風がサワサワと木々を揺らしている。

時折、小鳥のさえずりも聞こえてくる。

水色がかった空に白い雲がゆっくり流れていく。

放課後のグラウンド。

試験が近いのであろうか?部活を行なっている生徒は見当たらない。

校舎から離れた所にある野球部のバックネットには3本のほうきが

立てかけてあるのが見える。

傍のベンチに3人の少女が座っていた。

一人はショートカット、髪形通りの活発そうな少女。

一人は背中の真ん中ぐらいまでの髪で、優しそうな少女。風にサラサラ髪が揺れている。

もう一人は、ポニーテール。ちょっと眉毛が太目か・・・。

『風が気持ちいいね』とか、『のどかだね』なんていう会話が聞こえてくる。

ポニーテールの子が突然、こっちに向かって言った。

「掃除、サボってるわけじゃないから」

「晴香、誰に言ってるの?」

ショートカットが慌てる。

「これって、サボっているんじゃなかったの?」

サラサラが戸惑いの声を上げる。

「休憩してるだけだから。後は後片付けだけ・・・けじめが大切なの」

「晴香って真面目だから」

「休憩なら、雑談しても、いいよね」

今までのは、雑談じゃなかったの?

そんな突込みを入れる者もいない・・・

勉強のこと、クラスのこと、恋愛のこと・・・誰も止めるものはいない。

「あ〜あ、ちーちゃん見てると、私も恋人欲しくなっちゃうよ」

「大丈夫よ。弥生ちゃんにも出来るよ。弥生ちゃん、可愛いし」

「え、そ、そうかな・・・」

ちょっぴり、はにかむような仕草を見せる弥生。

「かっこいい転校生がやってきて、弥生ちゃんに一目惚れするの」

「うんうん」

「それで、『僕と付合ってください』なんて・・・」

弥生とちーちゃんの話はエスカレートする一方。

ふたりの会話を聞いていると、明日にでも恋人が出来るかの如く

ドンドン話が進んでいきそうだ。ここは冷静な意見が必要と判断する私。

「私は、難しいと思う」

「えっ・・・なんでよ。晴香」

なんでかなんて簡単。

「弥生、とっても、理想高いもの」

「うっ」

「身長が高くって、優しくって、頭はよくて、自分の意見を

しっかり持っていて、自分だけを見ていて、守ってくれる様な・・・

そんな男子が、突然転校して来るの?」

「あ〜〜あ、現実に引き戻さないでよ。晴香」

「そうね。弥生ちゃんは・・・守ってくれるって云うより、守って

あげるタイプかも・・・合気道なら、男子より強いし・・・」

ちーちゃんも現実に戻ってきたようだ。

「うっ・・・この才能が悪いのよ・・・」

「・・・才能ねえ・・・食欲も才能?」

「ふふん、そう、才能よ。あれだけ、食べても、太らないって云うのは

一種の才能よ」

「御見逸れしました」

「弥生ちゃん・・・」

ちーちゃんが弥生の袖を引張っている。

「なに?ちーちゃん」

「もう少し太っていいところもあるんじゃ・・・」

「ちーちゃん、それ禁句だよ〜」

ちーちゃんが首をすくめた。

ちーちゃんの仕草が可愛い・・・羨ましいと思った瞬間・・・

ちーちゃんが、ピクッと、反応する。

「あ、元樹君が呼んでる・・・一緒に勉強する約束してたんだ」

ちーちゃんがいきなり立ち上がる。

「ほうき・・・片付けなきゃ」

「ちーちゃん、そのくらいやっておくよ」

「ホント・・・有難う。それじゃぁ」

「「あ・・・うん」」

ふたりは、手を振りながら校舎の方へ走っていくちーちゃんに向かって

同じように手を振った。

「よく気がついたね。あれが元樹君だなんて、私には分からないや」

「私も・・・男子だろうってことは分かるけど、誰かまでは・・・」

「やっぱり、羨ましいなあ・・・」

「・・・うん」

「えっ、晴香でも、羨ましいの?」

「私でもって・・・どーゆー意味」

「晴香って、男子に興味がないのかと思ってた」

「私だって・・・夢見る乙女。ちーちゃん見てたら、やっぱり・・・ね」

「晴香・・・勝負しない?」

「え、勝負?」

「うん。どっちが先にすてきな恋人作れるか」

「それって、勝負するような事じゃないと思うけど・・・」

「晴香・・・恋愛って、臆病になりがちじゃない。勝負だと思えば、ちょっと、

勇気が出るかもしれないじゃない?」

そんなこと、体、揺さぶってまで力説しないでよと思いながら・・・

「そう言われれば、そうかも・・・」

「それじゃ、勝負だよ・・・孝ちゃん」

え?孝ちゃん?・・・私、晴香だよ・・・

「孝ちゃんったら」

「えっ」

「あ、やっと、起きた・・・孝ちゃん、今日は、いつもより遅いわよ」

「か、母さん・・・」

「母さん、出かけるから、戸締りお願いね」

「うん・・・分かってるよ」

・・・夢だったのか

あれ?・・・どんな夢だっけ・・・

ちょっと、懐かしかった様な・・・覚えていないや

今朝は・・・落ち着いている。

着替えて、下へ降りると、トーストが置いてあった。

冷えたトーストを齧りながら、テレビをつける。

「なんですか、晴香、お行儀の悪い」

お母さんが、これ、見たなら、こう言うだろうな・・・

でも、私は、今、孝だも〜ん・・・

ちょうど、天気予報をやっていた。

晴れのち雨・・・か。

降水確率・・・午前中、0%。午後から、50%か・・・傘、持って行かないと。

そろそろ、出かけよう・・・




ホームに孝を見つけた。

慌てて、影に隠れた・・・なんで、隠れる必要があるのよ

自分に問いかけたけど・・・分からない。

それにしても、なんで、孝がこんな早くに?

学校に用事が?

電車が入ってきたが、乗るつもりは、ないようだ。

ということは、私を待っている?

良く見ると、髪形が違うようだし・・・

昨日の帰りのことが思い出される。

あ、昨日の子は、やっぱり、孝?

そうだとすると・・・他の子と遊びに行こうとした訳でもない。

・・・孝が、そんなことする訳がない・・・か。

じゃあ、昨日のあれは、なんだったの?

いつまでも、こうしている訳にもいかないし・・・

よし・・・ホームに向かって歩きはじめる。

孝は私の姿を見つけたようだ。孝が走り寄ってくる。

「晴香、昨日は、ごめんなさい」

謝ってる・・・なぜ?やっぱり、何かあったの・・・不安が過ぎる。

でも、はっきりとは・・・訊き難い。

「孝・・・髪形、変えたんだ」

「え、あ、ああ・・・うん、少しね」

「ふ〜ん、これもいいけど・・・私は、前の方が好きだったな・・・」

「ええっ!・・・す、少しの間だけなんだけど・・・」

「少し?」

少しの間だけ?気分転換ってことかな?

「それより、昨日は、ごめんなさい」

え、また、謝ってる・・・何、したんだろう・・・

「何で、謝るの?用事があったんでしょう」

今、問い詰めないほうがいいかも・・・少しずつ聞き出そう・・・

「それより、選挙も近いし、頑張りましょう」

「う、うん」



教室に入り、席に着くと

「晴香、お弁当・・・」

いつものように、孝が、こっそりと、お弁当を渡してくる。

「サンキュ・・・孝がお弁当渡してるのバレてるみたいだよ」

「えっ」

孝が周囲を見回している。

「あの・・・晴香、バレてたら、嫌?」

「別に・・・騒ぎ立てられるのが嫌なだけよ」

強いて言えば、孝のお弁当がなくなるのも・・・

「・・・良かった」

孝の安堵した声だ。

今なら・・・

「コホン・・・それで、孝は、昨日、どんな用事だったの」

「え・・・あ、あの・・・つまり、用事がなくなって・・・」

追いかけたけど、間に合わなかった・・・そーゆー意味の

ごめんなさいだったのか・・・なーんだ、そーゆーことか。

私の考え過ぎか・・・

「今日のお弁当・・・楽しみだな」

「あ、今日のは、ちょっと、頑張ったんだよ」

孝が笑顔に変わる。



待望のお昼・・・

お弁当箱を開くと・・・いつもより、二品多い・・・

確かに頑張ってる。

なんて言ったって、孝のは、冷凍食品じゃないんだからね。

・・・昨日の残り物・・・って云うのはあるかもしれないけど・・・



放課後・・・

降水確率50%とは知っていたけど・・・こんな土砂降りになるとは・・・。

朝は青空だったのに・・・

「ええっ、あーや、傘、持って来なかったの?」

水都さんの声が昇降口に響く。

「だって・・・」

原田さんの声が、弱々しい。

孝の手が、私の袖を掴んだ。

振り向くと・・・情けない顔。

「えっ、孝も持って来なかったの?」

「ううっ・・・天気予報見てなかった。朝、晴れてたし」

横で、水都さんの声がする。

「ほらね・・・あーや、入れていってあげるよ」

「ええ・・・晴香さん・・・」

原田さんがこっちを振り返る。

「孝、ちゃんと、入れていってあげるよ・・・家まで」

「あ、ありがと、晴香」

去年のことを思い出しそうだ・・・

「あーや、しっかり、くっつくんだよ。そうしないと、濡れちゃうよ。土砂降りだからね」

「あ、孝も・・・」

孝ったら、傘に入れてもらって・・・嬉しそう。

ホント、無邪気なんだから・・・。






選挙応援立会い演説会・・・。

さすがに、緊張した。

孝が最初だったから・・・

須藤君が推薦人ということで演説。で、私が一般の応援演説。

須藤君の力強い話し方で、皆の意識を集中させてくれた後だったので、話易かった。

ライバルが須藤君だったら、危なかったかも。

孝が、それを期待してたのは、知ってるんだけど・・・

孝が話す番になって、「ええっ?!私も、話するのっ」って・・・

今更、何言ってるのっ・・・

「宜しくお願いしますっ・・・え?一言なんでしょう?」

これはないよ。応援演説した私達って、なんだったの?

須藤君は、『俺達のより良かったんじゃないか。1番印象付けたろう』って。

選挙応援立会い演説会は立候補者のことをよく知らない1年生の為にやってるって

云うのがホンネみたいだから。

2、3年生は、白石晴香は知ってるだろうし・・・。

う〜ん、1年生はノリで決めちゃうところもあるかもしれないし・・・

ん、2、3年生にしても、どっちの白石晴香を評価してるんだろう・・・

以前の私?今のメチャクチャな孝の方?・・・うわ〜、不安になってきた。

こんな感じで第1回目は終わった。



第2回目の選挙応援立会い演説会。

副会長としては、追加立候補者なし。だから、応援演説もなし・・・。

孝の原稿作るのに頑張ったんだけど・・・お披露目の機会なし。

『俺が言った通りだろう・・・あれ見た後、立候補する様な度胸のある奴はいないって』

・・・須藤君が言ってた通りになった。

私は、まだ、すご〜く不安。不信任欄に一杯チェックされてたりして・・・。



不安は杞憂に終わった。

結果は、孝がダントツ・・・大丈夫なのだろうか、ここの生徒。



突然、先輩・・・あ、生徒会長ね・・・からの呼び出し。私と須藤君。

何かと思えば、孝について行け?

孝が副生徒会長になったもんだから、私がクラス委員やる羽目になって・・・

「まず、野球部から・・・おじゃましま〜す」

孝が、か細い声で、部室のドアを開ける。

「あれ?白石さん・・・須藤と日高も」

「俺、案内だけです・・・なんかだか、良く分からないんだ」

須藤君が首を傾げてる。

私も・・・先輩に、孝について行けって言われただけ。

「え〜っと、備品のチェックに来ました」

「え、抜き打ちの監査?」

これって・・・

「そんな大層なものじゃないです・・・予算申請の内容確認です」

似たようなものじゃないかあ〜・・・心の中で叫び、須藤君と顔を見合わせてしまう。

でも、孝・・・ひとつひとつ真面目に確認していってる。

・・・

各部の予算取りの説明は、前回終わったから、次回の審議で決定・・・の予定。

今までは、一律カットで決まっていたけど・・・不公平感はあった。

一律でカットされるなら・・・水増し請求・・・なんてね。

・・・

そんなわけで・・・運動部は、全部廻った。

「今日は、有難う・・・明日は文化部の方を廻りたいんだけど・・・いいかな」

孝が、私達を見てくる。

再び、須藤君と顔を見合わせる。

「2日続けて練習サボるのは・・・」

「そうだよね・・・無理言ってごめんなさい」

「でも、いい経験させて貰ったよ・・・女子だけの部室なんて、入ったことなかったし、

結構、汚い部もあったりして・・・な、日高」

そんな話、振るなっ・・・

確かに・・・そう、思ったところもあったけどさ。

「それも、チェックさせて貰いました」

「「え」」

「今年は、一部、部室換えがあるらしいですから・・・」

・・・孝、真面目に仕事してるんだ・・・意外。



翌日の放課後。

須藤君が走ってきた。

「白石さん・・・部長が是非、同行させてもらえって・・・」

「良かった・・・心強いです・・・」

孝が微笑む・・・・孝、反則、その笑顔。

「ブラスバンド部と合唱部・・・部員数が増えたから、個々の部室が欲しい・・・か」

ドアを開けたら、水都さんがいた。

「あれ、晴香達、何してるの?・・・今日も3人で」

見られていたんだ・・・3人で廻れば、目立つか・・・

「うん、予算申請の内容確認」

「え」

一瞬、驚いたような顔をする水都さん・・・誰だって、驚くよ。

「ブラスバンドは、2人・・・合唱部は、5人も増えたの・・・」

「晴香のおかげだよ・・・晴香も入部してよ」

「それは、おいといて・・・確かに狭そうね」

「うん。雨の日とかはね・・・個室に入って練習するブラスの人達が、大変なの」

以前から、部室の話は出てたんだけど・・・ず〜っと、放置されてたんだよね

・・・

先輩に・・・報告。

「・・・んん、やはりな」

「どうですか?」

「この分を差し引いたとしても・・・まだ、足りないな」

「どのくらい・・・ですか」

「このくらいだな」

先輩が紙に書いた。

「じゃ・・・ここと、ここを、このくらい削りましょう」

「それじゃあ、納得しないだろう」

先輩のあの顔は・・・自分もそうしたいと、思ってるんだ。

「その代わり、文化祭の模擬店の場所を優先的に選べるという条件を出すんです」

「なるほど・・・削減率の大きい部に模擬店場所の優先権か・・・白石も見たのか?あれ」

「はい」

「どうだ、他に意見あるか?」

「場所によって、そんなに違うんですか?」

「そうだな・・・収益率の良いところは、決まってるな。それに、数値的にもいいところだろう

・・・微調整は必要だろうが・・・日高は?」

「文化祭の前後で試合とかある部は、考慮してあげないと・・・」

「そうだな・・・いくら場所が良くても、準備が出来ないとなると、問題だしな・・・」

先輩の言葉に、頷く。

「よし、この方針で、意見調整だな。会計の方に計算させとく・・・方針は、次回の委員会まで

内緒だぞ。須藤は、矢沢に聞かれたら、水増し請求が多かったとでも、答えておけ」

須藤君が、焦っている。

「須藤君・・・お願いね」

孝も付け加える。

ちなみに、先輩の言った矢沢って、野球部の部長のことだ。

なるほど・・・それで、須藤君、今日も来れたのか・・・



孝との帰り道。

「孝、真面目にやってたんだね」

「晴香、それ、褒めてるの?」

「え、勿論、そうだけど・・・アイデアも良かったと思うけど」

「ホント、晴香が褒めてくれるなんて、嬉しいな」

孝ったら、ホントに嬉しそうだ。

私って、そんなに褒めてないかな・・・

「これで、文化祭の場所決めで、時間取られる事なくなったね。一石二鳥とは、このこと。

晴香と一緒にいられる時間も確保ォ〜」

え・・・そ、そう言えば・・・去年、めんどくさいとか言いながら、半分居眠りしてた・・・

「孝・・・あんた、自分のために考えた意見だったの」

「そうだよ・・・晴香との時間を作るためだったら、一生懸命考える」

呆れた・・・やっぱり、簡単に褒めるとダメね。

でも今回は・・・よしとするか。



番外編(1−10) 終了




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番外編(1−10)
孝司と晴香シリーズ