ちーちゃんが・・・

私も、あのふたりみたいになりたいって、思っていた頃もあったのに・・・

そう思って、頑張って・・・でも、ダメで・・・人が信じられなくなって・・・

でも、孝に会って・・・ちょっと、複雑な関係になっちゃったけど・・・

今度はって、思っていたのに・・・





昨日は、早々に帰ったんだけど・・・今日も、なんだか・・・だるい。

良く眠れなかったのに・・・早く目が覚めてしまって、いつもより早い電車に

乗ることになってしまった。

机に伏していると孝の声が聞こえた。

「おはよう・・・晴香」

「おはよう・・・孝」

顔を上げて、返事を返す。

もう少し、ゆっくり出来るかなと思った時、前の席の孝がいきなり振り向いた。

「晴香、これっ、お弁当・・・」

「えっ・・・」

孝が私に、お弁当を？

「あれ？・・・あ、母さん、お弁当作って行ったの？」

「ううん」

「え・・・じゃあ・・・迷惑だったのかな・・・」

・・・ちょっと、悲しそうな顔をする孝を見て、慌てた。

「ううん・・・パン・・・買うつもりでいたから・・・ちょっと、びっくりして・・・」

「あ、ホント・・・良かった。晴香が好きそうなもの、作って入れてきたんだよ」

「あ、ありがとう・・・孝」

・・・

怠惰な授業。

前にも、こんな気分になったことがある様な・・・

なんか・・・どうでもいいや・・・


お昼。

孝が作ってくれたお弁当を食べる。

食欲って、不思議。

あまり食べたくなかったから、パンでも買おうと思っていたのに・・・

孝が作ってくれたお弁当・・・しっかり、食べた。


昼休み。

水都さんが孝を知らないかって聞いてきた。

いつもなら、本を開いているか、話かけてくるかのどちらかなのに・・・

「ホントだ、何処へ行ったんだろう・・・先生にでも呼ばれたのかな」

「午前中、眠そうだったし、何かあったのかなあと思って」

「え、そうだった？」

ちょうど、そこへ、孝が戻ってきた・・・うっすらと、汗をかいて。

・・・コースケ君達とバスケでもしてきたのかな？・・・まさかね。

水都さんが言った様に、眠そうには見えないけど・・・


午後からは、入学式の準備等・・・

分担された作業が終われば、解散・・・

私の分担は元の教室の１−Ａ。

清掃と飾りつけ・・・

花を飾ったり、黒板に落書きしたり・・・落書きとしか思えないぞ。これ。

孝がいたら、描いてくれたんだろうけど・・・孝の担当は体育館。

「お前、ヘタだな・・・ちょっと貸せよ」

上手く描けない・・・と思っていたら、やっぱり。

黒板消しとチョークを持って描き始めたのは・・・泉君。

眼鏡をかけていて・・・私より、ちょっと背の高い男子。

「日高は、色、塗ってくれよ」

「あ、ああ」

泉君が描いた後を塗りつぶしていく。

「日高って、モテるんだな」

「えっ？」

「朝、白石さんから、弁当貰ってたろう？」

「えっ」

見られていたんだ・・・ぼーっとしてたから、気づかなかったんだ。

「いつも、作ってもらってるのか？」

「・・・は、初めて・・・なんだ・・・」

「ふ〜ん・・・あの白石さんと付合っているんだよな」

”あの”ってどういう意味だろう？

泉君の方を見るが、黒板の方を向いたまま手を動かしている。

「１年の時、クラスの女子が噂してるの聞いたことある・・・」

「えっ・・・そう？」

「自覚ないのか？・・・昼は、水都にも話し掛けられてたよな」

水都さん？

「あれは、白石さんのことで・・・訊かれてただけだよ」

「ふ〜ん・・・そうなのか・・・」

「泉君は・・・」

「泉でいいぞ」

「泉は・・・水都さんが・・・気になってるの？」

ボキッ・・・チョークが折れる音がした・・

「いや、お、俺は・・・お前はモテるなぁって、思って・・・」

分かりやすい奴・・・思わず目が半眼になってしまう。

「水都さんは、１年の時、同じクラスだったんだ」

「知ってる・・・俺、中学が一緒なんだ・・・」

泉君が、数歩下がって、全体を眺めている。

「こんなもんだな」

同じ様に数歩下がって、黒板を眺めた。

私達が入学した時に描いてあったのと同じ様に仕上がってる。

「泉・・・上手なんだな」

「お前が下手過ぎなんだよ」

「うん・・・そんな気がしてた」

「ふっ・・・日高って・・・面白いな・・・」



こんな話は・・・孝に内緒にすべき事のひとつになっちゃうんだろうか？

以前は・・・元に戻った時の為にって言って、全て話あってたけど・・・

最近は、しなくなった。

もう、それぞれの世界が出来つつあるのかもしれない・・・。


教室へ戻ると、孝がいた。

あっ、孝が帰ろうとしている・・・昨日言った約束、忘れているんじゃ・・・

「孝、先輩、待ってるよ」

「あ、そうだった・・・忘れてた」

やっぱりね・・・


生徒会室。

「ふたりを呼んだのは、他でもない・・・」

やっぱり、あの話か・・・孝を副会長にしようって話し・・・退屈しないだろうけど・・・

「ちょっと、待ってください。晴香ならともかく、今の私には大任過ぎます」

「なんだって？」

「こ、孝っ」

慌てた。

「あ、いえ、その・・・なんでもないです」

退屈しないって言うより・・・気が抜けないって言うほうが正しいかも。

ホント・・・こんなので、大丈夫かな？

「新入生が来ればすぐに選挙だぞ」

選挙か・・・嫌な事を思い出してしまった・・・

・・・過去のことだ・・・忘れよう・・・

孝が、居るんだから・・・

・・・

「え・・・はあ」

なんだったんだろう・・・聞いてなかった・・・後で孝に聞いてみよう・・・

・・・

「そんなところだな・・・あ、日高は、も少し話が・・・」

「あ・・・はい・・・」

「じゃあ、教室で待っているからね」

・・・孝が・・・部屋を出て行く。

「どうした？休みボケか・・・」

先輩が半分からかうかの様に・・・。

「え・・・いえ、そんなことは・・・」

その顔が、真面目な顔に変わった。

「兎に角・・・白石晴香のことは、お前に任せたぞ」

「えっ？」

「・・・安心するなよ。まだ、ライバルは大勢いるんだからな。

それと、明日の朝、ちょっと、早めに来てくれ。手伝って欲しいことが

あるんだ」

「はい」

「以上だ」

「はい・・・失礼します」

扉を閉める・・・。

今のは・・・今のは・・・

任せたって云うのは・・・

少し、気分が軽くなったって云うか・・・

私って、単純？・・・ううん、これは、孝の・・・体の影響だ。

孝が、教室で待ってる・・・急ごう。

ん、孝の・・・声？誰かと話している・・・


「・・・それに・・・白石さんだったら、安心して任せられるし・・・

最近の白石さん、輝いてるよ・・・日高がいなかったら、俺が立候補したいよ・・・」

えっ、告白？

止まろうと思ったのに・・・足が・・・止まらなかった。

え、須藤君・・・

「あ、じゃあ・・・考えておいてよ」

「え、う、うん」

孝が・・・後ろを振り返える

「あ、晴香、聞いてた？」

孝が・・・私を見て、戸惑ってる。

やはり、そういうことなんだ。

孝の浮気者！

その場に孝を置いて、歩く。

「あ、晴香ってば・・・」

・・・孝が、小走りに、私の後を追いかけてくる。



ボスッ

拳を作って枕を叩く。

孝の浮気者め・・・。

・・・

どっちにしろ、泣きついて来るのは、孝の方なんだから・・・




入学式も終わり、後片付け。

２年生って・・・雑用が多いなあ。

孝は、水都さん達に頼まれて、部員の勧誘の手伝いに行ったみたいだし・・・

文庫本の頁をパラパラとめくる。

このくらいの本なら、いつもなら、２、３日で・・・長くても１週間くらいで

読んでしまっているのに、まだ、初めのほう・・・

なぜか進まない。

本の頁を、また、パラパラとめくる。

頁が捲れる音を楽しんでるみたい。

ふう〜、こうやって孝を待つのも慣れた・・・

あ、足音がする・・・あの足音は、孝だ。

教室の扉の前で、足音が停まった。

ガラッ

ほらね・・・やっぱり、孝だった。

「晴香、悪いけど、今日は、先に帰って・・・ちょっと、用事があるの」

「え」

いつもと・・・違う？

「今日は、待っててって言わないのね・・・」

ちょっと、息苦しい感じがする・・・

「え？・・・今、何か言った？」

孝が聞き返す・・・呟きが聞こえたのか？

「別に、何でもない・・・バイ」

「あ、うん・・・バイバイ」

・・・孝が・・・孝が泣きついて来る筈だったのに・・・

もうすぐ、電車が来る・・・待っている必要がないなら、次の電車で帰ろう。

途中で、水都さん達とすれ違う。教室へ戻るところか。

「あれ？晴香は？」

返事をせずに横を通り抜けた。

息苦しさが、増していくようだ。

そんなに急がなくても、電車に間に合うよ。

頭の中で誰かが囁く。

そんなこと、分かってる。

でも、足が・・・止まらない。


駅に着くと・・・やはり、電車が来るまで、もう少し時間はある。

学生は・・・２０人くらいか・・・

「おーい、日高」

ホームの方から、声がした。

「あ、泉・・・」

駅員に、定期を見せて、ホームに入る。

「珍しいな・・・白石さんは？」

え、いつも、一緒に居るって思われてるのかな？

孝は、私のものだって、主張したいけど・・・騒がれるのもなぁ・・・

あ、ちょっと、大胆だったかな・・・私のものって。

そう思った時、『先に帰って』と云う言葉が頭に響く。

また、なんとなく息苦しい感じがする。

「あの・・・水都さん達とビラ配り。新入生の勧誘だって」

「あ・・・そうなのか」

そうだった。泉君は、水都さんのことが・・・

「泉は・・・」

口を開きかけた時、白線まで下がる様、アナウンスが流れる。

ホームに入ってきた電車の最後尾の車両に乗り込む。

周りに学生はいない・・・扉が閉まって、電車が動き出した。

「泉は・・・」

口を開きかけて、はっとする。

ホームに駆け込んで来た子がいた・・・

え・・・あれは・・・孝？

否、孝は用事があるって言ってた・・・孝である筈がない。

でも、電車に間に合わなかったって云う・・・悲しみみたいな・・・何かが

あの子の感情みたいな、何かが伝わってくるのは何故だろう？

「どうした？日高」

泉君が両手で吊り革を握ったままこっちを向いた。

「あ、ん、別に・・・」

そうだ、気のせいだ。髪形が違ってたようだし・・・

次の電車は、すぐ来る。

「泉は、水都さんに気持ち伝えないの・・・」

「えっ」

驚きの表情を見せるが、

「日高って・・・単刀直入なんだな・・・」

あ・・・さっきの子に気をとられて、切り出し方、間違えたちゃった・・・

水都さんのことが好きって、はっきり言った訳でもないのに・・・

「んー、俺、水都とは、小学校も一緒なんだ。水都って明るいしさ、ちょっと、

気にはなってたんだけど・・・中学３年の時、サッカーやってたかっこいい奴が

告白ったって聞いたとき、自分の気持ちに気がついてさ・・・水都が断った

って聞いた時、ほっとした」

眺めていた車外の風景から、視線をこっちに向けた。

「でも、俺って、女にモテるタイプじゃないし、頭も悪いし・・・な」

同意を求めるように、付け加える。

孝も、そんな様な事、言ってた・・・男の子って、そんなことに拘るの？

「水都の志望校がここだって聞いて、必死こいて、勉強したんだぜ。

１年の時は、別のクラスだったし・・・２年は、同じクラスになったけど・・・

もう少し、自分を磨いてからかな」

ふ〜ん、色々、考えているんだ・・・男の子って

「・・・日高って、不思議だな・・・同じクラスなったばかりなのに・・・

こんなことまで、喋ってしまうんだから・・・」

「でも、焦ったりすることない？」

目が・・・ちょっと、笑った。

「水都の好み・・・線の太いタイプがダメみたいなんだ。だから、俺にも、

チャンスあるかなって・・・それに、いつも、原田と一緒だろ。

大抵の奴は、原田の方見ちまうから・・・ははは・・・俺も、打算的なとこ

あるだろう」

それじゃあ・・・

「自分を磨くって・・・」

「・・・そこなんだよな」

って、何も考えていないの・・・突っ込みたくなった。

「何、求めてるのかな・・・女って・・・解らねぇ・・・」

こっちだって・・・解らないよ・・・孝の考えてることなら・・・

あれ・・・表面的なことなら、大抵の事は・・・でも、心の奥底では・・・

どんなこと思っているんだろう・・・

「あ、日高は、次で、降りるのか？」

「あ、うん、次で」

「じゃあ、また、明日・・・な」

停まった電車から、ホームへ・・・泉君に向かって、手を振る。



そうだ、孝に拒否された様に思えて・・・さっさと帰って来ちゃったけど

どうしたんだろう・・・

『遅くなっても構わないから、待ってる』・・・って

言えば良かった。

・・・孝。



番外編（１−９）　終了




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