他の子のは忘れなさい」

へっ・・・他の子・・・あれ、もしかすると・・・そうなのかも・・・

「はいっ、すっかり、忘れました」

顔の筋肉が緩んじゃうよォ・・・


「何のことか良く判らないけど・・・あなたたちって、ホントに面白いわね。

見ていて、退屈しないですむわ」

「お、お母さん、立ち聞き・・・」

「何言ってるの。最初から、ここに座っていたわよ」

「う・・・じゃあ・・・座り聞き・・・」

流石の晴香もお母さんには敵わない・・・みたい・・・

「本にしたら、面白いかもしれない・・・」

「「お、お母さんっ」」

「冗談よ・・・で、済ませられるかも・・・」

「「お、お母さんっ」」

お母さんって、かなり危険なんだって事がわかった・・・

最近、見られていたのは、観察されてたってことだったのか・・・

注意しないと・・・





「孝、先に行くわよ」

「ちょっと、晴香、待ってよ」

放課後、ちょっと用事があって、晴香を待たせちゃったんだ。

急いで鞄に教科書を詰め込み、廊下へ出ると、晴香が廊下の真ん中で誰かと話している。

えっ、大野木さん?

急いで晴香に近寄ると、大野木さんがこっちを見て笑うと、ふたりの間をすり抜けて行った。

「晴香、どうしたの?」

「・・・」


道々、何回か訊いてみたけど・・・晴香、全然答えてくれない。


雨?

慌てて、近くにあったコンビニの軒下へ駆け込む。

お天気予報は雨だったから、傘持ってきてるけど・・・

朝は、あんなにいい天気だったのになあ・・・青空が見えていて・・・。

晴香も、傘指す準備を始めた・・・また、傘の分、距離が離れちゃうじゃないか・・・

そんなことを思っていると、コンビニから・・・小さな女の子。

ん?少し恨めしそうに、空を睨んでる。

あ、傘持ってきていないんだ・・・

一人でお使いに来たのかな・・・

「晴香、今日も、家へ寄ってくよね」

「うん」

「あの、この傘、貸してあげてもいいかな?・・・あの子に」

「孝は、貸してあげたいんでしょう」

やっぱり、晴香も、そう思っているんだよね。

しゃがみ込んで、女の子に傘を持たせる。

「ここのコンビにでも預けておいてくれればいいからね」

「うん、お姉ちゃん、どうもありがとう」

手を振って見送った後、晴香に問いかける。

「晴香、入れてってくれるよね」

「なんで」

「え〜〜」

何?入れてくれないの?

「孝は、後先のことを考えないからダメなのよ」

ええっ・・・晴香に家に寄るか確認したつもりだったのに・・・。

「でなければ、甘えているか・・・ね」

う、それは・・・充分にあるけど・・・

「入れていってくれないの?」

「まさか・・・ちゃんと入れてあげるけど・・・狭いわよ」

???

晴香が、傘を指して、肩に腕を廻してくる。

何?、晴香って、こんなに大胆だった?

あれ?傘が・・・小さい・・・ちょっと大き目の折畳み傘だったはずのに・・・。

「晴香、傘、どうしたの?」

「傘、小さいのにしたのよ」

「そうなの?」

そうか、そうだったのか・・・だから、晴香が・・・

でも、ちょっと、ラッキーだったって言うか・・・えへっ♪





パシッ。

「甘えてないで、ちゃんとやりなさい」

ひえっ、晴香、厳しい・・・ちょっとくらい手伝ってよォ

生徒会の仕事、完璧に忘れてた・・・。

「ホント、ぎりぎりまで何もしないんだから・・・」

そ、そんな訳では・・・ちょっと、忘れてただけですって・・・。

口に出すと、倍になって返ってくるから・・・強く反論できないんだよ。

「よく考えてみると、異様な風景よね・・・最近じゃ、そう思わないけど・・・」

水都さん?

「半年程前は、逆だったのにね・・・日高君が、晴香に怒られて・・・」

う・・・つまり、以前と変わっていないってことか・・・

「晴香・・・よかったわね。スキンシップしてもらって・・・あーやが見たら羨ましがるわよ」

よかった?叩かれて?・・・それに、原田さんって叩かれて喜ぶの?

それって、変態っていうんじゃ・・・

あ、それより・・・

「何かあった?」

「え、あ、うん、今、忙しそうだから後にするね」

あ・・・水都さん、行っちゃった・・・

ちぇっ、折角、休憩できると思ったのにぃ・・・

「ほら、早くやっちゃいなさいよ」

「うう、わかってるぅ・・・・」

・・・

いやあ、何とか間に合った・・・よかったぁぁ・・・

でも、晴香、最後まで手伝ってくれないんだもん・・・

そりゃぁ、ずっと、傍についていてくれたけどさあ・・・

・・・その方が、落ち着いて出来たって言えば・・・そうなんだけど・・・

「孝、何か食べて行く?」

「え、奢ってくれるの?」

「うん」

「行く。もちろん行く」


こんな風に、晴香に操られて?・・・卒業式もなんとか無事終わったし・・・


ちょっと、のんびりしたいよ・・・

でも、晴香の誕生日まで、1週間くらいしかないし・・・もうひと頑張りしなくちゃ。


晴香の誕生日には、プレゼント渡して、お料理食べてもらって・・・喜んでくれるかなあ

晴香の笑顔が一番嬉しいんだけど・・・


あ、その前に、ホワイトデーっていうのもあったっけ・・・



14日。

「あれ?孝、お母さんは?」

「うん、晴香が来るって言ったら、買い物に行ったよ」

「へえ・・・いないんだ」

「うん。晴香が、キャンディー持って来てくれるはずだから、お返しに美味しいものでも

作ろうって・・・夕飯、食べてってね。私もお手伝いするから」

「え゛・・・いつ帰って来るって?」

「ん、3時ぐらいには、戻るって言ってたけど、なにか、用事あった?」

「別に、用事はないけど・・・1時間くらいか・・・」

変な晴香・・・。

「あ、実は・・・そこまで期待されているとは思っていなかったから・・・」

え?・・・晴香、スーパーの袋から何か・・・

え?何?100円ショップ・・・

「こっちの方が、色々入ってるし、中味だって・・・今から、コンビニへ走ろうかな」


なんとなくわかるなあ・・・並んでいる商品と値段を見ながら、怒っている晴香の姿が・・・

想像すると、なんとなく可笑しい・・・


「何が、可笑しいのっ」

「あ、べ、別に、その・・・晴香の言うこともわかるし・・・でも、お母さんの分くらいは

・・・あ、そうだ・・・晴香、ちょっと、待っててね」

「え」


二階の部屋へ戻って、箱を取り出して、階段を駆け下りる。


「これ・・・水都さんと原田さんから貰ったの・・・綺麗な紙とか、紐とか集めるのが

趣味なんだって」

「へえ・・・あ、これ可愛い」

「じゃあ、これに、キャンディー包んで・・・紐は・・・この金色のでいいかな・・・」

「う、うん」

「こうやって、縛って・・・厚めの透明なフィルムを箱になるように切って・・・」

「う、うん」

「折り曲げて・・・箱にして・・・キャンディーの包みを入れて、テープで留めれば

・・・はい、出来上がり」

「孝、すごい・・・売ってるのみたい」

「お母さんには、これを小さな紙袋に入れて渡せばいいよね」

「う、うん・・・孝って、頼りになる・・・」

「え、そ、そうかな・・・」

晴香に、そんな風に言われると・・・


「ただいまー」

え、お母さん?もう、帰ってきたんですか?

時計を見ると・・・30分も早い。

慌てて、周りを片付ける。


「へええ・・・晴香もすっかり男の子ねえ・・・これ、いくらしたの?千円くらい?

・・・100円の板チョコが千円か・・・ふ〜ん、10倍か・・・お父さんにも期待

出来るかな」

お母さん、100円の板チョコだったんですか・・・

それより、お父さん・・・可哀相・・・。


「ただいまー」

あれ?裕香お姉さん。

「お帰り、裕香。早かったわね」

「これから、どこかへ行こうって言ってたけど、面倒臭くって、お返しだけ取って来た・・・

あれー、お母さんも、お返し貰ったんだ・・・」

「裕香も?」

「義理でもいいから、くれって言うから100円の板チョコ渡したら・・・これを・・・」

裕香お姉さんも、100円の板チョコですかあ・・・

お姉さん、鞄から、包み取り出してる・・・

「中に3個しか入ってないのよ・・・コンビニで見てきたら、千円だって・・・

お母さんのは、5個も入ってるんだ・・・私のより、高そう・・・

これなら、100円ショップの方が楽しめるのに・・・・」

包装代が高いんだよね・・・中味は、たいした事ないけど・・・でも、100円ショップか

・・・そうか、こんな姉妹なのか・・・チラッと、晴香を見たら・・・睨まれた・・・

げっ、考えてることバレてる・・・。

「裕香・・・お姉さん・・・これ・・・」

晴香が、キャンディーの袋を出している。

晴香、裕香お姉さんにも貰っていたんですか・・・いつの間に・・・

他の人にあげたら、ぶっ飛ばすとか言いながら・・・

「そう、これよ、これ・・・色々入っててお得・・・さすが、日高君」

晴香、裕香の好みは把握してるからねって耳打ちしてきた。

「晴香はどんなの貰ったの」

「え、私?・・・」

まだ、貰ってないけど・・・100円ショップのキャンディー・・・だろうな。

「あ、まだ、あげてないんです・・・秘密です」

えっ・・・そうなの?

晴香、何くれるんだろう・・・期待しちゃうなあ。

「あ、部屋行かない?そこで渡すから・・・」

「え、う、うん、いいけど・・・」


「晴香、何くれるの?」

わくわくするなあ。

「え〜、期待しないでよ」

期待しますって・・・バレンタインのお返しなんて、初めてだし。

晴香が、取り出したのって・・・

「へっ、それって、さっき、お母さんの・・・」

「孝、口あけて」

・・・

「はい、食べさせてあげましたぁ」

「・・・晴香・・・ひどい・・・」

「だって、お母さんのと兼用なんて言えなくて・・・」

晴香があんな事言うから、すっごく期待したのにぃ・・・

「ふん・・・孝・・・これ・・・おいしい・・・じゃない・・・」

もう・・・自分で食べてるしぃ

「孝・・・そんなに・・・怒らない・・・でよ」

キャンディー舐めながら言われても・・・

「孝は・・・何が・・・欲しかったの」

え・・・う、コンビニのキャンディーやマシュマロが欲しいわけじゃない。

マシュマロって、ちょっと苦手かな・・・って脱線してる場合じゃないか。

・・・やっぱり、一番好きだよ・・とか、一言つけて渡してくれれば・・・

何でも良かったんだ・・・って、うわあ、何か、顔が熱くなってきた・・・

「何、赤い顔してるの?・・・100円の板チョコでここまで期待されるとは思っていなかったからね」

「う〜〜、私は、ちゃんと加工しましたっ」

「孝はね・・・でも、材料は同じでしょう・・・そこで、孝には特別に・・・」

「な、何?」

「特別に、”お願い券”を発行することにしました」

「お願い券?」

「1回だけ、お願いを聞いてあげるの」

「なんか、それって、幼稚園の子が作る肩たたき券とか、お使い券とかに似てない?」

「あたり〜・・・でもね、お願い、仕事手伝って・・・とか、お願い、勉強教えて・・・とか、何でも

使えるんだよ」

晴香、苦し紛れに変な事考え出したな・・・ふ〜む、じゃあ、お願い、デートしてとか、

お願い、どこか遊びに連れてって、とかでもいいんだ・・・これは、使えるかも・・・

「孝、機嫌直ったみたいね・・・どんなお願いする?」

「う、うん、ちょっと、考えさせて」

「はい、よ〜く考えてね。1度限りだからね」

「う、うん」

「じゃあ、下へ行きましょうか」


この日は、何も思わずに過したんだけど・・・

後でよーく考えると、これって、良かったのか悪かったのか・・・

普通に頼んでいたことも、それって、例のお願い?って言われて、

簡単なお願いも出来なくなっちゃた・・・

晴香の策略に、はまっちゃたんだろうか・・・

晴香に、遊ばれてるようで、何か悔しいな・・・。





第8話 終了




★  NOVEL TOP  ★  BACK  ★  NEXT  ★ 

第8話
孝司と晴香シリーズ