ここへ来てからは、たっぷり時間がある。

そりゃあ、ゆっくり出来るって言うのが、いいところなんだけど・・・

あり過ぎるっていうのが、問題かもしれない。

入れ替わったことや、大野木さんのこととか・・・色々考えてしまう。

あ、ちょっと、暗くなりそうだから・・・目の前の孝のことでも考えよう・・・うん。

柱によりかかって雑誌を開くと、孝も同じ様に傍で文庫本を読み始めた。

孝って、恋人にするなら理想的な女の子・・・可愛いし、気は付くし・・・

あ、私の希望もちょっとは入れたけど（ちょっとォ？・・・頭の片隅で誰かが怒鳴っている）

悔しいけど、以前の私からは考えられない位、可愛い。まるで、別人。

演技している訳ではないみたいけど・・・努力はしているみたい。

料理とか、編み物とか・・・それに比べて、私は何かしただろうか・・・成績は上がったけど、

男の子として特別な努力を何かしただろうか・・・

こんな私の何処を好きになったって言うのだろう・・・孝は。

孝は、私の傍を離れないでいてくれる・・・・こんな私の傍を・・・

・・・あ、いけない。また暗くなりそう・・・


そう、孝って、柔らかい雰囲気っていうのか、そういうのがあって、話易いみたい。

でも、他の女の子と喋っているのを見ると・・・つい、いじめちゃうんだけど・・・

孝も、以前には、女の子に話しかけられた時、戸惑っていた様だけど・・・

最近は慣れてきたみたい。

最近は恋の相談って云うのもあるらしい・・・どんなアドバイスをしているんだろう？


視線に気づいたのか、孝が読んでいた本から、顔を上げて、こちらを見てにっこり微笑む。

ほら、この笑顔がいけない・・・

孝は、私に向かってやっているようだけど、この余波で周りにいた数人に影響を与えてしまう。



「着替えてくるね」

孝に声を掛けて、奥の部屋へ。

着替えたら、温泉に来たような気分になった。不思議。

しかし・・・この部屋の大きさだったら、皆で、ひとつの部屋に泊まれそうだけど・・・


「孝、着替える？」

「あ・・・うん」

孝が、読んでいた本を閉じて、立ち上がる。

「晴香・・・覗かないでよ」

孝が、私の横を通った時、呟いた。

「な」

なんで、私が・・・それに、元々、私の体だよ。

思いっきり、堂々と、覗いてやろうかしら。ほんとにっ。


しばらくして、孝が出てくる。

孝の声に、顔を上げる。

「晴香、どう？」

「え、う〜ん、まあまあね」

素っ気なく返すと、孝が焦ったように呟く。

「え〜、どの辺がまずいのかな・・・」

孝が、後ろを見たり、袖の方を見たり、裾の方を見たり・・・あれ、ちょっと悪かったかな？

ダメだとまでは言ってないんだけど・・・孝には、私の言葉が気になるみたい。

「嘘、ちゃんとなってるよ」

「ホント？・・・良かった」

心配そうな顔が、笑顔になり、私の横に座り、先程と同じ様に本を読み始めた。


しばらくすると、廊下の方から話し声がする。

水都さん達が上がって来たみたいだ。


そろそろ、男性の入浴時間帯だ。

折角、温泉に来たんだから・・・でも、いつ入ろうか

近所のおじさん達と一緒って云うのも、ちょっと抵抗あるし・・・やっぱり、皆が寝静まってからかな

そんなことを考えていたら、夕食が運び込まれて来た。

夕食が先ね。

席に座ると、孝が横に来た。

「脚崩したら？」

孝が私の方を見て

「え？」

そのほうが、いいのかな？

・・・

「ちょっと、その座り方やめてよ。胡坐かいてよ。胡坐」

えっ・・・これダメ？横すわり・・・孝って、意外と注文多いのね。

ん、あ、胡坐って・・・難しい。

うわっ・・・見えそう・・・ぱ、ぱん・・・・あ、なんでもないよ。

横を見ると、正座している孝の目線と近くなった。


ちょっと、これ、動き辛くない？・・・でも、孝が色々と世話を焼いてくれる。

これも悪くないかも・・・



かすかに、海の音が聞こえて来るようだ・・・そんな気がする。

「・・・」

静かだ・・・皆、寝静まった様・・・

ガタッ

音がした。

ん、孝はトイレか・・・今がチャンスかな

・・・

物音ひとつしない廊下を通って露天風呂へ向かう。

やっぱり、この時間になると誰もいないから、静か〜


・・・

チャポッ

ちょっと熱めかな

「う〜〜ん・・・この一瞬がいいんだよ」

お湯に浸かって、思いっきり、手を伸ばす。

家のお風呂だとこうはいかないから・・・

「・・・」

誰もいないし、誰の迷惑にもならない・・・っていうことは、泳いで・・・みようかな。ん？

「だ、誰だ？」

岩の陰に、人の気配・・・痴漢？

「あ、あのォ・・・は、晴香、私」

「ほっ・・・孝か」

って、安心してる場合じゃない。ホントは、とっても、びっくりした・・・あ、そんなことより

「何で、孝が入っているのよ」

「何でって・・・」

今は、女の子だって自覚がないのかしら？

「今は、混浴の時間帯だよ」

「つ、つまり・・・水都さん達と一緒には、入りにくいんだもん」

「・・・そうゆうことね」

孝も一緒なんだ・・・

「と、言うわけで、優先権は、先に入ってた私にあるよね」

孝、何言い出すかと思えば・・・

「何？出て行けってこと・・・折角、入ったのに・・・」

「晴香、男性の入浴時間帯に入れば、いいじゃない」

「う・・・私だって、入りにくいんだから。大体、自分の体に、ときめく訳ないじゃない。

だから、いいでしょ」

だよね？・・・ちょっと、強引だったかな？

ん、孝、単純に・・・納得？したみたい。でも、そう言った私自身が、なんか、落ち着かない

「星が綺麗だよね・・・晴香」

「うん・・・」

確かに、星は綺麗だけど・・・

「・・・」

ふたり並んで、温泉なんて・・・この先、ないかもしれない

「・・・」

こうやってみると・・・髪アップにした孝・・・色っぽいかも

薄暗い照明の中・・・色、白くて・・・あれ？何？・・・なんか、ドキドキしてきた

あ、ダメ、星、見なくちゃ・・・星、星・・・

ピチャ

肩が、孝の肩に触れた。

「「あ、ごめん」」

わぁ・・・こ、孝の肩、柔らかくって、すべすべで・・・も、もうダメっ

「えっと、孝、ゆっくり、入ってきなよ。先あがるから・・・」

・・・冷静に言ったつもりが、声が上ずってる。自分でも分かる。

「こっち見るなよ」

それだけ言って、脱衣所まで走った。

ああ、少し、落ち着いてきた。



部屋に戻り、布団に潜り込む。

・・・なんか、目が冴えて・・・

あ、孝が戻ってきたみたい。寝たふり、寝たふり。


孝は布団の上に正座して、こっちの様子を伺っていたようだけど・・・

ため息がひとつと、小さな声が聞こえた

「お休み・・・晴香」

『お休み。孝・・・』

心の中で返す。

さっきのドキドキしたのって・・・

自分の体に興味持ったって云う事？・・・そ、そんな事・・・

・・・

心まで男の子になって行くってこと？

そ、そんな・・・

・・・

そん・・・な・・・

・・・



はっ・・・いつの間にか、眠っちゃった？

もう、朝？

あれ？孝がいない？・・・起きたのかな

ふすまを開けると、椅子に座っている孝がいた。

「あ、おはよう・・・孝」

「おはよう、晴香」

「孝・・・早いんだね」

「え、まあね」

こっちは、寝たような、寝ていないような・・・なんともいえない気分。

それにしても、孝は何時から起きているんだろう？

外は、もうかなり明るくなってきているけど・・・庭でも眺めていたのかな。

何か、考え事でもしていたのかも・・・

こうやって見てると、やっぱり、可愛い・・・

私が、本物の男の子なら、自分だけのものにしておきたいって思うんだろうな。

「・・・」

やっぱり、あの気持ちって・・・

「旅館って、こーゆー籐の椅子、大抵置いてあるよね」

「え、ああ・・・」

本物の男の子でなくたって・・・私だけのものにしておきたい・・・

「ごめんなさいっ、晴香」

「え、な、何をしたの」

「え、さあ、わかんないけど・・・」

「じゃあ、なんで、謝るのよ」

「だって、晴香が、睨んでるんだもん」

あ、孝のこと、じっと、見つめてたんだ・・

「え・・・にら・・・見つめられてたとか、思わないの」

「え、見つめ・・・晴香、見つめてたの？」

「え、ま、まさか」

いきなり、下、向いちゃって・・・やっぱり、可愛いっ。

「くっくっ・・・」

「え？」

「あははは・・・孝、や、やめてよ・・・もう・・・孝見てたら・・・私って、バカみたい」

「晴香、どうしたの？」

孝に、正直に言っちゃおう。

「孝、私、女の子の孝が好きになっちゃったみたい」

「はい？」

ん？何？孝ってば、何か考え始めたみたい。

やっぱり・・・驚いたかな・・・突然、こんな事言ったりしたら・・・

「晴香・・・変態」

えっ！？

「なんですって」

自分だって、私の事が好き・・・なんでしょう・・・男の。

「そーゆー、孝はどうなのよ」

「あ・・・わ、私は・・・相手が、晴香だから好きなのよ」

「えっ・・・あ、そーゆー考え方もありか」

そうか、孝だから好きなんだ。外観、性別に、関係なく、孝だからなんだ。

「なーんだ、そうか・・・そーゆー事だったんだ・・・ははは・・・」

そうか・・・そうなんだ・・・良かったぁ・・・



食事が終わって、部屋でゴロゴロしているのも・・・ってことで、出掛ける事になった。

私は、それでも良かったのだけれど・・・あ、ゴロゴロじゃなくて、

孝がずっと傍にいるからって意味でだからね。

考えてみれば、こんなに長く一緒にいるのって、初めて。２４時間以上もだよ。


皆で、お寺の方へ行ってみた。

お寺の境内で一息。

夏なら、ここで肝試しやってもいいかな・・・あれ？こんな発想って、孝みたいだな

なんて思っていると、原田さんが近づいてきて

「こんな雰囲気じゃなかったはずだけど・・・もっと、ぽやぽやしてる様な・・・」

とか呟きながら離れていった。

一体、なんなんだ？

孝が、また、ポカやったんだ・・・たぶん。

今日は、やたら視線を感じる・・・孝と原田さん。

孝と原田さんを見ていて、気がついた。

孝も原田さんと私を見ているし、原田さんも孝と私を見ている。

まるで・・・否、考えるのやめよう。ただでさえ、複雑なのに。


夕方・・・お母さん達は、改装中の建物を見せてくれるっていうので、見学に

行ったのだけど・・・先程、戻ってきたみたいだ。話し声がしてたもの。

その間、孝と私は部屋で持ってきた本を読んでいた。

孝、私の部屋にある本、暇な時に読んでるって言ってた。

あの本も、きっと、そうなんだろう・・・

今回は、どんな本持ってきたんだろ？何冊読んだんだろう？

なんて考えるのも面白い・・・まだ１冊目だったりして・・・

あれ？・・・何度も時計を見ながら本を開いたり、閉じたり・・・何してるんだろう？

「は〜るかっ・・・」

水都さん達？・・・ああ、そーゆー事か。

また、遣り過ごそうって訳ね。

「ふふふ、お風呂行くよ」

「あっ、孝」

いきなり、腕掴んで？・・・それって、拉致って云うんじゃ・・・

「晴香、助けて」

孝を取り戻そうとしたけど、裕香が遮る様に・・・

「それでは、お風呂に行ってきます。日高君、お留守番宜しく」

「ゆ、裕香・・・」

「晴香の着替えは持ったからね」

ど、どうしよう・・・あっ

「ゆ、裕香・・・お姉さん、は、白鳥が・・・」

「「「え、ホント」」」

皆が、一斉に窓の駆け寄る。

「いたら、いいね」

孝の手を引っ掴み、外へ向かって走る。



女の子を守るのは、男の子の役目。

だから、今の孝を守るのは、私の役目。

・・・でも・・・

孝の手を引いて走っている時、頭の隅に古い映画のあるシーンが思い浮かんだ。

花嫁をさらって逃げるシーン・・・

良かったと思うと同時に、あの後、どうなるんだろうって云う現実的な不安。

・・・今の私が、孝を・・・ダメだ。一足飛びに、大人になりでもしない限りは・・・

でも、そうすると・・・

後、１０年位は・・・は〜っ・・・それまで、好きでいてくれるだろうか？

早く大人になりたい。

・・・

大野木さんには、変なこと口走っちゃったけど・・・

孝・・・私のこと、たくさん知っちゃたら、嫌いになるってことも・・・

息を整えながら、孝のほうを見る。

「晴香の機転で、助かったよ。ありがとう、晴香」

「う、うん、私も、同じ目にあったら嫌だなあって・・・」

それに、孝が他の女の子とお風呂入るのって、許せないって云うのもあるかも・・・

「・・・」

・・・独り占めしたいだけなのかな？

はあ〜、やっぱり、子供・・・

「晴香さん・・・ここに、居たんですね」

「うわっ」

孝の驚いた声に、顔を上げると、原田さんの姿が・・・

原田さんて、足、速いの？

「何、驚いているんですか」

「あ、もう、見つかっちゃったのかと・・・」

「真美ちゃんが海の方を探しに、私が山の方を見に・・・晴香さん、私達とお風呂入るの嫌ですか？」

原田さんて・・・ストレート・・・

孝、こういうタイプには、弱そう・・・

「そういう訳じゃ・・・」

「では、なぜ・・・」

孝も・・・独りで入るのが好きとか、はっきり答えればいいのに・・・

じゃあ、ちょっと、手助け・・・

「白石さんは・・・夜空を見ながら、入りたかったみたいだけど・・・」

この後、独りでゆっくり眺めるのが好きなのって言うのよ、孝。

「へえ、そうなんですか・・・そうですよね。別に私達と入るのが嫌って訳じゃあないですよね」

「え、まあ・・・」

孝、そんなこと言っても良いの？

「良かった・・・暗くなってきたし・・・戻りませんか」

「え、そ、そうしようか」

もう・・・知らないからね。




食事の時間。

昨日と同様、孝が世話を焼いてくれる。

「・・・」

やっぱり、専属にしておきたい。


食事が終わって・・・水都さんが、話かけてきた。

「私達の部屋で、おしゃべりしようよ。・・・あ、もちろん、日高君も一緒にだよ」

・・・孝、行きたそうね・・・まあ、いいでしょう。

隣の部屋に移って・・・ジュースで乾杯。

孝って・・・

水都さんが時計を見ながら言った。

「そろそろ、お風呂行かない？」

「ちょうどいい時間ですね」

「日高君、一緒に入りたい？」

うっ・・・

「ふたりが、お風呂行くなら、部屋へ戻ろうか？」

孝の問い掛けに、即、返答。

「うん」

早く、退散しよう

「晴香、何処行くのよ」

孝が、水都さんに手首を掴まれている。

「えっ」

「晴香も、行くんでしょう」

「え〜〜」

「きっと、星が綺麗ですよ」

原田さんが笑顔で追い討ちを・・・

「晴香さん、一緒に入るのは嫌じゃないって、言ってくれましたよね」

・・・やっぱり・・・こんな事になるんじゃないかと思ったのよ。

『晴香、助けて・・・』

孝の縋る様な目、そして、声にならない声が聞こえる。

「よし、準備ＯＫ・・・と」

水都さんが頷く。

え〜っと、う〜ん、ど、どうしよう・・・あ、そうだ・・・

水都さんを呼び止めて、耳打ち・・・

「あ、水都さん・・・誘ってくれて有難う。混浴って云うのも、思い出になるよね」

「えっ・・・冗談」

「じゃあ、後ほど」

皆に向かって・・・小さく手を振る・・・これで、だめなら・・・



番外編（１−５）　終了




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