バタバタバタ・・・

「晴香ぁ〜、水都さんが、今日はやめるって」

半ベソ状態の孝が部屋に駆け込んでくる。

ほっ・・・

脱衣所の前まで行って、戻ってきたらしい。

「孝がはっきり言わないから、こんな事になるのよ」

「う、うん・・・」

まあ、これで、懲りたでしょ。

「孝は、もう、入らないの？」

「うん、今日は、もういい。疲れたし、明日の朝早く入ることにする」

「そう？・・・私、入ってこようかなぁ」

今日は、いっぱい、走ったし・・・お母さんと裕香は、まだ、喋っていたみたいだし。

「あの・・・晴香、お願いが・・・」

「何？」

「明日の朝・・・あの、お風呂の前で誰か来ないか、見ててくれない？」

「え、見張り番・・・ガードマンやらせようっていうの？」

「え、そんなんじゃ・・・あれ、そうなのかな」

孝の声が曇る・・・

「はん、何言ってるんだか・・・そのくらいはやってあげるわよ」

「ホント、晴香」

孝の声が明るくなった。そんなに・・・

「じゃ、行ってくるね」

・・・

お母さん達、まだ喋ってる・・・

戸を開け、廊下を歩いていくと、人の気配？

ん？誰かが、こっちを覗いた様な・・・気のせいかな？



部屋へ戻ると、孝が布団の上で正座して俯いていた。あれ・・・暗い？

「どうしたの？・・・いいお湯だったよ。孝も、今、入ってこればいいのに」

「うん・・・さっき、水都さん達が来て、朝、一緒に入ろうって・・・」

ふ〜ん、それで、暗くなってるのか。

「そんなの・・・お母さんに誘われて先に入っちゃったとでも言っとけば」

「え？ええ？」

「だから、孝が先に入って、お母さんに『いいお湯だったよ』って言えば、

『じゃあ、私も入ってこようかしら』って、ことになるわよ。ちょっと、時差が

あるけど・・その辺は伏せといて・・・」

「そ、そんなので、だ、大丈夫かな？」

「大丈夫でしょ・・・私達も寝ようか。明日は早いんでしょ」

「うん」

「あ、その前に、ちょっと・・・」




翌朝・・・って言っても、早すぎ？

「じゃあ、晴香、お願い・・・」

「うん」

まだ暗い・・・

孝に起こされて、ここまで来たけど・・・

まだ眠い・・・

孝が脱衣所に入っていくのを見送って・・・

それにしても、早過ぎない？

こんなに、早くって事は・・・かなりゆっくり入るつもり？

・・・

ところで、ここ、寒いよぉ・・・おかげで、目は覚めたけど。

中に入って・・・待ってる訳にもいかないし、もう一枚着てこようかな。

・・・

これで・・・少しは、暖かいかぁ・・・孝が上がったら、私も入ろうかな。

・・・

この扉の向こう側で、孝が・・・

「・・・」

私は、見張り番なんだぞ。

でも、こんな時間に誰か、入りに来るのかしら？

「日高・・・君？」

呼ばれて、顔を上げた

「えっ・・・裕香・・・お姉さん」

「何してるの？こんなところで」

「あ、こ・・・じゃなくて、晴香が入っているから、見張り番してるんです」

「見張り番？・・・大変ね」

ま、まさか、裕香、覗きに来たとは思ってないわよね。

「は、晴香に、頼まれたんです」

「そう？晴香が・・・ふ〜ん、晴香が入っているのか」

「はい・・・」

「よし、背中でも、流してもらお〜っと」

裕香ったら、戸を開けて入ろうとする・・・びっくり

「え、あ、あの、ちょっと・・・」

「え、何？」

「あの、晴香が、独りでゆっくり、入りたいって」

「へえ〜、そうなの」

「はい」

「そうかぁ・・・たまには、背中でも流してあげようかな」

裕香ったら、再び、戸を開けて入ろうとする・・・もう、びっくり

「え、あ、あの、ちょっと・・・」

「え、私、ダメなの？なんで？・・・私達、姉妹なのよ。なにか、ダメな理由でも？」

「あ・・・その・・・」

「じゃあ、そーゆーことで」

「あ・・・」

う〜ん、よ〜く考えてみたら、この見張り番って、意味を成さない・・・ってことか。

「あら、裕香」

「お母さん？・・・どうしたの、こんなに早くに」

「皆、早くから起き出すから・・・目が覚めちゃって・・・裕香は？」

「お風呂入りに・・・今、晴香が入ってるんだって。日高君は、見張り番なんだって

お母さんも一緒にどう？」

「へえ・・・孝ちゃん・・・晴香が・・・」

ん？お母さん？・・・何考えてるの？？

「そうね・・・家族水入らずで・・・お湯はたっぷりあるけど」

「ちょっと、おか・・・おばさん、何、考えてるんですかあ」

「こんな機会って、めったにないし・・・ね。裕香」

「そうなの」

うっ、孝、孝・・・今、大変なことになってるのよ。分かってるぅ・・・

引きつった顔を隠し、心の中で叫ぶ。

ガラッ

「ん、皆揃って・・・どうしたの？」

暢気な顔した孝が出てて来た。

「は、早かった・・・んだ、晴香」

「え、うん、はる・・・孝司君が、次、入るかと思って・・・」

「あ・・・僕は、裕香お姉さん達が、上がってからにするよ」

がっかり顔のお母さんを眺めながら、なんか・・・ほっとした。



朝食が運び込まれてきた頃、水都さんが部屋に飛び込んできた。

「晴香、ごめんね。寝坊しちゃった・・・独りで、入ったんでしょ？ホントにごめん。

昨日、日高君が冗談のお詫びだって言って、差し入れてもらった、ミルクたっぷりの

珈琲・・・とっても美味しかったんだけど・・・その後、眠れなくなっちゃって・・・

朝、起きられなかったの。ごめんね。晴香」

水都さんの話を聞いた孝が、チラリとこっちを見た。

気付いちゃった・・・かな、孝。


今日は、海岸を廻って、駅の周辺を探索することになった。


「う〜、寒いっ」

今日も、やっぱり、風が強い。

風の強さに、他の皆は、駅の方に歩き始めた。

孝が私の横に立って、上目遣いにこっちを見ている・・・・。

「もう・・・はいっ」

そう言って手を出すと、嬉しそうに手を繋いでくる。

一瞬の冷たい感触の後、暖かい・・・温もりが伝わってきた。

「晴香・・・こんな海眺めていたら、何か、叫びたくならない？」

「えっ」

手を繋いでいる孝のほうを振り返る。

「孝の・・・バカヤロー・・・とか？」

「晴香、ひどい・・・こんな時は、『好きだよォ』・・・とか」

「はい？」

「・・・」

もう・・・自分で言っておきながら、真っ赤になっちゃって・・・・

大体、手を繋ぐのもかなりの勇気がいるみたいだし・・・

こっちの方がドキドキしちゃうよ。

半年も経つのに・・・キスだって・・・

今時、中学生だってもっと・・・ね

ふたりの関係に慣れてない？・・・のかな・・・我侭も言わないし・・・

本心から・・・心を許してないとか？・・・孝に限ってそんなこと・・・

それとも、新鮮な気持ちでいつもいてくれてるって事かしら？

気心が分かってる関係もいいけど、相手のことを思いやれなくなってしまう程の

緊張感のない関係も嫌だな・・・私って、凄〜く、我侭なのかも・・・

そう、私って、我侭・・・

「孝は、叫びたくないの？『大好きだよォ』って・・・聞いててあげるよ・・・」

孝の耳元で囁くと、耳朶まで真っ赤になった・・・我侭って云うよりいじめっ子かな？

「ほらっ」

ここまで来ると、完全にいじめっ子・・・自分でも、自覚出来る。

・・・

中途半端な・・・私達の関係。

でも、孝が悪い訳ではない・・・どちらかと言えば・・・

突然、孝が立ち止り、海のほうを向いた、

「はるか〜、すきだよ〜」

「えっ」

私にだけ聞こえる程度の声で、叫んでいる。

孝が勇気を振り絞って・・・相変わらず、真っ赤な顔して・・・

でも・・・充分。私に伝わってるよ。

「私も、孝のことが大好きだよ」

孝の耳元で囁くと・・・俯いてしまった。

うわ〜っ、ほんとに真っ赤・・・こっちが恥ずかしくなるくらい。




孝の声は・・・優しかった。

今は、容姿もあって、よりあってるって言うか・・・

ホントは、悔しいところでもあるのだけど・・・

今思えば、孝の声が聞きたくて怒っていた様な気がする。

中原君でなくて、孝が謝る声が・・・聞きたくて・・・




駅前・・・お土産やさんがチラホラ・・・


お土産のお店に入ると、孝が話し掛けてくる。

「お父さんには、何買っていったらいいかな」

「ん・・・温泉饅頭でいいと思うけど」

「え、そうなの？」

「そんなもんでしょ」

「晴香は・・・家に何か買っていくの？」

「ん、温泉饅頭でしょう」

「・・・もしかして・・・」

「ん、何？」

「晴香が、温泉饅頭食べたいの？」

「孝〜ぉっ」

「冗談、冗談だよぉ」

孝が頭を抑えながら、水都さん達の方へ逃げて行く。

・・・ふん、嫌いじゃないわよ・・・定番じゃない。

お土産は、これで決定ね。

木を輪切りにしたようなコースターとか、売ってる。

木のお皿とか・・・へえ、指輪まで・・・

それに混じってプラスチックのおもちゃまで・・・

誰が、こんなもの買うのかなぁ・・・

孝は・・・あれ？また、真っ赤になってる。どうしたんだろう・・・

様子を見ていると、手を繋いで歩いていたのがバレて、からかわれている様だ。

どーして、バレているんだろう・・・あれだけ、離れていたのに・・・

「・・・」

やっぱり、バレるか・・・

ポリポリ・・・

ん〜

「ねえ、あそこ、入ってみない？奢るよ」

孝達に近づいて、声を掛ける。

皆が、指差してた、向かいの店の方を振り返る。

甘味処？

「日高さんって・・・甘いもの好きなんですか？」

「え、特に好きって訳じゃないけど・・・普通だよ」

孝が不審そうに、こっちを見てる・・・この顔は・・・

”普通”って言葉に反応してるな。

普通ってどのくらい？甘いもの苦手って言ってたじゃない・・・

ああ〜、太るのを気にして、苦手だって言ってたなあ・・・なんてね。

「しつこいのはダメだけど、あっさりしてるものなら・・・」

「あーや、奢って貰おうよ。これは、口止め料なんだから・・・」

「「口止め料？」」

孝と原田さんが、同時に、水都さんの方を向く。

「うん、晴香と日高君が手を繋いで歩いてたことの」

水都さん、するどい・・・でも、そこまでは、思っていないんだけど・・・

「口止めっていうより・・・積極的に話題にしないでねってところかしら」

「えっと・・・まあ・・・それじゃあ・・・そーゆーことで・・・」

・・・

お母さんと裕香の分まで奢らされた・・・う〜・・・

でも、美味しかったし・・・まあ、いいか・・・



お昼をご馳走になってから、出発。

来る時と違って、まっすぐ帰る様だ。

来る時は、あっちこっち寄り道したから・・・

孝は、私の横の席をしっかり確保。

気がつけば、私の肩に寄りかかって寝ていた。

ヤバイ・・・また、口止め料・・・と、思ったら、前の席のふたりも

ぐっすりと寝入っていた。ほっ。

水都さんの家の前で、ふたりが降りた。

「晴香、楽しかったよ・・・日高君も・・・ご馳走様。また、お願いしま〜す」

ま、またって、何？・・・ぞっ。


孝の家の前。

今度は、私が降りる番・・・

「孝、楽しかったよ。孝のおかげだね」

「ううん、晴香が一緒だったからだよ」

孝に向かって手を振る。

孝が、お願い券行使してくれなかったら・・・

こんなに散財する事には・・・じゃ、なくて・・・

こんな時間過せなかったかも・・・

もう一回くらい発行してもいいかな・・・

なんて、考えている。

・・・それに、今回は、孝を守れたっていうか・・・自己満足かもしれないけど

男の子として、役に立てたって思えるところもあるし。

あ、お土産の温泉饅頭は、すこぶる好評でした。

『いくつ買ってきたのよ』って、母さんには言われたけど・・・




今日は、母さんに言われて、お留守番・・・

めちゃくちゃ、ゆっくり出来そう・・・

たまには、こんな過し方しても、いいよね。

ソファに寝転び、雑誌を見ながら、温泉饅頭を口に放り込む。

・・・男の子って、楽・・・食べた分だけ、ちょっと、運動すれば良いんだし・・・

孝は・・・孝の体は・・・もっと、太っていてもいいと思うし・・・

こんな生活に慣れたら・・・ちょっと、ヤバイかも。

あ、呼び鈴・・・

大野木さんが、どこかへ遊びに行こうって・・・

「ごめん、今は、母さんに言われて、留守番してるんだ」

「ふ〜ん、じゃ、いい・・・またね」

「あ、ちょっと、待って」

部屋にあったお土産の箱から、温泉饅頭を適当に数個掴む。

「これ、お土産なんだけど・・・食べて」

「本当に行ったんだ・・・家族旅行・・・」

「え・・・」

ああ、そうだった。大野木さんには、家族で行った事に・・・

「あ、ありがと・・・それじゃあ」

あれ？なんかさっきと口調が・・・違うような気が・・・する。

あ、そうか、大野木さんのところは・・・



「これが、あのコージの部屋か、見違えるよな。トール」

「ああ・・・なんか、落ち着かないよ。この部屋」

午後から、コースケ君と、トール君が遊びに来た。

どうぞって、言った訳でもないのに・・・部屋に入り込んじゃって。

「ユーキのところ行ったら、花梨ちゃんと出掛けたって。仕方がないから

コージのところへ行くかってことになって・・・」

・・・そんな理由で来るな・・・って言いたい。

とりあえず、座布団を出したんだけど・・・

「俺、まだ、落ち着かないよ」

「そうだな・・・この部屋へ入るのも、半年ぶりくらいだもんな」

トール君が、部屋を眺めまわしている。

以前、コースケ君の家へは、孝が連れて行ってくれたから・・・コースケ君の

部屋の状況は分かるけど・・・トール君の部屋も似たようなもの・・・ってことなの。

ユーキ君の部屋は、割と片付いていたと思ったけど・・・

「そーか、分かったぞ。掃除されてるだけじゃないんだ。ここにあったマンガとかが

無くなっているんだ。で、替わりに参考書が並んでるからだ」

「トール、それだけじゃないぞ。ベッドの下に押し込んであったゲームの解説本も

無くなっているんだぞ」

ふたりの視線がこっちに集まる。

「あ、あの・・・それは、物置の方に、片付けたんだ・・・」

「「それって、やっぱり、白石さんの影響？」」

ふたり、声揃えて・・・それほどのことなの？

・・・影響って・・・う〜ん・・・片付けたのは、その本人なんだけどさ・・・

それから・・・なぜか、私の話になっていった・・・

本人を目の前にして、そんな話するなぁ〜

それから、なぜか、大野木さんの話まで・・・

「俺、絶対、白石さんを応援する。お前も、絶対、浮気なんかするなよな」

そう言いながら、コースケ君が握り拳を作ってる・・・

浮気って・・・そんな・・・

孝と一緒にコースケ君の部屋に行った時のことが、頭を過ぎる。

雑誌が散らかっていて、座るところが無くてさぁ・・・座ろうと思って

雑誌を除ける為に手に取ったのが・・・コホッ、成人向け男性用雑誌・・・。

あの時、孝が、『な、中原君も正常な男の子なんだぁ。でも、こーゆーのは、

見つかり難い所に隠しておかないと・・・』って、笑顔で・・・

私に言い訳するつもりで言ったようなんだけど・・・孝、凄く汗かいてたけど・・・

あれから、コースケ君、白石晴香（実際は孝だけど）のファンになったって・・・

ちょっと、単純過ぎない？

「へえ〜、雫なんか、軽蔑した目で、『いやらし〜』とか『ヘンタイ』とか言うんだぞ」

それが、普通の反応です・・・

でも、それって、トール君の所も同じってこと・・・つまり・・・そーゆーこと？

最後は、いつものように、コースケ君が、『俺も彼女ほし〜いっ』って・・・

・・・

それにしても、ふたりは、何しに来たのか・・・

ん、暇つぶしか。



夜。

真剣になって、テレビの画面を見ていた。

なんで・・・いつの間に・・・

目を凝らして見ているのに、分からない

う〜ん、素早い・・・

あれって、どうやっているんだろう・・・

さすが、マジッシャン・・・さすが、プロ・・・

電話が掛かってきた。

「孝ちゃん、電話、出て」

今、いいところなのにぃ・・・

「はい、日高ですが・・・」

「・・・」

なーんだ、孝か

「もしもし、孝？」

「・・・」

もう、何言ってるんだか

「はい？テレビなら、居間に置いてあるの知ってるでしょう」

「・・・」

「孝こそ、落ち着きなさいよ」

「・・・」

「だから、居間に置いてあるの知ってるでしょう」

「・・・」

「は？・・・あっ、ふ〜ん、ははは・・・テレビに？それはそれは・・・良かったじゃない」

「・・・」

「へえー・・・あ、この間のね・・・じゃあ、有名人だね。私達」

「・・・」

「うん」

「・・・」

カチャ

もう、お誘いの電話なら、冗談なんか言ってないで、素直に言えばいいのに・・・

私に会いたいよって・・・でも、電話掛けるために、一生懸命、冗談を考えていたのかしら？

「・・・」

あ、テレビ、テレビ・・・っと。



番外編（１−６）　終了




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