月曜日。

草薙さんは、昼休み教室を訪れ、神川部長からデザインにOKが出たことを報告に来た。

「茜さんに宜しくお伝え下さい」

「分かりました。茜に手配させます」

草薙さんは、ペコリとお辞儀をすると教室へ戻って行った。

「麻里亜は、草薙さんには優しいような気がする」

なんとなく、思ったことを口に出してしまっていた。

「そんなことはありません。しかし・・・理がそう感じるなら、そうなのかもしれません」

麻里亜は一度強く否定し、視線を落とし、肯定するようなことを言った。

「?」

「幼等部の時、初めて声を掛けてくれたのは陽子さんでした。その時の事は忘れてはいませんが

・・・舞台成功の為、問題がひとつ無くなったのは良いことです」

「?」



放課後、麻里亜と演劇部の部室へ向かう。

弓道部の方は休部状態。

『我校の文化部は大変なんだぞ。趣味でやっている運動部の方が楽だろう』とは松居先輩の

言葉。

本当にそう思う。

若葉公演というのは演劇部だけの発表ではなかった。

文化部の主だった部が発表することになる。勿論1年生が主体ってことだけど・・・。

「映研等はさすがに無理がありますから、演劇部に協力という様な形で参加するのです」

「ふ〜ん・・・じゃあ、2、3年生は?」

「演劇部でいえば、夏休み明けの9月には、3年生が主体となった発表がありますし、

10月には学校祭があります。今回だって脇役とか色々手伝って貰っています」

「へえ」

「ところで、理は最近陽子さんばかり見ています。恋人である私を見ているべきです」

「だって、麻里亜、練習相手させるだろう?」

「それは、勿論」

「この間は草薙さんの演技と違うって散々文句言ったよね」

「それはそうですが・・・」

「だから、草薙さんの演技見ている訳。分かった?」

「う・・・分かりました。でも、陽子さんを5回見たなら、私も5回見て下さい」

「・・・う、うん、分かった」

麻里亜の奴、こっちが赤面する様な事を表情も変えずに・・・。

「やあ」

部屋の前で声を掛けられた。

大抵の女子なら、『かっこいい』って目をハートにしそうな男子。

「何か御用ですか?」

麻里亜は淡々と応対する。

「こっちに編入することになったんだ。正式には来月からだけどね。それで、一応、挨拶して

おこうと思ってね」

「編入・・・挨拶など不要ですのに」

なおも淡々と応対する麻里亜。

「ああ、隣が噂の・・・」

「あ、そうですね。紹介するのを忘れていました。彼が私の恋人の理です」

「あ、水都理です」

麻里亜に紹介され、名を名乗ったのに、返ってきたのは・・・

「ふ〜ん、なるほどねえ。恋人が出来たって聞いたから驚いたけど・・・安心した」

「どういう意味です」

急に不機嫌そうになる麻里亜。

「まだ子供ってこと」

「どういう意味です」

麻里亜の語気が強くなる。

「でも・・・君には言っておかないとなあ」

名前も名乗らないので、誰だかわからないミスターXが僕に向かって言った。

「軽々しく海棠さんに手を出して欲しくないって事。長くっても数年しか続かない

関係だろう。わきまえろって事さ」

「えっ」

「あなたにそんな事を言われる筋合いはありません!」

麻里亜がこんなに感情を露にするなんて珍しい。

「麻里亜さん、何、そんな大声を出していらっしゃるのです?」

振り向くと、後ろから北城と山守が一緒に歩いてきていた。

「か、加奈子さん・・・」

傍に来た北城は麻里亜より不機嫌そうな顔になる。

「何故、ここに・・・」

「うわっ・・・やばっ・・・それじゃな、海棠さん」

ミスターXは逃げる様に廊下を走って行った。

「二度と来るな!」

北城が叫ぶ。今にも、履いている靴を脱いで投げ付けてしまいそうな勢いで。

「廊下を走って良いか悪いかも分からないとは・・・どちらが子供なんでしょう」

麻里亜が呟く。


ミスターXの正体・・・

3人には訊けそうにないので、後からやって来た草薙さんに訊いてみる。

「かっこいい?・・・皆が嫌っているというのであれば、阿部デパートの子息の事では

ないでしょうか」

「阿部デパート?」

「はい。老舗の百貨店・・・つまり、古いよろずやということですが・・・水都君は行った事

ありませんか?」

「ええっと・・・」

これって、草薙さんの冗談・・・かな?

「ああ、名前でしたね・・・う〜ん、忘れてしまいました。と言うより、思い出したくない名前

だったような気がします。すみません」

忘れ・・・?

「特に、北城さんが嫌っていた様だけど・・・」

「北城さんですか・・・老舗の百貨店と大型スーパー・・・ある意味、商売敵、あ、いえ、

ライバルですね・・・と言えなくもないですから」

ああ、そんな関係なんだ・・・

でも、気になっていたのは質問とは別の言葉・・・数年しか続かない関係。未来を考えると

不安になる事はいっぱいあるんだ。




「理、おはぎが食べたいです」

「は?」

「ですから、おはぎが食べたくなったと言っているのです」

「でも、明日は・・・」

「分かっています。でも、これは、別腹というものです」

「あ、そう・・・」

いつもの土曜日のアルバイト。

今、麻里亜はソファに座って、会社の書類に目を通している為、振り向かずに言った。

麻里亜は黄菜子さんから『研修でいない間に、溜まっている書類の確認をしておいて下さい』と

言われたらしく、ぶつぶつ言いながらも頑張って書類に目を通している。

「黄菜子ったら、『お嬢様、付箋を付けておいた所だけでも目を通して下さい』ですから」

最近は黄菜子さんに、チェックを任せて仕事をサボっていたようだ。

黄菜子さんを見かけないと思ったら、そういう事だったんだ。

あ、見かけないと言えば・・・

「麻里亜・・・最近、安田さん、見かけないけど・・・」

「安田は、出張中です。今は、イタリアです」

「イタリア・・・」

はー、何故か溜息が出てくる。

「出張って言うと仕事なんだ・・・」

休暇で旅行だったら、楽しいのかもしれないが・・・仕事の場合って、どうなんだろう?

「分かりません。お母様の御用事ですから・・・」

「へえ、そうなんだ」

「毎年の事です。安田は勿論、お母様も何も話して下さらないので・・・」

「・・・」

麻里亜がこの事に関して不満を持っていると云うのが伝わってくる。

前日に草薙さんから演劇の練習時間を午後に変更して欲しいと連絡を貰ったものだから

麻里亜は午前中に終わらせようと必死。

アルバイトに来た当初は優雅に書類を見てたのに・・・。



午後になると、約束通り、草薙さんがやって来た。

「今、茜を呼びます。ちょっと待っていて下さい」

「あ、衣装が出来たのですか?」

草薙さんの目が輝く。

「動き易さとかを確認して欲しいと、茜が言っていました」

麻里亜はインターホンに手を伸ばしながら答える。

「あのぉ・・・何か、作っているんですか?」

「よく鼻が利きますね。理がおはぎを作っているのです」

「おはぎ!?」

麻里亜に言われて、麻里亜御用達のお店へ買い物に行ったのだが、あいにく、休みだったのだ。

翠さん達は研修でいないし、茜さんは草薙さんの衣装を製作中。

諦めきれない麻里亜は『出来る?』って訊いたものだから、『以前に一度だけ・・・』と

答えた。そうしたら、『これがレシピです』と紙を手渡された訳だ。

浅葱さんが書いたものらしいが・・・これじゃあ、明日まで掛かってしまうだろ。

厨房から顔を出し、草薙さんに挨拶する。

「こんにちは、草薙さん」

「こんにちは。いつ出来るのですか?」

いきなり、それ?

「え・・・ああ、今作り始めたところだから・・・明日になりそうだけど・・・」

「そ、そうですか・・」

ちょっと、がっかり・・・って感じかな?

「陽子さんは和菓子に目がないんです」

麻里亜が補足する。

「へえ」

とは、言ったものの・・・食べ物全般の間違いじゃない?と思ってしまう。

そこへ、茜さんが衣装を抱えてやって来た。

「草薙のお嬢様、着てみて頂けますか。細部を直しますから」

「は、はい」

草薙さんは僕らが控え室として使っている部屋で茜さんが作った衣装に着替えて出てくる。

「予想以上です」

麻里亜が呟く。

本当に。

「ですが・・・」

麻里亜は、何か言いかけたが、その後の言葉は発せられなかった。

茜さんは草薙さんに腕の動きとか色々確認していた。

「草薙のお嬢様が、午後からになって助かりました。午前中でしたら間に合っていませんでした。

これで、明日にはお渡し出来るはずです」

「茜さん、有難う御座います」

「では、衣装は茜に任せて練習を始めましょう」



「もう少し、"好きです"っていう感情を表せませんか?」

その台詞どこかで聞いたことがあるぞ。と思いながら見ていた。

「それが出来れば、演技の方は完璧です」

麻里亜は、草薙さんの方向いて頷いた。

「例えば・・・」

「そうですねえ・・・ほんの小さな動作の中に秘めた思いを織り込めればいいのですけど・・・」

「はあ・・・」

「これは自分で考えるしかないのですけど・・・」

「考えてみます・・・」

「そうですね・・・では、ダンスの練習に移りましょう」

「はい」

二人はダンスに移る。



週末のアルバイトは、演劇の練習が主になってしまった。と言っていいかも。

草薙さんが帰った後、麻里亜の『さあ、練習しましょう』で始まった練習。

「もう少し、"好きです"っていう感情を表せませんか?」

その台詞どこかで聞いたことがあるぞ。ほんの1時間ほど前にも。

草薙さんの演技を真似ているんだから仕方ないと思うが・・・

それにしても、舞台に出ない練習相手に対してそこまで求めないだろう、普通。

「何故、こんなに一生懸命練習するの?」

「それは・・・舞台で成功を収めて、理からほめ言葉・・・ああ、それと、ご褒美を

頂けたらとても幸せです」

さり気なく、ご褒美の要求?

「な、何が欲しいの?」

「舞台が成功したら話します」

「う、うん・・・」

麻里亜が欲しいものって、何だろう?



日曜日。

茜さんが仕上がった衣装を草薙さんに渡した。

仕上がった衣装に着替え確認する草薙さん。

「茜さんのおかげで衣装が間に合いました。有難う御座います」

草薙さんがお礼を述べると茜さんが言った。

「私がデザインした服を着て頂けるだけで嬉しいです」

「理、現在のメイドの制服も茜のデザインなのですよ」

「へえ・・・」

感心する僕に満足したのか、麻里亜は自慢げに続ける。

「夏服バージョンはもっと可愛らしいですから、楽しみにしていなさい」

「え、うん・・・」

「洋服だけでなく、アクセサリーも、デザイン出来るのですから・・・」

恐縮しながら茜さんが言った。

「お嬢様、そろそろお時間なのでは・・・」

「ああ、そうですね。加奈子さん達が来ているかもしれません。集合場所へ参りましょう」

草薙さんが頷く。

集合場所へ向かいながら、ふと思い出した。

あれだけ茜さんのことを自慢げに話した麻里亜だけど・・・昨日は何か言いたげだったなあと。


下へ降りると、北城と山守の姿があった。

「まあ、お早いですね。今日はワゴン車を用意しました。皆で一緒に行きましょう」

麻里亜が声を掛けるとふたりはこちらを見て『ごきげんよう』と返してきた。

「ごきげんよう?」

いつもより暗い北城に麻里亜は訊ねた。

「どうかしたのですか?」

北城でなく、山守がチラッと草薙さんを見てから答える。

「実は、予定していたホテルのケーキバイキングのサービスフェアが終わってしまっていた

のです」

「え・・・うちのホテルですか?あれは、金曜日まで・・・昨日からは別の企画が・・・」

草薙さんのホテル?・・・ああそうか、ここにいるのは、お嬢様って呼ばれているんだっけ。

「だ、大丈夫です。サービス期間は済んでしまいましたが、ケーキバイキングはやっています」

「ダメです。今日は中止にしましょう。次の企画があるまで延期です」

麻里亜がきっぱり言う。

「だ、大丈夫です・・・カードを持って来ましたから」

「いいえ。これは高校生のお小遣いの範疇での遊び。それを越えるような事があっては

なりません。それに、延期、ですから。安心して下さい」

「え・・・ええ」

麻里亜の言葉に北城が頷く。

一応ルールみたいなものがあるんだなあ・・・。

「理が作ったおはぎがあります。今日はそれを食べることにしましょう」

「そ、そうでした。昨日そんな話をしていました」

草薙さんが叫ぶ。

麻里亜はひとりワゴン車のところまで行き、頭を下げていた。


「え?・・・当然の事です。私達の都合で中止にしたのです。手間を取らせたのだから

頭を下げるのは当然の事です。浅葱がいた時は、浅葱がやっていましたから」

エレベータに乗ってから麻里亜に訊ねるとこんな答えが返ってきた。

「浅黄さんですか・・・」

誰ともなく呟く。


「では、座ってください。そちらの席から順番に、絵里香さん、加奈子さん、理、私、そうして

陽子さんです」

「2人、1人、2人ですか。それで良いのですか?」

麻里亜が並べた椅子を見て北城が訊ねる。

「この方が自然でしょう。理もゆっくり出来ると思います」

本当に。

「分かりました」

草薙さんの『替わってー』の声は無視され、席が決定される。

「さて、ここにおはぎが5個あります」

麻里亜が説明する。何をしようというのか?

あんこ、ゴマ、きな粉等、色々な種類のおはぎが入ったお皿の他に、あんこのおはぎ5個だけを

乗せたお皿を麻里亜は準備していた。

「ええ、間違いなく5個ありますけど・・・」

「運試しです。この中にあたりのおはぎが1個入っています」

「運試し?」

「あたり?」

皆、首を傾げる。

「あたりとは、何でしょう?」

「実は、梅干が入ったのがひとつあります」

「「「えっ!」」」

ちょっと待てよ。あたりって・・・今朝、麻里亜が『陽子さんは梅干入りのおはぎが大好き

なのです。1個だけ作ってあげてください』と言われて作った・・・あの、おはぎのことか?

『勿論、種は抜いてください』とも言ってた。

おかしいと思って質問したら、『他人の嗜好に口出しをするのですか』とも。

それ、草薙さん用だろうと思って、草薙さんを見ると・・・草薙さん、顔は思いっきり

引き攣っているし、体も逃げの体勢になっていた。

「草薙さん、梅干が好きなんじゃ・・・」

「水都君、草薙さんは、梅干ダメなんです」

北城が答える。

麻里亜に騙された?麻里亜の方を見ると麻里亜が視線を逸らす。

あ、ちょっと待てよ・・・5個ってことは、僕も人数に含まれている?

「そういうことであれば、当然罰ゲームが必要なのでは?」

北城が提案する。。

「当然ですね」

山守が同意する。

「あたりを引いた人は、他の人の言うことをひとつきく・・・というのは、どうでしょう?」

北城、再提案。

「きかねばならない内容は、後から・・・ということですか?」

「そうです。その方が面白いですから。但し、要求は1回。4人の要求が一致することが

条件。という事にしては?」

「良いでしょう」

麻里亜も同意する。

「では、お皿を回します」

そういうと、麻里亜はクルッ、クルッとお皿を回した。

あ〜、どれがどれだか・・・最初から分からなかったけど・・・あ〜梅干おはぎ!

「では、お取り下さい」

麻里亜がお皿を差し出すと、皆、ひとつずつ箸で取った。

残ったひとつを麻里亜が取る。

「それでは、1,2の3で、食べましょう・・・1、2の3」

ぱくっ・・・もぐもぐ・・・

「うっ・・・甘くてすっぱい・・・変な味です」

「麻里亜!」

皆が胸をなでおろす中、麻里亜だけが顔を顰めていた。




「加奈子さんが元気になって良かったです。ああ見えて、加奈子さんは、とてもデリケート

ですから・・・」

皆が帰ってから、麻里亜は言った。

ふ〜ん、デリケートなんだ・・・麻里亜はそれ以上に・・・

「理・・・口直しにガムが食べたくなりました。一緒にどうですか?」

麻里亜は、テーブルの上の籠の中からガムを取り上げ、1枚を差し出した。

「ど、どうぞ・・・」

「あ、うん」

受け取ると麻里亜が言った。

「これは・・・私からでも有効なのでしょうか?」

「えっ・・・あ、う、うん・・・たぶん・・・」

麻里亜がガムを食べ始めるのを見て、口の中へ入れる。

心臓がドキドキして麻里亜に聞こえないかと、心配になるほど。

「最初の予定と少し違いましたが、良しとしましょう」

「さ、最初の予定?」

やっとの思いで、言葉を絞り出す。

「はい。こうやって、ふたりでガムを噛む予定でいたのですが・・・梅干入りおはぎを

食べた理の口直しに食べるという予定でした」

な、なにぃ?

「あ、予定です。約束は破らないで下さい」

慌てて、麻里亜が付け加える。

『約束まではしていない』と強く言えない状態の僕なのでした。



第15話 終了






       

地球を廻る月の様に


第15話