父さんは、休日出勤だといって、朝から出掛けて行った。

母さんは、買い物だといって、『夕方には戻るから』といって出掛けてしまった。


何となく、手持ち無沙汰。

何をするかな？

「・・・」

やっぱり、電話か・・・。



いざとなると、ドキドキして掛けられないって云うのを体験した。

時間が掛かったが、やっと、電話を掛ける決心がついた。


「はい。日高で御座います」

「あ、お母さん？」

一瞬、ホッとした。

『晴香？』

「そう・・・あの、孝は？」

『出掛けていて、まだ帰ってないの』

まだ帰っていない？何処へいったんだろう？と思う反面、安心している自分が居る。

「何処へ行ったの？何時帰ってくるの？」

『もうソロソロ帰ってくると思うけど・・・それより、晴香、孝ちゃんに何言ったの？』

「え？」

『凄く落ち込んでいたわよ』

落ち込んで・・・お母さんの言葉にギクリとする。

「あ、後で、また電話するから」

『あ、晴香』

慌てて、電話を切った。あのまま電話してたら、長い長いお説教を聞くことになってたことだろう。

「ふ〜っ、やっぱり、簡単に電話も出来ないな」

でも、孝が落ち込んで・・・そうすると、裕香のところへでも行ったのかな？

気晴らし位にはなるから・・・きっとそうに違いない。

でも、電話は・・・

「は〜っ、月曜日にでも、話、するかな」




しばらくすると、電話が鳴った。

お母さんかな？・・・また、お説教かな・・・あまり、出たくないな・・・

そんな訳にも行かないし・・・電話をとる。

「はい。日高です」

『も、もしもし・・・あ、あのォ・・・』

「孝？」

『は、はい』

即、返事が返ってきた。

孝と話したいとは、思ったけど心の準備は出来ていなかった。

な、何から話そうか・・・頭の中はパニクっている。

とりあえず、無難な話から・・・

「昨日ネェ、孝の代わりに・・・」

『ごめんなさい。私、忘れてて・・・』

「ああ、別に構わないけど・・・ちょっと、連絡することがあったから・・・」

『連絡？』

「特に急ぎじゃないから・・・学校ででも良かったんだけど・・・」

・・・あ、私、逃げてるかな？

『あ、あの、折角、電話くれたのに、居なくてごめんなさい』

「あ、出かけていたみたいね」

『う、うん・・・ちょっとネ・・・晴香は出掛けたりとかしないの？』

「今日は、留守番なの。父さんは休日出勤。母さんは、買い物・・・夕方まで帰らないんだ」

『え・・・晴香、お昼は？』

「カップラーメン有るけど？」

ちらっと、テーブルの上を見る。

『あ、あの・・・今から、行くネ』

「え？」

今から来る？

『迷惑？』

「そんなことないけど・・・」

『じゃ、行くね』

焦っている様な言葉を最後に、電話は切れた。

え、孝が来る？

電話で話す心の準備も出来ていなかったけど・・・逢うって・・・

どうしよう・・・顔を合わせる心構えがまだ出来ていない。

でも、関係修復の良い機会だし・・・電話でも、何とかなったし・・・もっと、親密になれる

チャンスかもしれない。




３０分程すると、呼び鈴が鳴った。きっと孝だ。

体が玄関へ駆け出していた。

「こ、孝・・・」

「こ、こんにちわ・・・晴香」

孝も緊張しているのかな？ここは、余裕を持って挨拶しないと・・・

心で思った事と、口から出てきた言葉は違っていた。

「う、うん・・・ニ、ニィハォ」

「は・・・？？？」

あれ？口が勝手に・・・

「ニィハォマ？」

「え？え？何？」

嫌だ・・・ホント、私、何、言ってるんだろう

「つまり、『こんにちわ、お元気ですか』って言ったの」

「え、あ、うん」

ここは、ひとつ、深呼吸して・・・

「それで？」

「あ、あの・・・晴香の・・・お昼を・・・」

私の？

「わざわざ？作りに」

「だ・・・ダメかな？」

「ううん、助かるよ」

ホント助かった。

そろそろ、カップラーメンには飽きてきたところだったんだ。


リビングに来た孝は直ぐに気がついた様だ。

「晴香・・・これ・・・」

「うん。先日、届いたんだ」

「へえ・・・」

「後で弾いてみる？」

「うん」


キッチンに入った孝はテキパキと材料を集め始めた。

さすが、自分の家・・・のキッチンだなと思わせる。

料理を始めた孝の傍に立って見ているととても良い匂いがした。

これ・・・リンスの匂いかな？

「あ、あのォ・・・晴香・・・」

「何？孝」

「あ、あのね、お腹すいてるんだと思うけど・・・椅子に座って待っててくれる？

あの・・・油がはねたりすると、危ないから」

孝がフライパンに油をひこうとしているところだった。

「う、うん・・・分かった」

「あ、あれで、ＢＧＭ弾いてくれても・・・」

孝の視線は、電子ピアノをさしていた。

「うん、分かった」

孝も少し緊張していそうなので、リラックスできる曲を弾きたいと思った。

何がいいかな・・・あ、あの曲どうかな・・・軽快だし。

電子ピアノって、面白い。ボタンひとつで色々な音色になるから・・・

孝の方を見ると、思わず笑みがこぼれてしまった。

「きゃはは・・・晴香、それって、クッキング番組の・・・」

もの凄くうけた様だ。

孝が喜んでくれて、満足だった。

・・・

「晴香〜、出来たよ〜」

準備が出来たようだ。

「味見してみて」

孝の言葉に、一口・・・

「うん、あ・・・お母さんの味・・・」

「うん、しっかり、習ってますから」

その言葉に、孝が、お母さんと一緒にキッチンにたって料理している姿を思い浮かべてしまった。

きっと、母さんも、孝が居て嬉しいだろうなあ・・・って思ってしまう。

だって、私や裕香じゃ、ありえない光景だろうから。


食後、食器を洗い始めた孝のお手伝いをする。

食器を拭いた程度だったのだけど、とっても嬉しそうだ。

食器を洗い終えた後、孝に向かって言う。

「孝、先に部屋行っててくれる。お昼のお礼に、私が飲み物持って行くから」

「うん」

「あ、暖かいものがいい？冷たいものがいい？」

「あ・・・晴香の好きな方に合わせる」

「そう？」

「うん」

孝は、２階へ上がっていたが・・・何にしようか？

コーヒー・・・やっぱり、紅茶かな。

それより、どうやって、ふたりの関係を進めようか？

まだ、好意は持っていてくれてるみたいだし・・・

でも、突然、押し倒したりして・・・嫌われたら、嫌だし・・・

どうしようかな・・・そ、そうだ。


紅茶とジュースの両方を用意した。

紅茶を先に飲んだら、何もしない。ジュースを先に飲んだら・・・実行してみる。

心が決まらないもの。神様・・・ううん、孝に決めてもらおう。

ああ、なんか、ドキドキしてきた。



「孝、開けて。手がふさがってるの」

部屋の外から、声を掛けた。

「両方、淹れて来ちゃった」

紅茶とジュースがのったお盆を部屋の中央においてあるテーブルに置いた。

孝がテーブルの前で正座している。

「孝、どうしたの？正座なんかしちゃって・・・ここ座りなよ」

何故、いつもの様に、ベットに座らないのだろう？孝らしくない。

久しぶりだから、緊張してるの？それとも・・・警戒してるの？

「う、うん」

孝が隣に座った。

「紅茶と、グレーププルーツジュース。変かな？」

「別に・・・そんなことは・・・」

「でも、パックのと、缶ジュースなんだよ」

やっぱり、組合せが変だったかな？

でも・・・それより、紅茶。紅茶を先に飲んで。紅茶を先に・・・。

「あの・・・代理・・・ごめんなさい。すっかり、忘れてて」

「ああ、そのこと・・・別に構わないけど」

そのことを気にしていたの？

「連絡事項があるとか・・・」

「あ、うん。来週、皆集まったところで、報告するから・・・それでね、交流会の続きで、

スポーツ交流をすることになったんだ。今度は、孝も、頑張ってね」

「へえ」

頷きながら、孝はジュースに手を伸ばした。

あ、ちょっと、待って。紅茶にして、紅茶に。

心の中で叫ぶけど、孝には、聞こえないみたい・・・あ、当たり前か。

孝は、ジュースを一口のみ、微笑んだ。

う・・・こ、これは、決めたことだ。じ、実行に・・・。

「あれ・・・孝・・・さっきは気づかなかったけど、髪の毛、濡れてない？」

そっと、手を伸ばして髪の毛を触てみる。

「あ、これ・・・出掛けにシャワー浴びてきたから・・・まだ乾いてなかった？」

孝は自分でも、髪を撫でて、確かめている。

「孝・・・」

「うん、晴香の言うとおりだね」

返ってきた素直な返事と笑顔に、決心が揺らぐ。

でも、一度決めたことだ。

「あ、あのね、孝・・・私ね・・・」

「え」

「孝のことが・・・好きなの。誰にも渡したくないくらい好きなの」

「え・・・ホント？ホントに、晴香・・・冗談言ってる訳じゃないよね」

いきなり、孝に胸座?まれ、体を揺さぶられる。

ロマンチックな気分なんて、あったもんじゃない。

気を取り直して・・・っと。

「だからね・・・孝、いいかな・・・凄く焦ってるかもしれないって、自分でも分かっている

んだけど・・・いいよね。孝・・・」

「え？・・・あ、あの・・・」

「ダメ？」

お、お願い、ダメなんて言わないで・・・



番外編（１−１６）　終了




★　　NOVEL　TOP　　★　　BACK　　★　　NEXT　　★