心の中で思ったことをプライドが邪魔をする。




翌日・・・孝は、休みだった。

孝が休み？風邪でもひいたの？

見舞いに行かなきゃ・・・きっと、心細い思いをしているに違いない。



「白石か？・・・家の都合だそうだ。白石のお母さんから連絡があった」

先生に聞いた途端、がっかりした。

何か理由があれば、会いに行けると思ったのに・・・。



まさか、たった１日、家事都合で休んだくらいで、逢いに行ける筈がないし・・・。

私が好きになる前から、好意を持っていたなんていう情報も手に入ったのに・・・




きっかけ・・・きっかけ・・・何か理由は・・・



気になる存在がいないって、こんな気分？

目の前に居る時以上に、気になって仕方がない。




中庭のベンチに座って、ぼんやり、空を見ながら昼食のパンを齧っていたら、後から声が聞こえた。

「コージ、参考になったか？」

現実に意識を戻して声の主を確認する。

「あ、コースケ・・・えっと、何が？」

「本だよ。本。青春の参考書だよ」

「え、青春？・・・ああ、あれね・・・んん、まあね・・・」

シドロモドロで答える。

「ホントか？」

コースケ君が心配そうに聞いてくる。

「う、うん・・・ほ、本当」

「そうか・・・良かった。やっぱり、コージも男だな」

「え、う、うん」

「じゃ、しばらく貸しておくよ」

え・・・し、しばらく？

コースケ君がベンチの横に座り、空を見上げた。

「今日も、曇ってるな・・・スカッと青空になって欲しいよな」

「うん」

「こんな所で、一人、昼飯か？」

「う、うん」

「コージ、知ってるのか？・・・例の・・・屋上へ行く扉の鍵、直されちゃったこと」

「え？」

「やっぱり、知らなかったのか」

「うん」

「コージ、あの場所、気に入ってたろう？」

「うん・・・もう、あそこへは行けないってこと・・・なんだね」

「残念だけどな・・・ま、いいさ。また、良い場所探そうぜ」

「うん・・・そうだな」

「んじゃな・・・放課後、また、バスケしよーぜ」

コースケ君は、肩を軽く叩くとその場を離れていった。

孝は知っているんだろうか？

この話をきっかけにしたらどうかな？

あ、でも、話題としては良くない・・・それに、孝だって、結構、屋上へ行っているみたいだから、

きっと、知ってるはずだ。

そう思った途端、寂しそうな孝の顔が頭に浮んだ。




鍵を開けて、家の中へ入る。

「ただいま〜」

母さんは、やはり、帰って来ていないみたいだ。

最近忙しいらしい。

おなか・・・すいたな・・・あれだけ運動したからね。

放課後、コースケ君達とバスケしたんだ。ユーキ君とトール君のチームワークは凄い。

それにしても・・・やっと、体になじんできたのだろうか？

当初、『コージ、動きが鈍いぞ』なんて言われてたけど・・・最近は、褒められることさえある。

食堂のテーブルの上を見ると、カップラーメンが置いてあった。

早速、ポットのお湯を注ぐ。

あちちち・・・

お湯がこぼれない様、注意して、自分の部屋まで運ぶ。

「３分経ったかな？・・・経ってるよね」

フタを完全に剥がして、食べてみる。

ふー、ふー・・・・ズルズル・・・

「ん、ちょっと硬いかな？・・・でも、大丈夫・・・食べれるもの」

ズルズルズル・・・

机の上に積んである参考書・・・その下にある本に目が行ってしまう。

「困っちゃう・・・」

木の葉を隠すには、森の中。本を隠すには、本の中が一番良い・・・なんて思って、

あんなところに置いてあるけど・・・ちょっと、不安だ。

ベッドの下とか、押入れの中とかが定番なのだろうか？

母さん、時々、勝手に掃除していくから心配なんだ。

「何処に隠せばいいかな？・・・なんて、孝に聞くわけにもいかないしね」

こんな時は、散らかっている部屋が有利なんだろうか？

しばらくって・・・何日位なんだろう？いつまで置いておかなければいけないんだろう？

それにしても・・・なんの参考になるって言うの？

大体、あーゆー状況に持って行くまでが、大変だっていうのに・・・

え、あ・・・そ、想像よ。どーゆー内容か、想像して言ってるだけなんだから。

そんな隅々まで読んで、言ってる訳じゃないからね。

あ・・・な、なんで、自分に言い訳しなくちゃいけないのよ。

それにしても、どんなステップで・・・

「あ〜〜、バカなこと考えているから、麺がスープを吸って凄い状態になってる」

麺がカップから溢れていた。

「食べる前より増えてるって感じ・・・食べられないことはないよね」

ズルズルズル・・・


「ふー、おなかいっぱい。なんか・・・カップラーメン、２個分食べたような気分」





翌日も、孝は休みだった。

何故？一体どうしたって言うの？

家事都合って、何があったの？

水都さん達も、何も聞いていないようだし・・・。



午前の授業が終わると先生が言った。

「日高・・・」

「は、はい」

「日高・・・白石が休みなので、明日の交流会、代わって出席してくれ」

「えっ、明日も休みなんですか？なんか、あったんですか？」

「いや、家事都合ってだけだが・・・明日の集合場所の連絡がとれない様だから・・・

臣に確認したら、日高にということだったから・・・頼んだぞ」

「はい」

連絡が取れないって・・・家にいないってこと？

じゃあ、何処に？

『２年Ａ組、日高君、至急生徒会室まで来て下さい』

早速の呼び出しだ。




「・・・と言う訳だ。東校の生徒会長とは知り合いだから、進行とかの話はついてる。

日高には、最初の挨拶をやって貰いたいんだ」

「はい」

臣先輩のやる事だ。きっと抜かりなど無いだろう。

「ところで・・・お前ら、うまくいっているのか？」

「え」

「はる・・・いや、白石のことだ。今の白石は、日高一筋って感じだからな」

「そ、そうですか？」

「あんな判りやすい奴、他にはいないだろう」

「・・・」

「お前も鈍いな・・・あ、いや、俺は・・・その・・・白石の一ファンとして気になってだな

・・・あ、ん・・・そうだな・・・お節介だったかな・・・すまん。気にしないでくれ。

兎に角、明日は宜しく頼む」

「はい」

そう返事して、部屋を出た。


臣先輩の言うこと信じ難い。

今の孝は、誰にでも優しいし、誰とでも仲良くやっている。

私だけが特別だとは思えない。どちらかといえば、須藤君と仲良くしているように思える。

以前は、孝をもっと近くに感じていたのに・・・少しずつ離れていっているような気さえする。

兎に角、明日は、頑張ろう。




「晴香さん、どうしたんでしょうか？」

「ん〜、家事都合って、先生は言っていたけどね」

教室へ帰ると、水都さんと原田さんが、孝のことで話していた。

「あ、日高君」

水都さんが、私の姿を認めて、声を掛けてきた。

「晴香が何故休んでいるか知ってる？」

「いや、家事都合ってことだけ」

「なーんだ、日高君も知らないんだ」

この口調・・・何故知らないのよって感情が含まれているような気がした。

被害妄想だろうか？

「真美ちゃん、私、今晩、電話してみます」

「うん・・・それがいいかも・・・」

「あ、でも、家にいないって・・・聞いたように思うけど」

「えっ、そーなの？」

あ、今度のは・・・やはり、私達より知っているのねって感情が・・・

「やはり・・・私、電話してみます」

「それが、一番早いかも・・・じゃ、あーや、宜しくね」

水都さんの言葉に原田さんが頷いていた。

「あ〜、それより、原稿、原稿・・・」

電話か・・・そうかもしれない・・・今晩は、原田さんが電話するのか・・・あ、明日の晩なら、

代理出席を理由に、電話してもおかしくない。そうだ、そうしよう。



昼食時間直ぐに呼び出されたからなあ・・・

机の中から、休憩時間に買っておいたパンを取り出す。

教室を見廻すと、皆、食事は済んでいる様だ。

ここで、食べるより・・・中庭へ行くか。

ベンチに座って、パンを齧る。

なんか、毎日、これだと・・・

手に持った菓子パンを眺める。

「あ、あの〜」

顔を上げると、少し赤い顔をした女の子が目の前に立っていた。

確か、隣のクラスの・・・顔は見たことがある。

「あ、座る？」

ベンチの端の方へ移動し、パンを口の中へ押し込む。

いくつかあるベンチの中で、このベンチに座りたいって云うのは、余程お気に入りなんだな。

孝にとっての屋上と同じなのかもしれない。

「あ、あの〜」

その女の子は、同じ姿勢で立っていた。

「座らないの？」

「あ、はい」

隣に座った、女の子は、俯き、畏まったまま話し始めた。

「私・・・日高君が、白石さんと付き合っているのは知っています」

えっ？・・・胸が、ドキンとする。

あ、この声・・・確か、図書室で・・・そーだ、この娘、この間も廊下で・・・

「こ、恋人とか、そーゆんじゃなくて良いんです。友達になって欲しいんです。

顔も名前も覚えて貰えない様なのは、嫌なんです。せめて、話とか出来れば・・・」

「え・・・っと、ヨーコ・・・さん？」

「えっ」

驚きと喜びが混在する不思議な顔をしたかと思うと、突然、立ち上がり、ペコリとお辞儀をすると、

渡り廊下の方へ駆け出した。

「ケーコ」

渡り廊下で待っていた女の子に抱き付いたのが見えた。


えっと・・・どうすればいいのかな？・・・友達として、話をする位は・・・構わない、か。

でも、彼女・・・ずっと、孝のこと思っていたんだ。

彼女の純粋な気持ちと、もし、逆の立場になっていたらと思うと複雑な気分だ。

話をするだけでも・・・か。


ああ、孝ともっと、話がしたい。



家に帰ると、母さんがいた。

「ただいま〜」

「お帰り」

最近忙しそうにしてたし、家にいるなんて珍しいと思った。

「今日は、どうしたの？」

「とりあえず、一段落着いたからね。それより、それ、組み立ててみて。さっき届いたの」

「え、これ、どうしたの？」

箱に入っていたのは電子ピアノだった。

「孝君、いつも、指動かしてるでしょ。だから、あったほうが良いかと思ってね。

ちょっと、アルバイトと、へそくりで・・・あ、これ、父さんには内緒ね」

「う、うん」

説明書を見ると、本体にスタンドをネジ止めして、電源に繋ぐだけ？・・・割と簡単そうだ。

「あのチャリティコンサートで、聴いた時は、びっくりしたわよ」

「そう？」

「幼稚園の時、習ってたの覚えてる？あの時は『嫌だ』って言って直ぐにやめちゃったのにね」

「そ、そうだった？」

「全然、覚えてないのね」

孝、そんなこと言ってなかったよ。自分でも忘れていたんじゃ・・・

「孝君、不器用になってない？」

「え・・・そうかな？」

「ネジで止めるだけなんでしょ？」

「う、うん・・・」

そ、そこがね・・・問題なんだ。


「で、出来た」

「ずいぶん掛かっていたわね。お店の人の話だと５分くらいで出来るって話だったけど・・・

とりあえず、弾いてみて」

「うん」

母さんに促されて、弾いてみる。

「ふ〜ん、お店の人が言った通りね。最近のは、音が良くなってるんだって。目をつぶってると、

本物と区別つかないわね」



夕食時、電子ピアノを見た父さんが「俺も少し出そうか」って言い出した。

母さんが「助かるわ」って・・・答えてた。

やはり、女の方が賢いのかなあ・・・なんて・・・孝は、どんな風になるんだろう？



番外編（１−１４）　終了




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