麻里亜をマンションまで送り届け、すぐに寮に戻るつもりだったのだが・・・
麻里亜とお土産を置いて帰ろうとしたら、翠さん達に捕まっちゃって・・・
麻里亜が着替えている最中、控え室に連れて来られて・・・
「茜さんが仰った通りですね」
「そうでしょう」
「楽しみですね」
「？？？」
訳のわからない会話があった後、麻里亜の様子を尋ねてきた。
「お嬢様、楽しまれたみたいですね」
「お嬢様の様子はどうでした？」
「とても楽しいことがあったようにお見受けしましたけど、どんなことがありました？」
と、根掘り葉掘り。
麻里亜はいつも澄ましていてよく分からないって答えた。
そうしたら、皆が、笑って言った。
「お嬢様ほど正直で感情豊かな方はいませんよ。理様はメイド仲間ですから教えて
差し上げます」
翠さんが自分の眉の辺りを指差しながら言った。
「お嬢様は、機嫌が悪い時や気に食わない事を言われた時、眉がほんの少し寄るんですよ」
黄菜子さんが頷きながら続ける。
「そうそう。それから、嬉しい時は目がほんの少し細くなったり、目が優しくなります」
茜さんも、思い出すように言った。
「照れている時とか、図星だった時は、一瞬、視線が外れるんですよね」
そんな話をしている所へ着替えを終えた麻里亜がノックとともに入ってきた。
最後まで聞けなかったのは、ちょっと残念だったけど・・・その後、麻里亜の表情を注意して
見るようになった。
「皆、楽しそうですね」
そう言いながら現れた麻里亜はとてもラフな格好をしていた・・・ブラウスにベスト、それに
ジーンズなんていういつもとは違う服装で。
「は、はい。お嬢様」
皆、一様に驚いているけど、こんな服装の麻里亜を見るのも新鮮。
「理の家では、大変お世話になってしました。それで、理にはゆっくりしていって貰おうと
思います」
「え？でも、これから寮に帰るところだけど・・・」
「寮へは、明日戻ると連絡してしまいました」
「はい？」
過去形かよ。
「ですから、ゆっくりしていきなさい」
「・・・」
最後の最後まで麻里亜に振り回されっぱなし。
「今日は、皆も一緒に夕食を・・・また、休み中の話等聞いてみたいです。宜しいですか？」
「は、はい。お嬢様」
後から聞いたことだけど、この休暇の後の報告を兼ねた夕食会は恒例となっていて、皆楽しみに
しているらしい。
「では、準備を」
麻里亜の言葉で、皆一斉に準備に取り掛かった。
「理、案内します」
「え、どこへ？」
訳もわからず、連れて来られたのは、いつものリビング。
翠さん達がキッチンとダイニングで忙しく働いているのが見える。
麻里亜がリビングの一角の戸を開けると和室が現れ、真新しい畳の匂いがしてきた。
いつも閉じられていたので、納戸か何かかと思っていた。
「理の家の様な風情はありませんが、家にも和室があります」
あれは、風情ではなくて、古いって言うんじゃないかなあと思いながら聞いていたが。
「殆んど使う予定がなかったので迷いましたが・・・作っておいて良かったです」
一段高くなっている和室に入り、麻里亜は言った。
「理、今夜はここで寝て下さい」
「あ、ああ」
「もし、理が・・・」
「お嬢様」
話の最中だったが翠さんが麻里亜を呼びに来た。振り返った麻里亜に問いかける。
「お席は如何しましょう？」
「そ、そうですね・・・」
麻里亜は翠さんに先立ってダイニングへ行き、テキパキと指示を出していた。
僕は麻里亜の隣。向かい側には翠さん達３人が並んで座っている。
皆が食卓に着き、お祈りを済ませると、麻里亜は言った。
「短い休暇だったと思いますが、事故等なく元気な姿を見ることが出来てとても嬉しいです。
いつもの様に食事を取りながら、皆が過ごした休暇の話等で楽しい時間を過ごしましょう。
ですが、その前に皆のことを簡単ですが理に紹介しておきますね」
皆が軽く頷く。麻里亜は、こっちを見て説明を始めた。
「翠と黄菜子は、去年から、私のところへ来てくれました。今は、私の身の回りのことを
主にやって貰っています。今、基本的な部分の研修を受けて貰っていますが、希望する業務に
つける様色々研修を受けて貰うことを考えています。それから、茜ですが、翠達より二つ若い
のです。ふたりより先に私のところへ入ったのでクラスはひとつ上になります。。それで、
今年からはここのブライダル関係の仕事の見習いをして貰っています」
翠さんと黄菜子さんは良く見かけるけど茜さんをあまり見かけないのは、そういう事だったのか。
「改めて、宜しくお願いします。理様」
「こ、こちらこそ」
麻里亜は、紹介はそれで十分と思ったのか、休暇の話へ移した。
「翠と黄菜子は、旅行へ行くと言っていましたが、どうでしたか？」
「はい。九州の方へ・・・茜さんも誘っていたのですが、お休みが一致せず残念でした」
「今度は、御一緒したいです」
黄菜子さんが同意する。
「ええ、今度は、是非」
茜さんは申し訳なさそうに答えた。
「そうでしたね。茜は、前半は仕事が入っていたのでしたね。御苦労様でした」
「でも、お嬢様も仕事を持ってご実家へお帰りになられたと聞きましたけど」
「私は、サボっていた分を持って行ったまでです。大した事はありません。それで茜は、
残りのお休みはどうしていたのです？」
「私は、実家の方へ戻っていました。ちょうど、親戚の子供が来ていましたので、木の実で
アクセサリーを作ってあげました」
「このみ？」
「木の実・・・どんぐりとかです。去年拾ったものがものがありましたので」
「ああ、どんぐり・・・茜は手先が器用ですから・・・」
麻里亜は頷いた。
「そうなんです。私達も服に合せてアクセサリーを作って貰ったりしているんですよ」
黄菜子さんの言葉に麻里亜は茜さんに問いかける。
「茜は、服だけでなくそういった事も出来るのですか？」
「ええ・・・簡単なものでしたら」
「ちょっと、待っていてもらえますか」
麻里亜は、そう言うと自分の部屋の方へ駆け出していた。
皆、唖然としている。
「あの、理様。お嬢様、どうかなさったのですか？」
「え？」
「お嬢様・・・理様の前では、しっかりお洒落なさっていたのに・・・」
「ええ・・・今日はどうしたのでしょう」
でも・・・ジーンズなんていう麻里亜も新鮮なんだけど・・・ん！・・・え？
「でも、なぜか、表情が優しくなっています」
「ええ、お休み前より・・・なんかこう・・・どう言ったらいいのかしら」
「でも、理様とお付き合いされる様になってから優しくなりましたでしょう？」
「ええ」
交わされる会話に、以前は？・・・なんて思ってしまい、つい、口に・・・。
「それじゃあ、以前の麻里亜は・・・」
「以前のお嬢様も優しく思いやりがあるということは変わらないのですが、思いやりに
深みが増したような気がします」
「今のお嬢様なら、浅葱さんも・・・」
「その話は・・・」
浅葱さん？？？
その場が静かになった時、バタンと音がした。麻里亜が自分の部屋のドアを閉めた音のようだ。
その後、階段を下りる音が響いた。とっても急いでいますって感じが伝わってくる。
麻里亜は戻ってくると、部屋から持ってきた物を茜さんに見せて言った。
「待たせてごめんなさいね。茜、こういうもののデザイン、出来るかしら？」
麻里亜が持って来た物は、例の雑貨店で買っていたものだった。
「ああ、若い人向けのアクセサリーですね・・・お嬢様がお使いになるのですか？そうでしたら、
お洋服に合せてお作りしますけど」
「え、あ、そ、そうね・・・まずは、茜の好きな様にやってみて」
「そうですか。では、まず、いくつかデザインをお見せしますね」
「ええ、お願い・・・」
そう言って麻里亜は席に着いた。
「ところで、お嬢様は、どうお過ごしでした？」
「私は理の家に２日泊めて貰ってゆっくりさせて貰いました。お礼の意味を含めて、今夜
泊まってもらうことにしました。しかし、考えてみれば、これでは、私が寮に招待されて、
そこへ泊まったようなものではないかと。やはり、実家に招待しないと不公平と言うものです」
ま、麻里亜の実家？
「ちょっと待て」
「そうでした。お祖母様も招待する様にと仰っていました」
ぞっ・・・
「麻里亜の家って、人を集めて研修が出来るくらい広いんだろ？」
「実家は普通です。理の所とそんなに変わりません。研修は隣の建屋でやるのですから」
「お嬢様。あれは、元は学校なのですか？」
翠さんが訊ねた。
「その様に聞いています。学校を建替える時に別の土地を提供して、あそこを引き取ったのだと」
「理様。木造ですが、中は改装されて綺麗になっているんですよ。グランドはありませんが
木が植えてあって結構趣きがありますよ」
黄菜子さんが説明してくれる。
「あれは古いと言うのです。身内の研修だから使えるのです。本当であれば、ここを使いたい
のですが、宿泊設備が・・・あそこは、宿泊設備だけは充実していますから・・・」
「そんなことありません。とても良いと思いますけど」
「そうですか？・・・○○○殺人事件・・・なんていう映画かドラマが撮れそうな場所だと
思いませんか？」
一同、絶句。
麻里亜の感覚って分からない。というよりどんな建物なんだ？
「話が脱線してしまいましたね。旅行の話、もう少し詳しく教えてもらえるかしら」
「そ、そうですね・・・まず、何からお話しましょうか・・・」
漸く、休暇の話へ戻っていった・・・
１時間もすると、夕食会は終わりを告げた。
「今日は、もう、あがっても良いわ」
「はい。お嬢様」
「理様、お布団敷いておきましたから」
「あ、ど、どうも・・・」
「それではおやすみなさい」
皆、挨拶をして部屋を出て行く。
「理、お風呂が沸いています。先に入って下さい」
「え？」
「おもてなしです。私専用なので狭いかもしれませんが」
「あ、あの、ちょっと・・・」
「さあ・・・こちらです」
麻里亜に背中を押されてＳエリアへ。
「理の家のお風呂はとても広いです。３人で入ってもゆったりしていました」
母さんの実家が温泉旅館だからね。狭いのは耐えられないんだって。でも、冬は・・・ねえ。
「バスタオルは、ここに・・・歯ブラシとコップはここに置いておきます」
「あ、ありがとう」
「あっ、そうでした。昔、浴場には三助という男の人が居て身体を洗うサービスがあった
そうです」
「は、はい？」
「私も、やってみます」
「じ、冗談だろ」
「おもてなしです」
「いい。遠慮する」
「でも・・・では、翠か誰かを呼びましょうか？」
「麻里亜・・・逆の立場だったらどうする」
「逆・・・ですか？」
麻里亜は、ちょっと考え・・・いきなり、拳を握り締めた。
「こ、殺します！」
うわっ・・・命がいくつあっても足りなさそうだ。
「じゃ、そういう訳で・・・」
「あ、さ、理・・・」
麻里亜の背中を押して、洗面所から排出。
湯船に浸かって、少しほっとする。
考えてみれば、Ｓエリアって、翠さん達は入ることが出来ないんだっけ・・・
麻里亜、本気で、もてなそうって考えてくれたんだなあ・・・
「・・・」
洗面所には洗濯機とかもあったぞ。と、いうことは、洗濯とかお風呂掃除とか、麻里亜は
自分でやるのか？
「勿論です。洋服はクリーニングに出すことが多いですが・・・ホント、浅葱が厳しくて。
『自分で出来ることは自分で』・・・です」
な、成る程・・・浅葱さんな訳ですか。
「あっ、そうでした。旅館には、マッサージというサービスが・・・」
「はい、はい。麻里亜も早くお風呂に入って、ゆっくり休んで下さい」
「あ、さ、理・・・」
麻里亜の背中を押して、洗面所へ。
お風呂から上がった麻里亜は、パジャマ姿でお休みを言いに来た。
今日は、色々あってとても疲れた。
布団に入るとすぐに眠り込んでしまっていた。
「理、朝です。朝食の準備が出来ています。早く起きて下さい」
「えっ」
慌てて、飛び起きた。
鳥の声は聞こえないが・・・部屋の中もまだ薄暗い。
ああ、また、夢か。
そうか、朝食作ってやらないと、また何やらかすかな・・・あれ？今日は翠さん達がいるから、
大丈夫のはずだけど・・・
頭の中はまだ半分くらいは寝ているようだ。
「理、目覚めましたか？」
「え？」
横を向くと麻里亜の顔がそこにあった。
「うわっ」
「な、何ですか・・・そのオバケでも見たような叫びは・・・」
「お、驚かさないでよ」
ホント、びっくりした。
昨晩と同様、ラフな格好の麻里亜が居る。
「朝なのですから、オバケなど出るはずありません・・・理、おはよう」
「お、おはよう」
「可愛い寝顔でした。もう少し見ていても良かったのですが、朝食が冷めてしまいます」
「ま、麻里亜！」
麻里亜は舌を出し、ポニーテールを揺らしながら、さっさとダイニングに行ってしまった。
台詞が逆だろう・・・まあ、おかしくはないところもあるけど・・・朝食が出来てるって？
翠さんがもう来てるって事？・・・急ぎ服装を整えてダイニングへ。
戸が閉めてあった為、部屋の中は薄暗かったようだ。外は、すでに明るかった。
「はい、タオルです。洗面所で顔を・・・」
麻里亜はタオルを差し出した。
「み、翠さんは？」
「翠？・・・出勤の時間まで、あと１時間３０分位ありますけど・・・多分、今日は早めにやって
来ることでしょう」
時計を見ながら、麻里亜が答える。
時計の針は、６時を示している。
「あれ？・・・じゃあ、朝食は誰が・・・」
「勿論、私です。良ければ、トーストを焼きますが・・・狐色で良いかしら？」
「う、うん」
タオルを受け取りながら頷く。
朝食は、トーストにハムエッグ。
う〜ん、やはり、他のメニューも・・・なんて考えていると、麻里亜が言った。
「美味しくありませんか？」
「ううん、とっても美味しい。でも、次回は一緒に作ろう」
「そ、そうですね。その方が楽しかったかもしれません。残念なことをしました」
麻里亜がホントに残念そうに言うので思わず笑ってしまった。
でも、麻里亜がここまで出来るようになったことを示したかっただろう事は推測できた。
初めて出来た時はそうだったもの。
食後は、二人で後片付けをした。麻里亜は、最初拒否していたが、二人でやれば楽しいと
納得した。
「お嬢様、理様、おはようございます」
と言って翠さんは予定より３０分程早くやって来た。
挨拶を返すや否や麻里亜は言った。
「翠は気遣いし過ぎです」
「しかし、朝食の準備を・・・」
「朝食は済みました。翠もそこへ掛けて理が入れてくれたお茶を飲みなさい」
「は、はい・・・」
恐縮して椅子に座った翠さんの前へ紅茶を注いだカップを運んで行くと、麻里亜が砂糖と
ミルクのポットを翠さんが取り易い位置へ移動させた。
「でも、その気遣いはとても嬉しいです」
「お、お嬢様・・・」
「理、言った通りでしょう。家のメイドは働き者で困ります・・・黄菜子は午後からのはずですが、
きっと、午前中は隣へ手伝いに行っているのでしょう？」
翠さんが頷く。
お茶の準備をする時、麻里亜が『そろそろ翠が来ます。３人分準備して下さい』と言ったけど
その通りになった。翠さん達の気配りも凄いが、把握している麻里亜も凄い。
何気ない会話が進む中、翠さんは思い出したように言った。
「お嬢様、頼まれていたものを買ってきましたが・・・」
翠さんは茶色の小袋を取り出し麻里亜に渡した。
麻里亜は中身を確認し、お礼を言う。
「ありがとう。翠」
「最近は色々なものがありますよ。本当に１種類で良かったのでしょうか？・・・パックに
入ったのもありますし、食後用でしたらハッカ飴とかもありますけど・・・」
「いえ、これで良いのです」
麻里亜は、お菓子が入っている皿に袋の中身をバラバラとあけた。
「げっ！」
中身を見てびっくり。
「少し勇気がいる言葉の代わりをする魔法のお菓子なんです。これは」
「魔法のお菓子・・・ですか？このガムが・・・」
翠さんは首を傾げている。そりゃ、意味が分かっていないと分からないと思うけど・・・
「少し勇気がいる言葉って・・・何でしょう？」
「それは・・・秘密です」
ますます首を傾げる翠さん。それから、山のように積まれたガムを見てポツリと呟いた。
「ガムの賞味期限ってどのくらいあるものなんでしょう・・・２０ヶもありますけど・・・」
「そうですね。それは・・・早く食べてしまえば良いのです。ねっ、理」
「そ、そ、そうだね」
突然、そんな話を振られても・・・
「理様も、ガム、お好きなんですか。では大丈夫ですね」
そう言うと翠さんは時計を見上げ、立ち上がった。
「お嬢様、そろそろ仕事に就きます」
「ご苦労様です」
翠さんが仕事を始めると、麻里亜は話題を変えた。
「今週末は翠達の研修がないので、理はアルバイトに来ないのでしたね・・・」
「その予定」
この街をぶらついてみようかな、なんて思ってる。
天気予報も晴れって言ってたし、ちょっと楽しみ。
「何か対策を考えなくては・・・」
「は？」
「何でもありません。こちらの話です」
こういった具合で、夕方まで麻里亜の家に引き止められていた。
寮へ戻ると、既に皆帰って来ていた。僕が一番最後。
「休み中何処へ行った？」
から始まり、地元のお土産で雑談会。これが消灯時間まで続く。
管理人のおばさんは賑やかになって嬉しいと言っていたが、毎日消灯時間までこんなんじゃ
大変なんじゃないかと思う。
しかし・・・休みって疲れる為にあるのかも。
第１１話 終了
