「母さん、行ってくるよ」


久しぶりに孝の顔を見るんだ・・・三日ぶり、四日ぶり？・・・

昨日なんか、面白い冗談を一生懸命考えて、電話掛けてくるし・・・

孝の気持ちが伝わってくる。きっと、私に、凄〜く会いたかったんだぁ。


「ヤッホー、孝」

「晴香、今日は早いね」

孝ったら、何澄ましてるんだか

「孝が約束より早く電話してくるんだもの・・・早く来て欲しかったんでしょ」

「え、まあ・・・そーなんだけど・・・」

ふふ・・・やっぱりね。

ちゃんと、お菓子まで用意してあるじゃない。ま、いつものことだけどさ。

「孝、昨日のジョーク、面白かったよ」

「えっ、昨日の？」

「うん。ネタとしては、面白かったよ。思わず笑いそうになったもの」

でも、簡単には、騙されないんだからね・・・ん？孝の不思議そうな顔。

「うん、お母さんがビデオに録ってるんだもの。あの時は、びっくりしたよ」

まだ、ネタを続けるつもり？

「あはは・・・まだ、言ってる」

「晴香、見る？」

「えっ・・・見るって何を？」

「何って、これだよ」

孝がビデオを再生し始めた。

え、なんの冗談？・・・孝と私が・・・映ってる。

あ、私が孝の肩に手をまわ・・・

「えっ、あっ・・・ああっ・・・あ〜〜・・・」

「今度、再放送されたら、最初から録るんだって、張りきってたよ。お母さん」

じょ、冗談じゃない。いや、これ、ホントだったの。

お母さんも、とんでもないこと、考えてるし・・・これって、皆が・・・

「な、なんて・・・こと・・・」

「はい？」

ど、どうしたら、いいのよ・・・う〜、なんか、のんびり構えてる孝が許せないっ。

「な、なんてことするのよ。孝が、悪いんだからね」

「えっ、え〜〜、な、なんで・・・昨日、晴香に電話した時は、有名人になったって、

喜んでたじゃない」

「ち、違うっ・・・昨日は、４月１日だから、てっきり、孝のいたずらかと・・・」

「いたずら？４月１日？・・・って、エイプリルフール？・・・え〜〜」

「どうするのよ」

孝がうろたえてる・・・

「誰も、見ていないかもしれないし・・・」

何、暢気なこと言ってるのよ。これって、大事件じゃない。

「あ、ほら、晴香だって見てなかったじゃない・・・実際には、お母さんに言われなければ・・・」

「どうして、孝はそんなにのんびり構えてられるのよ」

・・・


「あら、相変わらず、仲がいいのね」

お母さんが声を聞きつけたみたい・・・でも、この状況見てそんなこと言える？

「違うっ・・・喧嘩してるの」

「そうなの？・・・良かったじゃない」

「え？」

「喧嘩が出来るくらい仲良くなったんでしょう」

お母さんが、何考えてるか、分からない・・・

「晴香も、自分の感情を孝ちゃんにぶっつけても受け止めてくれるって信じてるから

出来るのよね」

お母さん・・・何、言ってるのよ・・・

「ところで、何で喧嘩になったの？」

「え、あ、あの・・・昨日のテレビの・・・」

「ああ、あれ・・・晴香も大胆だったわね」

「うっ」

そ、そう言われれば・・・・・・

「大胆と言うよりは、カッコよかったと思うけど」

「えっ」

お母さんが、停めたビデオの続きを再生しようとしている。

「・・・いやあ〜、羨ましいですね・・・男子学生も、自分が濡れるのも構わず、女の子が濡れない様に

傘をしっかり女の子のほうに差していますね。いいですね。・・・さて、傘を借りたマユミちゃんの

ほうは・・・・」

お母さんが再びビデオを停める。

「ほらね」

う、言われてみれば、カッコいいかもしれないけど・・・

「あ、あれは・・・孝なら、ああするだろうと・・・」

本当は・・・無意識にやったんだと思うけど・・・

「へえ、そうなの？」

こんな言い方されると・・・

そこへ、裕香お姉さんが降りてきた。


裕香ったら、撮ってくれた写真をイチイチ説明してくれるんだけど・・・

こっちの反応を見て楽しんでる・・・ううっ、悔しいっ


今日は、完全に、私の負け・・・

渡せなかった・・・ポケットの中のものを握り締めた。




「おーい、コージ」

「え・・・」

３，４人の男子高校生の集団の中から、見知った顔が声を掛けてきた。

「あ、しみ・・・ユーキこそ、どうしたんだ？こんなところで・・・」

「ああ、ちょっと買い物に行ったら、こいつらに遇ってさ・・・」

こいつら？

「オスッ、コージ、久しぶり」

「聞いたぞ。彼女出来たんだって」

「俺、信じてねぇけどさ」

な、なんだ・・・だ、誰なんだろう・・・中学の時の友達？・・・

はじめましてじゃなくって・・こんにちわっていうのも変かな・・・

「あ、あの・・・やあっ、どうも」

「ククク・・・、な、変だろう。彼女出来てから、こーなんだぜ」

うっ、なんて答えれば良かったんだろう・・・

「おい、コージ、暇なんだろう。付合えよ。これから、ユーキんとこへ行くんだ」

「たまに会ったんだから、いいだろう？」

「え、う、うん」

簡単に・・・断れなさそうだし、なんか、汗出てきた。


ユーキ君の家の前まで来ると、花梨ちゃんの姿が見えた。

「あっ、コージ君」

一瞬、不安そうな顔を見せた後、私を見つけて、ちょっと、ほっとしたようだ。

ユーキ君が花梨ちゃんに何か説明している。

その花梨ちゃんが小さく頷いた。

・・・

「花梨が、一緒に来るなんて、珍しいな」

ユーキ君がボソッと呟く。

「そんなことは、ないだろう・・・いつも、お前らと一緒にいたじゃないか

・・・ほら、そーやって、ちょっと、コージの後ろに隠れる様にさ・・・」

一番背の高い子がユーキ君の言葉に反応して、答える。

「あの・・・花梨ちゃんも、ちゃんと、ユーキの隣に座れば？」

「え、どーゆーことだよ・・・」

「え、あっ」

「なーんだ、そーゆーことか・・・」

「そーゆーこと？・・・え、あ、ユーキの奴、自分の事は全然、言わないんだぜ」

ユーキ君だけは、赤い顔して、少し俯いている・・・

でも、知った顔があるって云うのは、ちょっと、心強い。

花梨ちゃんがそっと、耳打ちしてくれる。

「右から、剣道やってる織田君。それから、田原くんと、土田君。ふたりはハンドボール部だよ」

ああ、一番背の・・・って、

「え・・・あの・・・知ってるよ」

そうとしか、答えようがない。

で、でも、ど、どーゆー事？孝って、顔とか、名前を覚えるのが苦手だった？

それとも・・・花梨ちゃんにバレてる？

ま、まさか・・・

「何ふたりで、こそこそ話してるんだよ・・・」

「え、いや、あの・・・」

「ところで、コージ、コージの彼女って、どんなの？写真とか、持ってないの？」

ギクッ・・・さっき、裕香が撮った写真を貰って来たんだっけ・・・

「持ってな・・・」

「あ、クリスマスに撮ったのがあったはずだ・・・」

ユーキ君が、写真を探しに行こうと立ち上がった。

「あ・・・み、見なくていい」

慌てて、ユーキ君を止めようと、手を伸ばしたが・・・届かない。

「コージに、彼女が出来たってだけで上出来」

「おうよ、あまり期待してないからさ」

「うんうん」

皆、孝の事をどう思っているんだろう・・・女の子に相手にされるはずがないって

思っているんじゃ・・・ちょっと、悔しいな。

なんて、思っていたら、横から声がした。

「違うもん、晴香さんは、凄い美人だもん」

一瞬、その場が静かになった。

「今の藤野さん・・・藤野さんの声って、久しぶりに聞いた気がする」

「ああ・・・」

「コージの彼女は晴香っていうのか」

「花梨は、白石さんのファンだもんな」

ユーキ君が数枚の写真を手に持って戻ってきた。

「え、白石・・・どこかで・・・」

「黄色い服の子だよ」

ユーキ君が３人に写真を手渡す。

「えっ、どれどれ・・・」

再び、静かになった。

この沈黙って、何？

「ま、まあ・・・こんなもんかぁ・・・コージにしちゃあ、出来すぎだよ」

「お前、なんか・・・動揺してないか」

「中学時代、全然、モテなかった奴が、何で・・・」

孝って・・・そうだったの？自分でも、そうだとは言っていたけど・・・

でも、孝の事、馬鹿にしてない・・・ちょっと、腹立ってきた。

「そんなことないもん・・・」

小さな抗議の声が横から聞こえてくる。

・・・花梨ちゃん・・・

「あ、このピンク色の服着た子、いいなぁ・・」

「緑の服着た子も・・・って、お前らの学校、可愛い子、多くない？」

「ああっ、まさか、ユーキ・・・だから、そっちの学校受けたのか」

「バカ、そんなわけないだろう」

ユーキ君が笑いながら、答える。

男の子って・・・こんなの・・・

「ユーキの成績なら、・・・」

「そう、そう、ユーキは、俺達と同じ所、受けると思ってたのに」

「コージが受かったのは奇蹟に近いかもしれないけど・・・」

「ん」

「おい、なんで、コージが・・・」

あ、私がピアノ弾いてる写真・・・

「あ、その写真、クリスマスのピアノコンサートの時の写真なんだ・・・

コージ、ピアノ、上手なんだぞ。俺も、知らなかったけど・・・」

「冗談だろ・・・」

「コージ君、成績だっていいもん」

「そうだな、花梨」

ユーキ君が花梨ちゃんの方を見て頷く。

「どーゆー意味だ」

「ん、コージが学年で、２番。その彼女・・・白石さんが１番なんだ」

「な・・・に？」

３度目の沈黙。

「コージが今の高校は入れたのだって、奇蹟だと思ってるのに・・・そんなバカな・・・」

「あ、思い出した・・・白石晴香・・・唯一家庭科がダメって噂の・・・」

がくっ・・・家庭科がダメ・・・そんなのことが有名になってるなんて・・・

「そんなことないぞ。白石さんの手料理、ご馳走になったけど、美味しかったぞ」

「俺、まだ信じられない」

「そ、そーだ、あのコージが・・・」

「花梨・・・花梨のピアノ貸してくれないか・・・コージ弾いて見せてやれよ」

「え、あ、でも・・・」

左の袖を引っ張る花梨ちゃん。

「晴香さんのピアノほど立派じゃないけど・・・」

「うん」



木目のアップライト・・・

「花梨ちゃん、ちょっと、借りるね」

「うん」

・・・

「音が・・・ズレてる所がある・・・調律しなおしたほうがいいかも。花梨ちゃん」

「あ・・・うん。花梨、ほとんど弾いたことがないから・・・」

「うん、それでは・・・」

・・・

ピアノを弾いている時が、一番落ち着く・・・

パチパチパチ・・・

ユーキ君と花梨ちゃんが拍手してくれる。つられて、３人も・・・

「信じるよ。コージ・・・」

「ちょっと、見直したよ」

「・・・ピアノ、上手いんだな」

認めてくれた・・・んだよね。

・・・

３人は、帰っていった。

「少し、すっきりした。学校のランクひとつくらい落としても、コージといる方が

有意義だからな。俺にとっては」

「えっ」

「花梨も。・・・織田君達、コージ君のこと、ず〜っとバカにしてるんだもの。

花梨、ず〜っと、悔しかったんだから・・・」

・・・孝・・・孝も、入試の時、一生懸命頑張ったのかな・・・皆といるために・・・

「コージ君。花梨に、ピアノ教えて・・・また弾こうかな・・・」

「花梨が？・・・花梨、小学校の時以来じゃないのか。大丈夫なのか」

「うん、頑張ってみる」

「うん、花梨ちゃん・・・一緒に練習しよう・・・」

「今度会うのは学校でだな」

「うん、学校で」

ふたりに手を振って分かれた。



少し、孝の知らなかった部分を知る事が出来た。

少し、孝の友達のことを知る事が出来た。

孝って、やっぱり、顔とか、名前・・・覚えられないタイプなんだろうか？

花梨ちゃんが・・・良く分からない・・・

一緒に・・・か・・・

・・・一緒に？・・・あっ

一緒って言う言葉と、学校って言葉で思い出したけど・・・

そうだ、クラス分け・・・

確かめてみたいことがあって・・・孝の希望だった進路を大きく変えちゃったんだ。

ただでさえ、１番と２番が同じクラスになることはないはず・・・

孝は考えているんだろうか・・・別のクラスになるかもしれないって事を。

別のクラスになれば、気分は楽になるけど・・・後悔が半分・・・。

月曜日になれば・・・



番外編（１−７）　終了




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