ふぁ〜あ・・・

あ、ごめんなさい。つい、欠伸が・・・。

例のお願い券はまだ使い先が決まらず、あれこれ悩んでいるんだ。

最近、晴香も警戒して、簡単なことに使わせようとしているみたいだ。

でも、ここまで我慢したんだから、とっておきの時に使わないと・・・。


「孝、お願い決まった？」

晴香が前の席の椅子に腰掛け聞いてきた。

「まだだよ」

「う〜ん、失敗したかな・・・なんか、嫌な予感がする」

「なんとでも言ってなさい・・・これは、切り札なんだから・・・」

「うわ〜あ、やっぱり・・・変なこと言うんじゃなかった」

「もう、遅いよ」

「うう・・・」

晴香ったら、机にうつ伏して・・・ちょっと、オーバーアクションじゃない？

「ところで・・・どうしたの？」

「あ、孝、なんか疲れてるみたいだからどうしたのかなと思って」

「別に・・・」

「そうかな・・・休み時間は静かにしてるし、欠伸もしてるみたいだし

・・・風邪でもひいたの？」

「え、違うけど・・・」

「じゃあ、陽気のせい？」

なんか、そんな言われ方すると・・・確かに、最近お天気いいけど・・・

「ああ、別に、悪いとこがなければ・・・時々、フラっと居なくなったりするから・・・」

ふーん、聴きたかったのは、そっちのことか・・・でも、内緒だからね。

「え、そうかな？そんなことないと思うけど」

「そ、そう？」

「うん」

もうすぐ、晴香の誕生日だし・・・もう少し、頑張らないと。

そうだ、晴香は、木下さんみたいに友達呼んだりしてたんだろうか？

この間の友達か・・・

う〜ん、顔だけは、何とか覚えたけど、結局、名前、覚えられなかったし・・・

そんなことが発覚したら、まずいし・・・

今度は、覚えてないの？パシッ・・・って事になりそうだし・・・

それとなく、探りを入れてみるか。

「晴香・・・晴香は、誕生日はどうしてた？」

「誕生日って？」

「ほら、木下さんみたいに、友達呼んだりとか・・・」

「ああ、あれは、本当に雛祭りも兼ねてたんだよ」

「え、そうだったの？」

晴香が頷いている。

「じゃあ、晴香の誕生日は？」

「普通よ。きわめて、普通」

だから、普通って？・・・晴香の普通って普通でない事が多いぞ。

ケーキ買ってきて、蝋燭立てて・・・皆で、歌、歌って・・・吹き消して・・・

「そんなことしてないわよ」

「はい？」

「今、ケーキに蝋燭立ててって、想像してたでしょう」

「う」

何で分かったんだろう・・・

「普通だって、言ってるでしょう・・・しいて言えば、『おめでとう』って言葉と

料理がちょっと、豪勢になるくらいよ」

はあ・・・そうなのか

「孝のところは、ケーキに蝋燭だったかしら」

「う、違う。あれは、クリスマスケーキ。”Merry　X'mas”って書いてあったでしょう

”Happy　Birthday"とは書いてないって」

「あ、なるほど・・・」

「それに、1日違うでしょう」

「それも、そうか・・・」

あれ？なんで、こんなにムキになっちゃたんだろう・・・

いつも、クリスマスに喰われてた悔しさかも・・・

それにしても、なんか、脱線しちゃったような・・・

「そんなことより、晴香、ちゃんと家へ来てよ。・・・御馳走作って、待ってるから」

「何言ってるの。主役はそっちじゃない」

「いいえ、主役は晴香です」

「だから・・・」

「いいえ、体より心が大事なんです」

「はい、はい。分かりました。孝、一度言い始めると・・・ホントに頑固なんだから」

頑固？そんなこと言われたの初めてだぞ。のんきとか、優柔不断とか、色々言われたけど・・・

頑固なのは、晴香の方じゃ・・・

「違う」

「えっ」

「頑固なのは、孝の方・・・孝の考えてること、最近良く判るんだから」

え〜っ、心を読まれちゃってるってこと・・・ヤバイ・・・

なんて思ってたら、晴香がボソボソと呟いた。

「そうなると・・・なんか、用意しないと・・・お願い券じゃ、ダメだろうし・・・」

なんだって？・・・お願い券？・・・晴香、乱発するつもり？

「あ、き、聞こえた？ははは・・・冗談だって。孝、そんな怖い顔しないで」

今のは、マジだったな・・・晴香の考えてることも判るようになって来たぞ。

「そろそろ、先生が・・・席へ戻るね」

「・・・」

晴香が、立ち上がって、自分の席へ戻っていく。

逃げたな・・・晴香。

それにしても、眠いなあ・・・

ふぁ〜っ・・・あ、ごめんなさい。




鞄を掴んで、昇降口へ走っていくと、苛ついた顔の晴香が、立っていた。

「孝、遅いっ」

「ごめん。ちょっと、用事が出来て・・・」

「最近、毎日じゃない・・・何してるの？」

「う、うん、ちょっとね・・・で、でも、理想的な男の子だったら・・・」

「待たせるにも限度があるでしょう。それに、孝相手に、理想を演じても・・・」

う・・・そりゃあ・・・私にまで、仮面被ってたら、疲れるって言うか・・・

素顔のままでいて欲しいっていうか・・・晴香、普段は、きっちり、切り替えてるから

・・・それに引き換え、私は、最近地出しまくりだから、晴香に怒られてばかり。

「それで、誰と何してるの？」

「はい？」

やっぱり・・・探りを入れて来てるんだ・・・。

「晴香、電車の時間」

「えっ」

晴香の手を引っ張り、駅に向かって駆け出す。

これで、誤魔化せたかなあ・・・



２１日。

晴香が、やって来た。

「お邪魔しまーす。孝、ケーキ買ってきたからね」

「あ、ありがとう」

その気持ちが大事なんですよ。

「晴香、ちょっと、部屋へ来て」

「え」

晴香の喜んでくれる顔を想像しながら、階段を上がり部屋の戸を開ける。

「どうぞ」

「うん」

晴香がテーブルの前に座ったのを見て、紙袋を渡した。

「晴香、これ、プレゼント」

袋を開けた晴香が、ちょっと、驚きの混じった声で言う。

「へ〜え、ベストか・・・こんなものまで出来るようになったんだ」

「これだったら、もうしばらく着ていても変じゃないでしょう。ちょっと、着てみて」

「あ、うん」

晴香が、着替えてる。

うん、ぴったりだね。良かったぁ。

「ＫＨ・・・孝　日高か・・・胸のところにイニシャルが入っているんだ・・・」

「へへへ・・・実は、ちょっと、違うんだ」

「え？」

「よ〜〜く、見てね」

「え・・・ん？」

晴香、漸く気がついたみたい。

「な、なんだ・・・ＫとＨの間に＆が入っている・・・孝＆晴香？」

「同じような色探すのに苦労したんだよ」

「こんな、恥ずかしいものを着ろって・・・」

「そんなこと言わないでさあ」

「孝なら着るの？」

「う・・・でも、1週間、夜中も頑張ったんだよ。分からない所は手芸部に聞きに行ったりして」

「あ、コースケの言っていた男の人って・・・手芸部の・・・」

ピン

「晴香、絶対、着てくれるよね」

思わず、笑顔。

「う・・・」


「はるか〜、電話よ」

水都さんから電話があった。

『日高君も来てるんでしょう・・・行ってもいいかなあ』

なんて、感じで・・・。


時間通りに水都さん・・・と原田さんも・・・やってきた？

「日高君、晴香、ごめんなさい」

いきなりなんなんだ。

温泉？・・・何のことだろう？

「だから、結婚式手伝ってくれたら、温泉にご招待って・・・」

「え、あれ・・・ノリで言ったんじゃなかったの？知ってた？」

晴香に、問いかけると、思いっきり左右に首を振ってる。

「う、信じられてなかったのか・・・おじさんと理の都合が悪くなって・・・

ちゃんとした保護者がいればなあ・・・」

水都さんのおばさんの親戚が小さな旅館やってるってことなんだけど・・・

さすがに保護者なしでは困るって言われたらしい。

水都さんと原田さん、かなり楽しみにしていたみたいだ・・・保護者ねえ

う〜ん

「は・る・か」

ん？

「なーに？裕香お姉ちゃん」

「わ・た・し」

？？？

あ、も、もしかして・・・

「お姉ちゃんが保護者を？」

「そうよ」

た、確かに成人・・・ではあるけど・・・

「何か、御不満でも」

「そんなことはないけど・・・」

水都さんの方を見ると、ちょっと困った顔をしている。

「私を連れて行けば、交通費もタダだよ」

え、裕香お姉さん、車運転できたの？・・・半年くらいだけど・・・見たことない。

「え、タダ・・・で、でも、部屋が・・・」

水都さんが・・・タダって言葉に反応したようなんだけど・・・

元々は、おじさんと理君と日高君で一部屋、水都さんと原田さんと私で一部屋の

予定だったみたい。

冗談じゃないぞ。そんな話、却下。・・・でも、声に出して言えないとこが・・・

「あ、俺、行かないから・・・」

晴香が、突然、言い出した。気を廻したみたい・・・

冗談！・・・晴香が一緒ならって思ってたのに・・・私だって、外観は女だけど、

中身は男なんですからね・・・一人でなんて心細い・・・それに、晴香と会えないなんて

「ひ、日高君が行かないなら私も行かない」

「で、でも・・・」

「日高君と晴香のお手伝いのお礼なんだよ。ふたりが行かないという訳には・・・」

水都さんも困った様子・・・。

「で、でも・・・」

晴香、まだ、ごねている・・・し、仕方がない。

「お願い券、行使っ」

「「「えっ、お願い券？」」」

皆が叫ぶ。

「な、なんでもないよ」

慌てて、晴香が否定している。

まあ、それにしても、何も解決していないんだから・・・んん、どうしようか・・・


奥の部屋から、お母さんが出てくる。

「もう、私はレポーターや記者じゃないんだからね」

なんか・・・お母さん、機嫌が悪そう・・・

「あら、いらっしゃい・・・皆揃ってるのね」

優しそうなお母さんに変わってる。

う、この変り身の速さ・・・晴香と似ている・・・

晴香を見ると、孝の考えてる事ぐらいお見通しよって顔に書いてある。

ぞくっ。


「どうかしたんですか？」

水都さん、ちょっと気になったのか・・・お母さんに尋ねている。

「温泉のレポート書いてくれって・・・今から色々調べて、予約していたら、

間に合わないじゃない・・・」

「あの、家のおばさん所じゃダメですか」

「どういうことかしら？」

水都さんが、詳しく説明している。

・・・

「私が、晴香と日高君を引き受けるわ・・・日高君は、息子みたいなものだから」

って・・・晴香を、後ろから抱きしめてる。

「「あ〜〜」」

私の体・・・思わず叫んじゃったけど・・・でも、なんで、裕香お姉さんまで？



晴香が持ってきてくれた誕生日のケーキを切りながら・・・なんか、嬉しいぞ。

自分のケーキみたいな気がする。ホントは、晴香のだけど・・・

ふたりを夕食に誘って、ケーキ出したら、誕生日のことがバレちゃった。

そりゃそうか。

「えっ、今日、晴香さんの誕生日だったんですか？」

水都さんと、原田さんが顔を見合わせてる。

「晴香さん、何も言ってくれないから・・・」

「晴香、一生懸命何かやってたから、日高君か、誰かの誕生日かと思ってた」

「へえ〜、何かを一生懸命にねえ・・・」

お母さんが、意味ありげにこっちを見てる。

「でも、皆で温泉にいけるようになってよかったよね」

「そう言えば、温泉てどんなとこ？」

晴香も、フォローしてくれる。

・・・

いや〜、話題がずれてよかった・・・晴香のベストにも気づかれなくて・・・

あのまま、突っ込まれてたら、バレていたかも。


あ、お父さんも帰ってきたみたい。

玄関まで、迎えに出ると、お花を持ったお父さんが立っていた。

「誕生日、おめでとう・・・高校生になったんだから、このくらいはいいだろう」

・・・う〜ん、いい香り・・・晴香にも手渡して・・・

お父さんに、皆を送ってもらったんだけど・・・

温泉行ってる間、お父さんは？ってお母さんに聞いたら、お父さん・・・仕事で

沖縄なんだって・・・お母さん、あっさり、了解する訳だ。

あの花束も、納得。


皆で行ける事になったのは良かったけど、温泉ってお風呂の大きなやつ・・・

銭湯のような・・・と、言うことは・・・危険だ。

水都さんも原田さんも裕香お姉さんもいるし・・・お母さんなんか特に・・・





第９話　終了




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