何故、こうやって麻里亜と草薙さんの練習を眺めていなければいけないのだろう？
前日、麻里亜とあれだけダンスの練習をしたのだし、草薙さんと練習することになったのだから、
今日は解放してくれるのかと思ったのに・・・
昨日の帰り際、麻里亜が『明日も予定通りに来て下さい』と言った。
「えっ、明日は草薙さんが練習相手をしてくれるはずじゃ・・・」
「陽子さんとの練習は午前の２時間だけです。理が私達の練習を見て、陽子さんの演技を
覚えてくれれば、午後からの練習に役立ちます」
「午後からも練習するの？」
「当然です。理が恥をかかない様に私は頑張ります」
と、なったからだ。でも・・・
「理、しっかり見ていなさい」
「み、見てるよ」
はー、少しでも余所見すると怒られる。これ、何とかならない？
朝、約束通り９時３０分になると草薙さんがやって来た。
守衛さんから案内があった後、玄関の呼び鈴が鳴る。
「お早う御座います、水都君」
草薙さんは礼儀正しく挨拶する。
「お早う、草薙さん。麻里亜は、今、準備しているから、上がって」
「お邪魔します。でも、何故、今日、水都君はお姫様じゃないんですか？」
「へ？」
「ドレスは、どうしたのですか？」
とても不満そうな表情。
「い、いつも、あんな格好させられている訳じゃないよ・・・」
「そうなんですか？それは残念です。来て損をしました」
「何が、損なのですか？」
着替えを終えた麻里亜が部屋から顔を出した。
「ま、麻里亜さん・・・いえ、今のは勢いで、残念ですとの気持ちを・・・」
「そんなことより、衣装はどうしたのです？」
「い、衣装ですか？・・・も、持って来ませんでした」
麻里亜の顔が険しくなる。
「というより、まだ出来ていません」
草薙さんが言葉を追加する。
「間に合うのですか？通し稽古はすぐに始まリますよ」
「まだ神川部長にデザインのＯＫを貰えていないのです」
「はあ？」
「デザインが上手く行かなくって・・・すいません」
衣装も演技の範疇って事で、デザイン画を部長へ提出し了承を経て製作することになるらしい。
勿論、費用は部費から出る。
「ふーう・・・仕方ありません。では、今回は理の衣装を借りることにしましょう」
「良いのですか？」
草薙さんがこっちを見る・・・が、別に、僕の衣装って訳じゃ・・・
「茜を呼びましょう。サイズの調整をして貰います」
「水都君、衣装、お借りします」
草薙さんはペコリとお辞儀した。
だから、僕の衣装って訳じゃ・・・
麻里亜に呼ばれて、茜さんがやって来る。
「お嬢様。聡様とサイズは同じ様なものなので、理様と同じく胸に詰物さえすればこのまま
使用出来ると思います」
「胸・・・」
そう呟いて、胸に手を当てた。
「理、この事は秘密です。陽子さんのファンが知ったら嘆きます」
「え？」
「心配無用です。１枚の洋服を水都君と兼用できるのですから、こんな幸せはありません」
「そんな事で張り合おうというのですか？」
「ひとつでも共有うる点があることは良いではありませんか」
草薙さんが胸を張る。
「それは、女性としてはいかがなものでしょうか？」
「ぐっ・・・す、少しぐらい、胸があるからって、自慢しないで下さい」
「別に自慢しているわけではありません・・・茜、陽子さんが着替えるのを手伝ってあげて
下さい・・・勿論、詰め物も忘れずに」
「はい。お嬢様」
「勿論以下は余計です」
はーっ・・・このふたりは・・・
着替えた草薙さんが鏡を見ながら言った。
「少し地味ではありませんか？水都君の時と少し雰囲気が・・・」
「茜のセンスに間違いはありません。地味なのはあなたです。茜、ハサミを」
「な、何をするんですか」
「髪を切ります。以前から気になっていたのです」
「この髪型が良いと言ったのは麻里亜さんではありませんか」
草薙さん、麻里亜の剣幕に後退り。
「一体いつの話をしているのです。ここへ座りなさい」
麻里亜の剣幕に負け、草薙さんは渋々ながら従う。
麻里亜は鏡の前に置いた椅子に座った草薙さんの前髪を少しずつ切り始めた。
「こんなものでしょうか」
しばらくして、麻里亜が草薙さんから離れる。
あっ・・・草薙さんに目がある・・・。
「あら、少し理様と似ているんですね」
茜さんが呟く。
「え、本当ですか？」
と、草薙さんが鏡を覗き込む。
「兄妹の様ですよ」
茜さんの言葉に草薙さんはちょっと嬉しそう。
「兄妹だそうです」
草薙さんは麻里亜に向かって微笑みかけるが、麻里亜は平静装う。
「それは残念なことです。兄妹では結婚出来ません」
「えっ！」
「理、ちゃんと、見ているのですか？」
「み、見てるよ」
「あとで、チェックしますから」
「・・・」
「この辺りで、少し休憩しましょう」
限が良い場面だったのか、麻里亜が草薙さんに言った。
「は、はい・・・」
草薙さん、相当、疲れている様子・・・そこへ、
「皆さん、ごきげんよう」
そう言って入って来たのは北城達だった。
「何故、加奈子さん達がここに？」
麻里亜の眉が寄る。
「演劇と言ったら守衛さんが通してくれました」
「いけません、セキュリティーが、甘くなっています・・・それで、何しに来たのです？」
「ミッションを言い渡しに来たのですけど・・・」
「課題を決めたって事ですか」
「ですが・・・少し、ハードルが高かったかもしれませんね」
北城はこっちを見て言った。
「えっ、水都君がふたり？・・・いつもの水都君と女装した水都君？」
「何を言っているのです。理は一人です。女装は陽子さんです」
「女装ではありません」
草薙さんが抗議する。
「まあ、本当に。そんなお顔をなさっていたのですね」
なんなんだ？
「加奈子さん」
「あ、そう、ミッションの話でしたね」
「そうです」
麻里亜は腕を組み頷く。
「先程も言いかけましたが、ハードルが高そうなので、ギブアップしてはどうかと・・・」
「大丈夫です。私は、負けません。さあ、課題を言って下さい」
「それでは・・・発表します」
皆の視線が北城に集まる。
「それは・・・キスです」
「・・・」
「？？？」
色々な反応があった後、麻里亜が訊ねた。
「それは、なんですか？」
「キスはキスです。つまり、付合い始めて１ヶ月。そろそろ、次のステップに進んでは
如何かという意味を含めたミッションを提案しているのです」
「それは、皆様の前で理とキスをしなさいと言うことですか？」
なに〜ぃ！
「まあ、そういうことです」
「それは・・・出来ません。まるで、罰ゲームではありませんか」
麻里亜の言葉に、ほっとしたような、がっかりしたような・・・
「ふっ・・・それは、ミッションの放棄と言うことですか？それでは、今回は私の勝ち。
ケーキバイ・・・」
「待ってください。それは、プライバシーを著しく侵害していると言う意味です」
「プライバシー？でも、麻里亜さんは大丈夫とも言いましたし、負けませんとも言ったでは
ありませんか」
「これは、私と理のプライバシーを除き見ようとする以外の何者でもありません」
「麻里亜さんの言いたい事は分かりました。しかし、今回のミッションの意味は先程も
申しましたように、次のステップということもありますがですが、そろそろ『水都君は私のもの
です』宣言をしてはどうかと考えた訳です。が・・・折角のチャンスを・・・残念です」
北城が本当に残念ですと云う様に言った。芝居がかっていて、さすが演劇部と思わせる。
「理を私の恋人と認めていない・・・もしくは、私が理の恋人ではないと思っているということ
ですか？」
「私は別に・・・ただ、周りの方々が・・・」
「水都君、下さい」
草薙さんが、はいっと手を上げる。
「う・・・しかし、それはレディとして、そのような行為を人前では・・・」
「人前でなければ出来るということですか？」
「無論です。ふたりきりになれば、私達は恋人ですから・・・では、加奈子さんなら、人前でも
キスくらい出来ると？」
「・・・」
「私、やります」
草薙さんがまた小さく手を上げた。
「陽子さんは、黙っていて下さい」
「その場合は、自己申告ということですね」
北城が麻里亜に確認する。
「信じられませんか？」
「良いでしょう。水都君は男子ですから、このミッションに乗じてキスなどしないでしょうから。
男子なら、絶対にしないでしょうから」
おい、話の流れが変わってきていないか？
「やはり、そう云う事だったのですか・・・それで、その報酬は、いつ受け取ることが
出来るのですか？」
「前以って、決めておこうという訳ですね」
「そうです・・・勿論、それは理にも権利はありますね。プライバシーの一部が公開されると
言うことになりますから」
「良いでしょう。ケーキの為にキスをしてしまう程、水都君も軽薄ではないでしょうから」
そんなこと、念を押されたって・・・
「申告・・・もしくはギブアップと、宣言があった日の週末・・・そうですね、日曜日のお昼に、
今頃の時間に集合と云うのではどうでしょうか？」
「来週の日曜日ですか・・・特に予定は無かったはずです」
「へえ、自ら期限を決めてしまおうということですか？凄い自信ですわ」
「もうひとつ条件があります」
「条件？」
「これは、プライバシーに係わる事。口外無用と言うことです」
「それは、当然のこと。私達が噂を広めるという事はありません」
「分かっています。一応、確認してみたまでです」
「そうですか」
「しかし、念の為、指切をしても・・・かまいませんか？」
「良いでしょう。麻里亜さんの気持ちがそれで済むのでしたら」
「指切拳万、嘘ついたら・・・あ、針千本では面白くありません。裸で校庭１０周にしましょう」
「い、良いでしょう」
北城はちょっと複雑な顔をしたが、特に反対はしなかった。
「では・・・指切った・・・です」
麻里亜は満足そうに言った。
「では、ミッションがクリア出来るか、否か、を決めておきましょうか？」
皆が頷く。
しかし・・・これって、お菓子を賭けて遊んでいるって事なんだよね。
麻里亜は、どうするつもりなんだろう？
皆が帰ったらどうするつもりか、聞いてみよう。
そんな事を思っている間に、二つのグループに分かれた。
「どういうことです？皆様、麻里亜さんにつくとは・・・」
「だって・・・麻里亜さんなら、押し倒すことくらい考えていそうなので・・」
山守が麻里亜を見ながら答える。草薙さんも頷く。
「ああっ・・・そこまで考えが廻りませんでした。こ、これは、私のミスです」
北城が頭を抱えて座り込む。
「ちょっと、待ってください。私がそんな事をすると思っていらしゃるのですか？」
皆が頷く。
「皆様、私を誤解なさっています。私は待つだけです」
麻里亜がきっぱりと言い放つ。
「待つだけ？」
「そうです」
「脅迫するとか・・・」
「そんなことしません」
「薬を盛るとか・・・」
「しませんてっば」
「本当ですか？」
「皆様、私のことをどのように思っていらっしゃるのですか？」
麻里亜が機嫌悪そうに言った。
「初日から恋人宣言でしたから・・・脅迫でもなさったのかと・・・」
「う・・・そ、そんなことはありません。誰が、私の存在を知って放っておくでしょう。
そう、そうです。私のことを知った理は積極的に交際を希望し、私は理の申し出を断りきれ
なくてＯＫしたのですから・・・」
「へえ・・・そうだったんだ」
つい、口から・・・。
「そうだったんです」
麻里亜がきっぱりと言い放つ。
「もうひとつ、確認したいことがあります」
「なんでしょう？」
「水都君は、今夜、麻里亜さんの家に泊まるという事はありませんね」
「そんな予定はありません。理が泊まりたいと言うのであれば、歓迎しますが・・・」
思い切り、首を左右に振った。
「分かりました。では、再度、決を採りましょう」
北城の言葉に、草薙さんが北城の方へ移動しようとする。
麻里亜は、ガシッと草薙さんの腕を掴んで言った。
「兄妹なら、兄を応援するのが筋というものでしょう？」
「兄妹？」
「そうです」
「え・・・兄妹？・・・応援？・・・筋？・・・あれ？」
草薙さんがフラフラとこっちに近づいて来る。
「絵里香さんも、そちら側なのですか？」
「ええ、迷いましたが、麻里亜さん、凄く自信がありげで・・・何か良い作戦を持っておいで
なのかと・・・」
「そうですか。では、麻里亜さんが、水都君にキスをして貰えれば、麻里亜さん、絵里香さん、
草薙さんの勝ち、そうでない場合は、私の勝ち。期限は、来週の金曜日、下校時間まで。
内容はこれで良いですね。」
「ええ。その内容で問題ありません」
「あ・・・何故か不安になってきました。何故、そんなに自信たっぷりなのです？
麻里亜さん・・・キスは挨拶だ。程度だと考えている訳ではありませんよね」
「勿論です。私のファーストキスです」
おおっと、無意味なドヨメキが起こった。
「あ、ひとつ条件が・・・」
「なんでしょう？今から条件変更は聞きませんよ」
「私もファーストキスの報告をするのですから、皆様の報告も聞きたいと思いまして・・・
宜しいかしら？」
皆が顔を見合わせる。皆、様子を伺っていたが、
「ええっと・・・した時に報告させて貰うと言うことでは？」
「分かりました。では、私が一番と言うことなのですね？」
「まあ、決定ではありませんが・・・可能性は否定できません」
「私が一番でした」
「ですから、可能性から言えば一番かもしれ・・・え？」
でした？
一瞬間があって、悲鳴に近い声が部屋に響いた。
「「「え〜〜〜」」」
「しょ、証拠は？」
「自己申告で良いと言う話ではありませんでしたか？」
「そんなことを突然言われても・・・」
「仕方がありません。証拠はこれです」
麻里亜は紹介する時のように、手のひらをこちらに差し出した。
皆の視線が一斉に集まり、北城と草薙さんは、その場で崩れるように床に手を着き
座り込んでしまった。山守がひとり小さく拍手していた。
「お、お昼ですか・・・勿論、頂いてから帰ります」
北城は不機嫌そうに言った。
翠さんがお昼の準備のためにやって来たのだ。
「あ、勿論、お手伝いもします」
北城は慌てて言葉を付け加えたが、翠さんはその場の状況が分からず、戸惑い気味。
「あ、あのぉ、えっと・・・そ、それでは、理様、少し手伝って頂けますか？」
狭い厨房に大勢入って貰うのもなんですから・・・と翠さんは、僕だけを指名した。
「すいません、理様。頼み易い理様にお願いしてしまいました。それに・・・あのお嬢様方が
どのくらいお料理が出来るか、判らなかったものですから・・・」
翠さんは厨房に入ると小声で言った。
「こっちも、指名してくれて助かりました。あの輪の中には入り難いですから・・・」
「そう言って貰うと助かります」
麻里亜の奴・・・あのままバラしてしまうとは・・・。
北城なんか『奥手だと思っていましたのにそんなに手が早いとはどういうことです』
なんて詰め寄ってくるし・・・。
「あのぉ・・・演劇の練習ですよね？何かあったのですか？」
翠さんは、調理台で干瓢を適当な長さに切りながら訪ねる。
「別に、何もありません」
海苔巻きを巻きながら答える。
「そ、そうですか？」
「はい。何かあるはずがありません」
「そ、そうですか・・・」
僕は、次の酢飯をあぶらげの中に詰める作業へ取り掛かりながら答えた。
他の４人はといえば、ダイニングうテーブルに座り、顔を寄せ合ってこそこそと話をしている。
時折、え〜〜とか、きゃっ、とか言うのが聞こえてくるだけ・・・。
翠さんは食事の準備を終えると『慣れていらしゃるんですねえ、とても助かりました』と
お礼を述べて部屋を出て行った。
「わあ、お花の海苔巻きです」
「当然です。翠も理も料理が得意です」
「ですが・・・翠さんに指名されるとは、水都君の料理の腕はかなりのものと見ました。
私の家でコックとして雇ってあげても・・・」
「え〜、お料理も出来るのですか？やっぱり、水都君、ください」
「あなた方、私の理を何だと思っているのです」
皆、麻里をからかって遊んでいるようだ。
「では、食事にしましょう。皆さん、お座り下さい」
と麻里亜が言うと、『ちょっと待って下さい』と声が掛かった。
「どうかしましたか？」
「席順はどうしますか？」
麻里亜の問いに北城が代表するような形で質問すると皆が頷く。
「適当に座って頂いてかまいませんが・・・」
麻里亜が答えるや否や北城は『そうですか、では』と言って僕の腕を取って席に座る。
山守が反対側から隣の席に収まった。
出遅れて焦る草薙さんと唖然とする麻里亜。
「あ、あなた方は、何を考えているのです？」
「あら、適当に座って良いと仰ったのは麻里亜さんではありませんか」
北城が反論する。
「私の横は理。それ以外は自由と言う意味です。しかし・・・何故、絵里香さんまで」
「私ですか？水都君が料理上手とお聞きしましたので、うちのレストランに就職しないかと
お誘いしようと思いまして・・・チェーン店が各地にありますから、勤務地は希望に
添えると思います。どうでしょう？」
「は、はあ・・・」
どうかと言われても、答えようが・・・
「私ですか？」
麻里亜の視線を感じて北城が答える。
「失敗を繰り返さない為です。今回のミッションでは負けてしまいましたが、次回の
ミッションでは私が勝ちます」
次回があるのか？
「今回の敗北の原因は相手を良く知らなかった、つまり、研究不足という事です。ですから
勝利の為に、敵を知り、研究し、傾向と対策を立て様という訳です」
敵かよ・・・。
「話は分かりましたから、理を解放して席へ着いて下さい」
溜息混じりに麻里亜が言った。
「席を指定なさると？」
「そうではありませんが・・・」
「では、『前言を撤回する』と宣言なさって下さい」
「何故ですか？」
「ホスト役たるべき麻里亜さんが一度は御自由にと仰っておきながら、指定なさるのですから
そのくらいのことはやって頂かないと」
「撤回などしません・・・一般的には向かい合って食事するのが普通」
麻里亜は草薙さんの腕を取って残った席に着き、お祈りを始める。
「さあ、頂きましょう」
そう言った麻里亜はこちらの様子を伺っている。
「二人並んで食事するところを眺めていても良かったのですが、麻里亜さんがここまで
挑発に乗ってくるとは思いませんでしたので・・・絵里香さんの行動も読めていませんでした。
反対側に麻里亜さんという構図までは考えていたのですけれど・・・これはこれで面白い事に
なりました」
北城はこっそり耳打ちしてきた。これも計算された行動だと思う。
だって、北城は耳打ちしながらも麻里亜の方を観察していたもの。
しかし、普段、お澄ましポーズの麻里亜も友達の中では感情表しまくり・・・
面白いような・・・少し寂しいような・・・。
しかし、北城と山守は、こっちを見てはいたが、食事中、話し掛けてくる事は無かった。
食事が終わると、北城が言った。
「では、後片付けをしましょう」
麻里亜は『後片付けなどやらなくていい』と言ったのだが、３人は後片付けを始めてしまった。
手伝おうとすると『準備した人はやらなくていい』って追い出された。
「加奈子さんと何を話していたのですか？」
「別に・・・」
「言えない事なのですか？」
麻里亜の眉がピクリと動く。
「う〜ん・・・だからね」
麻里亜の耳元で小さな声で話す。
「麻里亜をからかうと反応が面白いって話」
麻里亜も手を翳し同じ様に耳元で話す。
「それは、私が加奈子さんの策略に乗って過敏に反応しているのが面白いと言うことですか？」
「う〜ん・・・まあ、そんなとこかな」
麻里亜はチラッと見ながら、耳元で言った。
「そうですか・・・先程も加奈子さんの策略に乗って、プライベートなことを話して
しまいました。挑発に乗らない様に、よく考えなさいと言うことですね」
「う〜ん・・・まあ・・・」
「分かりました。注意します」
麻里亜は厨房から３人が出てくるのを確認すると、体を離した。
「お片付けご苦労様でした」
「何をお話になっていたのです？」
「プライベートな事を少し・・・」
「そ、そうですか・・・仲が良くて、結構なことです」
「ええ」
麻里亜はニッコリ笑い掛ける。
「陽子さん、これを・・・」
麻里亜が１枚の紙を差し出す。
「これは？」
「デザイン画です。陽子さんのイメージで、茜に描かせました。早めに了承が得られるなら
仕立ても対応するとの事です」
「茜さん、有難う御座います」
草薙さんは後ろの方に立っている茜さんにお礼を述べた。
「加奈子さん、来週の事、宜しくお願いします」
「分かっています。ですが・・・この許せない様な気持ちは、一体何なのでしょう？」
「加奈子さんもですか・・・私も、すっきりしない気分です」
「まあ、絵里香さんもですか」
「そんなことより、来週は、集合時間に遅れないで下さい」
麻里亜が念を押す。
「「勿論です」」
元気なふたつの声と
「分かっています」
暗い声がひとつ返ってきた。
皆が帰ると、麻里亜が言った。
「さあ、練習をしましょう」
はー・・・やれやれ・・・
第１４話 終了
